惚れ薬再び
Written by Uma


 フリスタリカは今日も良い天気だ。心地よい風が吹き人々は思い思いにその恩恵を受けるべく外へ出て森を散策したり原っぱで昼寝したりしている。
 だがここに部屋に閉じこったまま一歩も外へ出ようとしないものがいた。
 ファトラ…ではない。珍しく早起きした彼女はアレーレをお供に明るい日差しの中ガールハントに勤しんでいた。
 対照的に薄暗い研究室の中で時折不気味な笑みを浮かべながら実験器具を扱うその人は誠である。
 菜々美やシェーラの誘いにも応じず一人研究室にこもってもう四日になる。その間食事は取っているのだが全く眠っていなかった。
 とは言えちゃんと食事しているため普通に生活しているように見える。そのため誰も彼が一睡もしていないとは思いもしなかった。菜々美達も同様で無理に誠を誘わなかったもの研究が佳境に入っているのだろうと考慮したからである。
 確かに彼の、今回のテーマに関する研究は佳境に入っていた。悪魔の研究が…。


 五日前のことである。誠の研究室へファトラがやってきた。一人だったが扉の外に気配がある。恐らくアレーレだろう。誠は嘆息しながらファトラの顔を見た。
 「誠、頼みがある」
 誠は露骨にいやな表情を見せる。先日それでひどい目に遭ったばかりだからだ。
 しかしファトラはそれを気にすることなく言葉を続けた。
 「惚れ薬を作り直せ」
 「は?」
 彼は聞き違いかとファトラの顔を凝視する。だが彼女は真剣だった。どうやら懲りていないらしい。彼は断るべく口を開いた。
 「すんませんが僕忙しいんです。ストレルバウ…」
 ファトラは誠の話が終わらぬうちに彼の胸ぐらを掴み足を払う。そして床に転がる誠の上に覆い被さるような体勢をとった。
 「な、なにを!」
 だが誠の言葉は続かない。ファトラが真剣な眼差しで彼を見つめていた。
 「良いか誠。前回のように効き目が強すぎてはならぬ。また数日で効果が切れるのは構わぬが水に浸かったくらいで効果がなくなるようなものも却下じゃ。分かったな」
 「だから僕はやることがあって…」
 「ほう、わらわの頼みは聞けぬと申すのか」
 「お、脅しても無駄やで…僕は忙しいんや…」
 精一杯強がる誠だったがファトラの眼光に圧倒されてしまう。そしてファトラは一言だけ告げた。
 「犯すぞ!」
 「は?」
 「だから手込めにすると申しておる。そなた一度耳を見てもらってはどうじゃ?」
 誠の頭は真っ白になった。“いまファトラさんはなんて…犯す?…僕がファトラさんを?…いやファトラさんが僕を?…”
 混乱した誠を現実に引き戻したのはファトラの指である。ゆっくりと誠の首筋から胸元へ、そして下腹部へ延びようとしていた。
 「わっ!ファトラさん!!やめ、止めて!!!」
 「頼みを聞いてくれるな」
 「はい!聞きます!なんでもします!ですから!」
 ファトラは名残惜しそうに誠から体を離した。誠は急いで飛び起きて彼女から距離を取る。ファトラは笑いながら念を押した。
 「良いな。先ほど申した通りのものを作るのじゃ。幾ら費用がかかっても構わぬ。それと解毒剤を作ってはならぬぞ!」
 「わ、分かりました。言う通りにしますから…」
 「ちゃんと職務を果たす限りわらわは何もせぬ…怯えるでない…そんな顔を見せられるといじめたくなるではないか」
 そう言って妖しく笑うファトラを見て誠は真っ青になった。
 「冗談じゃ。では早速かかれ。費用以外にも必要なものがあればすぐに用意させるからいつでも言ってくるように」
 答えることが出来ずただ首を振るだけの誠に苦笑いしながらファトラは部屋を出ていった。脱力し床に座り込んだ誠の耳にファトラとアレーレの笑い声が聞こえてくる。やはり外にいたのはアレーレだったかと思うと同時にファトラが『手込めにする』と言ったのは冗談ではなかったことを再認識した。どっと汗が出てくる。その時、誠の中で何かが壊れた。
 「…こうなったら最強の薬を作ったる。誰が見ても完璧なもんを作ってファトラさんをぎゃふんと言わせるんや!」
 誰が聞いても筋は通っていないのだが誠は固く誓って机に向かう。
 この日から誠は修羅の如く周りに目もくれず目標に突き進んだ。そしてそのきっかけを作ったファトラはと言うと、いつものようにナンパに勤しむのであった。


 前作の失敗、実際には失敗というわけではないが改良を求められた点は、効能が強すぎるのと香りを感じなければ効果がない、の二点である。また解毒剤の製造は禁止。まあこれは作らなければ良いだけなので問題にもならない。
 近くにいる相手の気持ちを自分にのみ向けさせる。この『のみ』というのが難問であった。前回は体臭を利用したが同じ手が使えないとなると新たに個々を特定する、明確な差がある『何か』を見つけなければならない。
 一番身近なもので指紋や声紋があるが指紋は使えるはずが無く、声紋も声が聞こえなければならない。つまりある程度話さねばならず実用的とは言えなかった。
 悩み続けた誠だったがようやく『あるもの』に到達した。しかも『それ』なら本来の研究にもプラスになる。誠は満足げに頷き行動を開始した。


