ばれんたいんでー ふろむ イフリーナ
そこは人間が踏み込まない、人外の土地。
世界の最果てとも呼ばれているこの地に、見事な城が築かれようとしていた。
そんな完成間近の城の屋上。
荒れ果てた土地を眼下に見下ろせるその場所に、2つの人影があった。
一つは少女。黒く長い髪を、砂埃を孕んだ風に泳がせる何処か幼さを残した女の子だ。
まったくこのような場所には似つかわしくない、と言って良いだろう。
もう一つは怪物だ。
まるで虫のような骨格を持つ、いや、むしろ巨大な甲虫類が二本足で立っているかのような、そんな人型の怪物である。
美女と野獣、いや怪獣と言って良いその風景はしかし穏やかなものだった。
「ねぇねぇ、カツヲさん」
「ウゴ?」
少女の問いに虫の怪物は反応して首を小さく傾げる。
「ロシュタリアでは、ばれんたいんでーらしいんです」
「ゴゴ??」
「ばれんたいんでーって言うのはですね、女の子が大切な人に贈り物をする日だそうです」
「ウゾグザイ」
「嘘じゃないですよー、菜々美さんが教えてくれたんだもの」
「………」
情報発信源を聴いた途端に、虫の怪物は何とも計上し難い雰囲気を発散させる。
この時ほど言葉を発することができなくて良かったと思ったことはないだろう。
「だから私、贈り物をしようと思うんです!」
決意に満ちた少女の瞳を横から覗き込み、カツヲと呼ばれた虫の怪物は。
「………ゴ」
取りあえず事の成り行きを見て判断しよう、そう思ったようだった。
「これ、受け取ってください」
「………イフリーナ」
城の奥、そこで少女の姿をした鬼神は、自分よりも大きな箱を目の前の人物に渡したのだった。
その人物とは………
「なんじゃ、これは?」
城の主、ディーバである。
かつてはロシュタリアを始めとした人間達を恐怖の渦に叩き込んだ、バグロムの女王その人である。
「今日はばれんたいんでー、なんです」
「ふむ? それはカツヲに聞いたが、何故わらわに?
「はい。ディーバさんはいつも苦労して、最近お疲れ気味みたいだし」
「うむ、これからのバグロム帝国をどのように発展させて行くかを考えると、苦難が多く夜も眠れぬのだ」
「ですから私のプレゼントで元気になってもらおうと思いまして」
「そうかそうか、愛いやつだの、イフリーナ。ありがたく受け取らせてもらうぞ」
気苦労からか、額に皺の跡がついてしまっているディーバは久しぶりの笑みを浮かべて箱の蓋を開けた。
すると中に入っていたのは………
「何をする、イフリーナ! 服をもってこんかって、なにーーー?!?!」
「陣内どのーーーー?!?!」
ディーバの目が一瞬点になる。
中にはどうやら入浴中に拉致されたと思われる陣内が、生まれたままの姿で放り込まれていたのだ。
あまりの事態に我に返ったのはしかし、ディーバの方が早かった。
「イフリーナ」
ディーバが呟く。
「はい?」
「これでバグロム兵の増強問題が解決じゃ、よくやった」
「はい!」
じりじりと陣内に近づくディーバの目は、なんだか獲物をターゲットに入れたカマキリのそれだったりする。
「ちょ、ちょっと待て、ディーバ! その手はなんだ?!」
あまりのディーバの妖気に腰を抜かして後退する陣内。
「この手は陣内殿を捕らえるため……」
わきわきと、両手をにぎにぎしながらディーバ。
「なぜ、なぜ服を脱ぐ?!」
「据え膳喰わぬは男の恥じゃぞ、陣内殿」
どん
後退する陣内は、背中を壁にぶつけた。
もう後ろが、ない!
「じーんないどのーーー♪」
「おたすけーーーーー!!!!」
なお、未だ卑怯な作戦を採るバグロム兵は確認されていない。
おわる