この日、街のあちこちに籾の木の飾りが飾られ、鮮やかな赤と白の色が目に眩しかった。
このロシュタリアは年中温暖だけど、やっぱり季節は冬,風が吹くと少し肌寒い。
あたしは用事を済ませる為に足早に浮かれる街中を駆け抜けていった。
「おや、アレーレちゃん?」
ふと、あたしは呼び止められて振り向いた。
そこには馴染みの雑貨屋のおばさんが心配そうな顔であたしを見ている。
「こんにちわ、おばさん」笑顔で小さくお辞儀した。
でもおばさんの表情はすぐれない。
「アレーレちゃん…だよね?」確認するように尋ねてくる。
「? どうしたの? おばさん,当たり前じゃない」あたしは首を傾げた。
「そうよ,そうよね。さっきアレーレちゃんとそっくりな子を見かけたばっかりだったから」自分に言い聞かせるようにおばさんは言う。
「わたしそっくり…?」
「ええ、声をかけたら首を傾げながら通り過ぎちゃってね」
「ふぅん,でも世の中には同じ顔の人が3人いるって言うし」
「その内の一人だったのかもね」
クスリ,あたし達は小さく微笑み合う。
街の雑踏と、日の落ちかけた時に吹く風が、とても心地良かった。
Christmas Present
今夜は聖夜,冬の王を祝福するお祭りの夜だ。
心の清い子供には冬の王からクリスマスプレゼントというものが貰えるという伝説もあるが、これはおまけの話だと思う。
異国のお祭りだけど、このクリスマスプレゼントという発想が商売人達によって利用されて、結構メジャーなお祭りになってるんだ。
あたしは雑貨屋のおばさんとちょっと話をした後、ファトラ様から言われた通り、酒屋へお酒を買いに走った。
『今晩は誠の研究所でパーティーをやるのだ,姉上もいらっしゃるのだぞ』そう言ったファトラ様の笑顔はあたしの記憶に新しい。
いつもは堅苦しいお偉いさん達とこの日を過ごすのだけど、色々合って王族が開くパーティーは中止になったそうだ。
何気にファトラ様が嬉しそうだったのが、あたしも嬉しい。
あたしは活気に満ちた酒場に足を踏み込んだ。
いつもの倍以上のお客と2乗された活気が詰まっていた。
あたしの用事,それはお酒を買ってくること。
「へい,いらっしゃい!! …ん?」
「こんにちわ、おじさん!」満面の笑みであたしは馴染みの酒場のおじさんに挨拶。
「どわぁぁぁぁ!!」髭面のおじさんはあたしを見た途端、大きく後ろに飛びのいた。背には酒棚があり、危うくこれから消費するであろう,それらを床に落とす寸前だ。
「どしたのよ…」ジト目であたし。
「ア、アレーレちゃん…だよな?」雑貨屋のおばさんと同じ反応だ。
「何よ、あたしとそっくりの子でも見たって言いそうね」
「ああ、良く分かったな」溜め息一つ,おじさんは言った。
”…何者なんだろう?”
あたしは両腕を組んで唸る。
「アレーレちゃん,もしかしておじさんが見たのはアレーレちゃんの空蝉かもしれないな」ふざけた口調を交えて、おじさんはあたしの注文する酒ビンを一本,二本とカウンターに並べながら言う。
「空蝉?」反芻,聞きなれない言葉だった。
おじさん曰く…
空蝉(うつせみ)【類義語・ドッペルゲンガー】
そっくりの容姿を持つ怪物で、じわじわと対象となる人物と置き替わっていき、
ついにはその空蝉が本物,狙われた人間がにせ物になってしまう。
本物はにせ者として世間自体から殺されてしまうのだぁ!!
