惚れ薬
Written by Uma
「誠、頼みがある」
唐突に話しかけてきたファトラに誠は困惑の表情を見せた。
以前同じような場面で誠は詳細を聞く前に「いやです!」と即答したのだが、その直後ぼこぼこにされ嫌々従った、と言うか従わされた事がある。もちろんその命令(頼み)もろくなものではなかった。
断っても無駄であることは分かり切っているし、今回の依頼もまたろくな内容ではあるまい。
でも同じ強要されるのであれば殴られない方がなんぼかまし…誠は諦めの表情を向け言葉を待った。
「惚れ薬を作ってくれ」
「は?」
「惚れ薬じゃ!」
「あのう…惚れ薬というと飲んだ後最初に見た異性を好きになってしまうと言うあれですか?」
「長ったらしい説明じゃがそうじゃ。ただし惚れるのは最初に見た異性ではなくこのわらわじゃ」
「ファトラさんに?」
そう答え誠はげっそりした。その薬を誰に使うか考えなくとも分かる。
加えてそれに伴うトラブルも想像できるし、当然その大半は自分に跳ね返って来るだろう事も予想できた。
”なんと言って断るか…”
誠がそう思っているとそれを感じ取ったのか先にファトラが口を開いた。
「わらわの望みを叶えてくれたなら相応の報酬を出そうかと思うのだが…そう、例えば先日某国で発見されたらしい遺跡の発掘調査へ送り込むことも可能じゃのう…」
妖しく微笑むファトラに誠は驚愕の表情を見せた。
「なんやて! それは一体どこで! いや、そんな話ストレルバウ博士もしとらんかったで!」
「落ち着け誠。某国と申したであろう。どうやらその国は遺跡が見つかったことも発掘を行おうとしていることも秘密にしたいらしい」
そう言われ今度は懐疑的な目を向ける。だがファトラは臆することなく話を続けた。
「彼らが最初に行ったのは情報操作と隠蔽工作。うまく功を奏して表には殆ど漏れておらぬ。ストレルバウが知らぬのも当然じゃ。だが秘密とは守れぬもの。先日から探らせておるがこの件は姉上とわらわの他はロンズしか知らぬ」
ファトラはそこまで話すと何も言わず誠の目を見た。”落ちたな” そう確信すると同時に誠が頭を下げた。
「是非やらせて下さい」
「ではよろしく頼むぞ」
満足そうに頷いてファトラは部屋を後にする。誠はそれを見送りもせず机に向かった。
できあがった薬をファトラがどう使うのか、また使う相手は菜々美やシェーラを初めとする美少女であることも分かり切っていた。
だが誠は心の中で彼女らに手を合わせたものの、後は顧みることなく開発に勤しむのであった。
「早いな。もうできたのか?」
半ば呆れたようにファトラが問う。誠に命じてから三日と経っていなかった。
大きく頷いてから誠は箱に入った瓶を示す。中には何やら怪しげな液体が入っていた。
その中から一本取り出し誠は説明を始めた。
「この薬を飲むとファトラさんに、と言うかファトラさんの体臭に反応して性的な欲求を催します」
いつになく力が入っている誠の言葉にファトラはやや違和感を感じつつも満足そうに頷いた。
「つまりこの薬を飲んだものはわらわにだけ欲情すると言う訳じゃな。上出来じゃ! だがほんとに効くのか?」
「効くはずです。ファトラさんの体臭を分析しその中にあるファトラさん特有の匂いの成分にのみ反応する事は実験で確認できました。つまり普通の人にはなんでもない匂いなんですけど薬を飲んだ人にはフェロモンのように感じられるという…」
説明を続けようとする誠を遮りファトラが問い掛ける。
「ちょっと待て! どうやってわらわの体臭を分析したのじゃ。この三日間一度もわらわの前に姿を見せておらぬではないか」
「いえサンプルが必要になったのが昨日の早朝でファトラさんは寝てましたし、起こすのも悪いと思いましたんでそのまま採取したんですけど」
平然と答える誠に対しファトラは今度は強い口調で話す。
「早朝じゃと? だったらわらわだけでなくアレーレに…昨日は町でナンパした美少女がいたはずじゃが…」
「ええ体臭は人それぞれ違いますからファトラさんのだけでなく一緒に寝ていた二人からも採取しましたが…それがどうかしました?」