 数日後、誠が試作品を手にファトラの下を訪れたのは珍しく雨の日の朝であった。薄暗いためやつれた誠の顔が更に暗く見える。だが彼の目は大きく開かれ強い意志が感じられた。ファトラは前回のことを思い出したのかやや緊張気味に誠の説明に耳を傾けた。
 「この薬はご希望通りその効き目は弱くしています。恐らくファトラさんに惚れるというより好意を持つ程度やないでしょうか」
 「それで良い。後はわらわの腕次第と言う訳じゃな。それでもう一点はどうなのじゃ?」
 最初が何とかなれば後は大丈夫、ファトラは自信たっぷりに先を促した。
 「ええ今回悩んだのがそれだったんですが、最終的にはファトラさんの遺伝子を使わせてもらいました」
 「遺伝子じゃと?」
 余りにも意外すぎる答えにファトラ達が浮かべた困惑の表情を気にすることなく誠は説明を続けた。
 「はいこれなら一人一人違いますし体臭とちごうて身近にいる限り感じることができます」
 「できますって誠様、そんなこと可能なんですか?」
 怪訝そうにアレーレが尋ねた。
 「可能や。ほら一目惚れってあるやろ?あれは無意識のうちに相手の遺伝子を感じ取ってるんやないかと思う。それでファトラさん特有の、まあ言うなら『王家の遺伝子』やね。それを感じると反応するんや」
 「それって誠様、神の目の操作に必要な…」
 「さすがやアレーレ。今回の研究はそのまま神の目の研究にも役立つまさに一石二鳥、ファトラさんに感謝やね」
 「そ、そうですか…それは良かったですね…」
 疲れた表情ながら目だけぎょろぎょろさせて話す誠に何か不気味なものを感じ、ヘタな答えをすると危ないのではないか?とアレーレは無難に返す。だが当のファトラはそれでは済まされない。
 「誠、念のために訊くがその遺伝子はどこで手に入れたのじゃ。それにそんな危なそうな薬を飲んで大丈夫なのか?」
 「遺伝子ですか?それはファトラさんの髪の毛から採取してます。先日お部屋に行ったらやはりお休み中でしたから勝手に三本ほど切らせていただきました。それと副作用ですが…そうですねえ…まだ人体実験をしていないので絶対とは言いにくいですけど余り危ない薬品はつこうてないから大丈夫やと思いますよ。それに副作用なんて些細なことはどうでもいいんです!問題はこの薬がちゃんと効能を発揮するか否か、この点にかかっているんです!!」
 さすがのファトラも引いてしまいそうな勢いだ。もしかして誠に任せたのは間違いではなかったか?そう感じつつも再度尋ねてみる。
 「それと先日この部屋は改装したのじゃがどうやって入ったのじゃ?抜け道は全て塞いだはず…」
 「ファトラさん、部屋の鍵も変えるべきでしたね」
 シニカルな笑みを見せる誠。
 ”もう何も訊くまい”
 ファトラはそっと手を出して試薬を受け取った。
 「これから量産しますから…そうですね夕方までに五十人分くらい作っておきます。それとこの薬の効果は四〜六日くらいかな…足りなくなったら言うて下さい」
 「あ、あの誠様、見たところお疲れのようですし先にお休みなったらいかがですか?」
 アレーレが心配そうに、違う意味で心配し勧めてみる。しかし誠は首を振った。
 「大丈夫や。この薬のためにもう一週間以上寝てないんやけどなんかこう精神が高揚しててな、すぐ寝る気になれないんや」
 「そ、そうか誠。ではよろしく頼むぞ」
 ファトラはアレーレが答えるより先に口を開き誠を外へ出す。アレーレもはっとして頭を下げた。
 「申し訳ございません。誠様がいつもと全く違う様相だったものですからつい…」
 「構わぬ。それにしてもあやつ…前回以上に危ない感じがするのう…」
 「どうしますかこのお薬?ウーラにでも飲ませてみましょうか?」
 気味悪そうに話すアレーレだったがファトラはそう思わなかったようだ。誰かに試すと言い出した。
 「ですがファトラ様…」
 「大丈夫じゃ。作った本人は少しあれではあったがその技量は間違いない。信じて良かろう」
 「そうですか…ではどなたに?」
 「菜々美じゃ」
 「えっ!?菜々美お姉さまにですか!」
 「そうじゃ。効果があれば問題無いし、仮に効かなくともまた何か副作用があったとしても全て誠の責任。誠も自分の幼馴染みが危ないとなれば必死に解毒剤を作るであろう」
 誠に負けず劣らずのファトラであるが当然の事ながらアレーレの対応は全然違う。
 「確かにその通りでございますね。ではこれからすぐに?」
 「いや天気が悪いとは言えランチタイムは混むに違いない。ティータイムを狙おう」
 「分かりました。ではどうやって菜々美お姉さまにお薬を飲んでいただくかですか?」
 「それを今から考える。良いか、ごく自然に飲んでもらうのじゃ。そのためには…」
 微笑みながら相談を始めるファトラとアレーレ。二人ともつい先ほどまで誠がいたことも、その立ち振る舞いが異常だったことも忘れ計画を練るのだった。


