Reverse
時には戻りたいと思う事,ありますか?


 「…あと一歩なんや! 一体、何が足りないっていうんや!」 誠は叫び、実験台を叩きつける。
 彼の前には小型の神の目,次元湾曲のみの機能を再現した装置が置かれている。
 しかし起動しているはずのそれからは、小さな駆動音しか聞こえない。
 ここは、小さな研究室,ロシュタリア城の裏庭に建てられた頑丈な石造りのその家には、彼とアフラ=マーンが白衣を着込み、永年の研究に終止符を打たんとしていた。
 歳の頃は20歳くらいであろうか,少年の雰囲気を取り払い、一人前の男の表情を持った誠と、それと同様の雰囲気を得たアフラの二人はここ数日、ここに籠もっている。
 そう、すなわち誠達の世界への転移実験。
 「誠はん…」 そんな彼を見つめる風の大神官。
 彼女は数日に渡り、誠の研究を泊まり込みで手伝っている。
 研究の完成目前の為とはいえ、マイペースな彼女らしからぬ行動ではある。
 「もう一度、初期化して再起動させ…」 
 「そないなことしたら今までのデータが飛んでまう!」 彼女の言葉を遮り誠。
 「…少し冷静になった方がいいどすぇ。後一歩のところであせるコト,ないですわ」 
 「ええ、それは分かってます!」 
 ”分かってないですわ”苦悶する誠の横顔を見て、アフラは心の中でそう呟く。
 彼女はようやく停止した転移装置のフタを開ける。
 その内壁に目を配らせた。
 そこには地水火風の四元素を示す文様が刻み込まれているが…
 「…あれ?」 その配列がアフラの脳裏に引っ掛かった。
 風は移動も司る元素,それを考えると微妙に一部が違っていることに気づいたのだ。
 とはいっても、風の大神官でようやく気付く小さな、細かいミスではあるのだが。
 ”これじゃぁ、誠はんは気づかんはず”小さくため息。
 誠に向かってそのミスを告げようと、彼女は口を開く…
 と、声が出なかった。いや、出せなかった。
 ”これを直せば…誠はんは元の世界へ帰ってまう。イフリータに会いに。良いの? それで?”声が心の中から聞こえる。自分の声が。
 アフラはそれを降り払うかのように頭を左右に振る。
 ”何をやってるの,ウチは。こんなことを思うなんて,誠はんの研究を手伝っているのに…足を引っ張ってどないするの!?”
 そう、自分は誠の研究を手伝っているのだ。
 ”何故?”自問。
 ”誠はんと一緒にいたいから…なの?”それが答え。
 ”ウチは…ウチは誠はんに元の世界へ,いえ、イフリータに会わせたくないの?”導かれた答えに、愕然とする。
 「アフラさん? どないしたんですか? 少し休んだ方が…昨日から一回も休んでいないでしょう?」 気が付くと、心配そうに肩を揺する誠の顔がすぐ近くにあった。
 「え? ええ…大丈夫ですわ,誠はんなんて2日も休みとってないですやろ?」 顔を背け、アフラは消え入りそうな声で答える。
 「僕はこういう性格やさかい」 それでも疲れた笑いを上げる誠。
 ”その優しさは…もうこれからは向けられることはないのでしょうね”小さな苦笑。
 ”もう少し、この気持ちに早く気が付いていればなぁ”



 「ならばワシが何とかしてやろうではないか」 しわがれた声が彼女の耳元で聞こえた。
 視界が暗転,アフラは研究室から暗黒の空間へと自分が移動しているのに気が付く。
 そして彼女の前にはカエルのような老人の姿があった。
 「アンタは…アルージャ?!」 
 アフラの目の前には時の神官を自称する老人が浮かんでいる。
 「時空などワシの思うがままじゃ。ワシの言うことを一つだけ実行するならば、時間を戻してやろう,いや、お前の望む世界を与えてやってもよいぞ」 
 契約を提示する悪しき神官。それに風の大神官は無言。
 と、彼の言葉にアフラの前に一つの映像が広がった。
 緑茂る草原を歩く二人。
 誠とアフラだった。
 談笑する二人の距離はやがて手をつなぎ、腕を絡ませ、そして…
 「…フフフ」 アフラはそれを見て微笑む。
 「決まったのか?」 確信したように、アルージャは問う。
 「アルージャ,アンタ勘違いしてますぇ」 意外な答え。
 「何じゃと?」 
 「『今のウチ』が『今の誠はん』を好きなんでおます。一生懸命に想う人へ向かう誠はんが。だからイフリータがいなければ、ウチが誠はんを好きになることもなかったし、こうして一緒にいられる時間もなかった」 今までの時間を噛み締めるように、風の大神官は言う。
 そこには迷路に迷って、出口に戻ろうとする幼い少女の面影はない。
 「では…今のままでいいと言うのか?」 声を震わせ、アルージャ。
 「過去に戻るなんてことは今のウチを否定することやない? ウチは今までが在って、そしてこれからが在るから、ウチでいられる。誠はんが好きと思えるウチが」 
 「誠をお前に向けたいのではないのか?!」 アルージャは叫ぶ。
 「…スタートは遅れましたけど,これからどすぇ」 瞳には強い光が宿る。決して負けないという、自信と挑戦の光が。
 「次元の果てに、永劫の眠りに付け,アルージャ!!」 アフラは風の力をありったけ解放,アルージャを吹き飛ばす!!
 「く、くそぉぉぉ!!」 闇に飲まれ、アルージャは暗黒の空間ごと消え去って行った。



 「アフラさん,アフラさん!」 
 「え? あ、誠はん…」 2度目,肩を揺り動かされる。
 「もぅ、眠っていて下さい,体を壊されるまで無理して付き合ってもらうには…」 
 「何言ってまんの? 誠はん。この研究の完成はウチのスタートラインでもあるさかい」 
 「? スタートライン?」 
 「いえ、何でもないでおますわ。そんなことより、これはここが…」 アフラは装置の内壁の文様について、黒板を使って誠に説明。
 誠の心配と疲れ、絶望の表情から希望へと変わって行く。
 「なるほど!! 風の文様の位置にそういう意味があったんですね,これはアフラさんにしか気付かんわ」 
 「…そうやね,さ、この調子で完成させて、イフリータはんに会いましょう」 
 「ええ!」 屈託のない笑み。アフラはその誠の顔を見て、次元の彼方にいる彼女に戦線布告。
 ”イフリータ,アンタが戻ってきた時、その時が新しい戦いの始まりですぇ”
 「誠はん」 
 「はい?」 
 「…大変でしょうなぁ」 
 「?? 何がです?」 しみじみと言われ、誠はオタオタとする。
 ”きっと、今のウチの力で誠はんを振り向かせてみせる,菜々美はんにもシェーラにも負けませんぇ。待っておます,イフリータ!”


 Here is her START LINE !!