「それではッ!クッキンバトゥー…レディー…ゴー!」
なかばヤケクソに見えなくもない司会者の手が振り下ろされると同時に、
壮絶な戦いが開始される。
「菜々美のやつなんかに負けんなよー姉貴ー!!」
「手ぇ斬らんように気ぃつけておくれやすー」
「菜々美お姉様、頑張ってくださいー!」
「どっちも頑張ってやー」
無責任な応援が降り注ぐ、既に満員の擂り鉢状のスタジアムの中央に、その二人はいた。
「菜々美ちゃん、負けないわよ!」
「あはは……はぁ…」
異様なまでのハイテンションで盛り上げる司会者に巻けじと、鼻息荒く、包丁の切っ先を突きつける水の大神官ミーズ・ミシュタル。
そんなミーズにため息ついて、苦笑しつつも手は動かして野菜を洗っている菜々美。
この二人のクッキングバトル、すなわち料理対決の火蓋は切って落とされたのであった。
どちらがお好き?
Written by おださが
話は1週間前にさかのぼる…
「ああっ藤沢様!?」
「ゲゲッ!?ミーズさん???」
ソバを手繰りこんでいた藤沢は、その驚きから思わずむせかえる。
「『ゲゲッ』って何ですの?『ゲゲッ』って!!」
「い、いやぁちょっと驚きましたもので…ゲホッゲホッ!」
「あらあら大丈夫ですか?藤沢様…?」
そう言ってミーズは藤沢の背中をさする。
さすられるままに任せて水を一口飲み込んだ藤沢は、ほっと一息つき、あらためて箸をどんぶりの縁に置き、ミーズへと振りかえる。
「で、ミーズさん。どうかしたんですか?」
その顔は露骨に引きつっていた。
平静を装うとしているのが、子供が見ても内心のうろたえ振りは一目瞭然である。
そんな藤沢にミーズはハンカチを口の端に噛み締めつつ、泣くふりをしてみせる。
「『どうかした』じゃありませんわ、藤沢様!今日のお昼は私の愛情を込めた…藤沢様への愛情たっぷりの手料理を召し上がってくださると、お約束をしたじゃありませんか! それなのに菜々美ちゃんのお店でおソバを食べていらっしゃるなんて…」
「え、あ、いや…そうでしたっけ?」
うろたえる藤沢の一言は、ミーズをさらに激昂させた。
「菜々美ちゃんの料理が美味しいのは私も認めますわ!
だからって、私との約束を破るなんて…!!」
「た、たしかに菜々美君の料理は美味いですが…」
「ひどい!ひどすぎますわ!」
「別に故意に破ったわけでは…」
「そんなに私の料理がおイヤなのですかッ!?」
「け、決してそんなわけでは…」
いくら藤沢が弁解をしようとしても、ミーズは聞く耳を持たない。
二人が取り止めのない言い争いを続けていると、状況に変化が訪れた。
ちょうど店内の客達も、不毛な言い争いに飽きてきて各々の食事に戻りかけたときである。
厨房から菜々美食堂のオーナー兼料理人である菜々美が姿を現したのだった。
「あの〜…お二人さん?」
他のお客さんの手前、鉄壁の営業スマイルで声をかける菜々美。
「他のお客様のご迷惑にもなりますので、できればもう少し小さなお声で…」
「あら菜々美ちゃん、あたくしたち大事な話をしているの。
用があるならもうちょっと待っていてね」
「あ、いえ…そうじゃなくて…」
「菜々美君、頼む、助けてくれ…」
ミーズの発する気に押されるかのように、藤沢は菜々美に顔を近づけ、ミーズに聞こえないように小声でささやく。
そんな藤沢につられて菜々美も小声で返す。
「え〜あたしにそんな事言われましてもぉ…」
「だいたい藤沢様ときたら…」
ミーズは声を潜め、顔を見合わせる二人の頭越しに、指折り数えて藤沢の煮え切らない態度を指摘し始める。