 「うまくいったなアレーレ」
 「そうですわねファトラ様」
 雨にも関わらず明るい顔の両名。薬を飲まされた菜々美はファトラの下へ夜食を届けると約束していた。
 「今夜お姉さまがいらしたら…」
 頬が緩みきっている。ファトラも同様だ。
 「もちろん食事じゃ。菜々美の手料理を食した後はデザートじゃな。アレーレ、すぐに研究室へ行きできあがった薬を全て受け取って参れ」
 「かしこまりました!すぐに行って参ります!!」
 午前中あれほど気味悪がっていたが効能がはっきりすると現金なものである。アレーレは喜んで誠の研究室へと向かっていった。


 惚れ薬を前にファトラは満足そうに頷いた。
 「これさえあればエルハザード中の美少女はわらわのものじゃな」
 「そうでございますわねえ。ところで菜々美お姉さまがいらっしゃるまでまだ間がありますし…」
 妖しく微笑みかけるアレーレ。ファトラも同じ笑みを浮かべる。
 「分かっておる。そうじゃな、取り敢えずこの薬を城で見かけた美少女に飲ませて参れ。即効性はないようだから後で声をかければよい」
 「なるほどそれは良い考えです。では私が廻って参りますので少ししてからファトラ様はお部屋からお出になって下さい」
 そう言ってアレーレは部屋を後にする。ファトラはすぐに外へ出そうになるのを我慢しじっと時が過ぎるのを待った。急いては事をし損じる、ファトラには似つかわしくない言葉ではあるが大人しくしていた。


 「おかしい…アレーレが部屋を出てかなり時間が経つのに誰も寄ってこないではないか…薬が効いていないのか?」
 我慢に我慢を重ねたファトラが外へ出てみれば状況はいつもと同じである。ファトラの悪癖は城中に知れ渡っているため近づいてくる美少女は皆無であったのだが薬を飲めばそんなことは無いはず…そう信じて部屋を出たファトラは思いっきり肩すかしを受けた感じであった。
 ”アレーレが失敗した?いや有り得るはずがない…”
 ファトラは首を振って否定した。彼女の片腕以上とも言えるアレーレが美少女の選択を誤るはずはないのだ。しかし状況に変化はない…ファトラは訝しげな表情で部屋に戻った。


 「いえ私はちゃんと美しいお姉さま方にお薬を飲んでいただきましたわ」
 部屋に戻ったファトラの問いに予想通りの答えを返すアレーレ。
 「美容薬と偽って配って廻ったんです。ファトラ様も御愛用されてると申したら喜んで飲んで下さいました」
 同性愛者の烙印を押されているファトラではあったがその美貌だけは信望されていた。
 「しかし誰も寄ってこなかった…もしや誠の奴試作品だけちゃんとしたものを作り残りは…」
 「いえそんなことはないと思いますわ。お薬を戴きにお伺いした時の誠様は結果をかなり気にされておりました。うまくいけばイフリータと一緒になれるんやでぇとか危ないような恐いような目をされてましたわ。もっとも私にお薬を渡したらすぐに眠っちゃいましたけど」
 「となると量産品とは言え効果は同じはず…ではなぜ…?」
 「もう少し待ってみましょうよ。たまたま菜々美お姉さまは他のお姉さま方より効き目が早かったのかもしれません。また試作品と違って効果が出るまで差があるのかもしれませんし」
 「そうじゃな…それに夜には菜々美がやってくる。他のものはそれからでも遅くない。アレーレ、残りの薬も全て配って参れ」
 「え、全部ですか?」
 「そうじゃ、無くなったらいつでも作ると誠は申していたではないか」
 「そうですわね。では行って参ります。お部屋でお待ち下さいませ」
 アレーレの後ろ姿を見送りながらファトラは今夜訪れるであろう至福の時と明日からの栄光の日々を信じて疑うことはなかった。


