女装の世界エルハザード
Written by Uma
ルーンの執務室を辞して廊下を歩くファトラ。
誰の目にも機嫌が悪いことが分る。
だが別にルーンに素行を注意されたとか小遣いを減らされたとかそう言うわけではない。
「全く…たかが大使の入れ替わりごときでなんでわらわが…」
隣国の大使が任期を終えて国へ帰り、代わりに新しい大使が赴任する。
ここまでは問題はない。
またそれに伴い送別と歓迎の宴が開かれる。
まあそれも構わないだろう。
前任者は自国とロシュタリアの友好のために長年尽くしてきたのであり、新しく赴任してきた者もこの先無事に任務を全うして欲しいと思う。
本心からそう願っているのだが
“なんでわらわがその宴に出席せねばならぬだ!”
これは我儘以外の何物でもない。
だがファトラにそれを分かれという方に無理があるかもしれない。
ともあれ彼女は最低でも三日間は開かれるであろう式典に絶対に出席するようルーンから命じられたのである。
「まあ良い。こんな時のためにあやつがおるのだからな。アレーレ!」
「はいここに!」
「分っておるな」
「もちろんですファトラ様。すぐに行って参ります!」
「頼んだぞアレーレ」
そう言ってファトラは部屋へ戻り服を着替え始める。
通常王族ともなれば着替え等侍女の仕事であるがやはりファトラは違っていた。
予め用意してあった服にさっさと着替える。
もっとも脱いだ服はそのまま床の上だ。
のんびりくつろいでいる所へアレーレが誠を連れてやってきた。
「ご苦労だったな」
「いえ、遅くなって申し訳ございません」 軽く頭を下げるアレーレ。
その後ろには箱を抱えた誠が立っている。
「さて誠、アレーレから事情は聞いたであろう。後はよろしく頼むぞ」
「よろしくって…もうファトラさん軽装に着替えて(城を出る)準備万端やないですか。そんなに嫌ですか?」
「当たり前じゃ!なんでわらわがあんなものに出なくてはならぬのじゃ。時間の無駄と思わぬのか?」
そう言われ誠は苦笑する。
確かにそう思える節もあるのだが誠にとってはファトラ以上に無駄な時間である。
もっともそれを口にしたとてどうしようもないので頷くしかないのだが。
「…今回は3,4日くらいと聞きましたけど」
「それくらいだと思う。他に何かあるか?」
「いえ…じゃあ鏡台お借りしますね」
そう言って誠は鏡に向かい手にした箱を開ける。
「なんじゃ。また増えておるのう」
後ろから覗き込んだファトラが呆れたような声を出す。
「え、ああこないだ街を歩いていたら新製品が出ていたもんですから。今年の流行色やとゆうてましたけどそれを抜きにしても良い色やと思いますよ」
そう言いながら誠が取り出したのは一本のルージュだ。
「ほら綺麗な赤でしょ」
嬉しそうに話す誠を見てファトラはため息をつく。
だが誠はそれには気づかず今度は違う小瓶を取り出し話を続けた。
「そうそうファトラさん、こないだ青いドレスを着とったでしょ?僕あれにぴったりなマニキュア見つけてきたんです。見て下さい」
「あ、ああそうじゃな。確かに良い色だと思う…だがあのドレスに合うかどうかは付けてみないとわからんな」
「大丈夫ですよ。これは絶対にマッチします!」
「そ、そうか…では誠、そなた試してみるか?」
「良いんですか?いやあれ一目見て綺麗な色やなあと思うて…実はこれも一度付けて確認したんですよ。じゃあちょっとお借りしますね。え〜っとアレーレ、あのドレスを出してくれへんか」
アレーレはファトラの方を向き確認を取ってからドレスを取り出す。
「そうそうこれや。ほんま綺麗な青やなあ。初めて見たときファトラさんの黒髪とよう似おうとると思うたんです。じゃあちょっと失礼しますね」
そう言って誠は隣の部屋へ行き着替え始める。
「なあアレーレ」
「なんでございましょうか」
「いや誠がそれなりに協力してくれるのは有り難いが…何か違うような気がするのじゃが」
「そうでございますねえ…取り敢えずは何のトラブルもなく協力していただいておりますので良しとすべきではないかと存じますが…」
今一歩自信がもてないアレーレの返事にファトラも当惑気味な表情を見せる。
顔を見合わせているところへ誠が戻ってきた。
「どうですファトラさん、ぴったりでしょ?」
そう言って誠はすっと腕を伸ばし手を広げてみせる。
「そ、そうじゃな…確かに綺麗じゃな…」
お世辞でも何でもなく確かによく似合っていた。
「そうですか?いやぁファトラさんにそう言って貰えて嬉しいわ。じゃあファトラさん、これ今度つこうてみて下さいね。ファトラさんやったらもっと綺麗やと思うし」
普段の誠なら絶対に言わないような歯の浮くセリフを何の躊躇いもなく言ってくる。
「誠、今度その言葉を菜々美かシェーラにかけてやるのじゃな」
無駄とは思いつつ口にするファトラ。
「菜々美ちゃんとシェーラさんですか…う〜んあの二人は余り化粧もしませんし服装も変化がないからなあ…そうや、今度ファトラさんからもっとおしゃれするよう言うて下さい。そうすれば僕も何か助言できると思いますよ」
