婚姻の世界エルハザード 〜中編



 ファトラが自室でくつろぐ間もなくロンズとストレルバウがやってきた。
 だが両名とも表情が暗い。
 「経過を聞かせて貰おう。まずロンズからじゃ」
 「はっ、申し上げます…誠に遺憾ながら将軍達への工作は失敗に終わりました…」
 「詳しく話せ」 表情も変えずに命令するファトラ。
 その言葉を受けロンズは冷や汗を流しながら答える。
 「正門での騒動のあと私はファトラ様出奔をお伝えするためにルーン殿下の元へ参りました…」
 もっとも彼が立てるようになったのはファトラが脱出してから一時間後のことである。


 ルーンの元へ報告に行ったロンズはルーンと談笑する二人の将軍を見て愕然とした。
 「おお久し振りですなロンズ侍従長。お変わりないようで何よりだ」
 「こ、これはハウザ将軍…お戻りは明日と聞いておりましたが…」
 「いや前回ルカル将軍との勝負がお預けになってましたからな。全軍に号令を掛け一気に進軍を行い、昨夜遅くフリスタリカへ到着したのですよ」
 「わざわざ返り討ちにされるために急いで戻ってくるとは愚かな奴ですが、まあ将棋と軍の指揮は似ているようで異なもの。彼が将軍として失格であることにはなりませんのでよろしくたのみますぞロンズ殿」
 「おいおい殿下の前でなんて事を言う。それにこの間の勝負はわしが優勢に進めていたではないか」
 「ふふふ、二人ともそれくらいにしておきなさい。話が長くなるとまた持ち越しになりますよ。所でロンズ、何かあったのですか?」
 ルーンの言葉に将軍達は笑いながら大きく頷きロンズの方を注目する。
 「は、ファトラ様ですが…」 もしも将軍達がまだ婚姻の件を知らないのならやぶ蛇になりかねない…そう考えたロンズは躊躇したが
 「城を飛び出したそうですね」 微笑みながらルーンが言葉を引き取る。
 ルーンや将軍の態度からどうやら先ほどまでそれを話題にしていたようだ。
 となるとファトラと誠の結婚話も話題に上がったと見て良いだろう。
 ロンズはどうこの場を切り抜けるかを思案し始めた。
 ここで下手なことを言って彼らの心証を悪くするわけにはいかない。
 まずはルーンへ対し無難な返事をする。
 「御意にござります。私がその場におりながら誠に申し訳ございません」 深々と頭を下げた。
 「はっはっはっ侍従長、ファトラ姫を止められる者などこの城にはおりません。うちのファルークでも難しい。そう気になされるな」 豪快に笑い飛ばすハウザ。
 「そうですぞ。それに三個小隊余りの兵に追われているのに未だに捕まらないとか。さすがはファトラ様ですな。どうですロンズ殿、うちのカリムをお貸しましょうか?ちょうど私の第二師団とハウザ将軍の第一師団が揃っている、精鋭を選りすぐってファトラ様包囲網を引かせましょう」
 「それは面白い。合同演習の前哨戦として絶好ですな。ファトラ姫を相手に実戦を経験できるなんて滅多に有りませんからな」
 そう言って笑う将軍達。もちろん彼らは冗談のつもりだった。
 「なるほど、訓練として申し分ないのですね」
 真顔で話すルーンに一瞬ぎょっとした表情を見せる両名。
 慌ててロンズが割り込んだ。
 「お待ちを殿下。確かにファトラ様は城を飛び出し現在も逃亡中ですがいつまでも逃げられるものではございません。仮に見失ったとしても居場所さえ特定できればすぐにお迎えに参れます。少人数とはいえ兵士を町中に配備しますと市民達も動揺いたします。どうか一つここは穏便にお願い申し上げます」
 下を向く顔から汗が滴り落ちる。
 だがロンズの必至の懇願に対しルーンはそれには答えず将軍達の方を向いた。
 「ルカル将軍、いまあなたは副官のカリムならばたやすく包囲を引けると申しましたが一般市民に知れることなく実行可能ですか?」
 「はっ、人数にもよりますが可能かと思われます。ですがファトラ様の居場所が分からなければかなりの人数が必要となり難しいのですが…」 思わぬ質問にたじろぎながら答える。
 「ファトラが最終的に落ち着く場所は見当がつきます。ではファルークとカリムをここに。ファルークにはファトラに帰還を促す手紙を届けて貰いましょう。カリムには兵の配置をお願いします。誰にも知れることなくファトラを帰還させるのがこの作戦の第一段階です。ではすぐに手配をお願いしますね」
 その言葉に将軍達は顔を見合わせるがすぐ命令に従い指示を出す。
 「恐れながらルーン殿下、それは少し度が過ぎているかと存じますが」 もしもルーンが言うようにファトラの居場所が分かっているのであれば包囲される前にその事を知らせる必要がある。
 そのためにも時間を稼がなければと考えたロンズだったがルーンも頑固だ。
 「ロンズ、あなたの言うことももっともだと思います。ですが私は早くファトラに戻って貰いたいのです。あの子が外へ出たのもちょっとした意見の行き違いですから二人で話し合うことにより解決したいと思っています」
 「ちょっとした、でございますか…」 思いっきり否定したいのだがそうもいかない。
 「ええ、それにファトラは誠様のことを嫌っているわけではありません。多分照れているだけでしょう。ですからもう一度ゆっくり話したいと思います」
 にっこり笑ってそう言われるとさすがに反論はできない。
 返答に困ったロンズに将軍達が追い打ちを掛ける。
 「侍従長、あなたはファトラ姫と誠殿とのご結婚に不満がお有りなのかな?」 ハウザが睨むような目つきで問い質す。
 「いえ、決してそう言うわけでは…ただ急な話でありますし今まで誠殿を候補として考えたことがなかったものですから私としては即断できないのです」 手に汗が滲む。
 「ロンズ殿、それは侍従長職にあるものとしては怠慢ですな。私ならとっくに誠殿を最有力候補に挙げルーン殿下へ奉呈しておりますぞ」 ルカルからも突っ込まれた。
 「そ、それはいかなる理由で」 顔が思いっきり引きつっている。
 「まず第一に誠殿は勇気と英知を兼ね備えておる。先の大戦でバグロムに捕らえられたファトラ様を単身で助けようとなされたのだ。その男気に打たれ大神官の方々も手を貸して下さったが誠殿の勇気がなければそれも得られなかったはず。その時私は前線にいたので詳細は知らぬがその場にいたものは皆、誠殿の勇気を称え同時に自分の不甲斐なさを恥じたと聞いておる」
 「左様、私もその話を後で伝え聞き感動したものです。ぜひ我が師団に欲しいと思っていたのだが会ってみると大変華奢なお方で本当にこの方が不可能と思われた作戦を成功させたのかと疑ったくらいでしてな」
 「全くです。だが三神官を率いてバグロムの前線基地からファトラ様を救いだし、更にはあの鬼神イフリータさえも従えたとか。いやもう大したもんだ」
 ファトラ救出劇はかなり曲解されているらしい。
 「また現在はストレルバウ博士の下で神の目の研究を行いその成果も上がっておるとか。誠殿はこのロシュタリアになくてはならない人物だと考えておりますぞ」
 これ以上話を続けるのは都合が悪くなる一方であることをロンズは感じ取った。
 だが脂汗を流しながらも聞いてみる。
 「それはお二人のご意見と言うわけですかな」
 「少なくとも我々はそう思っておる。だが他にも同調する者は多いと思うが」
 「ファトラ様救出は、表向きは大神官のご尽力によりとなっておるが士官以上の者は真実を知っておる。推す者はいても反対する者はおりますまい」
 ロンズは真っ青になった顔をルーンへ向けた。
 「ルーン殿下…そう言うことであれば私は何も申し上げることはございません。一旦下がらせていただき執務を続けたいと存じます」
 「そうですか。ではよろしくお願いします。ファトラの結婚が決まれば更に忙しくなりますからね」
 一旦ルーンは言葉を切り周りを見渡す。
 「ファトラの結婚に関してはまだ内密にして下さい。はっきりと決まらない間はファトラに余計なプレッシャーを掛けたくありませんから」
 一番プレッシャーを掛けているのはルーン本人ではないかと思いつつロンズは足取りも重く退出した。