きょとんとしている誠に対しファトラはすこし顔を赤らめる。無理もない。
美少女を連れ込んで楽しんだ後、疲れたのでそのまま寝ていたからだ。単に裸で寝ていたのと事情が違う。
「そのときわらわ達は服を着ていなかったと思うが?」
「ええびっくりしました。だけどサンプルを採取するには服脱いでいただく必要がありましたし手間が省けて助かりました」
この言葉にファトラはそっと嘆息した。
”こやつは…普段はキスの一つも出来ぬくせに研究が、いやイフリータが絡むと本当に人が変わる…この次は監視が必要じゃな”
ともあれ見られたのが人畜無害の誠だったし専用の惚れ薬もできた。気を取り直したファトラは誠の顔を見た。
「では誠よ、試しに飲んでみよ」
「え!? 僕がですか!!」
「当たり前じゃ。そんな危ない薬を他に誰で試すというのじゃ? まだ臨床実験はしておらぬであろう? 我が身を持って証明してみせよ。それとも不良品、あるいはとんでもない副作用でもあるのか?」
「とんでもない!今回はロシュタリアで認可された薬剤しか使ってませんし効果の方も自信があります」
そう言って胸を張る誠。ファトラは苦笑いをした。
”今回は、じゃと…何とかと天才は紙一重と言うが…”
「では飲んでみよ。確かな効果を確認できねば情報は渡せぬな」
にやりと笑うファトラ。
本来なら美少女で試したいところだが安全性に大きな疑問があるのとイフリータ以外に興味を示さない誠がファトラになびくようなことがあれば十二分の効果があることになる。そう考えていた。
しかし誠にしてみれば法外な要求である。自信はあったが、それだけにファトラに惚れるのは避けたい、もしそうなったらイフリータに対する後ろめたさもあるし何より菜々美とシェーラがどんな反応を示すか分からなかった。
とは言えファトラが持っているはずの情報はどんなことをしても欲しい…。
誠は覚悟を決めた。瓶の口を開け一気に飲み干す。ファトラは好奇心いっぱいの表情でそれを見つめた。
五分経った。誠に変化は見られない。
更に五分経った…やはり変わらないように見える…ファトラは我慢できなくなり誠の肩を掴んだ。
「どうなのじゃ誠。何か…」
一瞬ファトラはギョッとしたような表情になる。誠は笑顔を見せていた。だがとても欲情しているようには見えない。
思わず一歩下がったファトラに対し誠は笑顔のまま薬が入った箱を持ち上げ、それを床へ叩きつけた。
「何をする誠! 気でも狂ったか?!」
「何って…ファトラさん、この薬つこうてあちこちの美少女をものにするつもりやったんでしょ? そんなことこの僕が許しません」
相変わらず誠は笑ったままだったが良く見ると紅潮しているようにも思える。ファトラは更に一歩下がった。
「どういう意味じゃ…誠…」
ファトラの額に汗が浮かぶ。少し引きつったような顔のファトラを気にすることなく誠は一歩踏み出す。
「だってファトラさんは僕だけのものや。ファトラさんが他の人を愛してるとこなんて僕は見とうない!」
そう言いきった誠の目はいつになく真剣であった。
ファトラは思わず身震いした。今まで異性から告白されたことはないし、仮にされたとしても男なぞ眼中にないファトラには意味のないものであった。
しかし同じ顔をした誠から、薬のせいとは言えはっきりと告られたのはファトラにショックを与えた。
どちらかというと都合のいい時に身代わりとして使える便利なおもちゃ的な存在である誠からの求愛は予想できなかったのである。
「待て誠! そなたのその気持ちは薬のせいじゃ!」
動揺しながらも何とか誠を制そうとするが無駄であった。
「関係ないです。何が原因であろうと今のこの僕の気持ちはほんもんや! 僕と一緒になって下さい!!」
「馬鹿を言え…な、なんでわらわが…そう、わらわはこのロシュタリアの第二王女、そう簡単に結婚なぞできぬわ!」
この言葉に誠は考えるような仕草を見せる。
”勝った!” そう思ったファトラだったが誠はにやりと笑ってファトラの思惑をうち砕いた。
「じゃあすぐに結婚できるよう既成事実をつくりましょう!」
声にならない悲鳴をファトラが上げるのと誠が飛びかかってくるのが同時であった。辛うじてファトラは誠の脇をすり抜ける。