 「…いらっしゃい…ませんでしたわね…」
 翌朝目の下に隈を作ったアレーレが呟く。
 「そうじゃな…どうしたのであろう?薬の効果は五日前後続くと誠は申しておったがすぐに切れたのかもしれぬ…」
 ファトラも疲れた表情で返した。なかなか姿を見せない菜々美を一晩中待ち続けていたのである。普段なら感じることのない疲れと焦燥感が滲み出ていた。
 「そうですね…誠様に確認して参りましょう。場合によっては一緒に菜々美お姉さまのところへ参ることになるかもしれませんがよろしいでしょうか?」
 「そうじゃな…よろしく頼むぞ。誠め、粗悪品を作りおってただでは済まぬぞ」
 「では行って参ります」
 そう言ってアレーレが扉を開けようとした時ノックの音が響いた。
 二人は顔を見合わせ微笑んだ。急いで扉を開けるがそこには菜々美ではなく侍女が立っていた。頬がやや紅潮している。
 「ファトラ様、ルーン王女様がお呼びです。すぐに執務室の方へお願い致します」
 それだけ告げると一礼して去っていく。
 再び顔を見合わせる両名。
 「今のは?」
 「ええ昨日お薬をお渡ししたお姉さまです…どういうことでしょうか?あのお姉さまはルーン様お付きではなかったはずですわ」
 「それにあの顔…先日薬を飲んだ誠の表情と似ておる。一体これは…」
 話し合っていると再びノックされた。開けてみると今度は違う侍女が立っている。そして同じ口上を述べ去っていく。
 ファトラとアレーレはますます混迷の度を深めた。だが更に時間が経つと再びノックがされ違う侍女が現れ消えていく。二人は気味が悪くなった。
 「どういう事じゃ、昨日アレーレが薬を渡した侍女ばかり現れ去っていく。皆同じように浮かれたような表情をしておる。アレーレ、すぐに誠の下へ行って参れ!何かおかしい。いやそれ以上に悪い予感がする。急げ!」
 「分かりました!」
 アレーレが部屋を飛び出して行ってから数分と立たないうちに数回目のノックの音が響く。ファトラは扉を開けるか躊躇した。すると再びノックの音と今度は怒鳴り声も聞こえてくる。
 「何やってんだファトラ!さっさと扉を開けねえか。それとも燃やして欲しいのか?」
 この広いエルハザードに於いてロシュタリアの第二王女たるファトラにこのような口を利くのは一人しかいない。ファトラは急いで扉を開けた。
 「良く来てくれたシェーラ!周りがおかしいのじゃ。何か気づかなかったか?」
 「何言ってやがる。おかしいのはおめえの方だろ。ほらルーン王女が呼んでるんだ。さっさと来いよ」
 その言葉にファトラは青くなった。逃げようとしたがシェーラにしっかりと腕をホールドされ振り払うことも投げを打つことも出来ない。
 「じたばたするんじゃねえ。ったくルーン王女に迷惑ばかりかけて悪いとは思わねえのかよ」
 ファトラはそっとシェーラの顔を伺う。元々色が濃いため分からなかったがやはりシェーラの頬も紅潮していた。続いてファトラは周りを観察する。大神官とは言え一国の王女を連行するかのように歩いているのだ。しかも普段なら絶対にファトラの腕を取ることなどあり得ないシェーラがである。しかしながら周りは平然としておりシェーラに会釈や挨拶をするものはいても不審に思うものは一人としていなかった。


 ”おかしい…シェーラは大神官の一人、同盟のいかなる国に属することもなければ国政に干渉することもない。だがシェーラは姉上の意向で動き、まあそれは構わぬが周りもそれを当然と受け止めている節がある…一体これは…”
 腐っても鯛、ファトラは連行されながらも周囲の状況を確認し分析を始めていた。
 ”考えられるのは誠の薬しかない。昨日菜々美に試した時はうまくいったように見えたが予想外の副作用があったかもしれぬ…となるとアレーレの結果待ちか…いやそれでは遅いな。先に行動を起こさねば”
 そう考えているファトラの目にアレーレの影が映った。ファトラはシェーラに気づかれぬよう頷いた後、アレーレの合図にあわせ目と耳を塞いだ。
 大きな炸裂音と同時に閃光が走る。咄嗟のことにシェーラも身構えるのがやっとだった。そしてそれが陽動と気づいた時にはファトラの姿はない。
 シェーラは大きく舌打ちし近くにいた侍女にルーンへの伝言を頼んだ後ファトラを探すべく駆け出した。


 ファトラは一旦アレーレの部屋へ身を潜めた。だがすぐに追っ手がかかるだろう。時間の余裕はなかった。
 「何か分かったか?」
 「いえ誠様はお休みでどんなに揺らしても目を覚ましませんでした。丁度ストレルバウ博士がお見えになったのですが、なんでも昨夜は徹夜で何かを作ってらしたとか」
 「惚れ薬か?」
 「そうだと思われます。夕食前にどなたかの訪問があったそうで、誠様はお食事の後休まれるつもりだったのが徹夜になったそうです」
 「ふむ…誠に薬を作らせるとして、誰が、どういう意図でやらせたかじゃな。だが今はそれを詮索する暇はない。どこか安全なところを思いつかぬか?いや先に誠の身柄の確保が先じゃな」
 「そうでございますわね。まだ誠様のお部屋は監視されていないようですし少しの間なら大丈夫かもしれません。急ぎましょう」
 ファトラはアレーレが用意した侍女の服をまとい顔をヴェールで隠す。アレーレも同じく隠した。完璧とは到底思えないが時間稼ぎくらいできるだろう。二人はゆっくりと誠の部屋を目指した。