 ロンズの話を聞き頭を抱えるファトラ。
 「カリム…あの青瓢箪が指揮を執っておるのか…そして二つの師団から精鋭を…」
 「御意に。また親衛隊と警備隊もあやつの指揮下に入りいまは城内のみを担当しておりまする」
 「それでやたらと城内に兵の数が多かったのか。だが侍従長、彼らは皆丸腰だったがこれはどういうわけかね。ファトラ様を相手に丸腰では尚更歯が立たんだろう」
 「だからです博士。仮に彼らが武装しファトラ様が素手であったとしても勝ち目はござらん。兵達が武器を携帯しておればそれを奪うことによりファトラ様の戦闘力は増大し被害も増える。それを避けるため要所にのみ武器を携帯した腕利きを配置し、他の者は単なる足止め役です。幾らファトラ様が武道の達人であらせられてもあの包囲網を突破するのは難しいでしょう」 まるで犯罪者扱いだ。
 「なるほど。では城の外も?」
 「ああ、先ほど戻りながら見てきたが巧みに兵を置いておる。やはりその殆どが丸腰じゃ…青瓢箪めこの騒動が終わったらただでは済まさんぞ」 威勢だけは良い。
 「所でストレルバウ、そなたの方は…いや駄目だったのは分かっておるが状況を説明せよ」
 「御意に。まずご婚儀の件ですが大臣達には全く伝わっておりませんでした」
 「伝わってない?」 怪訝そうな表情に変る。
 「はい。私がそれとなく切り出したところ逆にそのような話があるのかと聞かれたくらいでして。何とか誤魔化してその場を去りましたがどうやら誰一人知らない模様です」
 「くっ…やられたな…動きを封じられてしまったか…」
 「どういうことですかファトラ様?」 首を傾げながらアレーレが質問する。
 「まず軍に対してだが…分かっていると思うがこれ以上の工作は意味をなさない…誠がそこまで支持されていたとは迂闊であった。次に大臣達は誰も知らない、いや軍の上層部以外誰一人としてこの件を知らされていないと言うことだが、もしもわらわの方から彼らに接近すると逆に警戒される可能性がある。それだけならまだしもわらわの方から話を持っていった事により変に勘ぐられる可能性もある。そして姉上はわらわの出方を見てから対応することができるという訳じゃ」
 「つまりルーン様はファトラ様の行動を予測されていると言うことでしょうか」
 「その通りじゃ。姉上を甘く見ておったようじゃ…ここまでやられるとぐうの音も出ん」
 「つまり逃げ道はないと…」
 「地上は無理じゃ。かといって空へ逃げるにしてもまず飛行艇の所まで足で移動せねばならん。アフラがいれば押し倒、いや拝み倒してでもどこかへ連れて行って貰うのじゃが…」
 「シェーラ・シェーラお姉さまとマルドゥーン山ですものねえ」
 「ファトラ様、提案があるのですが」
 「なんじゃストレルバウ、この八方ふさがりの状態でまだやれることがあると申すのか」
 「お気を強く持って下さい。このままではこの国は破滅ですぞ!」 今度はストレルバウが一喝する。
 「そうであったな。わらわが悪かった。で提案とはなんじゃ。申してみよ」
 「はい、いまやファトラ様はこの城から外へ出ることすら難しくなりました。ですが誠君なら可能です」
 「誠?あやつにこの囲みが突破できると思っておるのか」
 「ファトラ様、思い出して下さい。ルーン殿下は『この件は内密に』と申しておられるのです。兵士達に誠君の足止めを命令するには他に適当な理由が必要となります。ただ彼一人では役不足ですから菜々美君に同行して貰いましょう。それでこの問題は解決かと存じますが」
 「それは良い考えですぞ博士。適当な理由をつけ二人を送り出し、後でそれを既成事実として公表する。さすれば誰も誠殿を婿にとは言いますまい」
 「だがそれではシェーラから怒りを買うことになるのではないか」 消極的な口調でファトラが呟く。
 「大丈夫です。誠君自ら菜々美君を選んだとなればさすがのシェーラ殿も引き下がざるを得んでしょう。あー侍従長、どこか新婚旅行、いや婚前旅行に適当な場所はないかね?」
 「そうですなあ…ちょっとありふれてますが温泉はいかがでしょうか。ちょうど私が無料宿泊券を数枚持っておりますし」
 「OKですよロンズ様。無料となれば絶対に菜々美お姉さまは飛びついてきますわ。期限間近だったら完璧です」
 「いかがでしょうかファトラ様?少しごたごたするかもしれませぬがベストな手段ではないかと存じます」
