片想いの世界エルハザード
Written by Uma


 「はあぁ…。奪い取るかぁ…」
 酒場でため息をつきながら独りごちるのは炎の大神官シェーラ・シェーラである。
 呑んではいたが酩酊するほどではない。
 それだけに余計な事が浮かぶにも関わらず考えがまとまらないと言った所だろうか。
 「はあ」
 再度嘆息した時聞き慣れた、そしてこの場所では不自然と思える人物から声をかけられた。
 「どうしたんですか、シェーラ・シェーラお姉様?」
 ギョッとして振り向くシェーラ。
 「な、なんでぇアレーレか…。っておいここは酒場だぞ」
 「それを言うならお姉様だって未成年じゃないですか」
 けらけら笑って答える。
 「うるせえ。あたいは良いんだよ。それよりも本当に何してんだ? こんな所で?」
 「勿論お姉様に会うためですわぁ」 科を作るアレーレ。
 「ば、ばっきゃろー。こっちよるんじゃねぇ」 逃げ腰になるシェーラ・シェーラ。
 「ああんいけずぅ」 わざとすねて見せる。
 「だからあっち行けって。ま、まさかファトラがいるじゃねぇだろうな」 思わず辺りを見渡す。
 「いえ、今日はファトラ様のお使いで来たんです」
 「使い?」 酒屋なら分かるが酒場で?疑問符が並ぶシェーラ・シェーラ。
 「ええ、ここにはフリスタリカの酒屋には置いてないお酒があるもんですから時々買いに来るんです」
 「呑みに来ればいいじゃねえか。ったく本当にめんどくさがり屋だなファトラは」
 「お姉様のお誘いがあれば必ずお供致しますが!」 力一杯宣言する。
 「馬鹿も休み休み言え!誰がファトラなんか誘うか…」 何を思ったか尻窄みになるシェーラ。
 「誘うなら誠様ですか?シェーラ・シェーラお姉様」 妖しく笑いかけるアレーレ。
 「ば、馬鹿!だ、誰があんな奴…」
 「ふふふお姉様、ファトラ様は恋愛に関してもエキスパートですよ。ご相談なさってはいかがです?」
 「だからそんなんじゃねぇって言ってるだろう!第一誰がファトラなんかに相談するか」
 「そうですか。ですが気が変わったらいつでもお待ちしてますよ。ではこれで失礼致します」
 ちょこんと頭を下げ店を出るアレーレ。
 そんなアレーレをシェーラはうろたえたように見送っていた。



