Time pass me BACK
忘れえぬ,変わらぬその想いは…何?



 「誠様,何をしておられるんです?」 不意に声を掛けられ、誠は手を止める。
 真夏の日差しが照り付ける炎天下,誠は腕に取りつけた小さな機械,腕時計のような『それ』から視線を外して、彼女に答える。
 「なんや、アレーレか。時空を越える機械の基礎ができたんや,今回のこれは時間を越えることができるんやで」 言って、麦わら帽子をかぶったアレーレに腕を見せた。
 そこには何やら数字が点滅していたりする。
 「ふ〜ん,また爆発するんじゃないですかぁ?」 暑さもあるのだろう,げんなりした表情で彼女は正直な感想を述べる。
 「それは大丈夫やで。動物実験では成功しとるし…」 誠は親指で後ろを指す。小さな木陰に何故か、たんまりと水を飲んだかのようにびしょ濡れでひっくり返っているウーラが延びていた。
 「過去にしか行けへんけど、ちゃんと帰ってこれるんや。さらに何年前に飛ばされるか分からへんのが、スリルがあってええで」 
 「…誠様、結構えげつないですね。ところでファトラ様見ませんでした? 朝から捜してるのに見つからないんです」 
 「さぁ,見とらんけど」 
 「そうですか,じゃ」 シタッと右手を挙げて足早に立ち去るアレーレ。
 「アレーレ,僕の実験見ていかへんの…って、お〜い!」 誠の叫びは虚しく、再び炎天下の中庭に取り残される。
 「ま,ええわ。取り合えず行ってみよか。ウーラみたいに大陸できる前に飛ばされなきゃ、ええけどなぁ」 
 カチッ,腕の機械の小さなボタンを押す。すると音もなく、誠の足下を中心に光のサークルが生まれ、次第と強い光を発して行く。
 「よ、誠。どうじゃ,調子は」 頭上からの呼び声に見上げる誠。二階のテラスにファトラが身を乗り出して、中庭の状況を見ていた。
 「ちょっと過去に行ってきますわ」 微笑んで答える若き科学者。それにファトラは満足気に頷く。
 「そうか,昔の私に優しくしてやってくれよ」 強くなる光の中、誠はファトラの言葉に首を傾げ…
 「イフリータと同じこと言わんといてやぁぁぁ…」 余韻を残し、光の中へと消え去った…