 だがすぐにファトラは答えず、なにやら考え込んでいる。
 「どうしたんですかファトラ様…もしかして菜々美お姉さまを誠様に差し上げるのを躊躇っていらっしゃるのですか。お気持ちは分かりますが背に腹は代えられません。だけど逆にシェーラお姉さまを落とせるチャンスかもしれませんよ」 目が輝いている。
 「いや別にそう言うわけでは…だがどうやって誠をその気にさせるのじゃ?」 やはり気乗りしない感じだ。
 「恐れながらファトラ様に申し上げます。誠君は普段はまじめに研究に勤しんでおりますが彼も若い男です。性的欲求がないはずはございません。仮にその気がなくとも菜々美君と二人きりとなれば必ずや期待に応えてくれることでしょう!なんならその場に踏み込んでそのままハネムーンにしてしまうという手もございますが」 こちらも目がランランと輝きだした。
 「馬鹿者!そこまでする必要はない。菜々美か…仕方ないかもしれぬな…イフリータには後でわらわから詫びよう…」 後半は俯き加減になるファトラ。
 それに対しロンズが強い口調で進言する。
 「ファトラ様、イフリータの件は文字通り次元が違う話です。いまは目の前にある危機をいかに回避するかが大事ですぞ。それに誠殿が菜々美殿と一緒になっても研究を続けるのに何ら支障はございません」 先ほどルーンに対して言ったことを忘れているようである。
 「問題がもう一つある。どうやって菜々美に伝えるのじゃ。わらわは動けぬし第一菜々美に真相を知られるわけにはいかん。また姉上に気付かれぬようにせねばならぬ。難しいと思うが」
 「大丈夫ですよファトラ様。私がお使いと称して菜々美お姉さまの所へ行って参ります。もうじきお夕飯ですからお弁当を買って参ります。その際にお金と一緒にお手紙をお渡しするんです」
 「うむ、それならば大丈夫でしょう。アレーレ一人ならば外へ出ても文句は出ますまい。恐らく菜々美君の所にも殿下の手の者がいるでしょうが弁当を買うだけならば怪しまれずに済むと思われます」
 「そうですな。では私は宿泊券を持って参りましょう」
 「手紙はどうする。わらわが書いても菜々美は信用せんぞ」 表情が暗い。
 「私が書きましょう。最近誠君は連日遅くまで古文書を読んだりと休息しておりません。それを口実に菜々美君に連れだして貰います」
 「分かった…よろしく頼む…」
 「明日の昼前には出立できますな。それまで持ちこたえられれば大丈夫です。ではしばしお待ち下さい」
 一礼して退出するロンズ。今度は足取りが軽い。
 ストレルバウも菜々美宛の手紙を書くために一旦退出する。
 ファトラはそっとため息をついたがその直後大事なことを思い出した。
 「アレーレ、ミーズはどうした」
 「あ、すいません。お伝えするのを忘れてました。ミーズ様と藤沢様は時刻通り登城されルーン様と面会しております。ですがルーン様は詳しい事は話されなかったみたいです。ミーズ様達のお話を聞いていただけとか。ただ最後に大きく頷かれたそうです」
 「頷いた…更に自信を深めたと見てよいな。ではミーズ達は誠のことは何も聞いておらぬ訳だな?」
 「ええ、ルーン様は殆ど相づちを打っていただけだそうです。それとミーズ様がお帰りになるとき城門でお会いしたのですが『ファトラ姫のお相手が誰かは知らないけど応援するから』と仰っていました。真相をご存じならあんなお顔はできないと思いますよ」
 「そうか…外堀も同時に埋めていくおつもりなのじゃな」 ゆっくりと首を振る。
 「ファトラ様ぁ…」 それを見て心配そうな声を上げるアレーレ。
 「大丈夫じゃ。それにしてもさすが姉上…一手所か数手先まで押さえておられる。奇策を用いねば、いやそれもわらわが奇策と思うておるだけで姉上にしてみれば他愛もない策かもしれぬな…」
 「そんな事はございませんわ。いまルーン様の注意はファトラ様へ向いております。大丈夫です、菜々美お姉さまならきっとうまくやってくれますわ」
 「そうじゃな…アレーレ、少し散歩でもしてくる。後は頼むぞ」 そう言って立ち上がるファトラ。
 「散歩ってどちらへ」
 「心配するでない。外へは行かぬ。中庭でもぶらついてくる。では頼んだぞ」
 「はい…お気をつけて…」
 アレーレは扉を開きファトラを見送る。
 その背中はいままで見た中で最も小さかった。