 用心に用心を重ねたのだが、それを裏切るかのようにあっさりと誠の部屋へ辿り着いた二人。廊下ですれ違う者は皆ファトラ達に無関心であった。拍子抜けしそうになるがそれでも用心深く周りを見渡し中へとはいる。
 昨夜も徹夜しただけあって誠はまだ熟睡中であった。起こしても良いのだが物音が漏れるのは好ましくない。彼が目覚めるのを待って移動するか、それとも危険を冒して誠を連れ出すか。ファトラは難しい判断を迫られた。
 この異常事態に誠が絡んでいることは明白なのに誰も彼に注意を払っていない。どう考えても罠としか思えないのだが、現状を異常だと感じているのがファトラ達だけならば合点はいく。
 だが異常であると判断するにしてもその本質が見えない…誰が正しく誰が間違っているのか?
 「駄目じゃ材料が足りぬ…アレーレ、一旦引くぞ。誠が起き出す頃を見計らってまた参るとしよう」
 「ですがどちらへ?あちこちにお薬を飲んだと思われるお姉さま方がいっぱいいらっしゃるんですよ」
 「緊急脱出用の通路を使う。あの迷路は一朝一夕に覚えられるものではない。そこからわらわの部屋へ戻る。外へ出たいところだが情報を集めねばならぬ。良いなアレーレ」
 「はいお供致します!」


 細心の注意を払い廊下へ出た両名だったが、入った時と同様誰も彼女らに注意を向けようとしない。ファトラは何か得体の知れない不気味さを感じながら先へ進んだ。もしかして顔のヴェールを外しても誰も見向きもしないのでは?と思い始めた頃大声で呼ばれた。声の主はやはりシェーラだった。
 「ファトラ!一体どこにいやがったんでぇ!!さあ大人しくルーン王女のところへ来るんだ」
 再びファトラの腕を取る。反抗すると思いきやファトラは大人しく従った。
 「お、感心じゃねえか。いつもそうやって素直だとルーン王女にも迷惑かけることはねえんだ」
 「すまんなシェーラ、そんなに気を遣ってもらって。ところで一つ訊きたいのじゃがなぜわらわを追っていたのがそなた一人なのじゃ?簡単な変装をしていたとは言え誰も構おうとすらしなかったぞ」
 「なぜってそりゃルーン王女に頼まれたのがあたいだからさ」
 「どういう意味じゃ?」
 「どうって…ファトラ、あたいが言ったことが理解できねえのか?」
 「いやそなたが姉上から依頼されてわらわを迎えに来たのは分かる。だがなぜ他の者達はその事を知っているのに何もしなかったのじゃ?」
 「だからルーン王女の命令がなかったからだって言ってるだろ。おかしなこと言ってないでさっさと歩きな」
 ファトラは隣を歩いていたアレーレに大きく頷く。アレーレは懐からそっと包みを取り出した。先ほど使用した閃光弾だ。誠のところへ行った際に失敬していたのである。アレーレは人のいないところへそれを放り投げた。
 再度響いた炸裂音と光。周りはパニックになったがシェーラはさすがに大神官だけはある。光に背を向けたままファトラの腕は放さなかった。だが腕が伸びきったところへアレーレが飛びつく。ファトラはシェーラの腕を振り払う事が出来たがアレーレはそのままシェーラにしがみついた。
 「アレーレ!」
 「ファトラ様!早くお逃げ下さい!私は大丈夫ですから」
 一瞬躊躇したがファトラだったが振り返ると一気に駆け出した。ここで乱闘を起こすことはできない。第一シェーラに悪意はなくただルーンの意向に添っているだけである。そんな彼女を傷つけることは出来なかったし先ほどの話からアレーレに危害が加えられることはあり得ないと判断していた。
 それでもファトラは何度も後ろを振り返りそうになる。アレーレを案じながら向かった先は誠の部屋であった。周りに何人かの侍女や兵士が歩いているがファトラを気にする者は誰もいない。彼女は部屋の扉を蹴破るような勢いで中へ飛び込んでいった。


 人はどんなに眠くても健康体である限り眠り続けることはない。タイミングさえ良ければ熟睡中であっても目を覚ますことはある。だがこの時のファトラは仮に相手が重病人であったとしてもたたき起こしていたに違いない。
 睡眠不足に過労気味の誠ではあったがファトラの迫力というか殺気に気圧されるように目を覚ました。
 「どうしましたファトラさん?そんな血相を変えてなにかあったんですか?」
 寝ぼけてはいないがのんびりした風の誠にファトラは一瞬殺意を覚える。
 「なにがではない!説明は後じゃ。すぐわらわについて参れ!」
 厳しい表情のファトラに誠は言われた通りなにも訊かずに従った。触らぬ神にたたりなし、である。
 今更ではあったが。