…ってな。おもしろい作り話だろう? あれ?」
そこにはカウンターの上に紙幣だけ置かれ、酒瓶と彼女の姿は消えていた。
「冗談じゃないわよ、殺られる前に殺ってやる!」
夕闇の中を、あたしはそんな物騒なことをブツブツ呟きながら、両手から酒ビンを吊るして通りを大股で進む。
と、人込みの中、見覚えのある頭がチラリと見えた。
”あれは…あたし?”ポニーテールの髪,鏡で良く見る形だった。
あたしは人込みに紛れたそれを追う。
そいつは見え隠れしながらも、公園へと入って行くのが分かる。
あたしは公園の中を走る。
と、公園の中心,噴水がある広場へ出た。
そこにはカップルが大部分,待ち合わせをしている人々がいつもに増して沢山いる。
この公園の噴水は、待ち合わせの場所として良く使われるので有名だ。
「おねぇさん,僕と一緒に聖夜を過ごしませんか?」何処かで聞いたことのある声があたしの耳に届いた。
「なぁに、この子」
「かわい〜」
ちょこちょこと動くポニーテールのそいつに、待ちぼうけを食っている女性達(それも美人多し)が笑顔を向けていた。
無節操にやたらと美女にばかり声をかけるあたしの空蝉。
あたしはころがっていた木の棒を手にそいつの背後に駆け寄り…
「もらったぁ!!」
ドカ!
「うげっ!」
バタリ,そいつは頭に大きなこぶを作り、うつ伏せに倒れる。
あたしは、気絶したのだろう,動かないそいつを足で仰むけに。
「パ、パルナス?!」
目を回したあたしの空蝉は、弟のパルナスだった…
…ん?」
「目が冷めた?」
パルナスはあたしの膝の上で目を覚ました。
公園のベンチ,あたしの羽織っていたカーディガンを掛けて、寝かせてある。
あたしはパルナスを覗き込む,一応心配はしているんだ。
「姉さん…ここは?」頭を振り、パルナスは身を起こす。
「ごめんね、パルナス。色々あって殴り倒しちゃった,えへ」
「えへ,じゃないだろ! あたたたた…」
「まだ横になってた方が良いわよ」
「思いっきり殴ったね」あたしは弟を再び膝の上に戻す。
「いつこっちに来たのよ?」
「今日だよ、クァウール様が用事があってね。もう終わっただろうから今頃、誠様の研究所にいるんじゃないかなぁ」
「アンタはこんな所で何やってるのよ」
「お菓子とか買って来るように言われてるんだ」
パルナスの言葉にあたしは彼の持っていた袋を見る。
雑貨屋で売っていたお菓子や、酒場で買ったと思われるお酒が顔を覗かせていた。
「姉さんは?」いぶかしげにパルナス。
「あたしも同じよ。ファトラ様に頼まれて誠様のトコでやってるパーティ用にね」
「そっか…」
小さく彼は呟く。
ベンチに座るあたし達の前を幾人もの人達が通り過ぎていく。
家路を急ぐのだろうか,中年のおじさん。
待ち合わせに遅れて走っている,そんな感じの女性。
幸せそうなカップル,etcetc...
あたし達は特に言葉を交わすでもなく、ぼぅっとそれを眺めていた。
懐かしい時間、そんな気がする。
「でもこうして二人でいる時間って、久しぶりね」ふと、あたしの口からそんな言葉が漏れた。
「そうだね。いつもそれぞれの御主人様の為に,自分達の為に時間を作るって事、ないしね,よっと」
パルナスは身を起こす。立ち眩みがしたのか、目頭を押さえている。
「時にはこうして姉弟そろって何気無く時間を過ごすっていうのも…良いものかもしれないや」屈託のない笑顔の弟。
そんなパルナスの笑顔を見たのは久しぶりだった。
「こんな降って湧いたような時間,これがもしかしてクリスマスプレゼントっていうやつかも…ね?」つられてあたしも微笑む。
「そうかも…ね!」
見えない何かを振り切るように、パルナスはベンチから立ち上がり荷物を片手に,右手であたしの手を掴んだ。
「さ、行こう! みんな待ってる」
「うん!」
あたし達は公園からロシュタリア城に向って駆け出した。
あたしの腕を掴むパルナスの手は、あたしの知っている頃よりも少し,そう、ホンの少しだけ大きくなっていたと思う。
「「Merry Christmas!!」」
あとがき
前作『Chiristmas Party』のサイドストーリー,もとい、こちらが本体だったりします。
いつでも手に入れられそうなモノ,時間。空気のように希薄でありながら、とても大切な何か。
そんなモノ,結構あったりしませんか?
これを読んで頂けた貴方に、良き日が訪れんことを…
1998.12.23 自宅にて暇を弄びながら