 散歩と言ったが実際にはファトラは一人になりたかっただけである。
 ルーンとの実力の違いを見せつけられた事もあるが何よりもこのままなし崩し的に誠と結婚させられる事に耐えられなかった。
 庭の片隅にぼんやりと座る。
 否応なしにいままでの出来事、誠達と出会ってからのことが思い出された。
 「誠…」 下を向いたまま呟く。
 「なんでしょうか?」 答えが返ってきた。
 ぎょっとして顔を上げるとこちらを見つめている誠と目が合った。
 「な、なぜここにおる。一体どこから湧いてきた!」 狼狽えるファトラ。
 タイミングが悪かった。しかし運がいいことに夕日がファトラの頬を赤く染めていた。
 「どこって…ちょっと休憩しようと中庭に出たらファトラさんが座っているのが見えたもんですから」
 誠は不思議そうにファトラを見つめる。
 「休憩じゃと?」
 「ええ、ちょっと疲れまして。それにもうすぐ晩ご飯やしこのまま食事に出てもええかなと思うてます」
 警戒するように誠を見るファトラ。
 誠が現れたのもルーンの差し金かと思ったからだ。
 「珍しいな、そなたが自主的に休憩するとは」
 「いや実はストレルバウ博士に言われたからなんやけど」 照れくさそうに答える。
 「ストレルバウ?」
 「ええ、先ほど博士は戻られたんですけど僕の顔見るなり『少しは休まないと健康に悪い』と言われまして。それでちょうど切りも良かったので休憩しようかと」
 ファトラはため息をついた。
 まずは結果としてストレルバウが余計なことを言ったことと、その言葉を誠が勘違いしていることにである。
 「誠よ、ストレルバウは休憩しろと言ったのではない。たまには休暇を取れと言ったのじゃ。本当にそなたは馬鹿なのか利口なのか分からない奴じゃな」
 「そうやったんですか? う〜ん休みを取るまでは考えんかったなあ。休みかあ…そうや、今度みんなでどこか行きません?ファトラさんも忙しいやろうけどルーン王女にお願いして。今度アフラさん達が来たら提案してみようかな」
 楽しそうに話す誠に対しファトラの表情は硬い。
 「誠、わらわが忙しいというのは皮肉か?」 言い掛かりと言う奴だ。
 「え?いえそんな事ないですよ。ファトラさんは第二王女なんやし僕らみたいにすぐに休暇を取ってという訳にはいかないでしょ?アフラさん達は、まあ自営業みたいなもんやし菜々美ちゃんも2,3日やったら休めると思うし…」
 のんきにそんな事を話している誠を見ているうちファトラは無性に腹が立ってきた。
 “なぜわらわだけがこんな苦労を…”
 半分は自業自得なんだが気付くはずはない。
 殴りつけてやろうかと拳に力を入れた所へまた誠が話しかけてきた。
 「所で隣に座ってもええですか?なんかこの姿勢で話するのも失礼やし」
 そう言われ今度は情けなくなってくる。
 なぜだかは分からないが自分自身に対し情けなさを感じていた。
 思わず涙が出そうになる。
 それを悟らせないために急いで立ち上がって誠に背を向けた。
 「勝手に座るがよい。わらわは部屋へ戻る」 足早に遠ざかろうとする。
 「ファトラさん、僕何か気に障ること言いましたか」
 心配そうに後を追ってくる誠。
 「そうではない。急用を思い出しただけじゃ。ではな」
 誠は先を急ごうとするファトラの手を掴んだ。
 「ファトラさん、言うて下さい。僕が何かしたんやったら謝ります。そやから」
 「無礼者!」
 言葉を続けようとする誠へファトラは振り向きざまに平手打ちを放つ。
 だが本気で叩こうと思ったのではなく反射的であったのだが、それだけに見事に誠の頬にヒットした。
 パシッという乾いた音を残し芝に倒れる誠。
 取り敢えず息はしているようだ。
 ファトラは慌てて誠の傍に寄った。
 「だ、大丈夫か誠!…済まぬ…」
 「いえ、何ともありません…ファトラさん…もしかして泣いて」
 「馬鹿者!そんな事があるか!」 再び後ろを向くファトラ。
 「部屋で休め…その顎では今夜は固いものは噛めまい。後でアレーレに何か届けさせる。大人しく部屋で寝ておれ」
 ファトラは一方的に話した後、誠を置いて部屋へ戻っていった。
 「ファトラさんどうしたんやろ。体調が悪かったんやろうか…」
 顎を押さえながら呟く誠。
 “確かにこれじゃ固いもんは噛めへんな。ファトラさんの言う通り大人しゅうしてよ”
 いつもと違うファトラに疑問を抱いたが、ふらつきながら誠も部屋へと戻っていった。