”こんな事になるとは…アレーレがおれば…”
宿下がりでアレーレが不在なのを呪いながらファトラは廊下に飛び出した。ファトラ絡みの騒ぎはいつものことなので周辺にいたものは誰も注意を払わなかったがその直後に同じく凄い勢いで出てきたのが誠である。
これには皆驚いた。しかも誠がファトラを追っているのである。
だがそも驚きも一瞬で、皆女装している誠をファトラが追いかけていると思い直し仕事に戻った。
二人が駆け回っているロシュタリア城はファトラが生まれ育った場所である。幼い頃から城の隅々を探索していたファトラは内部を熟知していた。これは大きなアドバンテージになるはずだったが誠は5mと離れずついてきていて振り切れない。
焦りを感じたファトラだったが少し先を曲がったところに隠し扉があることを思い出した。
加速して角を曲がった直後今度は一気に減速。扉を開け中へ飛び込み静かに閉める…息を止めたファトラの耳に誠と思われる足音が凄い勢いで遠ざかっていくのが聞こえた。
ファトラはほっとため息をついた。
と、今度は足音が、やはり凄い速さで近づいてくる。
再び緊張するファトラの前で足音は止まった。続いて扉が開かれそこには誠の姿があった。
「甘いでファトラさん。すぐに姿が消えたらどこかに隠れたしか答えはないやないか。それとも、ここで僕を待っててくれたんやろうか?」
にやにやしながら近づく誠。絶体絶命かと思われたファトラは部屋の奥へ進み床を跳ね上げ穴の中へと消えていった。
「ファトラさんったら恥ずかしがり屋さんやなあ…まあ僕もファトラさんと二人っきりの方がええけどね」
そう呟いて誠も穴へはいる。下におりると通路の先に階段が見えた。降りていくと通路が3本に分かれている。どの通路も同じくらいの幅で先は仄かに明るく区別がつかない。
「万一の時の待避路やったかな…迷路になってたはずやけど…こっちやな」
迷うことなく左の通路を駆けていく。ファトラからそれほど離されていないはずだ。途中分かれ道が幾つかあったがその都度一瞬止まるもののすぐに走り出すのだった。
一方ファトラは油断していた。無理もない。今いる場所は通常使われることのない秘密の通路だし迷路になっている。誠が入り込んだら途中で迷ってしまい、下手をすると数日は中をさまよい続けるはずだったからだ。
それだけに通路の前方に誠の姿を見た時は、すぐにはその事実を認識できなかった。
「ま、誠どうして…」
辛うじて声を出すファトラに笑いかけながら誠が近づく。
「ほんまに甘いでファトラさん。どんなに逃げてもファトラさんの残り香が僕を導く。それに僕がこの通路のことを知らんと思うとったんか?とっくに調査済みやで。先回りできたんがその証拠や」
「馬鹿な…ここは姉上とわらわ以外ではロンズ達側近の者しか知らぬはず…」
「僕の使命は先エルハザード文明の解明や。古文書の中にこの城について書かれているものもあってな、全て探索済みなんや」
「なに! もしや先日わらわの部屋に進入できたのも」
「当たりや。だけどなんであの時ファトラさんをそのままにしたんやろ。こんなに魅力的な人をほっとくなんて僕もアホやなあ」
そう言ってタックルしてきた誠の頭上を飛び越えその先にある梯子を上っていく、誠もすぐに後を追った。
必死に梯子を登るファトラ。本来ならファトラの方が圧倒的に強く、誠がかかってきても軽くいなすことが出来るのだがこの時は驚きと混乱、それに誠の迫力に逃げることしか思いつかなかったのである。
そんなファトラが出てきたのは中庭であった。
ふたを跳ね上げ外へ出たあとすぐに閉め近くにあった岩を上に載せる。だが用心深く回りを見渡すとやはり別の場所から誠が出てきた。
逆方向へダッシュ。すぐに誠も追う。
追う者と追われる者。力量が変わらないのであれば余裕がある方が勝つ。そしてその余裕は誠にあった。
更にファトラは逃げ慣れておらず徐々に差を縮められてきた。
池の傍でファトラは苦し紛れのフェイントをかけ撒こうとした。しかし誠には通用せず逆に差がなくなってしまった。
”まずい!!”