「先生、なだめなくていーの?」
「そんなこと言ったってお前、この俺に何を言えと言うんだ!?」
「いつもいつも私が…」
「先生、そんなこと言っているからダメなんですよー」
「あ、こら、先生をバカにするような態度は許さんぞ!?」
「今日のことにしたって…」
「先生をバカに?このアタシがそんなことするわけないじゃないですかぁ?」
「まぁ…菜々美君はたしかに良い生徒だが…・」
「藤沢様!?聞いていらっしゃいますの!?」
「ハイ!もちろん!!」
「情けなー…」
がっくりと肩を落とす菜々美。
ちらりと藤沢を見下ろしたミーズは、その藤沢の言葉に満足げにうなづくと、今度は自分の世界に入って、夢見る乙女の表情で藤沢への想いについて語り始める。
「先生ってば、尻に叱れるタイプねー」
「おいおい菜々美君…。俺は亭主関白だぞ!?」
「私がどれだけ藤沢様のことを…」
「亭主関白?どこの誰がです?」
「菜々美君の目の前にいる、この藤沢真理だ」
「水の神殿にて、毎朝フリスタリカの方角を見つめ…」
「えぇ〜?先生はやっぱりミーズさんに振りまわされる役どころですよぉ」
「な、なにをいうんだ!?生徒の教育と山に生きるこの男、藤沢真理を捕まえて…!?」
「確かに最近はロシュタリア王宮にご厄介になってますが…」
「だって先生、いっつもミーズさんに怒られてばっかり…」
「それは違うッ。俺があれこれ言ったらミーズさんが可哀想じゃないか」
「毎日時間を見ては、料理長さんにいろいろと…」
「へぇ〜…ミーズさんのこと、やっぱり気にしてるんだぁ。クスクス…」
「あ、いや、そーゆー意味ではなくてだな…」
「……」
「やっぱり先生も気になってるんじゃないですかー。もー素直じゃないんだからぁ」
「こ、こら!大人をからかうもんじゃぁないぞ!」
「……」
「照れちゃって、カワイー」
「菜、菜々美君…まったく…」
「もー!藤沢様ッ!聞いてらっしゃいますの!? それに菜々美ちゃんまでッ!」
「「え!?」」
二人が凄まじい怒声に慌てて顔を上げると、そこには一見落ち着いた表情をしているものの、その実はらわた煮え繰り返っているのが一目瞭然のミーズが仁王立ちしていた。
思わず後ずさる藤沢と菜々美。
ミーズはキッと藤沢をにらみつけてその動きを封じた後、その鋭い視線を菜々美へと移す。
この世界で敬われつつも恐れられている水の大神官の本気の視線に硬直し、引きつった営業スマイルを浮かべるのが精一杯の菜々美であった。
「あ、あの〜…あ、あたし!?」
「……」
ミーズは特徴的な下がった目を、さらに細めて菜々美を見つめる。
「…勝負よ」
小さくつぶやくミーズ。
「「え!?ミーズさん、今なんと!?」」
菜々美と藤沢はそろって聞き返すが、ミーズは口をつぐんだまま。
周囲の者の一人が、緊迫した空気を察し、ごくりと息を飲んだ。
そのタイミングに合わせるかのように、ゆっくりとミーズは口を開いた。
今度ははっきりと、店中に響き渡る声で。
「料理で勝負よ、菜々美ちゃん!!藤沢様を賭けて!!!」
ビシッと菜々美を指差すミーズ。
そのセリフに店内は完璧に静まり返った。
「「……」」
言葉もない藤沢と菜々美はゆっくりと視線を合わせる。
店内の客たちも、互いに顔を見合わせている。
「…何がどうなって…なんで?」
呆然としてそうつぶやく菜々美の言葉は、店内にいる者(ただしミーズを除く)の気持ち全てを余すところなく代弁していた。
●
「菜々美ちゃん、さすがにやるわねッ!