 部屋へ戻ったファトラを出迎えたのはアレーレではなくストレルバウであった。
 ファトラは扉の向こうに立つストレルバウを見るなり回し蹴りを放つ。
 しかもムエタイ流の上から叩きつけるような蹴りだ。
 これまた反射的に放ったもので見事にストレルバウの首にヒットし彼は顔から床へと崩れ落ちた。
 悶絶しているストレルバウに対し容赦なくやくざキックを浴びせる。
 それをたまたま近くを通りかかった官女が見て止めに入った。
 「ファトラ様御慈悲を。それ以上やったら死んでしまいます!」 後ろから抱きついて懇願する。
 はっとファトラは我に戻った。
 床に倒れ痙攣しているストレルバウが見える。
 「すまんな。ちとやりすぎたようじゃ。所でアレーレはどこへ行ったのか知らぬか?」 呼吸を整えながら問い掛ける。床に転がるストレルバウは無視だ。
 「はい、先ほど正門の方へ向かうのを見ましたが」 こちらもストレルバウの事はどうでも良いらしい。
 「そうか。使いを頼んでおったからな。分かった、もう行って良いぞ」
 「はい…所で博士は」 倒れているストレルバウに目をやりながら話す。
 「少し横に寄れ」
 そう言ってファトラは部屋の外へ向けストレルバウを蹴った。
 大きな弧を描きストレルバウは廊下の片隅へ飛んでいく。
 「あそこなら通行の邪魔にはなるまい。放っておけば勝手に復活して部屋に戻るはず。手間を掛けたな」
 「いえ、とんでもございません。それでは失礼いたします」 お辞儀して部屋を離れていく。
 ファトラは廊下に転がるストレルバウを一瞥し 「余計なことを言ったそなたが悪い」 と言い捨てて扉を閉めた。
 部屋の中には誰もいない。
 ロンズは作戦の成功を信じ執務を取っているのだろう。
 ストレルバウは廊下だしアレーレは菜々美の所だ。
 すぐに帰ってはくるだろうがファトラは孤独を感じていた。
 ベッドを背に膝を抱える。
 “気弱になっている…” 自分でも分かってはいたがどうしようもなかった。
 ストレルバウが提案した作戦はファトラにしてみればどこか穴がある…いや実はうまくいかないで欲しいと思っているだけなのかもしれない。
 ますます落ち込みの度合いが大きくなっていく。
 とその時、ファトラは何かしら気配を感じた。
 身構える彼女の前に現れたのはウーラである。
 「どうしたふぁとら。げんきがないぞ」
 「何でもない…ウーラ、なぜわらわの所へ来た?」
 通常ウーラはテラスで寝そべっているか誠の所にいることが多い。
 「まことがふぁとらしんぱいしていた。どこかわるいのか?」
 「だから何でもないと言っておるだろうが」 強い口調で否定する。
 「そうか。それならいいけど…」 ウーラにもファトラがいつもと違うことが分かるようだ。すぐに動こうとしない。
 「なんじゃその目は。わらわの言うことが信用…ウーラ、頼みがある」 突然身を乗り出すようにして話しかける。
 「な、なんだふぁとら。びっくりするじゃないか…たのみってなんだ?」 驚いたもののファトラは元気が出たようにも見え少し安心するウーラ。
 「うむ、まずこれから言うことは誰にも、特に誠には絶対に言ってはならぬ。良いな」
 「だれにも、まことにもはなさない。わかった」
 「明日、誠は菜々美と旅に出る。そなたは誠の傍を絶対に離れるな。どんなことがあってもすぐに誠を守れるように必ず近くにおるのじゃ。分かったな」
 「まことがたびに?まことはそんなことはいってなかったぞ」 怪訝そうな顔になる。
 「だから秘密なのじゃ。良いか、絶対に誰にも漏らすでないぞ。この事はわらわとそなただけの秘密じゃ」 くどいくらい念を押すファトラ。
 その迫力にウーラはちょっとだけ耳を伏せる。
 「わかった。ふぁとらとうーらだけのひみつだな。じゃこれからまことのところへいく。でかけているあいだまことのそばにいてまことをまもればいいのだな」
 「そうじゃ。頼んだぞ」 ファトラは大きく頷く。
 「ふぁとら」
 「なんじゃ?」
 「まことのことすきか?」
 「な、馬鹿なことを申すな!なんでわらわがあやつを…」
 「まことがきにしていた。ふぁとらにきらわれたのかもしれないと」 今度は心配そうな表情になる。
 「そんなことはない…別に誠のことはどうとも思っておらぬ。馬鹿なことを言ってないでさっさと行かぬか」
 「わかった」 だがウーラはファトラの目を見つめたまま動こうとしない。
 「どうしたのじゃウーラ」
 「うーらふぁとらのことすき。まこともふぁとらすき。みんなふぁとらすき」
 「だからなんじゃ?」
 「だからふぁとらげんきだせ。さびしそうなかおをするな」
 ファトラは一瞬虚を突かれたような顔になる。
 「ふふ…ふはははは…わらわはそんなにひどい顔をしておったか?すまんなウーラ心配を掛けて。大丈夫じゃ。気にするでない。わらわのことよりも誠をよろしく頼むぞ。よいな」
 空元気ではあるが幾分調子が戻ってきたファトラを見てウーラは安心したのか外へ向かう。
 途中立ち止まり
 「ふぁとら、まことはうーらがまもる。だからあんしんしろ。いいな」
 それだけ言うと今度は一気に飛び出していった。
 後に残ったファトラは笑みを浮かべる。
 “ウーラに心配されるとはな…やれやれこんな事では姉上を出し抜く所ではないわ”
 かなり気が楽になってきたようだ。
 ウーラとほぼ入れ違いにアレーレが戻ってきた。
 「ただいま戻りました」
 「ご苦労だったな。首尾はどうじゃ?」 努めて明るく話す。
 「は、はあ…お手紙は菜々美お姉さまへ無事渡すことができたんですが…」 妙に明るいファトラとそこにいるはずのストレルバウがいないことが気になるアレーレ。
 「どうした。何かあったのか?」
 「いえ、菜々美お姉さまへの橋渡しは成功しているんですが、ストレルバウ博士はどちらへ行かれたんですか?」
 「ああ、ストレルバウなら休憩中じゃ」 取り敢えずは嘘ではない、かもしれない。
 「休憩中…困ったな、お弁当博士の分も買ってきたのに…」
 「何を買ってきたのじゃ?」 アレーレの独り言に応えるように話す。
 「ええ、つけ麺とか仰ってました。えーとこれなんですけどね」 そう言いながら手にしていた包みを開く。
 「これが麺でこれがつけ汁、そしてこれが具だそうです」
 「どうやって食するのじゃ?」 なじみのない食べ物に多少興味を持ったファトラ。
 「ええと…まず器にですねえ…」
 菜々美から聞いた内容を一生懸命思い出しながら説明する。
 「…と言う感じです。何でも菜々美お姉さま達の世界ではありふれた食べ物だそうですよ」
 「ふうむ…これなら大して顎に負担は掛からぬな…」 麺を見ながら呟く。
 「顎?どうかされたんですか?」
 「いやわらわではない。ちょうど三人分ある。アレーレ、誠の所へ一つ持っていってやれ。恐らく部屋で寝込んでおるはずじゃ。これなら大丈夫だろう」
 思いがけないファトラの言葉に驚くアレーレ。
 「どうしたんですか。誠様の所へお食事を持っていったらそれこそルーン様に良い材料を差し上げるようなものですよ」
 「だからそなたに頼んでおる……実は先ほど庭で誠を殴ってしまったのじゃ。多分2,3日はまともに食事ができまい。幾ら誠でもそれでは可哀想じゃ。明日はまともに歩けると思うが今夜は無理であろう…」
 「誠様を…一体何があったのですか?」
 ファトラが誠を本気で殴った(と言っても平手だが)という事に疑問を持つアレーレ。
 「大したことではない。つい反射的に手が出たのじゃ。とにかくそう言う訳だから差し入れて参れ。特に何も言わなくとも良い。恐らく誠も口をきく元気はあるまいて…」 ちょっと気落ちしたような口調で命じる。
 「かしこまりました。では行って参ります」 そう言ってアレーレは一人前のつけ麺を再び包んで退出した。
 黙って見送るファトラ。
 表情には表れないが多少楽になってきたようだ。
 部屋の中央にゆっくり座りアレーレの帰りを待った。


