BGM だんご3兄弟



 一人の若者が、とある研究室の扉を叩いた。
 「入るがよい」中から老人のくぐもった声が響く。
 ガチャリ…
 男は未知の世界への扉を開いた。
 そこには長椅子に座る、豊かな白髭を蓄えた老人が一人。
 彼は来訪者の顔を見て、小さく首を傾げる。
 「ダル君ではないか? どうしたのかね?」
 「博士…折り入って御相談が…」
 青年、異国の皇帝ダル=ナルシスは神妙な面持ちで、切り出した。
 「? 話してみるがよい」
 「博士…私は…私はモテモテになりたいんです!(注@)


マッチョ3義兄弟



 「なぬぅ! モテモテとな!」
 「はい、モテモテです!!」
 「ううむ…」
 エルハザードにおける学問の最高権威は、唸りながら瞬時、熟考。
 「方法は、ないでもない」
 「ほ、本当ですか! 博士!」その言葉に、ぱっと顔を輝かせてダルは叫ぶ。
 「ふむ。近年の資料によればの…7,8月に向けて、5月をピークに『ブルーワーカー(注A)』の需要が高まるのじゃ」
 「?? はぁ」
 「すなわち、これは7,8月に向けて己の肉体美を砂浜の上で見せ、モテモテになるという世の男達の目論見を表わした結果なのじゃよ」
 「それが一体…」
 諭すように言う老人の言葉に、僅かな戸惑いを浮かべて青年は先を促した。
 「分からぬかね? 人はより進化する方向へと向かうもの。そしてその方向性は潜在意識からくるものじゃ」
 「?」
 「ブルーワーカーが毎年のようにこの時期に売れるということは男性の潜在意識の1つからくるものと仮定しよう。すると男性はマッチョになりたいと思うと同時に、実は女性は潜在的にそれを求めているとは考えられんかね?(注B)
 「なぁるほど!!」
 ポン、手を打って『我得たり』といった表情のダル。
 無茶苦茶名な仮説も学術顧問が言えばそれなりに見えるらしい。
 「そこでだ。ワシの作ったこの秘薬!」
 ドン、机の上に博士はドドメ色の怪しい薬を置く。
 「プロテインハイパー、これで君の夏に春がくる!」
 「「うぉぉ!!」」驚愕の声がダブった。
 「ん?」ダルが横を見るとロンズの姿がある。
 「私も…この輪に混ぜてはいただけないか?」
 ロンズの躊躇いがちな言葉に、ストレルバウとダルは僅かに目じりに涙を溜め、無言でロンズの肩を優しく叩いた。
 「ではいざ行かん、モテモテへの道へ!」
 「「おおぅ!!」」

 ここに義兄弟の契りを無言の内に交わした三匹の野獣が出現した…



 ロシュタリア城。白亜の城で名高いこの気品ある聖域に、三つの物体が現れる。
 黒いマントでその身を隠した、三人の男。
 ホコリ一つない、その美しい廊下を横並びで歩く三人の前に、同じく歩いてきた二人の既知が現れた。
 「あら、博士、御機嫌よろしやす?」
 「おっす!」
 アフラとシェーラ。大神官の二人。
 その二人の言葉に三人の男はお互い頷き合うと、まずは一番左側の男が一歩足を前に踏み出した。
 「「??」」首を傾げる大神官二人。
 男は纏っていた黒マントをババッと投げ捨てる!
 「「!!」」いきなり目の前に付きつけられた光景に、二人の女性は硬直。
 彼は声高らかにこう叫ぶ!
 「一番上はストレルバウ! フロント・ラット・スプレッド(注C)!!」
 ビッシィ !!
 穢れのない朝日に、老人とは思えない素晴らしい筋肉が、塗りたくられたワセリンの効果も相俟ってキラリ,黒く光る。
 その勇姿を確認した後ろの二人,その内また一人、威風堂々と前へ足を踏み出した。
 「一番下はダルナルシスゥ! バック・バイセップス(注D)!!」
 不自然なほど白い肌に、鎧のような筋肉が盛り上がり、ポージング。
 「間挟まれロンズ! マスキュラー(注E) !!」
 最後の一人、鍛えぬかれた肉体美が白い廊下に黒い影を落とす。まるで汚染されていくかのように…。
 「「…」」ただ立ち竦む二人の女性の姿を三人は満足げに見つめると、再びお互い頷き合い、
 「「「我らマッチョ3義兄弟!!」」」
 ビッシィ!! 夕日をバックにポージング。
 現実と非現実の間に挟まれたか,ずっと二神官は硬直したままだ。
 と、アフラの握り拳がふるふると震える。
 「ヘイヘイカノジョ! 我らと暑苦しい夏を満喫してみないかい?」
 そう言って足を踏み出したダルに、
 「近寄るなぁぁ!!」
 風の刃がダルを、後ろの二人を包み込み、切り刻む!!
 「なんのぉ!! フロント・ラット・スプレッド!!
 ダル、ポージング!
 「んな!!」風の悲鳴を聞いたか,驚愕の声を上げるアフラ。
 パキィン!
 「弾かれ…た?」
 「ワシらの肉体を甘く見てもらっては困るの。かのシュワちゃんとタメを張れる体じゃ
 グフフゥ、ストレルバウは狂犬のような濁った瞳で言った。
 「お二人方も、さぁ,私どものようにワセリンを塗って肉体美を世の中に見せましょうぞ」
 ポン、ロンズがシェーラの肩に手を置いた。
 「炎よ!」
 ゴォォ!!

