彼女の面影
Written by 鈴弥


 「マコト…」
 整った唇から吐息のようにもれる呟き、鬼神と呼ばれたそれは永い眠りにつく。
 いや、今はもう彼女と呼んだ方が良いだろう。一人の少年により永遠に手に入らないと思っていた心を得たのだから。
 これから幾千、幾万の夜を数えて彼女は眠らねばならない、たった一人で、一人の少年の訪れを待って。
 「マコト…」また同じ名が唇からこぼれる、
 彼女は気づいているだろうか? その陶磁器のような白い艶やかな頬を伝う涙を。
 彼女は知っているだろうか? 一万年もの長き眠りの重さを。
 彼女は耐えられるだろうか? 気の遠くなるような眠りの果てに、ようやく会えた彼と共に時間を重ねられるのは、瞬きほどの時しかないことに。
 願わくば、これまでの孤独とこれからの孤独を埋める夢が彼女に与えられんことを。


  エルハザード
  誰もが憧れる遥かなる神秘の世界の名
  この世の理を持たない、異郷の地
  そして彼女の故郷



 皆が寝静まりあたりに静寂が満ち、輝く多くの星たちが瞬き語り合う夜更けのことである。
 ここロシュタリア王宮の一室で互いに寄り添いあいシーツに包まっている男女がいた。
 二人とも安らかに寝息を立てていたものの、青年は「うっ、うっっ」悪夢を見ているのか苦しげにうなされ始めた。必死に何かに耐えるように眉間にしわを寄せ、額からはうっすらと汗を浮かべている。
 するとその隣に寝ていた女性がすぐに目を覚まし、男を抱き寄せ優しく胸に包み込む。月明かりに照らされて彼女の美しい白い肌がさらに透き通って見える。
 「大丈夫だから、大丈夫だから、大丈夫だからね、まこっちゃん」赤子に聞かせる子守唄のように優しく穏やかに幾度となく繰り返えす言葉。額の汗をふき取り心配そうに見つめる。
 彼女の声に目を覚ましたのか、苦しげな声のまま「ああ、大丈夫や。菜々美ちゃんも心配性やな〜」もう聞き飽きた決まった応えがかえる。
 全然大丈夫そうじゃないのにそう言う誠に菜々美は、少し眦を上げて「いつも、いつも、いつも、いつも、全然大丈夫そうじゃないのに。無理して、いい加減にしてよ」
 怒鳴りつける。
 「まこっちゃんが、彼女のことが大事なのは知っているけど、自分の体のことを一番心配してよ」怒鳴っているうちに感情が高ぶってきたのか次第に目が潤み、涙声になってくる。
 「いなくなった人には、かなわないのはわかっているけど。私のことも少しは考えてよ。心配なのよ、まこっちゃんが…」最後には耐えられなくなったのか、手で顔を覆ってその場に崩れてしまう。
 誠は誰に言うともなく呟いた、「イフリータがひとりぼっちで立ってるんや。誰もいない校舎で誰も知っている人のいない世界で…、こう手を伸ばしてもとどかないんや」いつも見る夢、愛しい彼女の夢。
 何かを掴むように前に手を伸ばしている誠を見ながら”私いつからこんなに弱くなったんだろ”ふと脳裏をよぎる疑問。
 ”きっとあの時から、まこっちゃんが変わってしまってからなんだろうな”
 これまでもそしてこれからもずっと一緒だと思っていたからそれほど誠のことを意識をしたことがなかった。
 だが、頼りなさそうな雰囲気がなくなり、決意を秘めた瞳を持ち始めたときから、強い想いを持った誠に菜々美は強く惹かれてしまった。
 絶対かなわない人がいることがわかっていながら、誠への想いは益々増していった。
 彼を苦しみから少しでも救いたくて、体を預けた。不安と心細さと苛立ちが誠を追い詰めて、結局今の関係になってしまったのは自分が望んだからだろうか? 彼が求めたからだろうか?
 「ごめん」誠は菜々美に対してそれだけしか言えなかった。
 他人に縋らずにはいられない自分の弱さが嫌になる。菜々美の想いを受け止めてあげたいとも思う。だが、どうしようもないのだ、自分の気持ちは一番自分がわかっている。
 あの時、目の前でイフリータが神の目の中に落ちていった時、誓った想い。
 「必ず迎えに行くから」誓いの言葉。


 遺跡で自分をエルハザードに送った後、彼女はどうなるのだろうか?
 自分をエルハザードに送った後、学校に一人取り残される彼女。
 もうほとんど力が残っておらず心細く一人佇む彼女の姿を想う度に、胸が締め付けられる。
 湧き上がる愛しさ。
 「夢を見たよ、数え切れぬ夜の狭間にただお前だけの夢を見たよ」
 涙を流し、胸にしがみついて来た彼女のぬくもり。
 「イフリータ」
 大切な言葉、ゼンマイを見るたびに思い出される彼女の面影。
 「ごめん」
 もう一度呟く。
 それは、菜々美への言葉か、イフリータへの言葉か誠自身にもわかっていなかった。


fin 




* あとがき 〜 from 鈴弥氏 〜

 30000HITおめでとうございます。
 20000HITからわずか4ヶ月と少しでもう30000HITですかぁ、すごいですねぇ。
 お祝いをせねばということで、今回初のエルハSSを書いてお送ってしました。っていうか、送りつけたんですけどね。
 今回のSSを書くにあたりエルハのOVA第一期を一気に見直しました。エルハは当時リアルタイムで毎月発売日にレンタル屋に行き借りて見てました。
 見直す時にその時ダビングしたビデオではなく、DVD版を買おうと思っていたのですが、昨年の秋に発売されたメモリアルLD-BOXが古本屋で定価の1/4以下で売られていたのを見つけたためそれを買ってしまいました。
 やはり良いですわ、エルハは。もうイフリータが、いじらしくて可愛くてサイコーですね。
 見た後その余韻が残る中、これの下書きを書きました。かなりシリアスになってしまいましたが、私的にはこういうのもありじゃないかなぁと思っています。
 みなさんはどうでしょうか?

それでわ         〜 1999.8.5. 



* 感想 〜 to 元 〜

 鈴弥さん、素晴らしいエルハSS,ありがとうございます!
 OVAの締まった雰囲気をそのまま残されて、大人なシリアスさが存分に醸し出されていますね。
 どんちゃん騒ぎなエルハも良いけど、本来はこういった印象がエルハは強いと私も思います。
 3人それぞれの一途さが、とっても気に入ってます。
 さぁ、これを読んだアナタ,OVAを見直す良い機会ですよ!!(笑)