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其処には何もなく

あるのは唯、存在する事実

行動のみが全てを動かす

思うままの直接的な手段

それが彼女の在るべき姿

彼女の唄うは

行動の原理




 カラン,コロン,カラン,コロン♪

 木を叩く心地よい音を足元に響かせ、彼女はゆく。

 「下駄を鳴らしてぇ〜、わらわはゆくぅ〜♪」

 何処かで聞いた歌を彼女なりに唯我独尊にアレンジ。

 人ごみの中、彼女の長い髪と、同色である烏色の浴衣の裾が夏のそよ風に揺れる。

 彼女の目指す前方,喧騒の中心である東雲神社へと人の流れが出来ていた。

 ふと、足を止める。

 視野に一軒の出店。

 そこに居るのは的屋姿の彼女の護衛の一人だ。

 「調子はどうだ? イシエル?」

 懐から雲の絵柄の扇子を取り出し、ゆっくりと扇ぎながら声をかける。

 「ん、ファトラ様。まぁまぁですね」

 笑って氷水の満たしたクーラーボックスから売り物であるラムネを2本、取り出す元暗殺者。

 そのうち一本を今の主に投げ渡す。

 「ふむ、そうか」

 ぱしゅ!

 彼女の隣に立ち、王女ファトラはラムネを開ける。

 泡立ち溢れ、彼女の左手を濡らすが気にした風もない。そのまま口に運んで一息。

 2人の前に東雲神社の7台ある山車の一台が、三十人ばかりの男達によって引かれて行く。

 その情景を唯、眺めて、イシエルが呟くようにして言った。

 「シェーラにアフラは?」

 「シェーラはこの祭りの花火師の手伝いじゃ。何でもトリの花火はあやつのアイデアを採用してもらったとか言っておったのぅ」

 「へぇ…それは楽しみ」

 イシエルもまた、こちらは手にしたラムネを一気に飲み干す。

 「アフラは教えてはくれなかったが…何か仕事らしいな」

 「で、貴女は?」

 切り返す問いに王女はしばらくの逡巡。

 「…わらわは祭りを通して、異国の文化を学んでおるのじゃよ」

 ラムネを飲み干す。彼女はビンを出店のカウンターに小銭と伴に置き、立ち去った。

 飄々と人ごみの中に解けて行くファトラに、イシエルは目を細めてその背中を一瞥。

 「嘘つき」

 苦笑いで一言。

 「もっとも…」

 去って行く山車と、新たにやってきた山車とに目をやりながら元暗殺者は自嘲気味にこう言葉を漏らした。

 「私も祭りを『楽しめる』ようになるなんてね」

 と、

 山車の向こうから人ごみに乗ってやってくる2人の男女を見つけ、思わず頬を緩める自分を感じた。




飾りなく

あるがままに

それこそが

最高の伝達

受け継がれ、まっすぐに伝わる

行動の真意




 神社への階段を彼女は流れに乗って上がって行く。

 「エルハザードの祭りと余り変わらんのぅ」

 子供連れの親,恋人同士か、暑いのにくっついて歩くカップル,忙しそうに走り回るハッピ姿の中年男達。

 周囲に目をやれば所狭しと出店も並んでいる。

 怪しげなクジ屋。ヨーヨー釣りに綿菓子,見知った顔の作るたこ焼きやお好み焼きなんてものもあった。

 混沌として,だからこそ何かが見つかりそうな、そんなどこかわくわくした感覚がファトラの胸の内に湧いていた。

 ぺしゃ!