ファトラがそう思った瞬間誠が腰にしがみついてきた。そのまま押し倒される。
ファトラは目を閉じ衝撃とその後に行われるであろう行為を覚悟した。
大きな水飛沫を上げファトラ達が倒れた場所は池の中、しかも一番深い所である。
体全体が水に沈んだファトラは予想外の事に慌てて体を起こそうとした。だが相変わらず誠がしがみついている。
ファトラは観念した。もうどうにでもなれと思い体の力を抜いたところで体が軽くなった。
見ると誠が水の中に座っている。ファトラも体を起こし誠と対峙した。心なしか誠は落ち着いているように見える。
ゆっくりと立ち上がり水面から顔を出した。続いて誠も顔を覗かせる。ファトラは緊張しつつ誠を見つめた。
「大丈夫ですかファトラさん?」
ばつの悪そうな顔で誠が問い掛けてくる。その表情と口調はいつもの誠であった。
それでもファトラは緊張をとくことなく誠を注視した。
「すんません…もう薬は切れてます…大丈夫ですか?」
「本当か?」
「ええ、あの薬はファトラさんの匂いに反応すると言うたでしょ。水に浸かって匂いが薄まってしもうたんでもう大丈夫です」
「乾いたらまた、と言うことにはならぬのか?」
「ですので僕が先に出て研究室に戻り解毒剤を飲みますので、ファトラさんは少し遅れてから上がって貰えませんか」
間違いなく普段の誠のようだ。だがファトラはきつい表情に変わる。
「解毒剤? そんなものを…そうか、惚れ薬を飲まされたものに与えるつもりだったのじゃな?」
「え!? そ、それは…いや、ファトラさん今はそんなことより、はよう解毒剤飲まんとまたもとに戻ってしまいますから…」
そう言われるとファトラも深く追求することはできない。折角誠が正気に戻ったというのに長引いてまた色魔大王に変身されては元の木阿弥である。
ファトラは復讐の念を胸に誠を解放した。
誠が見えなくなってからファトラも池から出て部屋へ向かうがその間考えていたことは、どうやって誠を料理するか?であった。
しかしながらファトラを待っていたのは菜々美とシェーラである。
「まこっちゃんを追いかけ回してたんだって?」
「誠と二人で水浴びをしていたそうじゃねえか」
「そ、それは…」
言葉に詰まるファトラ。本当のことは口が裂けても言えない。
誠の口封じは行っていないが彼も同罪であり口を割ることはあるまい。その点は安心できるのだが、だからと言って現状打破にはなんの解決にもならない。
だがファトラは菜々美の言葉にヒントを見いだした。
「いやなに、いつものように誠にわらわの代わりをさせようとしたのじゃが土壇場で嫌がってな。逃げたので追いかけたのだが誤って池に落ちてしまったのじゃ。決して遊んでいたわけではないぞ」
汗を浮かべながら話すファトラに疑惑の目を向ける二人。
ファトラが誠の女装姿に欲情して襲った、と言う答えだったら納得したことだろう。
「ふ〜ん…じゃあまこっちゃんにも訊いてみるわ。行きましょ、シェーラ」
「おう!ファトラ、もし違ってたらただじゃすまねえからな!!」
そう言われファトラは心中穏やかではないのだが辛うじて顔に出ることはなかった。
しかし誠が本当のことを言わないにせよ、同じように答えるはずはなくピンチには違いない。だが時間は稼げた。
「後のことは任せたぞ誠。これでさっきの貸しはちゃらにしてやるから有り難く思うように」
そう言って荷造りをするファトラ。
『貸し』と言っても解毒剤に関しては契約違反ではないし誠がファトラを追い回したことも自業自得である。
だがなんであれ誠はファトラから、いわれのないものであっても復讐されないのは有り難いことではあったが。
しかしながらファトラの予想は大幅に外れてしまった。
解毒剤を飲みファトラに反応しなくなった誠だったが、それが副作用なのか本来の効能なのかは分からないがファトラにだけでなく全ての女性に対し関心を無くしていたのである。
菜々美やシェーラの必死の問い掛けにも上の空の誠。
「ファトラさんがそう言うんやからそうやないの…」
「別にファトラさんなんかどうでもええ…」
「うるさいなあ…あっち行ってくれへん…」
温厚な(?)二人もぶち切れたようだ。罵声と共に悲鳴が上がり何かが崩れるような音がしたあと静かになった。
数日後、薬の効能が切れようやく正常になった誠が最初に行ったことは、当然の事ながら二人へ詫びを入れることであった。
それから一ヶ月の間誠は昼間は菜々美の食堂でウェイトレスとして働き(もちろん無報酬)夜はやはり菜々美の店でシェーラの酒の相手をさせられることになる。
「なんでこんな事になったんや…」
研究も遅れ涙する誠であったが今回に限れば自業自得、しかもファトラとの交換条件であった遺跡の件も実は産業廃棄物の処理に困った『某国』がこっそり穴を掘り処分しようとしていただけであった。
「もう絶対にファトラさんの頼みはきかへんでぇ〜」
丁度誠が絶叫していた頃ファトラは温泉に浸かっていた。
「多少の欠陥はあるもののあの薬を破棄するのは惜しい…もう一度誠に、今度は改良品を作らせることにしよう」
そう言ってゆっくり伸びをし菜々美やシェーラ達を侍らす夢をみるのであった…。
Fin
惚れ薬によせて
Uma氏から頂きました、襲われファトラな短編です。
案外、ファトラはこーゆう逆境には弱いのか?!
中盤のおろおろしている辺りにはニヤニヤ笑みを浮かべながら読ませていただきました。
Uma氏への励ましのお便りは こちら
2002.9.8. 元.