幾億の夜をこうして過ごしたことか
この想いをずっと胸に抱いて
たった一つの,暖かいあの人の想いを抱いて
眠ることに、何の感慨もなかった
私が起動させられるまでの間、唯、何も考えずに眠っていれば良かった
しかし今は、なかったはずの心にあの人への想いが溢れる
こうしているのがもどかしい,刻の流れをこの肌に感じる…
心,それはかつてあったもの
装置という枷で、自ら隠していたもの
隠さないと、意識の海に沈めないと、私は耐えられなかったから
破壊の中に聞こえる悲鳴に耳を塞ぐ事ができなかったから
だから、いつしか私は心を持っていた事すら忘れてしまった
想い,それは心から生まれるもの
心にぶつかる想いから生まれるもの
隠した私の心を、あの人は見つけ出した
じっと奥で隠れていた私を、見つけ出してくれた
いつか、そんな日が来ることを夢見ていた私を
心にぶつかるあの人の想いに、私は想いという手を差し出した
思い出,それは大事なもの
幾億の夜を過ごしてきた私にとっての拠り所
あの人が別れ際にくれた、思い出
短くも忘れることなどできない、あの人との重なり会った世界での時間
でも、思い出からは何も、生まれない
人の心,分からないモノ
私が待つあの人。でもあの人は私を知らない
私はあの人をいざなって良いの?
必ずあの人を不幸にするはず
でも…
私はあの人の心に触れて、変わることができた
変わって、このまま死んでも後悔は、ない
あの人にもう一度会えるのなら…
幾億の夜をこうして過ごしてきただろう
刻はやってきた
揺蕩いし風の流れが私の頬を撫でる
ゆっくりと、私は目を開く
目前には何億と心に描いたあの人がいる
私は足を踏み出す
長き刻の中で体の感覚が失われていた
そのまま彼の胸の中に倒れ込む
「会いたかったよ、誠…」
自分の言葉が他人のもののように聞こえる
押さえていた、自分の感情を
だが溢れ出す,この想い
何を言ったかは、自分ですら分からない
あの人は、驚いた顔で黙って私の言葉を聞いているだけだった
”ごめんなさい…”
「…私に優しくしてやってくれ」
残った力で術を起動する
光
収束
静寂
…
静かだった
幾億の夜も、今、あの人に会えたことで一瞬のことのように感じられる
「ここが思い出の…」
私は僅かに残る力で、あの人の学校を歩く
力ない足取り
これがかつて鬼神と呼ばれた者か
しかし誇らしくもある
もう私は自分の力で歩くことができる
夜の帳の中で、全ては暗黒のヴェールを纏い沈黙を守っていた
でも、想い出は蘇る
夢の中、あの人と伴に学ぶ教室
伴に歩いた廊下
競い合ったグラウンド
そして…
語り合った校舎裏のフェンス
カシャ
私は金網に背を預けた
顔を上げる
朝日が上ろうとしていた
私の足を,胸を,顔を日の光が照らして行く
朝靄の仕業?
視界が霞んでくる…
満足だった
これで私はあの人と出会うことができた
自分の意志で、自分を変えることができたんだ
望むならば…あの人が幸せであらん事を
私の我儘で、異世界にいざなってしまった
出来得るならば…幸あらん事を
朝日に祈る
疾走する優しき祈り
それは昇る朝日に届いたのか
光がさらに眩しくなる
歪む空間
緩慢な空気の流れ
光の衣を纏って、彼は朝日を背に現れた
手に一杖を持ち、私を待っている?
優しい、変わらぬ微笑み
私は駆け出している
彼に向かって
頬を透明な何かが伝わる
心が抑えられない
流れ落ちる雫
もう、何も望むことはない
彼の胸に私は抱き締められる
「…誠…」
一言、私は心の奥から言葉を吐く
深く、深く
その一言が、私の全てだった
再び動き出す刻の流れ
その刻が、ずっとずっと
誠と重なり合うことを
私は…
Fin