 「うひぃぃ!!」
 ロンズの手を伝って、炎が彼の全身に行き渡る。
 「人体発火現象?!」ストレルバウの慄き。
 「おうおう、脂っこいのはよく燃えるなぁ」
 ギラリ、シェーラの目が残る二人を捕らえた。
 「「ひぃ!」」逃げ出す二人と燃え盛る一人。
 「逃がすかよぉ! 気味の悪りぃもん見せやがって! おらぁ!!」
 炎球が逃げる二人をポーミング。
 ボボン!! 連続する爆発。
 「はぁん!」
 「あつぅい!!」
 神聖な白亜の城に、妙に黄色がかったかがり火三つ、生まれた…



 「酷い目にあいましたなぁ」
 「だめじゃな、もっと芸術を知ったものでないと」
 「そうですね」
 三人のマッチョはお互いワセリンを塗り合いながら次なる標的を待つ。
 「あ、あれはルーン殿では?」
 目の聴くロンズが、廊下の先からやってくる人影に気付き、二人に告げる。
 「ファトラ様もいるではないか」
 「王族ともなれば芸術に対し造詣が深いでしょうね」
 ストレルバウとダルもまた、近づいてくる二人の王族を視界に入れた。
 「では」ロンズは立ちあがる。
 「行きますか、博士」
 「ふむ、今度は三人同時と行こう」
 「あら、ストレルバウ,こんなところでどうしたのですか?」
 凛と響く優しさを含んだ声に、ストレルバウは振り返り、そして…
 ババッツ!!
 三つの黒マントが宙に舞う。
 「「「フロント・ダブル・バイセップス(注F)」」」
 ビビッシィイ!!
 三つの肉体がまるで壁のように二人の前に塞がった。
 「「………」」
 微笑の侭のルーンと開いた口が塞がらないファトラ。
 どれくらいの時間が過ぎたであろうか。
 ニッコリ,ルーンは三人に向かって微笑み、
 「ファトラ、神の目の発動準備を(注G)
 「はっ!!」
 「「「ちょっとまったぁぁ!!」」」
 その日、三度目の神の目の封印が解かれたという…



 「うう…何故だ…」
 異国の皇帝・ダル=ナルシスは息も絶え絶えに、地に這いつくばる。
 その彼が、不意に影に入った。
 「?」見上げるダル。
 そこには困った顔をした彼の婚約者の姿がある。
 「馬鹿ねぇ、ダル。そんなにモテモテになりたいの?」
 「あたりまえであろうが!」叱咤。
 それに彼女は大きく溜息をつく。
 「…私だけじゃ、だめなの?」小さな囁きに近い、問い。
 「え…?」戸惑いのダル、しかし次の瞬間,それは恐怖のそれへと変化した。
 「でもほんと、切りごたえがありそうね…(注H)」恍惚に満ちた表情で腰の剣に手を伸ばしている。
 「う、うひゃぁぁぁ!!」



 後日…
 「誠殿、のどが乾いたであろう。さ、これでも飲むが良い」
 「おおきに、博士」一心に研究に取り組む誠に、ストレルバウはドドメ色の液体の入ったコップを手渡す。
 それを研究に集中しているためか、確認することなしに誠は口に運び…


悲(喜)劇は続く…