 森の中にいた。右手には大きめの川が流れている。そして相変わらず照り付ける暑い日差し。
 誠は腕の機械を見た。
 「時間は…七年前か,座標がズレとるなぁ」 誠の計算では時間だけ移動して、場所はズレないはずだったのだが。
 今いる場所は大体見当がついていた。確かフリスタリカの郊外のはず。 誠は街の方角に向かって歩み始める。
 すぐに森は開け、背丈の低い草の生える小高い丘が見えてきた。その丘の上には一際大きな伝説っぽい一本の木が生えている。
 「あそこまで行けば、ロシュタリア城周辺が一望できるはずや」 誠は一人呟き、ゆっくりと丘を上って行く。
 「暑…」 やっとのことで登り切った誠は額の汗を袖で拭い、木陰に入る。そこから今まで登ってきたのと反対側を見下ろすと、荘厳なロシュタリア城の姿を捕らえることができた。
 運動と夏の日差しに火照った誠の体を、そよ風が通り抜ける。
 「喉が乾くなぁ…一休みしたら街の方へ行ってみよう」 呟き、太い幹に背を預け、腰を下ろす。青々と茂る背たけの短い草の感触が冷たくて気持ちが良い。
 「ふぅ…」 溜め息一つ,そして
 ドカッ!
 「あだ!」 頭に衝撃,誠の頭上でワンバウンドしたそれは彼のひざの上に落ちた。
 頭にぶつかった衝撃であろう,それは凹んだところから仄かな甘い香りが漂ってくる。
 拳大の木の実,リンゴに似たそれを手に取る誠。
 「ハハハハッ,おいしいよ,それ!」 頭上からの笑い声,誠は見上げる。 5m程上の太い木の枝,深緑の木の葉の影に少年と思しき人影があった。 歳の頃は十才くらいか,白いTシャツに半ズボン,靴を脱ぎ、膝を出した彼は、子供らしい微笑みを浮かべて、誠を見下ろしていた。
 少年を見つめ、誠は数瞬、動きが止まる。少年? いや、違う。
 「あれ?…ファトラさん?」 誠の問い掛けに少女の表情は凍り付く。
 「何でわらわの名前を? お主,ロンズの追っ手か?!」 鋭い表情,しかしその奥に脅えを隠して、ファトラは警戒する猫の様に木の上から構える。
 「追っ手? ロンズさんの?」 首を傾げる誠。
 その時、遠くから何やら声が聞こえてきた。それは次第に聞き取れるほど大きくなっていく。
 「あれは…」 近付いてくる人影には誠は見覚えがあった。彼が知るより若いが、確かにロシュタリア城近従長ロンズ,その人だった。
 ロンズもまた、誠の姿を見つけ、小走りに近付いてくる。
 「旅の人,10歳ばかりの白いシャツを着た少女を見なかったか?」 やはり暑いのだろう,息を切らせながら問い掛ける。
 「少女?」 
 「はい,髪はショ−トカットゆえ,少年と間違えるかも知れぬが」 
 ガサッ,誠の頭上の枝が動き、音を立てる。
 「あ…」 
 「見たのか?」 しかしロンズに気づいた様子はない。
 「う〜ん,確か、向こうの森の方で虫網を持って走って行くのを見たような気が」 誠は適当にロンズがやってきた方向に見える森を指さした。
 「ありがとうございます,全く、勉学をさぼってばかり…」 ロンズは軽く礼を言うと、ブツブツいいながら、もと来た道を引き返して行った。
 「もういっちゃったよ」 誠は頭上に言葉を投げる。
 ガサッ,茂る木の葉の間から顔を出すファトラ。そしてそのまま飛び降りた。
 したっ,ポーズを取っておよそ5mの高さを難なく着地する。
 「よっと,礼を言うぞ,えっと…」 
 「マコトって言います。木の実のお礼や」 微笑み、誠は一口齧る。あっさりとした甘みと水分が彼の乾いた喉を潤した。
 「マコトか,でもなんでマコトはわらわの名を知っておるのだ?」 手にした靴を放り投げ、その場にあぐらをかいて、ファトラは尋ねる。
 「ん…それは…」 
 「それは?」 首を傾げる少女。そのあどけない表情からは今後の彼女の人生が想像できない。
 「ファトラさんを下々の者も知ってるんや,ただ、それだけ」 誠もまた、その場に腰を下ろす。
 「ふぅん,わらわも結構有名人なのだなぁ」 
 「でも、勉強をさぼっちゃいけないよ,王女様なんだからちゃんと勉強せんと」 それにファトラは頬をプゥっと膨らませる。
 「…マコトもロンズやストレルバウと同じことを言うのだな。そもそも、わらわは王女なんぞにはなりとうないのじゃ」 
 「へ?…じゃあ、一体何になりたいんや?」 誠のその言葉を、まるで待ってましたと言わんばかりに、彼女は含み笑いをこぼしながら腰に手を当てて立ち上がる。
 「わらわは、このエルハザード一の踊り子になるのじゃ!!」 ビシッ,とファトラは右手で小さな人差し指を天高く指した。
 「お、踊り子…?」 二人の間に冷たい風が吹き抜けた。突然何を言い出すのか,誠は戸惑う。
 ”いや,しかし…ここで自信を持たせておけば、もしかしたら今のファトラさんの癖が治るかもしれへん!”意を決して、誠は口を開こうとする…が。
 「…冗談じゃ」 小さく呟くファトラ。コケる誠。
 「わらわは国の元首の血を引く者,生まれながらにやるべきことは決まっておるしの」 木を見上げ言うファトラにはしかし、歳相応の無邪気さは消え、王女の厳格と寂しさがあった。
 「ファトラ…」 誠は彼女を見つめる。ただ、上を見つめる彼女はまるで抜け出せない深い穴の中にいるようにも見えた。
 誠は立ち上がる。そしてファトラの小さな手を取った。
 「?」 誠を見上げるファトラ。
 「踊り子になりたいんやろ? なったらいいやないか。王女はファトラさんやけど、ファトラさんは王女だけやない。踊り子にもなれるし、神官にもなれる,何にでもなれるはずや」 
 「マコト…」 
 「エルハザード一になる予定の踊り子さん,僕に踊り、教えてくれへんか?」 ジッと誠の瞳を見つめるファトラ。
 数瞬の後、視線を外し、わざとらしく溜息一つ。
 「仕方無いのう,特別に今回は王室直伝の『そしあるだんす』というものを教えてやろう!」 少女の顔に、屈託のない笑みが戻った。