 アレーレが戻ってきたのは30分程経った後である。
 「遅かったな」
 「申し訳ございません。誠様がファトラ様のことを色々と訊かれるものですから」 深々と頭を下げる。
 「わらわのことを?」
 「はい。もしかしてご病気ではないのかと、口をきくのも辛そうなご様子でしたがファトラ様のことを気遣っておられました」
 「そうか…で、なんと答えたのじゃ」 表情に出さぬよう注意しながら話す。
 「はい、ファトラ様は最近寝不足気味なだけでご病気ではないとお答えしたんですが」 一旦言葉を切り懐からなにやら取り出す。
 「そうしたら誠様無理に起きあがってこれをファトラ様にとお出しになったんです」
 「なんじゃこれは?」 誠が出したものだけに警戒の色が浮かぶファトラ。
 「睡眠薬だそうです。ただ量を間違えると数日間眠ってしまったり、常用すると癖になってこれ無しではいられなくなるとか仰ってましたが」
 「相変わらず危ない奴じゃな…もっとましなものは作れないのか誠は」 そう言いながらも顔はほころんでいる。
 「どういたしましょう。やはり捨ててきましょうか?」
 「構わぬ。量さえ間違えなければ問題ないのであろう。ちょうど良い。今夜は眠れそうになかったから試して進ぜよう」
 そう言うファトラに対しアレーレは青い顔を向ける。
 「いいんですか?誠様が調合したものなんですよ!」
 余り信用されていないらしい。
 「大丈夫じゃ。仮にも第二王女たるわらわに出した薬じゃ。万に一つでも間違いがあったらどうなるか分かっておるはずじゃ」 笑いながら答える。
 その言葉にアレーレは何か思いついたようだ。
 ファトラの耳元にそっと口を寄せる。
 「ねえファトラ様。そのお薬をわざと分量間違えて飲んじゃうのはどうでしょうか」
 「わざと?どういう事じゃ」 今度は怪訝そうな顔で問い掛ける。
 「ええ、誠様が下さったお薬でファトラ様の様態が悪くなったとしたらさすがにルーン様も考え直すしかないのではないかと思うのですが」
 「馬鹿者!そんなことをしたら誠は手打ちにされるかもしれぬではないか!それに誠は好意で薬を出したのじゃ。それを裏切ることはできん」 厳しい表情で叱責するファトラ。
 「申し訳ございません。そこまで考えませんでした。お許し下さい」 慌てて床に額をつけて謝る。
 「まあ良い。どちらにせよ直接誠を巻き込むのはまずい。もしもわらわが寝込みでもしたらあの姉上の事じゃ、責任を取れとか言って看病をさせた後、今度はそれを口実に婿に入れと言い出しかねぬ」 その予想は確実に当たっている。
 「そうですね…すいません。安直に考えていました」
 「姉上が相手じゃ、慎重にいかんとな」
 「はい…所で早くつけ麺を食べましょう。菜々美お姉さまのお話では長時間おいておくと味が落ちるそうなんです」
 「それはいかん。すぐに支度せい」
 多少麺は伸びていたもののさすが菜々美特製のつけ麺だけあって二人とも満足したようである。
 食後ファトラは誠が調合した睡眠薬(?)を取り出す。
 「今日はろくな事がなかったな。明日こそは挽回しようぞ」
 「はいファトラ様。お薬は分量を間違えないで下さいよ。だけど起きてみたら全て解決していたというのも楽しいかもしれませんね。では今夜はこれで失礼いたします」
 いつもならアレーレは傍にいるのだが今夜に限ってはファトラは一人になりたかった。
 部屋を退出するアレーレを見て苦笑する。
 「起きてみたら解決か…逆に起きたら式の準備が整っておったと言うことになるやもしれぬのだぞ…」
 それでも気分的にはかなり楽になっていた。
 “せめて今夜だけは良い夢を見させてくれ…”
 そう思いながらファトラは薬を飲み床についた。
 そして廊下に倒れたままのストレルバウに気付いた者は誰もいなかった…。