 「ん?」

 彼女の目の前で浴衣姿の幼い少年が転んだ。5,6才だろうか? 慣れない服装で、それも階段で走り回ったからだろう。

 赤く擦り剥いた肘を押さえ、彼の顔が歪む。

 「ふぇ…」

 「泣くな」

 頭上からの声に、少年は一つ大きく震え、おずおずと上を見上げた。

 表情のない、しかし威圧感がある女性の瞳に今にも泣き出しそうな彼自身が映っている。

 「泣くな」

 今一度、彼女は告げる。

 「男なら例え両手両足がちぎれても、笑って見返すくらいでないといかん。ほら、立ってみろ」

 少年は痛みよりも戸惑いが多くを占め…やがてこくりと頷く。

 ゆるゆるとだが、少年は立ちあがった。少年はそのままファトラを見上げる。

 彼女は笑っていた。

 クシャ

 彼女は彼と同じ視線の高さで屈み、頭を軽く撫でる。

 「こんなところで走るでない」

 砂のついた浴衣を叩いてやる。少年はコクリ、頷いた。

 「ほれ、怪我を見せてみろ」

 「いたぃ!」

 ファトラは隠そうとする少年の肘を半ば強引に引っ張る。

 階段の石段で擦ったのだろう,血が滲んでいた。

 ファトラはおもむろに傷に唇で触れると、血と砂を吸い出し吐き出す。

 「こんなもの、舐めておけば治る。大げさにするでないわ」

 快活に笑って彼女は立ちあがると、ポンと少年の頭を軽く叩いて背を向けた。

 僅かに頬を赤らめた少年はその背に大きく頷くと、彼女とは反対の,石段をやや早足で降りて行く。

 今度は一歩一歩しっかり確かめるように。




気付く者もなく

ただ気付かれる日を夢見るモノ

闇の中に潜む、己すら忘れ去った

在ることすら不確かなモノ

それに気付いた時

直視できない

行動の忌避




 「何をやっておるのだ,こんなところで??」

 半ば呆れ声でファトラは出店にいる彼女に尋ねた。

 ジーパン姿の彼女はクァウール,金魚すくいの店番をしている…ようだ。

 ようだ,というのは、

 「おお、丁度2人同士だしさ,遊ぼうよ!」

 「ね、良いよね?」

 ファトラにとっては知らない青年が2人、先客でこの出店にいた。

 肩までの長髪の,なかなか夏には暑苦しい男と、某関口宏のように前髪だけを金色に染めて日焼けした青年。容貌は悪くはない…が“

 “ナンパか,ったく”

 「クァウール,何だ、コイツらは? 知り合いか?」

 一応、尋ねておく。その返答は長髪男からだった。

 「これからお友達に、ね」

 「あ、そ」ファトラは溜息一つ。続けざまに問う。

 「で、何して遊ぶのだ? わらわとしてはプロレスごっこを指定したいのだが」

 「「ええ?!」」

 驚愕の2人。

 「いかんか?」真顔で問うファトラ。

 「いや、あまりにもストレートだったんで…」

 「できればオレ達も喜んで」

 「そうか」

 ニタリ、ファトラは微笑み、

 「ウェスタンラリアット!!」

 「うげぇ!」まず吹き飛ぶは長髪男。

 「何ィィ?!」

 突然の出来事に戸惑うもう一人の顔面にファトラの飛び蹴りが炸裂した。

 「勘違いしていなかったか? 勝負にもならん,弱いのぅ。楽しくもなかったぞ」

 ノビた2人を店の外に放り出し、ファトラはクァウールの店に戻る。

 「相変わらずですわね、ファトラ様」

 苦笑いのクァウールだ。もっとも叩き出された2人の心配などは微塵もないところがファトラの悪い影響を受けていると言っても間違いではないような気はする。

 「話を戻すが、何をやっているのだ、こんなところで?」

 ファトラはクァウールからモナカを一つ買い、水槽の前にしゃがんで再び同じことを口にした。

 「何をって…ご覧になればお分かりになるでしょう?」

 「そうではない。どうして誠の元にいないのだ?」

 破れたモナカを捨て、もう一つ買いながら王女。

 「…どういうことでしょう? 私はストレルバウ叔父様の代わりにこのお店をお手伝いしないと…」

 「いいのか?」

 ジッとクァウールを見つめるファトラ。クァウールもまた彼女の真摯な黒い瞳を見つめ返し…

 目を逸らすはクァウール。

 「私も姫様のように一縷の迷いなくやりたいことが出来る性格だったら…良かったんですけどね」

 苦笑い。ファトラの手渡す小銭と交換にモナカをまた一つ手渡す。

 「それは言い訳だな」

 あっという間に破いたモナカを放り、王女は続ける。

 「回りを気にしてばかりでは、己の為にはならぬぞ。いくら金を積んでも失われた刻は戻らぬのだ。自分に遠慮して何になる?」

 何個目だろう,ファトラは未だに金魚を一匹も掬うことが出来ずにモナカを振るう。

 「姫様も同じではないですか」

 ボソリ、クァウールは無表情に呟いた。冷たい瞳がファトラに向いている。

 「何が同じだと言うのだ?」

 モナカ2枚重ねのファトラ。怪訝に問う。

 「何故、またこの日本へやってきたのです? 全てを放り出してまで」

 「お前をわらわの元へ引き入れるためじゃ、クァウールよ」

 即答。だが、クァウールは小さく首を横に振る。

 「それは嘘ですわ」

 「嘘ではない」

 「嘘です」

 断言。ファトラはいつにないクァウールの力強さに鼻白む。

 ファトラは頭を一度掻き、再び諭すように告げた。

 「かつてエルハザードの最高学府である王立学院で、双璧の才女として名を馳せたアフラ,そしてクァウール。知己に富んだお前を懐に欲しいと思うのはわらわだけではないはずじゃ。そんなそなたを招き入れるには直接説得するしかない,そうであろう?」