 部屋を出たファトラは中庭へ向かう。以前使用した抜け道を通い一旦城外へ逃げるつもりだった。当初の予定では灯台下暗しを狙い自室に潜むつもりだったのだが、状況が一変した今となっては外へ出るのが得策と思われた。
 歩きながらファトラはこれまでのことを説明する。誠は黙って話を聞きながら難しい顔をしていたが突然ファトラに話しかけた。
 「ファトラさん、一度研究室へ戻りたいんやけど」
 「なぜじゃ」
 「はっきりしたことは分からないんやけど何かまちごうているような気がして…それでどんなもん作ったのか確認したいんや」
 ファトラの歩が止まった。
 「どんなものを作ったかじゃと!?そなた自分が作ったものも分からぬと申すのか!」
 大声を上げた直後慌てて周りを見渡すが誰も気にとめていないようだ。ファトラはほっとしながらも誠の襟を掴む。
 「ファトラさん苦しい…」
 「どういう事じゃ誠。返答次第ではこのまま絞め落とすぞ」
 「ですから…研究中の記憶が一部飛んでるんです…。最後に確認した時は問題無い思うたけどもしかしたらまちごうてるかもしれません」
 ファトラはため息をつきながら誠から手を放す。そして背を向け歩き出した。
 「あの…ファトラさん…」
 「何をしておる。さっさと用を済ませ外へ出るぞ」
 誠はファトラの隣に並びそのまま黙って研究室へ向かう。実に珍しいファトラと誠のツーショットだがやはり誰も気にならないようだ。ファトラはもはや周りのことは気にしていなかった。足早に研究室へとむかう。だが遠くからファトラを注視する二つの目に気づかなかった。