 翌朝アレーレは焦っていた。
 ファトラがなかなか目を覚まさなかったからである。
 どんなに揺すっても規則正しい寝息は変わらず起き出す気配はなかった。
 “どうしよう…” まさか起きないと言うことはないだろうが(誠の話だと数日間眠り続ける事は有る)このままでは作戦にも支障が出る。
 ロンズがやってきてもファトラは起きなかった。
 「どうされたのだファトラ様は?」 怖い顔してロンズが詰問する。
 アレーレは昨夜のことを話した。
 「何!誠殿の薬を飲まれただと。なぜお止めしなかった!このままファトラ様が目を覚まさなんだらどうするつもりか!」
 「すいません。私もお止めしたんですが『構わぬ』と申されまして」
 「何を考えておられるのだファトラ様は。アレーレ、ストレルバウ博士を呼んで参れ。博士なら何か分るかもしれん」 本当は誠を呼び出したいところだがそうもいかない。
 「分りました」
 アレーレは部屋を飛び出していったが、しばらくしてから一人で戻ってくる。
 「博士は?」
 「それがお姿が見えないんです。学術院にはいらっしゃいませんでした。書斎にも行ってみたんですがどなたもいなくって…どうしましょうロンズ様。このままファトラ様が目を覚まさなかったら…」 後半は泣き顔になっている。
 ロンズも困ったような表情を見せた。
 ファトラが目を覚まさないのは誠の薬が原因なのは間違いないのだがファトラは自分の意志で飲んだのである。
 本来なら誠が責められるべきだが今現在それはできない。
 そんな事をしたらルーンは喜んで誠に責任を取らせるはず、ロンズもそう考えた。
 二人は頭を抱え善後策を協議していた。
 「とにかく博士を見つけだすしか有るまい。何とか解毒剤を作ってもらうしかない」 苦渋の表情でロンズが話す。
 「そうですね。私もう一回探してきます」 そう言ってアレーレは立ち上がった。
 「どこへ行くのじゃアレーレ」 思いがけない方から声が掛る。
 慌てて声がする方を見る二人。
 ベッドの上ではファトラが爽やかな顔をして座っていた。
 「「ファトラ様!」」 二人同時に叫びベッドに駆け寄る。
 「なんじゃ、大声を出して。静かにせぬか」
 「ファトラ様ぁ…」 涙を流しながらファトラに抱きつくアレーレ。
 「どうしたのじゃ二人とも。変な顔をして」 アレーレをあやしながらファトラが問い掛ける。
 「は、実は…」 ロンズはそれまでの経緯を説明した。
 「なるほど、そう言うことだったのか。それは心配を掛けたな」
 「私このままファトラ様が…」 そう言いながら再び涙目になるアレーレ。
 「よしよし泣くでない。わらわはちゃんとここにおるからな。所でロンズ、ストレルバウが行方不明と言うことだが」
 「はっ、学術院にも書斎にもいないとのことでした」
 「まさか城を出たと言うことはあるまい。探して参れ」 昨夜のことは完全に失念しているようだ。
 「御意に」 一礼して外へ出る。
 「アレーレ、朝食の用意じゃ。今日は忙しくなるぞ」 ぐっすり眠れたお陰で気力が充実している。
 「はい、ただいま!」
 アレーレは準備にかかる。
 その間ファトラは窓から外を見ていた。
 “確かに菜々美なら誠を連れてこの街から出ることができるかもしれぬ…だが姉上が黙って見過ごすはずはない。一体どうやって阻止されようとするか…”
 ファトラが使える手駒が限られている以上菜々美の事も読まれているに違いなかった。
 しかし菜々美や誠は普通(?)の市民であり、正当な理由なしにその行動を制限するのは難しい。
 ましてや相手はあの菜々美である。
 誠が絡んだ以上生半可な理由なぞ通用するはずはなかった。
 かといって真実を告げたら逆効果である。
 仮にルーンとファトラが望んでも誠を婿にするのは絶対に不可能だ。
 ルーンが取るとすれば菜々美の弱点…経済的な攻撃しかない、そう考えたときアレーレが食事の用意ができたことを告げる。
 ファトラは一旦中断し食卓についた。