でも今回は負けるわけにはいかないわ!藤沢様のためにもッ!!」
正確には藤沢のためではなく自分のためである。
だが、そんなことには当然念頭に無く、凄まじい気迫をあふれさせて叫ぶミーズ。
その手は休まずにキャベツによく似た野菜を千切りにしていく。
しかし包丁の上下と共に舞い上がる千切りされたキャベツは、少々太かった。
ミーズの叫びを耳にし、菜々美は困惑の表情で苦笑いする。
「あたし…なんでこんなことやってんのかしら!?」
菜々美はそうつぶやきながらも的確に肉を切り分け、下ごしらえを着々と進めていく。
その手並みに場内からは感嘆のため息が漏れる。
場内の誰の目にも菜々美の勝ちは間違いなく見えた。
『いくら水の大神官様といっても分が悪い』
『相手は料理の大神官様なのだから』
審査員席に座らされて、極度の緊張から冷たい汗を流している
藤沢真理の目にもまた、そのように映っていた。
●
場内特別席の一角にて…。
「さすがは菜々美はんどすなあ」
「ああ、悔しいが菜々美のヤツ、流石だぜ!」
「アンタがなに悔しがる事がありますの? 料理なんて出来もしないアンタが…?」
「う、うるせえ!!そーゆー問題じゃねぇだろ!」
「じゃあどう言う問題で『悔しい』んどす?」
「…てめぇ、わかってていってんだろ!?」
「…さ、ミーズ姉さんの応援しとかんとあとが大変どすえ」
「ごまかしやがって…それはそうとよ?」
「なんですの?」
「どっちが勝つと思うよ?」
「…聞くまでもないですやろ?」
「…そうだな。やれやれ、後が怖いぜ…」
●
場内特別席の、また別の一角にて…。
「何度見ても菜々美お姉様のお姿には惚れ惚れしてしまいますわぁ」
「そやなぁ。なんて言ってもフリスタリカ一繁盛している飲食店、菜々美食堂を一人で切り盛りしているんやもんなぁ」
「違いますよ誠様。お一人じゃなくて、私も手伝いしてるんですから!」
「そやったな、ごめんごめん。それにしてもホンマ、流石やなぁ」
「ホントスゴイですよねぇ」
「なんや、東雲高校のころを思い出すわ」
「誠様の世界のことですか?」
「うん、あのころ菜々美ちゃんの手伝いをよくやらされたもんや」
「…大変だったんですねぇ」
「ホンマ、毎日毎日大変やったで…」
「「……」」
「あ、誠様誠様、そろそろラストスパートのようですよ」
「ホンマや、ミーズさんも菜々美ちゃんももう盛り付けて終わりのようやな」
「ねぇ誠様?この勝負…」
「…うん、やっぱりなぁ。いくらミーズさんでも……」
「…ですよねぇ」
「どうなるんやろな…?」
「どうなるんでしょうねぇ…?」
●
「タァァァァッァイムアーーーーーッッップッ!!」
完全にキレているようにしか見えない司会者の声が、喧騒の中響き渡った。
「これより審査に入ります!皆様、しばらくお待ち下さいッ!!」
場内のざわめきをよそに、司会者は特別審査員である藤沢を急き立て、セットの裏へと消えていく。
そして十分ほどたっただろうか。
セットの横から司会者と共に審査員たちが現れた。
そのなかには、特別審査員である藤沢の姿も当然あった。
司会者がゆっくりと口を開く。
「勝負とは非常なものです。勝者が生まれ、敗者が生まれる。
しかしこれは仕方のないことなのです。そして今日もまた…」
先ほどまでとは打って変わった厳かな口調に、観客たちは固唾を飲む。
そして場内は完璧なまでの静かさに包まれた。
「発表します……勝者、陣内 菜々美ッ!!」
ドッと湧き上がる歓声のなか、机に手をつき項垂れるミーズ。
対する菜々美は、相変わらず苦笑を浮かべている。
「さぁ勝者よ!ここへ!」
司会者に促され、壇上に上がる菜々美。
そして大歓声の中、表彰式が行われていく。
開場内の皆の注目は菜々美に注がれ、ホンの数人を除いてミーズへと視線を注ぐ者はいなかった。
ホンの数人を除いては…。
●
「残念だったな、姉貴…」
「相手はロシュタリアでも一二を争う料理人兼商売人どすえ。善戦したんとちがいますか?」
「そうですよ、ミーズお姉様!落ち込まないで下さい!!」
「菜々美ちゃんもちょっとくらい手加減してあげれば良かったのに…」