 研究室で誠は訳の分からない図面やら計算式やらを見ている。ファトラは焦っても無駄と悟ったのか静かに眺めていた。
 「これや!」
 突然誠が大声を出す。そして彼は図面を片手にファトラへ説明を始めた。
 「ほらファトラさん、ここんとこ計算をまちごうとる。この化学式も…それから…」
 「もうよい!で、その間違いから出来たものはなんじゃ?」
 「そうですねえ…まず遺伝子の認識なんですけど少し甘くなってます。多分薬の効能を落とすつもりがこっちの方にも波及したんでしょうねえ」
 「それで」
 言葉は静かだが語気が荒い。当然表情も険しいのだが誠は楽しそうだ。おもちゃを与えられた子供のようにはしゃいでいる。
 「この分やとファトラさんだけではなくルーン王女にも反応するかもしれません…だけど昨夜作った分は修正しとるな…あ、いやそれだけやない。思い出しました。薬の追加を頼まれた時に材料として髪の毛をお願いしたんです。」
 「髪の毛?」
 「遺伝子を抽出できればなんでも良いんですがそれが手っ取り早いですから」
 「分かった。それで誰からの依頼で誰が来たのじゃ」
 「僕はファトラさんからやと思うたけど違うみたいですねえ。やってきたんは見覚えのない女の人やったけどファトラさんの愛人かと思うて…それでその髪の毛なんですけどね、その時は気にしなかったんですが…」
 誠は一旦言葉を切りファトラの顔を見つめた。ファトラも黙って誠を見る。そのまま数秒過ぎてから誠が口を開いた。
 「金髪やったんです…ぐほっ!」
 体をくの字に曲げうめき声をあげる。ファトラの拳が深々と刺さっていた。
 「馬鹿者!一目で分かるではないか!!」
 「す、すいません…その時は思わなかったんです…そ、それでですねえ…その髪の毛からも王家の遺伝子は抽出できましたからその主はルーン王女と言うことに…うぎゃ!」
 床に叩きつけられ思いっきり踵で踏まれる。ストレルバウなら涙して喜んだかもしれないが誠にはその趣味はない…はずだ。
 「そんなことは誰にでも分かるであろう!つまり最初に作ったものは姉上にも有効な上に後半はわらわのではなく姉上の遺伝子を使った訳じゃな」
 「は、はい…ですから最初の薬を飲んだ人であってもファトラさんより先にルーン王女と会うとルーン王女に惹かれてしまいますし、最初にファトラさんと会った人でもルーン王女と長い時間一緒におると王女の遺伝子に強く感化されるみたいです。それから…」
 「なんじゃ、まだあるのか?」
 誠の背を踏んでいる踵をぐりぐりしながら問い掛ける。ストレルバウなら…以下略。
 「そのう…多少ですが思考が鈍くなるようです。ほらさっきからファトラさんを追いかけてるんはシェーラさんだけでしょ。他の人達は命令されていませんからそこまで気が回らないんですよ。こちらも長い時間遺伝子の持ち主と接していればその度合いが強くなるみたいです。だけど変やな、この薬は女性にしか効かないはずなんやけど…」
 「女性のみ?」
 「そうです。前はそれで失敗したでしょ」
 「なるほど…ではなぜ男共も無関心なのじゃ?」
 「ちょっと待って下さい…はっはあここやな…この薬、効果が二段構えになってまして最初の部分、遺伝子を感じ取ってその持ち主に好意を持つ成分は女性のみのフィルターかけてますが、後の部分は偶然の産物ですからなにも手を加えてません。ですから男性がこれを飲んでも遺伝子の持ち主に惹かれることはありませんが考えなくなってしまい…ぐぇ…」
 キャメルクラッチを極められた誠は声にならない悲鳴を上げる。
 「良いか誠。すぐに解毒剤を作れ!ほんのちょっと飲んだだけでも効くような即効性のあるものをじゃ!恐らく姉上は新しい惚れ薬を飲み水等に混ぜたに違いない。急がないと大変なことになるぞ!」
 「え、ええ…ぼくも…それ…をして…きしよう…かと…うにゅ」
 ファトラは誠から手を放す。そして床とキスしている誠のベルトを掴んで持ち上げた。
 「他に言うことはあるか」
 目が恐い…だが誠は嬉しそうに喋り出した。
 「城内を見回ってた警備の人達もいつもと変わらなかったでしょ。恐らく無差別に薬をばらまいたんやないかと思うんです。それを行ったのがルーン王女というのは…動機がちょっと分かりませんので疑問ですがとにかく城中の人がルーン王女の思う通りに動く可能性はありますね。ですがチャンスかもしれません。なぜなら命令を受けた人以外は行動を…わっ!」
 再びファトラは手を放すと同時に鋭く膝を上げる。そして膝の上の誠の顔を持ち上げた。
 「それも分かっておる。もっと有意義なコメントはないのか」
 「ぐはっ…ですからそれを今から話そうと…いいですかファトラさん、周りは全て敵と思うて下さい。今は無関心な人もいつ襲いかかってくるか分かりません。ですので命令が行き届く前にこの城から逃げ出すんです」
 誠の表情は苦痛で歪んでいるのだが目は何となく笑っているように見える。ファトラは不気味さを感じ思わず誠を床へ放り投げた。いやな音を立てて床を転がる誠。だが彼は何事もなかったかのように体を起こし話を続けた。
 「ファトラさんこれから解毒剤を作りますが完成まで一週間くらいかかると思います…また惚れ薬の効果ですが…そうですね、一人分やのうて水とかで薄まったものを飲んだとしたらその期間も短くなって四日前後やと思います。そやからぐおっ!」
 ファトラの延髄蹴りを受けて床に沈む誠。完全に白目を剥いているのだがファトラは彼の襟を掴んで前後に揺すりながら怒鳴った。
 「馬鹿者!解毒剤が出来上がる前に効果が切れているではないか!なんとかせい!!」
 しかし今回ばかりは誠からの返事はない。頬を数回叩いてみるがやはり無反応だった。
 「ちっ、気絶しおったか…まあよい…これ以上の情報は取れまい。それよりも問題は脱出じゃな…」
 可能なら誠も連れ出したいが彼には解毒剤を作らせねばならない。出来た頃には惚れ薬の効果も切れているとは言え再度使用された時の対応策として必要であった。
 だが彼を残していくことも不安ではある。ルーンが誠を拘束し更に薬を作らせる事も有り得るからだ。
 熟考した結果ファトラは誠を残すことに決めた。『一切の飲食を禁ずる』のメモを残し彼女は部屋を出る。そして数歩進んだ後突然走り出した。
 しかし思った通りではあったが誰も気にとめないようだ。それでもファトラは人目を避け裏庭へ回る。そこから地下道への入り口を開けようとした時頭上から声がかけられた。
 「ファトラはん、なにしてはるんですか」
 驚きのあまり上ではなく周りを見渡すファトラ。アフラの顔ではなく足が見えた。そしてアフラはゆっくりとファトラの前へ下りてきた。その顔を見るなりファトラは硬直する。彼女の白い頬が赤く染まっていた。
 思わず後ずさるファトラに不敵な笑みを浮かべるアフラ。ファトラは絞り出すように声を出した。
 「そ、そなたまで…そうか、シェーラが飲んでいるのだからそなたも同様で不思議ではないな。迂闊であった。しかしまさかそなたがな…」
 「なんのことどす?」
 「なんでもない…そなたが出てきたとなると逃げ道は押さえているのであろうのう」
 「つい先ほどルーンはんから大広間にいたもの全員に号令がかかりましたからなあ。正面は菜々美はんが、裏門にはシェーラが詰めてます。そしてうちがファトラはんの見張りや。このままシェーラのとこへ追い立ててもええんやけどね」
 「ほう…シェーラはわらわを取り逃がしておるから気合いが入っているであろう。なぜそうせぬのじゃ?」
 「理由は二つあります。第一にシェーラは張り切りすぎると詰めが甘くなることがおます。そしてこれは誰でもないルーンはんの依頼や。シェーラに手柄を渡す必要はどこにもありませんえ」
 その時アフラの頬が更に赤くなったような気がした。ファトラは背筋に寒いものを感じる。本来ならその対象はファトラのはずだった。だが彼女達はルーンのために誠心誠意働いているのである。
 ルーンの真意は分からない、というか分かりたくもなかったがとにかくファトラがピンチなのは変わりはない。ファトラからは見えないが周りは囲まれているはずだ。少なくとも二十人以上の気配を感じていた。
 ”囲みを破るのは難しいかもしれぬ…”
 そうファトラが考えた時アフラの後方にぽっかりと穴が空いた。見るとアレーレが手招きしている。ファトラはアフラに飛びかかると見せかけ穴の中へ飛び込み素早くふたを閉め閂を下ろす。きちんと閉まっているか確認する間も惜しみ急いで梯子を下りアレーレとの再会を喜んだ。
 「でかしたぞアレーレ。よくあの状況から救ってくれた。心より礼を申すぞ」
 「とんでもございませんわ。さあこちらへ来て下さい。逃げ道を確保しております」
 そう言ってアレーレは先を歩く。ファトラは後をついて行くが先ほどまでの明るい表情が段々暗くなってきた。
 「アレーレ、この先は城の中央に通じておるはず…これで良いのか?」
 「もちろんです。もうすぐですわファトラ様」
 「待てアレーレ!おかしい、人の気配がする…アレーレ!」
 ファトラはアレーレを引き留めようと手を取った。だがアレーレはそのまま前へ進もうとする。ファトラはアレーレの肩を掴み振り向かせた。
 「何をなさるのですかファトラ様?」
 それまでは暗くて気がつかなかったが仄かな明かりの下アレーレの頬は朱に染まっていた。
 「ば、馬鹿な…」
 「どうされましたファトラ様?お顔の色が優れませんよ。ルーン様が心配なさいますわ」
 思わずファトラはアレーレを突き放す。
 「乱暴はお止め下さいファトラ様」
 にこりと笑うアレーレと対照的にファトラの顔は青い。顔を上げると菜々美の姿が見えた。その周りには多くの侍女達がいる。ファトラはゆっくりと振り返った。薄暗い通路の先に灯がともる。その明かりに照らされシェーラと侍女達の姿が浮かび上がった。
 「そこまでどすファトラはん。諦めた方が身のためどすえ」
 再び頭上から声がかかった。ファトラはアフラの方を見ずに答える。
 「先ほどの話はわらわをここへ誘い出すためのものだったのじゃな?」
 「そうどす。広い庭と違いここは一本道。前後を押さえられたら逃げ場はない。いくらあんたはんでも無理やね」
 「そうよファトラさん。悪いこと言わないから私達と一緒にルーン王女のとこへいらっしゃい」
 「腕ずくでもいいんだぜ。ルーン王女からはおめえを連れてこいと言われたけど怪我をさせちゃいけねえとは言われてないからな」
 だがファトラは動こうとはしなかった。菜々美達がゆっくりと近づいてくる。ファトラはアレーレの顔を見た。いつもと同じ顔がそこにある。だがその笑顔は全然違うものだった。
 「さあファトラ様」
 アレーレはファトラの手を取った。ファトラは逆らうことなくアレーレに引かれ歩き出す。嘘と言って欲しかった。夢であって欲しかった。だが現実にアレーレはファトラをルーンの下へ連れて行こうとしている。ファトラの歩は熱があるかの如くおぼつかないものであった。


