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神様のくれた日
ありったけの「ありがとう」を…



 空が高い、スカッと晴れ渡ったある日。
 お昼の混雑が過ぎ、菜々美は客足の遠のいたその時間,ほっと一息就いていた。
 目を外に向けると、心地好い天気に外に出かけたくなる。
 「ちょっと、休もうかな!」 タン,菜々美はテーブルを軽く叩き、東雲食堂ののれんを一旦外した。



 エプロンを外した彼女が足を運んだのは、フリスタリカ郊外にある公園。
 願いを込めてコインを投げるとそれが叶うという噴水を中心に、緑が広がっている。
 ちょっと遅めの昼御飯をバスケットに詰め、彼女は腰を落ち着かせる所を探して周囲を見渡した。
 と、青々と茂る一本の木の下に、菜々美は見たことのある人物を見いだす。
 彼女は気付かれないようにと、ゆっくりと近づいていった。
 木陰の中、小さな木漏れ日をその身に受けながら、仰むけに寝そべる青年の姿が一人。
 顔に、開いた本を乗せている。
 菜々美は彼の隣に腰を下ろす。青く茂った芝の冷たい感触が心地好い。 彼女はそっと、本を取る。
 「ん…」 木漏れ日をその顔に受け、多少眉を寄せる青年。しかしすぐに規則正しい静かな寝息が続いた。
 それを見つめ、菜々美は小さく微笑む。
 「まこっ…」 そこまで言い掛けて、口をつぐむ。彼女は本を彼のそばに置き、そっと目を閉じた。
 「こんな日だったね,まこっちゃん。覚えてる? 私達が初めて合った時のこと…あの瞬間から、私、決めてたんだよ」 小さく呟き、彼女はゆっくりと目を開く。
 幸せそうな寝息を立てる青年。菜々美は視線を彼から、青く晴れ渡った空に移して、遠い日に思いを馳せた。



 東雲町の住宅地にあるありふれた公園の一つ。
 幼い彼女は一人、ベンチに座り、ぼぅっとしていた。
 その日は日曜,青い空に日は高く、それは丁度お昼時。
 「あたしもかえろうっと!」 昼ご飯を食べに帰った友達に倣い、小学三年の彼女は、勢いよくベンチから飛び降りる。
 そんな彼女の視界に、公園の真ん中にある木の下で、やはり一人でぼぅっとしている少年の姿が入った。
 ”ふぅん,知らない人…ウチの学校かな?”思ったのは数瞬,次の瞬間にはお昼のメニュ−は何かに、思考は移っている。
 家路への帰路へ足を一歩踏み出したときだった。
 「ガウゥゥ…ワンワン!!」 
 「!」 菜々美の後ろから何かが近づいてくる! 灰色の野良犬,しかし幼い彼女には怪物並みに大きいものに写る。
 「ワンワン!」 
 「ちょ、ちょっと! 何よぉ!!」 走り、逃げる菜々美。しかし野良犬は吠えながら急速に彼女に接近しつつある。
 カラン,何処にでも落ちている空き缶。彼女を嫌な浮遊感が襲う。
 「きゃぁ!」 転ぶ菜々美。
 「ガゥ!」 飛び掛かる野良犬。
 「…」 菜々美はまるで、ビデオのコマ送りのように迫り来る野良犬の姿を見た。
 動けない,恐怖で動けなかった。
 と、距離が縮まる彼女と野良犬の間に何かが入る!
 目を閉じる菜々美。
 ガン!
 「キャイン!」 
 「?」 菜々美は目を開く。逆光で見えにくいが、一人の少年の背が彼女の前にあった。
 その先には走り去って行く野良犬の姿がある。
 カラン,軽い音がする。
 菜々美は視線を上げた。目の前の少年は手にしていた木の棒を落とす。 彼は菜々美に振り返る。
 「あ…」
 ”さっきの人だ、木の下でぼぅっとしていた男の子”,心配そうに彼女を見る少年に、菜々美の耳に妙に大きく自分の心音が聞こえてくる。
 「あの…」 言葉を紡ごうにも、何を言ったらいいのか分からなかった。
 「誠ぉ〜 そろそろお昼よぉ!」 遠くから聞こえてくる女性の声。
 その声に、菜々美へと踏み出した少年の足は反転,声の聞こえてくる公園の外へと駆け出して行く。
 と、彼は立ち止まる。未だ地面に尻もちを付く菜々美に向かって一声。
 「気をつけて帰えりぃや!」 叫ぶ彼の小さな背中は遠ざかって行く。
 「あ…行っちゃった…」 菜々美の手は空を掴む。
 「誠ちゃん,か」 確認するように、呟く少女。
 何事もなかったかのような公園の風景,しかし幼い彼女の心には、初めての不思議な感情と、少年の姿が離れることはなかった。