 「とまあ偶然シェーラお姉様と出会ったのですが、こんな感じでしたね」
 ファトラの元へ戻ったアレーレが報告をする。
 「ほう、結構思い詰めている様にも見えるな」
 「ええ、もう一押しすれば忍んで行くのではないかと思うくらい」 ニコニコ笑いながら話すアレーレ。
 「だがそうなったらロンズはたまらんな」 ちょっと考えてファトラ。
 「ロンズ様が?どう言う事です?」 今一歩話しが見えない。
 「先日ロンズがやたらと暗い顔をしておったので問い詰めたのじゃが」 やれやれと言う表情で話す。
 「ロンズ様のお顔が暗いのはいつもの事では?」 本人の前ではまず言えない事をさらりと言う。
 「まあそうだがな。あの時はいつも以上に暗かったな」 ファトラも否定はしない。
 「それで何が原因だったんですか?」
 「ああ、誠を巡ってちょくちょくシェーラと菜々美が騒動を起こすであろう」
 「ええ昨日もあったばかりですね」 頷くアレーレ。
 ファトラはややうんざりと言う感じで続ける。
 「連中が鞘当するのは勝手だがな、その度に物が壊れるので頭が痛いそうじゃ」
 「なるほど。シェーラ・シェーラお姉様が切れたら只じゃ済みませぬものねぇ」
 しみじみと言うアレーレ。結構とばっちりを食っていたようだ、
 「壊れた壁や調度品の補修費用はかなりの金額になっておってな、ロンズの奴その事を告げた時はさすがに青い顔をしておった」
 「あのロンズ様がですか」
 「ああ。最近は虫共も大人しくしておるからな。軍事費も昨年よりはかかっておらぬし、城の補修も終わって一段落かと思うておったのだが」
 一旦言葉を切って嘆息するファトラに怪訝そうな目を向けるアレーレ。
 「補修費だけ、すでに昨年を上回っているそうじゃ」
 「昨年ってファトラ様、昨年は戦争でお城もダメージを受けましたから相当かかったと聞いておりますがそれを超えているんですか?」 驚愕の表情で問い掛ける。
 「ああ、しかも年度が変わってまだ半年じゃ」 話しているファトラも暗い表情になってくる。
 「何とかならないのでしょうか」 さすがにアレーレもまずいと思う。
 ふう、とため息をつきファトラは言葉を続けた。
 「相手が大神官シェーラ・シェーラに菜々美ときておるし、なんと言っても元凶は誠だからな」
 「そうですね…」
 「まあシェーラが少しは前へ出るなら、それはそれで良いのだがな」
 「なぜですか?」
 「口惜しいが…、シェーラが誠と一緒になれるのなら少しは静かになりロンズもいつも通りの暗い顔で済む」
 結局ロンズは暗いらしい。
 「なれるなら、ですか」 改めて訊き直す。
 「ああ、シェーラにその度胸と行動力があれば何とかなるかもしれぬがな」
 「やはり菜々美お姉様が」
 「うむ。押し倒したくらいじゃ菜々美にはこたえぬだろうな…。まあ間違い無く誠はぼろぼろにされるだろうが」
 ファトラにしては同情的な口調で話す。
 「そうですね…。その時は誠様終わっているかもしれませんね」
 「まあ自業自得だがな」
 「自業自得ですか」
 「当然じゃ。あやつの優柔不断さがこのような事態を招いておるのだからな」
 「それはそうかもしれませんねぇ。で、どうなされます?」 期待に満ちた表情で問い掛けるアレーレ。
 「そうだな…」 珍しく考え込んでいる。
 「あのう、ファトラ様、私考えがあるのですが」 おずおずと述べる。
 「なんじゃ申してみよ」
 「ええ、シェーラお姉様を焚き付けてですね、夜這いさせるんです」
 「夜這い?」
 「はい。それでですね、誠様にはどこかへ行って頂いて、ファトラ様が代わりにベッドに入るんです」
 ニコニコと話すアレーレに対しファトラは難しい顔をしている。
 「無理じゃ」
 「なぜですか?」 納得できない表情のアレーレ。
 「まずシェーラを待ち伏せると言う所に無理がある。あれは…いわば野獣じゃ。少々色呆けていても難しかろう」
 「野獣、ですか」
 「そうじゃ。まあそれがシェーラの魅力でもあるのだがな」
 「はあ。ですがファトラ様だって武道の達人。気配を消けばよろしいのでは」 諦めきれないようだ。
 「そうかもしれん。だが攻撃を仕掛ける時には分かるからな」
 「あ、あのうファトラ様。別に果し合いをする訳ではないのですから…」
 「似たようなものじゃ。それに…あの部屋でシェーラに方術を使わせる訳にはいかん」
 「どうしてですか?」
 「あの部屋には古代エルハザード文明に関する資料に今まで誠が書いた論文が置いてある。それに」
 一瞬言葉を切る。そして遠くを見るように続ける。
 「あそこには…イフリータのゼンマイが置いてある。シェーラの方術くらいで壊れるとは思えぬが」
 ”あれに害を及ぼすような真似は出来ぬからな“ 後半は口に出さず胸の内。
 「ファトラ様。ファトラ様はイフリータの事になると本当に真剣になりますね」
 アレーレはある疑念を胸に問い掛ける。
 「ん、まあそうだな。イフリータは恩人じゃからな。礼を言わねばならぬし…」
 ファトラにしては言葉に力がない。
 ”なんだろう…“ アレーレは以前からファトラがイフリータの事を話す時少し寂しいそうな表情になるのに気が付いていた。
 ”まるで恋をしているような…“ と考えるがすぐさま否定する。
 「ではどうされます?」
 「そうじゃな…。一番良いのは誠が態度をはっきりさせる事だろうが、あの朴念仁には無理な相談かもしれぬな」
 「いえ、ファトラ様。私は誠様ではなくシェーラ・シェーラお姉様の事をお尋ねしたのですが」
 言いながら先程否定した事を再度考えてしまう。
 「シェーラか…。まあ放って置くのが一番じゃな。触らぬ神に祟り無しというではないか」
 「シェーラお姉様って祟るんですか?」 思わず突っ込むアレーレ。
 「神官やっているのだからそれくらい出来るかもしれん」 
 「はあ…。ですがファトラ様千載一隅のチャンスかもしれませんよ」 やはり諦めきれないアレーレ.
 「そうじゃな…。そうかもしれんが誠の部屋と言うのはやはりまずい。シェーラをこの部屋へ連れ込む事ができるのなら考えるが…」
 「そうですか…」 考えてみるが誠ならともかくシェーラや菜々美をファトラの部屋へ連れてくるのはかなり無理がある。
 誠様ならともかく? アレーレはファトラへ再度進言する。
 「ねえファトラ様。誠様がこのお部屋にいらっしゃると告げて誘き出すのはどうでしょうか?」 なんか目が怖い。
 「アレーレ。気持ちはよ〜〜く分かる。しかしそんな事を言ってシェーラがおとなしく来ると思うか?来た途端この部屋は丸焦げになるぞ」 回りを見渡しながら話すファトラ.
 アレーレもさすがに否定できない。
 大体において今まで大した怪我も無く過ごせたこと事態奇跡である。
 もっともファトラがシェーラ・シェーラにちょっかい出さなければそんな目に遭わずに済んだのではあるが。
 ”誠をこの部屋にか…“ アレーレに気付かれないようにため息をつくファトラ。
 何かと用事、殆どが身代わりだが、を半分こじつけてやらせているような気がしないでもなかった。
 そんな時誠は口では勘弁してくれみたいな事を言っていたが結局はやってくれていた。
 ”まあ誠に代わりをさせるときはそれなりの情報を持つ連中を相手にする時だったがな“
 そう悪い取引ではなかったはずだと考えるファトラ.
 もっとも誠扮するファトラがやたらと先エルハザードやイフリータの事を事細かに尋ねているためロシュタリア内外でファトラ王女は先エルハザード、特にイフリータに興味を持たれているらしいと噂になっている。
 ”全く誠の奴め事イフリータとなると見境がなくなるなるからな“ 誠が自分と同じ姿で一生懸命イフリータの事を話す姿を思い浮かべ思わず口元が緩むファトラ.
 「どうされましたファトラ様」 ちょっと怪訝な顔で尋ねるアレーレ。
 「いや何でも無い…。誠がわらわの寝室にいると聞いた時のシェーラ・シェーラの表情を思うとな…」
 ”まあそれも面白い見世物ではあるが“ そっと胸の内で思うファトラ。
 「そうですかぁファトラ様。私怖くて直視できませんけど」 アレーレは首を縮めながら答える。
 「ふふふ、そうかアレーレ。シェーラ・シェーラの怒りの表情も色っぽいと思うぞ」 ゆっくりとアレーレの頬をなぞるファトラ。
 アレーレは頬を紅潮させファトラに身を任せる。
 ”誠、いつかは答えを出さねばならぬぞ“ アレーレを抱きしめながら思う。
 ”お主がイフリータの事を想うようにお主の事を想っている者達もいるのじゃ。お主はその想いに応えねばならん“
 そこまで考えちょっと顔を曇らせるファトラ。
 ”お主が誰を選ぼうと…。いや言うまい。お主とイフリータはこのエルハザードの救世主じゃ。絶対にわらわが守って見せる“ ゆっくりとアレーレにキスをする。
 ”だから誠、急ぐ事は無い。何事も急ぐ事は無い。だが誠、絶対にイフリータを連れて帰ってくるのだぞ“
 後はもう何も考えずアレーレをベッドへ運んでいった。