 地下通路からルーンの執務室へ向かう一隊…ファトラを菜々美やシェーラ、アフラというエルハザードを代表すると言って良い美少女達が囲みその周りをまた選りすぐりの侍女達が取り巻いていた。
 一見するとファトラを中心とするハーレムに見えなくはないが、肝心のファトラは顔色が悪い。長年彼女が夢見てきた状況にもかかわらず真っ青であった。
 策士策に溺れると言ったところであろうか。
 そして誠は…彼は再び熟睡していた。幸せな夢でも見ているのか時折笑顔を見せている。彼にとって至福の一時だったかもしれない。


 ファトラがルーンの元から脱走を試みそれを菜々美達が追う。この繰り返しが数日間続きようやく薬の効能が切れ始めた。手薄になった警備の隙をつきようやくファトラは脱出に成功する。行き先はもちろん誠の部屋だ。
 「誠…話がある…」
 肩で息をしながらファトラはドスの利いた声をかけた。眼光鋭く殺気も漂っているのだがその姿は純白のウェディングドレスで髪もきちんと結っており律儀にブーケも握りしめている。
 振り向いた誠はファトラのそのアンバランスさにではなく、いつもの生活が戻ってきたことを感じ笑みを浮かべた。ファトラに首を絞められながらも笑い続けていた。
 だがこのあと「ファトラ姫と誠が駆け落ち!」「ファトラ様、誠に結婚を迫る!」等々の噂が立つ…血相を変えた誠が菜々美とシェーラのもとへ飛んでいったのは言うまでもない。


 その頃ファトラは部屋にこもっていた。美少女を見るとすぐに口説いていた彼女も今回の件は応えたらしい。近寄るどころか美少女の影にすら怯え隠れるようになっていた。
 もっともそれも二日で禁断症状が出るやすぐに部屋を飛び出しアレーレと共に街へ繰り出していく。
 「薬に頼ったのが間違いであった。わらわにはこの美貌とテクニックがある。これで落とせぬ美少女なぞおるものか!ゆくぞアレーレ。エルハザード中の美少女は全てわらわのものじゃ!」
 「さすがですわ。このアレーレ、一生ファトラ様について参ります!」
 いつもの、喧噪な日々が始まるのであった。





惚れ薬再び、によせて

 Uma氏から頂きました、惚れ薬の続編です。
 誠がストレルバウを師と仰ぐのは、やはり将来的には心配ですね。
 ……もっともすでにそれは手遅れですが(^^;;
 Uma氏への励ましのお便りは こちら 

2003.1.26. 元.