Crescent Lady
BGM : Crescent Girl (Hideaki Tokunaga)


 妾はかつては数十万の配下を従え、バグロム帝国を率いていた。
 しかし、今は…
 「フッ」
 そこまで思って、小さく鼻で笑う。
 今の没落ぶりにか?
 違う。
 かつての栄光を思ってか?
 それも違う。
 今の自分に対してか?
 そうかもしれない。
 妾は変わったのかもしれない。
 生活事体が変わったのだから…



 「誰かおらぬか?」
 寂れた砂漠の中の遺跡,新生バグロム帝国予定地。
 その中心の玉座で妾は配下の者を呼ぶ。
 しかし答えるものはなく、ただ妾の声が空しく響くのみ。
 今、バグロム帝国は両手で数えるほどしか人員はいない。
 ましてや、この広い遺跡,人手が足りないのは仕方のないことである。
 「ふぅむ」
 思っていた通りの反応に妾は立ちあがる。
 冷たい遺跡の床石の感覚が足から伝わり、心地よい。
 妾はそのまま、遺跡の廊下を外へ向かって歩く。
 外から流れてくる風が、妾の頬を撫でて行く。
 と、人工的でない光が、天井近くに開く吹き抜けの窓から注いでいるのを見つけた。
 遺跡のホール。
 かつては何かの集会にでも使われていたのであろうか?
 だが今は、ただ静寂のみが支配する。
 冷たい光が円形に床を照らしている。
 その月光溜りに立ち、上を見上げた。
 夜空に浮かぶは上弦の月。
 いつしか夜になっていたようだ。
 「ん…」
 その月のライトの下、妾は思いきり両手を上げて身を伸ばす。
 背から伸びる薄い羽が、同時に僅かに伸び開き、一定の方向性を持った冷たい光を辺りに散らした。
 床には月明かりにさらされた妾の影が、はっきりとした体のラインを持って映されている。
 軽くステップ。
 影は同じ動きで、光の中を踊る。
 その動きに連動して、羽が砂を撒くように月光を振り撒く。
 一人きりの観客の舞踏会。
 影はやがて、妾に向かって小さく一礼。 
 「…さて」
 大きく息を吐き、再び前を向き直る。
 月明かりに、これからの行動に多少躊躇するも、一応実行することに決める。
 そして妾は月明かりのサークルを抜け、廊下を進む。
 しばらくもしない内に一つの両開きの扉の前で立ち止まった。 
 コンコン
 軽くノッキング
 返事はない。
 妾は静かに扉を開ける。
 「陣内殿? 起きておるか?」
 確認するように、小さな声で。
 視界に映るのは『ちゃぶ台』と呼ばれる机の前で、突っ伏して居眠りしている我らが参謀の姿がある。
 『ろうそく』というこれもまた独特の照明器具が彼の寝息に合わせるかのように揺らめいていた。
 音を立てないように妾はゆっくりと歩み寄る。
 「?」ちゃぶ台の上に広げられているのは、この遺跡の地図や「ロシュタリア侵攻計画その82」とか書かれた作戦書のようなもの。
 「あまり根を詰めてはいかんぞ」つい、声に出してしまう。
 運良く、それで起きる気配はない。
 もっとも、起きたら起きたでここに来た甲斐はあるのではあるが。
 妾は雑多な部屋を見渡し、ベットに掛けてある毛布を見つけ、手に取った。
 「風邪を引くぞ、陣内殿」
 ゆっくりと、肩に掛けてやる。
 ふと途中でその手を止め、毛布を手にする自分自身を見つめ直す。
 妾も変わったものだ、しかし…
 そう…
 しかし、こんなのも悪くはない。
 「フッ」
 困ったような、それでいてほんの少し嬉しいような、不思議な気分。
 思い直し、毛布を肩まで掛けたとき、
 「ディーバ…」
 「!?」
 彼の小さな寝言に、妾の動きが止まる。
 「…エルハザードは…我々の…ものだ…」
 「…そうだな」
 妾は微笑を浮かべていた。
 屈み込み、参謀の目に掛かった髪を、そっと除けてやる。
 「おやすみ、陣内殿」
 耳元にそんな囁き声を残し、ろうそくの炎を吹き消した。



 「征服、か」
 廊下で、妾は一人呟く。
 心地よい響きを持つ言葉。
 だが今は、
 そう、妾が女王であるよりもディーバであれる時間の多いこの刻を。
 強くこの胸に抱きしめていたい、そう,想う。


fin