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舞い散るは桜色
彼は背を幹に、腰を根に預けて上を見る
八分咲き
突き抜けるような空色に、その桜色は良く馴染む
青いキャンパスに白い絵の具を乗せた筆を一閃
飛行機雲が東から西へと一本、伸びている
と、見上げる彼の横顔が不意に笑みに変わった
それは、耳に飛び込んでくる仲間達の笑い声にか?
それとも?
「疲れたのか、誠?」
背中に当たっていた堅い桜の木の感触
突として
それは同じ桜の、しかし柔らかな胸の感触に変わる
背後から首に回された細い両腕に、彼はしばし顔を埋め
――香る桜――
再び顔を上げた
「そないなことあらへんよ、イフリータ」
柔らかな笑み
永遠に変わることのない、彼女だけへの微笑
「そうか」
アルトな響きは彼の右肩に
桜色の吐息を近く、感じる
ウェーブのかかった長い髪が、そよ風に吹かれて彼の鼻をくすぐった
――緩やかな刻――
ぱたぱた ぱたぱた
弱い羽音が、一つ
四つの瞳は音を追って、前へ
小鳥が二羽
桜の小片の中、それを撒き散らしながら走り回っている
羽ばたく一羽と、見守る様に追いかける一羽
「親子?」
「姉弟だよ」
色の違う二羽
羽ばたく一羽はまだ、うまく飛べない
追いかける一羽は、励ます様に羽ばたいている
「懐かしいな」
「懐かしい?」
遠い過去を見つめる彼女に、彼は問う
「昔、誠が私の枝で逆上がりの練習をしてたコト」
「そないなこともあったなぁ」
彼は幼かった日々に想いを飛ばす
「いつも誠は一生懸命だった」
「そんなことあらへんで」
「ずっと見ていた私に謙遜することもないだろう?」
僅かに首に回した腕に力が、こもる
「そして今も、これからも……誠、お前の両手は何を掴もうとしている?」
「僕の両手?」
一際強い春の風が、吹いた
うまく飛べない小鳥は、その小さな体を風に預けて空へ、空へ
慌ててその後を追う、もう一羽
二羽は風を切って、消え行く飛行機雲をどこまでもどこまでも……
追いかけて消えて行った
誠は右手を伸ばす
空へ
「希望、かな」
残る左手で、首に回されて己の胸の前にある彼女の両手を、
軽く握りしめた
彼女は目を瞑り、
彼の手を握り返す
背中に強く、彼女を感じ、
彼は再び空を眺める
その瞳は消える飛行機雲の、その先へ
まだ見えない、未知へと向って
舞い散る桜色の中
二人の緩やかな刻は、今しばらく続く
さくらさくら
刻、惜しまずに舞い落ちる桜色
了