そんな誠の言葉にミーズが顔を上げる。
「ううん、いいのよ誠さん。菜々美ちゃんは変に手加減したりしないで正々堂々勝負してくれたわ。私はそれが嬉しい。負けちゃったけどね…」
そう言って悲しげに微笑むミーズ。
その時だった。
「ミーズさん…」
ミーズの背後からその声は聞こえた。
ハッとして振り向くミーズ。
そこには藤沢がいつのまにか立っていたのだった。
「藤沢様…」
無言で見つめあう二人。
そんな二人の雰囲気を敏感に察したアフラがシェーラと誠の腕をつかむ。
「ここはウチらがいては邪魔どす」
「あ、あぁ…」
「そうですね…」
誠が、ミーズと藤沢を興味深そうに眺めているアレーレの腕をつかみ、引き摺るように歩き出す。
「あぁ〜ん、これからが良いところなのにぃ…」
「だめや、ここは二人だけにしてあげな!」
「そんなぁ…」
ホンの数分なのだが、二人には永遠にも思える沈黙の時が流れる。
どちらも言いたいことがあるのだが、なかなか口を開けない。
やがて、その緊張に耐えられなくなって口を開いたのは、やはり藤沢のほうが先だった。
「ミ、ミミ…ミーズさん!」
「…はい……」
うつむいたままのミーズに、藤沢が一歩踏み出す。
その足取りは緊張にあふれたもので、右手と右足が同時に出ている。
しかしうつむいたままのミーズはそれに気付かなかい。
いま、二人の距離は違いに手を伸ばせば届く距離まで近づいていた。
藤沢がもう一度口を開いた。
「ミーズさん、今日は残念でしたね…」
「申し訳ありません、藤沢様…。私…。もう藤沢様とは……」
うつむいたままのミーズの頬を雫が伝う。
その雫は止めど無くミーズの頬を濡らしていく。
やがてミーズの肩が小刻みに震え出す。
「ミーズさん…」
そっと藤沢の手がミーズの両肩へ置かれる。
その暖かな手のぬくもりに、ミーズが堰を切ったように泣き出した。
「藤沢様ッ、わた…くし、わたくし……」
そんなミーズを見て意を決した藤沢は、なにも言わずにミーズの肩をそっと抱き寄せる。
「ミーズさん、もう一度さっきの料理、作ってもらえませんか?」
その言葉にミーズが濡れた顔を上げる。
「え、いま…なんて?」
藤沢はミーズの潤んだ瞳をまっすぐに見つめて、ゆっくりと言う。
「もう一度、さっきの料理を食わせてください。私はこっちのほうが美味いって言ったんですよ!? それなのにあの食通気取りのやつらときたら…。せっかくのミーズさんの手料理を、あんなやつらと一緒に食べたかと思うといまいち満足できませんで…。だから、もう一度お願いします」
言うだけ言ったらプイと顔を背けてしまい、照れ隠しに頭をポリポリとかく藤沢を、ミーズはまっすぐに見つめる。
そして瞳を閉じて頭を藤沢の胸へ預け、藤沢だけに聞こえる声でつぶやく。
「はい。いつでも…。あなたがお食べになりたいときなら…いつでも…」
藤沢は気がつかなかったが、その顔は涙に濡れてこそいたものの、心からの幸せに満ちていた。
終
Comment
おださが氏より頂きました,参萬Hit記念です。ありがとうございます!
またまたリクエストを聞かれ、私は「ミーズさんの(ラブっちい)話」などとかなり無茶な注文をつけてしまいました。年増キャラだし…(禁句か?!(^^;)
そんな無茶な注文にもかかわらず、見事に綺麗な話にまとまっております。
優柔不断だけど、最後はビシィっと決めてくれる男・藤沢。
なんやかんや、いつの間にやら巻きこまれてしまう薄幸(?)の美少女料理人・菜々美。
そしてそして、普段はヒステリーっぽいけど、やっぱり根は乙女ちっくなミーズ姉さん。
キャラクタの素材を見事に生かしきった傑作ですな。
最後のミーズのセリフが、きっと彼女の中に在るはずの、出てくる事は少ない心からの言葉だと思います。
このミーズというキャラを捕まえて言えるセリフかどうかは分かりませんが、素直に「かわいい」,そう思いました。
ホント、ありがとうございました!
1999.8.18. 元
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