本気で言っているところが怖い。
「そうか?…所でそのようなセリフは本人達の前で言わぬ方が良いと思うぞ」
「え?本人って…?」
首を傾げる誠の前に突然菜々美が現れた。
「ちょっとまこっちゃん! 今なんて言ったの!」
「菜々美ちゃんいつの間に?!」
「あたいもいるぜ誠。大体なんだその格好は! ファトラより質悪いじゃねえか」
「ちょっとそれどういう意味です! こう言っては何ですけど僕、ファトラさんと比べてもお肌の細かさやお化粧の技術で劣っているとは思いませんよ!」
「まこっちゃん、いつからあなたはオカマになったのよ! 私の好きなまこっちゃんはもっと男らしかったはずよ!」
「そうだぜ誠。そんななよっとしたしぐさなんかしねえで…そのカツラもとっちまいな」
そう言ってシェーラは誠の髪を掴む。
「いたた、シェーラさん無茶は止めてや。このカツラ以前とちごうてすぐ取れないんや。僕の自慢の発明なんやで」
「誠はん、そんなものに時間を費やすくらいなら他にもっと有効な使い道があるんやないやろか」
「アフラさん…意外やなあ、アフラさんならこの装備の素晴しさを分ってくれると思うたんに…」
「何が素晴しさよ! まこっちゃん、あなた恥ずかしくないの!」
「誠はん…人生やり直した方がええんと違いますか」
「ったく…誠ぉ…あたいは情けないぜ。こんな男に惚れてたなんてよう…」
「ですが誠様の女装は評判よろしいですよ」
「ルーン王女!」
皆が振り向くとそこにはルーン・ヴェーナスが立っていた。
「誠様はファトラの代わりに晩餐会とかに出席されていますが、ゲストの方々の評判はすこぶるよくって本当に助かっていますわ」
「どういう事よルーン王女」
菜々美がジト目で問い質す。
「誠様はファトラと違って色々と気配りされてますでしょ。それにお淑やかで…この間も私の所へ某国の大使が参りまして『是非あの可憐なファトラ姫を我が王家の嫁に』と言ってきたくらいですの」
笑いながら話すルーンに対しファトラは泣き出しそうな顔をしている。
「姉上…姉上もそう思われているのですか…」
「そんなことはありませんよファトラ。あなたは私の可愛い妹ですもの。さあそんな顔しないでこちらへいらっしゃい」
そう言いながらルーンはファトラを連れて部屋を出ていった。
後に残った面々は…
「まこっちゃん! その変態的な装備を解くのよ!」
「誠!頼むから元に戻ってくれ!」
「誠はん…あんたはんが何をしようと勝手ですが、他人に迷惑をかけてはいけまへんえ」
「誠様、いくらなんでもやりすぎだと思いますよ。もう少し自重されてはいかがですか」
「そんな事言うたかて僕、ファトラさんに頼まれてるし…」
「そう言えば誠、こないだファトラの代わりにパーティに出た後どっかの大使とカラオケでデュエットしてたそうじゃねえか」
「え、あ、あれは成り行きで…」
「うちはフリスタリカ中の化粧品を漁ってたと聞きましたえ」
「いやファトラさんのは僕の肌に合わんものがあるさかい…」
「誠様、ファトラ様のふりしてファトラ様御用達の百合バーへ出入りされてると聞きましたが本当ですか!」
「…」
「まさかまこっちゃん、下着まで女物つけてるんじゃないでしょうね?」
「え、い、いやそんな事は…」
「怪しいわね」
「そうどすな」
「ここはやっぱり」
「調べるしかねえよな」
「ちょ、ちょっと待って…」
だが誠の抗議を無視して皆一斉に飛びかかる。
「いややあぁぁぁ…」
はっと誠は目が覚めた。
汗ぐっしょりだ。
「ふう…夢やったんか…そうやな、あんな事でみんなから責められるなんて夢以外の何ものでもあらへんな…」
そう言って誠はゆっくり背伸びをする。
「ちょっと早いけどもうすぐ朝食やし…起きよか…」
ベッドから降りて顔を洗う。
「それにしても…ひどい夢やなあ…いったい何やったんやろ…」
ぶつぶつ言いながら鏡を見る。
「さてと気分直しや…今日は…そうや! ルーン王女が用意してくれたドレスにぴったりのルージュとネックレスを見つけてきたんやった。これならみんなの視線独り占めや!」
そう言ってガッツポーズをする誠。
「ルーン王女には悪いけど今日の主役はもろうたで!」
高らかに宣言して化粧を始める。
そしてファトラの代わりに新任大使の歓迎式典へ向かうのであった…。
Fin ...
【訂正とお詫び】
タイトルが『女装の世界 エルハザード』となっておりましたが、これは『女装癖の世界 エルハザード』の間違いです。
訂正してお詫びいたします。
【感想 From 元】
………………(^^;
……誠くん、とうとう神の領域に突入しちゃったんですね。
このままエルハザードの新世界の境地を見せていただきたいです(おぃ!)
こんな彼を見たら、次元の向こうで鬼嫁イフリータが激怒して、自力でこっちに戻ってきそうですね。
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