 クァウールは小さく溜息。

 「姫様は自分で自分の気持ちを隠されてしまっているのですね」

 ピクリ、ファトラの眉が僅かに跳ねあがる。

 「わらわが気持ちを隠すだと?」

 「私のスカウトはもっともらしい建て前。ファトラ様は…誠さんが好きで日本に戻ってきたのでしょう?」

 金魚のようやく乗ったモナカが破れた。

 ファトラは放り捨て、クァウールを睨む。

 「どうしてわらわが誠にそのような感情を抱かねばならぬのだ!? わらわが自分自身分からぬことを、どうしてお前が知り得ようか?」

 「私は分かるんですよ」

 そんなファトラにクァウールは苦い微笑み。

 「誠さんに特別な感情を持って接する人が分かるんです。どうしてでしょうね?」

 無表情のその奥に、僅かな困惑を浮かべたファトラにクァウールは続ける。

 「ずっと彼の傍で、姫様のおっしゃる通り、周りに気を配っていたからかもしれませんね」

 「…嫌な女じゃな」

 憮然とクァウールを睨みつける。対する彼女は涼しい顔だ。

 「そうですね」

 また一枚、モナカが破れた。

 「だがクァウール,わらわは誠にそういった感情は抱いておらぬ」

 「どうでしょうね」

 断言するファトラに、クァウールはまるで信じない応答。

 そんな頃である。

 「いらっしゃいませ。あら、誠さん,それに菜々美ちゃんにイフリータさんも」

 水槽の水面を見つめていたファトラは、背後からの三つの気配に気付く。

 「あれ…クァウールさん、こんなところで何を?」

 この声は当の誠だ。

 「ストレルバウ叔父さんが町内会長のお手伝いを頼まれまして、その代理なんですよ」

 クァウールの答えと同時に、彼の視線を背中に感じる。

 “むぅ…何か顔を合わせずらいのぅ”

 彼女はその場から逃れるようにモナカを持つ右手をクィ,構えた。

 「きぇぇぇい!!」

 水の中程にいた出目金に狙いを定めてモナカを潜らせる!

 手応え!

 ばり…

 ファトラのもう片一方の手で構えた小さな皿の中には出目金の姿は…ない。

 「上か!」

 思わず見上げるファトラ,赤い金魚が宙を舞う。

 ぽちゃん♪

 浮き上がった出目金は悠々と水面に戻って泳ぎを続けた。

 “…そう言えばまだ一匹も取れておらんの”

 クァウールと話ながらやっていた為、気に留めていなかったが彼女の脇には破れたモナカが山積みになっている。

 「あの、ファトラさん?」

 おずおずと声をかけた誠に、ファトラは険しい目を向けてしまい…

 “いかんいかん”

 「おぅ、誠ではないか」

 先程のクァウールとの会話を強制的に頭から追い出し、笑いかける。

 と、彼の隣のイフリータの姿を見て、僅かに王女の胸が苦しくなった。

 “何じゃ?”

 それが何なのか理解する前に言葉を放つ。

 「それに菜々美にイフリータも。どうじゃ? 祭りは楽しんでおるか?」

 「え、ええ。まぁ」

 誠がそれに戸惑いながらも答え、ふと彼女の隣にしゃがんで金魚の泳ぐ水槽を眺め始めた。

 「ファトラさん。もしかして大物狙いですか?」

 「当たり前じゃろう。あの出目金や、できればウナギも取りたいのじゃが」

 そんなこともないのだが、取り敢えずそういうことにしておく。

 よくよく見れば水槽の端には元気に泳ぎまわるフナや鯉,なまずやウナギもいたりするのだが、それには今気が付いたファトラだった。

 「かれこれモナカは3桁ほど使っておるのだが、何も取れんわ」

 「ク、クァウールさん?」

 「さぁ? 叔父様が用意したものなので」

 クァウールににっこりと純粋な微笑を向けられた誠はそれ以上の追求を止めたようだ。

 「ファトラさん,コレにはコツがあるんですよ」

 彼は100円をクァウールに渡し、モナカを受け取る。

 「まずは手桶を左手に、モナカを右手に持ちます」

 「ふむ」

 誠は不意にファトラを後ろに回り、背中から抱くようにして彼女の両手に己の手を重ねた。

 “??”