 数日後、王立学術院内にて…。
 「なんだとてめえもう一回言ってみろ!」
 「何度でも言ってやるわよ! あなたがねぇここにいるとまこっちゃんの邪魔になるだけでしょ!」
 「あのう
 「ふざけるな! てめえだって何もしてないじゃねえか!」
 「はん!私はまこっちゃんのためにこうやってお弁当を持ってきているんだからね!」
 「二人とも
 「てやんでぃ、持ってきて売りつけてるだろうが、この守銭奴が!」
 「何ですって! 一円を笑うものは一円に泣くのよ!」
 「頼むから
 「何訳の分かんねえ事言ってんだ! 別にてめえから弁当買わなくたって、あたいがもっと美味いもんご馳走するって言ってんだ。文句ねえだろ!」
 「冗談言わないでよ。この私の愛情のこもったお弁当より美味しい物があるはず無いじゃない!」
 「へっ!その愛情を売りつけるのかてめえは。大した愛情だな!」
 「あ、あの僕の話を
 「なんですってぇ!」
 「ふん。本当の事を言われちゃあぐうの音もでねえだろう」
 「ちょっとまこっちゃん! 聞いた今の言葉! シェーラったらこの私が丹精込めて作ったお弁当にケチを付けるのよ! あんまりよねまこっちゃん!」
 「い、いやだから…
 「誠! お前このあたいの言う事が間違ってるってぇのか?」
 「ですから…
 「なによまこっちゃん! シェーラの言いなりになるって言うの。そんな風に育てた覚えは無いわよ!」
 「なんでてめえが誠を育てたんでぇ!」
 「うっさいわね! まこっちゃんは私の幼馴染よ! 当然じゃない!」
 「なにが当然なんだ。大体てめえは最初見た時から気に入らなかったんだ!」
 「あーら奇遇ね。私もあなたみたいな野蛮人見てると虫唾が走るわよ!」
 「っざけんなあー」
 「やる気!」
 「わあああ、止めてくれや二人とも。ここには大事な資料があああ」