 数日後、彼女の兄が家に友達を連れてきた。
 庭にいた彼女は、兄の声以外にそれに興味を持ち、声の聞こえる広間へ移る。
 「珍しいわね,お兄ちゃんに友達ができるのなんて…」 開口一番、彼女はのたまう。
 ひょろりとした色白の少年,菜々美の兄である克彦はしかし、余裕の表情で妹に返す。
 「おおぅ,菜々美。こいつが私の第一の子分だ」 
 「陣内くん,僕、子分やないで」 苦笑いの少年。彼の顔を見て、菜々美は絶句する。
 ”この人は…公園であった男の子,間違いない!”
 「僕、水原 誠って言うんや,初めまして,よろしゅうな」 微笑む少年。兄と違って礼儀正しい。
 「わ、わたし,陣内 菜々美よ。よろしくね」
 ”初めましてじゃ,ないけどね”心の中で、彼女はそう付け加えた。



 それからだったわね,私達の時間が重なったのは…
 そして今まで、肩を並べて、足を揃えて,このエルハザードまで一緒に来たね。
 まこっちゃんのこと,分からない事が多くて…好きだけじゃ駄目なこと,たくさんあったけど、一緒にいられるだけで私は良かったんだ。
 そう、それだけで幸せなの…
 初めて会ったあの日、私は決めてた,ずっと,ずっと付いて行こうって。
 心の歩幅を合わせて、歩いていきたい,ってね。



  ……覚えてないわよね、こんな昔のこと」 菜々美の小さな呟きは、しかし静かな公園では誠には届くはずだった。
 「でもあの時、言いたかったことがあったんだ。ずーっと言えなかったけど…今、言っていいかな?」 
 菜々美は誠の手を握る。誠の体温が彼女の手に伝わってくる。
 誠は寝息を立てながらも、菜々美の手を軽くだが、握り返す。
 菜々美はそっと誠の耳に口を近づけ、小さく囁く。
 「ありがとう,そしてこれからも…いつまでも…」 
 草の香りを抱いたそよ風が、彼女を,誠の髪を揺らして過ぎ去って行く。
 これはある晴れた日の出来事,遠きあの日と同じ、菜々美にとって、神様がくれた日のこと。


 「これからも、よろしくね,まこっちゃん!」



She wishes to be continued...
 




あとがき

元: もう萌え萌えっすよぉ〜
ストレルバウ: むぅ、しかしそのまんまのパクリじゃのぅ
元: そりゃ、パクリですから。泉川そら氏のCD「神様のくれた日」,エルハ2のED聴いて、感動して書きました。如何ざんしょ? 誠と菜々美の高校時代のエピソードも交えたかったのですが、うまくつながんなかったので、こんなんなりました。
ストレルバウ: お主もギャグ以外にこんなん書くとはのぅ…
元: 功夫を積まねばね,そんな訳でここを見て頂いているお客さんには、まだまだ付き合ってもらいますよぉ!
ストレルバウ: (ワシとしてはもっと過激なのが良いのだが)まぁ、頑張るが良い。
元: へい,何はともあれ、「神様のくれた日」は必聴っすよ!

1998.5.30 自宅にて