 王女は直接に彼の体温を感じ、僅かの戸惑いを感じる。

 その戸惑いの正体もまた敢えて確信することなしに、三人の女性の僅かに敵意のこもった視線を感じつつ、背中の彼の吐息を読む。

 「そして水面近くの、『普通』の金魚を狙います」

 「しかしなぁ」

 “できれば出目金がほしいのだが”

 「文句は一匹くらい取ってから言ってください」

 「むぅ…」

 ファトラは諦め、気持ちを一転。

 誠と彼女の四つの瞳が、水面を凝視する。

 と、彼女の目の前に一匹、小さな赤い金魚が水面近くに現れた。

 瞬間、王女の力を抜いた両手を誠が力強く誘導した。

 ファトラの右手に添えられたモナカが水面を僅かに切る。

 そして左手の手桶の中に飛び出したものを受け取るように何かが飛び込んだ!

 「お!」

 思わずファトラは声を上げる。

 手桶の中で跳ねるのは一匹の赤い金魚。

 「なるほどな」

 「何となく分かりました?」

  何かを誠の指導で掴み、ファトラは早速実践に移した。

 「つまりは…こういうことであろう」

 素早く右手のモナカで水面を切る。

 次の瞬間には手桶の中にもう一匹の小さな金魚が跳ねていた。

 「スジ良いですね」

 「できるだけ濡らさずにやるのだな。ようやくスッキリしたわ」

 笑みを浮かべ、ファトラはクァウールに2匹の金魚を小さなビニール袋に入れてもらう。

 「あれ、ファトラさん? もう良いの?」

 「うむ。一匹でも取れればあとは同じじゃ」

 菜々美に笑って答えるファトラ。

 “誠に取ってもらったものと、わらわの取ったもので一匹づつ…か”

 ファトラはどこか、嬉しかった。

 彼女は袋の中の2匹の金魚を眺め、満足そうに頷くとそのまま誠を見つめる。

 「礼を言うぞ、誠」

 「いえいえ。ほな、僕達はこれで」

 頭を下げて立ち去ろうとする三人に、ファトラはあることに気付く。

 「と、ちょっと待て」

 「?」

 彼女は誠、イフリータ、菜々美の順で一瞥。

 “菜々美…か。これこそ誠本人も気付いておらぬが邪魔されているのではないか?”

 ファトラは誠に僅かにニヤリと微笑んだかと思うと。

 “クァウール,わらわにそんな気はないのだぞ。まぁ、嫌いではないのだがな”

 「ところで菜々美,わらわと熱い夜を過ごさぬか?」

 「はぃ?」素っ頓狂な声を上げる菜々美。

 ジワリ、そんな菜々美に一歩ファトラは足を踏み出した。

 対して菜々美もまた一歩、後ろへと下がる。

 「何も逃げることはあるまい」

 前へ一歩。

 「その手の動きは何よ?」

 追われる者は後ろへ一歩。

 「友愛の印じゃ」

 二歩三歩

 「私はまっとうな世界の住人だからね。怪しげな愛はいらないわよ」

 四歩五歩六歩…

 「まぁ、ゆっくりと愛とは何か話し合おう。もとい語り明かそうではないか!」

 「話は平行線で終わるわよっ!」

 とうとう背を向けて逃げ出した菜々美を、ファトラは追いかけた!

 “誠、イフリータとうまくやれよ”

 心の中でそう言い捨て、王女は狼となって逃げるウサギを追いかける。

 ズキリ…

 やはり理由の分からぬ痛みが、駆ける王女の心を僅かに突き刺し始めていた。




認めること

認めないこと

それすらも不確かな

困惑と羨望

生まれ出るは

行動の承認




 どん!

 どどん!!

 夜空に瞬間の花束が浮かぶ。

 ファトラは駆けて火照った体に扇子で風を送りつつ、黒いキャンパスを見上げていた。

 ふと、目を遠く右の方へとズラす。

 そこにはイフリータをおぶった誠がいた。

 つい見つけてしまった自分が辛い,そう感じてしまう。

 “もしもあのイフリータがわらわだったならば…わらわは嬉しい、のか?”

 疑問を慌てて頭の中から締め出した。

 彼女に隠している感情などありはしない,常に自分に正直に、己を知って行動している。

 “隠してなど…気付かないフリなどしておらぬわ!”

 自分自身に叱咤。そして言い聞かせた。

 どん!

 はっと我に返り、花火を見上げる。

 右手に下げた金魚の入った小さなビニール袋を視線の高さまで持ってくる。

 どん、どどん!

 水に歪んだ花火をバックに2匹の金魚が楽しそうに泳いでいた。

 思わず頬を緩めるファトラ。

 どん!!

 一際大きな、最後の桜を模った花火が上がる頃、

 すでに王女の姿はそこにはなかった。




貴方の中に必ず在る

心に正直なまっすぐな動き

其れは貴方に、そして傍らの心の声に

何を示す?


其処にあるのは Sense Of Action ...


Thank you , See you again !