 「お食事中失礼いたします」 そう言って入ってきたのはロンズだ。
 「ロンズ、ストレルバウは見つかったのか?」
 「はっ、先ほど発見いたしました」
 「どこにおったのじゃ?」
 「それが、このお部屋に続く廊下でございます。ちょうど置物の陰に隠れるように転がっておりまして誰も気付かなかったようです」 気付かなかったと言うより気に留めなかったと言うのが正解であろう。
 「所々打ち身の後がございます。暴漢にでも襲われたのかもしれません」 城内に出るのか?
 「そうか。それでいまはどこにおるのじゃ」 大して気にすることなく先を促す。
 「発見されたときは体温も低く口もきけない状態でしたが水の中に放り込んだところ何とか這い出てきましたので大丈夫でしょう。ただいま支度中ですのでもうじきやってくると思います」
 「分った。所で菜々美の様子はどうじゃ。動いたか?」
 「いえ、まだでございます。ルーン殿下は演習と称して軍を動かしておられますがこちらの方も昨日より変化はございません。菜々美殿も監視されているとは思われますが拘束される理由もないためいまは自由に動いております」
 「ふむ…菜々美のことだ旅行の買い物に行くだろうからそこから情報が伝わる可能性もあるな」
 「御意にございます。ですがその事を伝える訳にも参りませぬ。ルーン殿下もですが我々も傍観するより他はございません」
 「ロンズ、姉上がただ黙ってみているだけで済ませると思うか」 少々厳しい目になる。
 「いえ、それはないと思いますが情報統制を行っていることが逆に行動を制限しております。あの菜々美殿が半端な理由で諦めるとは思われませぬし難しいのではないかと推察されます」
 “確かに菜々美をどう納得させるかが問題になる” 食事を終えたファトラは再び考え出す。
 ロンズが言うようにお互い情報を制限しているため取って付けたような理由しか出せない。
 誠ならともかく菜々美がそれで納得するはずはない。
 だが逆に道理が通っていなくても菜々美さえ納得すれば問題はないのだ。
 “どういう手を使うか?”
 ファトラが悩みだした頃ストレルバウの来室が告げられる。
 入室を許可すると真新しい服を着たストレルバウが入ってきた。
 「大丈夫かストレルバウ。昨夜襲われたらしいが心当たりはないのか?」 真顔で尋ねるファトラ。
 「はい、昨晩このお部屋の扉を開けた瞬間棍棒のようなもので殴られましてその後のことは覚えておりません。ご心配をかけ申し訳ございません」 どうやらファトラの姿は確認できなかったようだ。
 「そうか、気をつけよ。所で菜々美だが当然姉上も妨害されると思う。どういう手段を取られると思うか?」
 「そうですな。まず奈々美君に理屈は通じません。特に今回は誠君が絡んでおりますからよほどの事がない限り足止めは不可能かと存じます。そう言う意味ではルーン殿下も傍観する以外手段がないかもしれません。また誠君の休暇届を偽造し許可の印も押しておりますのでルーン殿下以外それを取り消すことはできません」
 「なるほど。菜々美殿は大手を振って誠殿を連れ出せるわけですな」
 「左様、彼女が誠君の部屋へ入ったが最後もう誰も止めることはできません」
 「完璧ですわ博士。今日の午後には奈々美お姉さまと誠様は愛の逃避行へ…」 うっとりしたような表情で話す。
 一瞬ファトラの顔色が曇ったがすぐに元に戻る。
 「うまくいくと良いがな…。誠に薬を盛るという手もある。油断はできん」 厳しい表情で話す。
 「薬物…まさかそこまでは…」 ロンズが信じられないという表情で否定する。
 「分からん。まあ確かに誠が寝込めば菜々美が傍を離れないだろうから逆効果かもしれぬ…だが気を緩めてはいかん。ストレルバウ、誠の様子を見て参れ。ロンズ、そなたは菜々美の監視じゃ。いくらそなたでも子飼いの兵の一人くらいはおるであろう。菜々美の周りを調べさせろ。ではすぐにかかれ」 てきぱきと命令を下すファトラ。
 両名はその言葉に従い退出する。
 「後は姉上の動向か…難しいな…直接お会いするのが一番だが下手すると一日中姉上と過すことになる。かといって事情を知る者が少ないだけに周りから聞き出す事もできん」
 「ご様子をお伺いするだけならば可能でしょうけど…」
 「ああ、しかしそれだけでは意味がない…もどかしいものじゃのう、動けないのはどちらも同じだが決定的な違いは姉上は動く必要がないという事じゃ。どうしてもわらわの方から動かねばならん。この差は大きい」 そう言って苦笑する。
 「ですが常に先制攻撃ができると言うことですよ。ルーン様の裏をかくことができれば圧倒的に有利ですわ」 アレーレは励ますように話す。
 「ああ…しかしあの姉上が相手となるとさすがにわらわも強気には出れぬな。だがまだ負けと決まったわけではない。それに姉上とて万能ではないはず。必ずや付け入る隙があるはずじゃ」
 「そうですよ。私これからルーン様のご様子だけでも調べて参ります」
 「うむ、頼むぞ」 大きく頷くファトラ。
 菜々美次第というのは不確定な状況ではあるがいまできることは菜々美に対するルーンの動きを妨害することしかない。
 ただ肝心のルーンの出方が見当付かない…堂々巡りに陥ってはいたがそれでもファトラは希望を捨てなかった。



  
婚姻の世界エルハザード 後編予告

予告アフラはん  ふう…何事や思うたらルーンはん、ファトラはんに

 誠はんと結婚するように言わはったん?

 ルーンはんも無茶言いはりますなあ…。

 所でファトラはん、お祝いは何がよろしいですか?

 なに?冗談も休み休み言えやて?

 うちは真面目どすが。

 誠はんが結婚してくれたらシェーラがぷっつんして

 暴れることもなくなりますやろ。

 そうしたらうちはゆっくりと読書ができますし、

 ロシュタリア王家は婿はんを得て一石二鳥やおへんか。

 いやシェーラと菜々美はんが暴れて物を壊すことも

 なくなりますから一石三鳥、

 もしかしたらそれ以上かもしれまへんなあ。

 それに王族の結婚式言うたら一大イベント、

 かなりの経済効果も見込まれると違いますか?

 不景気も一気に吹飛びますえ。

 え…誠はんとは死んでも一緒にならない…

 あんな奴と結婚するくらいなら死んだ方がまし?

 あんたはんも好き放題言いはりますなあ…。

 まあよろし。そう言うことにしておきまひょ。

 それでどうしたいんどすかファトラはん?




ふらっと☆すて〜しょんえれくとら