 日が暮れてくる。
 「マコト,今日は楽しかったぞ!」 靴を履きながら、ファトラは笑みを満面に讃えて言った。
 「そうだね。僕も楽しかった」 夕日に目を細めて、誠は答える。
 「明日はまた会えるのか?」 
 「明日…」 言葉が途切れる誠。
 「じゃ、明後日か?」 
 「…ごめん,もう出発しないと…」 ファトラから視線を逸らして、誠は答えた。
 「…そうか。また、あえるな?」 以外と呆気ない返事に誠は視線を戻す。
 「ええ、それは必ず…」 視線を戻して後悔する。同時にファトラは慌てて誠に背を向けた。
 小さな肩が震えている。嘘をつけるには、まだ幼い歳だった。
 ポン,誠は背を向けるファトラの頭を軽く撫でる。
 「七年後に…この日この場所で会いましょう」 誠は装置のスイッチを入れる。行きとは異なる小さな稼働音…。
 「その時には、わらわの究極美麗な踊りを見せてやるわ」 小さく彼女は答える。
 「楽しみに、してます」 
 「約束じゃぞ!」 叫び振り返るファトラ。が、しかしそこに青年の姿は、すでになかった。



 夜になっていた。月明かりの眩しい夜だ。
 「戻ってきたんや…」 振り返るとそこは誠の別室がある。昼間と同じ光景,城の中庭。
 ”…昔の私に優しくしてやってくれよ” 光の中で聞いたその言葉が不意に誠の頭の中をよぎった。
 ”約束じゃぞ…” 同じ声を今、聞いた。同じ光の中で。
 「約束…か」 夜空を見上げる。時を越えても空も、吹き抜けて行く風も変わらない。
 「心は,変わるんやろか?」 腕の機械を外して足下に放り投げると、誠は歩を進める。それはいつしか駆け足になっていた。



 大きな木の下,月明かりをライトに青く茂った草の上で白い踝が弾んでいた。
 白いTシャツは変わらない。ただ、半ズボンではなくスカート,髪も長く伸びていた。
 森の妖精を思わせる優雅な舞いに、誠はしばし見惚れる。
 「ファトラさん…」 しばらくして、思い出したように声を掛ける誠。踊りを止め、ファトラは永きに渡った待人を見つめ、微笑む。
 「微笑み方も違うね」 対する誠はついさっきのこと,そこには同じファトラの微笑みでも少女ではなく、女性のそれがあった。
 「小さな嘘も…覚えたぞ」 言って目を深く閉じる,何かを堪えるように。そしておもむろに顔を上げ、誠の手を取る。
 「あの時は身長差がありすぎて、王室直伝のソシアルダンスを教えることができなかったな。仕方無い,約束じゃから、教えてやる」 視線を逸らし、ファトラは頬を仄かに赤く染めながらも、ぶっきらぼうに言った。
 「ええ、お願いしますわ」 そんなファトラを幼い頃の彼女と重ねるような気持ちで誠は見つめ、その細い手を握り返す。
 月夜の晩に2つの影が、優しい風に包まれながら、七年ぶりの小さな舞踏会を開いていた。

Fin 



 あとがき


 これを書いている今、エルハのキャラコンやっていたりします。
 一位のキャラのSSを書くことになっているのですが…。
 ファトラ様が一位になったらネタが尽きるかと、心配な今日この頃っす。前作『1/?の純情な感情』に近い感覚で仕上げてみましたが如何なもんでしょうか?
 前回の路線は感想が皆無だったので、良いか悪いかが分からなかったのです。
 今回は某TMネットワークの曲をそのまんまパクってます。この曲を知っている方はいらっしゃるでしょうか?
 ファトラの少女時代,覚醒前です(笑)。覚醒後に誠と踊るのかと聞かれるとちょっと苦しい…。さらに何故『踊り子』になりたいんだ,と言われるともっと苦しい(笑)。
 とにもかくにも、かなり純情なファトラさん,如何でしたでしょうか?
 今度ファトラを題材にするときは、やはりアレーレとのペアでお笑いを書きたいなぁ。でも失敗すると18禁になってしまうやも(笑)。

1998.4.8 自宅にて