 「またやっておるの…」 たまたま近くを通りかかったファトラが呟くように言う。
 「そうですわね…」 アレーレも呆れ顔だ。
 「ロンズの奴その内胃に穴が開くぞ」 他人事のように言うファトラ。
 「それはちょっと困りますね」 同じく他人事のアレーレ。
 「そうじゃな…。だがどうしようもあるまい…」 半分諦めたような口調だ。
 「何か良い手だてはないものでしょうか?」 ないだろうなと思いつつ口にする。
 「…。藤沢やミーズに頼んでも無駄であろうな…」 難しい顔をするファトラ。
 「まあ、あのお二人の言うことを聞いてくれるのならロンズ様も苦労しませんからねぇ…」 ため息をつきながら話すアレーレ。
 ”なくはないかもしれんな…“ そっとファトラは考える。
 ”もしも誠が皆が、まああの二人を除いて皆が納得できる相手と結婚するのなら少しはましかもしれんな“
 誰なら良いものだろうか…と考えるが
 ”難しいものだな。条件がきつすぎる…。あやつが飲んでくれれば早いかもしれんが…“
 色白の大神官を思い浮かべる。しかし
 ”あやつは、うんとは言うまいな…“
 それ以上は思考する事を拒否するかように考えがまとまらない。
 「ま、ほっとくしかなさそうだな」 ポツリと呟く。
 「そうですか…」
 「ああ…。時に任せるしかあるまい…」
 自分に言い聞かせるようにファトラは話す。
 「ですが…」 学術院を見るアレーレ。
 既に壁が半分以上吹き飛びどこが入り口なのかもよく分からない。



 「頼むからこの資料は…」
 「覚悟しろ菜々美!」
 「それはこっちのセリフよ!」
 「お願いやー、二人とも。お願いやから…」
 「行くわよ、シェーラ!」
 「来やがれ菜々美!」



 死闘を繰り広げる二人を尻目にファトラは気絶した誠を運び出す。
 「全く懲りぬ連中じゃな」
 「そうですけど誠様重いですぅ」
 「少しの我慢じゃアレーレ。後でまた可愛がってやるぞ」
 「はい! ファトラ様! がんばりましょう!」
 やれやれと思うファトラ。
 ”誠。答えを出すのは先でも構わんがそれではお主の身が持たぬかもしれんぞ“
 もし誠が目を覚ましていれば笑いかけてくるファトラを見る事が出来ただろう。
 ”ま、いまさら言っても詮無い事じゃ。取り敢えずは誠、今はゆっくり休め“
 最近誠が余り寝ていない事をファトラは知っていた。
 ”そう、いつか時が解決してくれるだろう…。だが誠よ、いつまでも待ってくれぬかもしれぬぞ“
 ファトラは、自身は気付かなかったがアレーレが見たら嫉妬しそうなくらい優しい表情を誠に向けていた。
 ”だから誠。覚悟だけはしておけよ"



 その頃王立学術院では…。
 ストレルバウが瓦礫の山と炭化した学術書を前に立ち尽くしていた…。
 いつまでも…。


Fin



片想いの世界によせて

 Uma氏から頂きました、微妙なファトラのキモチを見つめた短編です。
 興味ない風に見えて、一番誠を良く観察しているファトラ。
 時によってはまるで弟を見るようなその眼差しに、彼が気付く日が来るのでしょうか?
 来たら来たで慌てふためく誠の顔が目に浮かびますけど(笑)
 Uma氏への励ましのお便りは こちら 

2000.5.20. 元.