「よぉし、ガキんちょども、アタイが面白い話してやるよ」
  言って赤い髪の彼女は、群がる少年少女達に腰を下ろすように告げる。
  ここはルーンの経営する戦災孤児達の住む町外れの住居。
  今日、ルーンは誠とシェーラを伴ってここを訪れていた。
  「打ち解けておられるみたいですね、シェーラ様…」
  「ええ、さすがは大神官ですわ」
  遠目に子供達と遊ぶシェーラを眺めながら、ルーンと誠は微笑み合う。
  「シェーラ姉ちゃん,面白い話って?」
  「おう、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。とっておきの昔話だからよ」
  ニヤリ、微笑みシェーラはその昔話とやらを語り出した。
  「昔々、ある街に、それはそれは可憐で優しい赤毛の少女が住んでいたそうだ…



マッチ売りのシェーラ




  ったくよぉ、こんな売れ残りのマッチなんてどう捌きゃあいいんだよ!」
  赤毛の『可憐』な少女は、ひたすら平伏する青年を足蹴にする。
  「今時マッチなんて誰が使うんだ? コラ!」
  倉庫に、彼女の乱暴な声が響く。
  「申し訳ありません,我ら幻影屋は倒産致しまして、現物でしか納入できませんで…」
  「チッ!」舌打ち一つ,彼女はマッチの詰まったダンボールに歩み寄る。
  「アフラ,ミーズ! コイツを軽く〆てやりな」
  「「へい,シェーラの旦那」」
  「そ、そんな…うあぁぁ!!」
  シェーラの一声で、2人の女性が現われ哀れな声を上げる青年を引き摺って倉庫を出て行った。
  出て行った外からは殴打の音やら悲鳴がわずかばかり聞こえてくる。
   「…さて」シェーラは高々と詰まれたマッチのダンボールを見上げ、捌く手段を思い付いたようだった。



  「マッチいりませんかぁ? よく燃える,マッチいりませんかぁ?」
  人の流れの激しいロシュタリアは首都、フリスタリカの街。
  積もる雪の中、『可憐』な赤毛の少女は道行く人々にそう声を掛ける。
  しかし彼女に振り向くものはいない。
  「売れないな…でもこうして哀れっぽく売っていれば、いつしかきっとアタイの足長おじさんが現われるに違いないぜ!」邪念バリバリである。
  「マッチいりませんか?」
    「いらねぇよ」
  「マッチいりませんか?」
    「邪魔!」
  「マッチいりませんか?」
    「菜々美ちゃん,寒くあらへんか?」
    「ううん,まこっちゃんが暖かいから…」  いちゃいちゃ
  「マ、マッチいりませんか?」
    「マッチよりお主が欲しいのぅ,ぐふふぅ」  さわり
  ぷちっ
  「おっ死ねぇぇ!!」
  「ぐっはぁぁ!!」
シェーラの怒りの鉄拳が白髭の爺に炸裂する!
  「ああ、ストレルバウ様が!」
  「ゲリラか?! ひっとらえろ!」
  「やべ!」
  何故か変態じじいを警護していたロシュタリア正規軍兵士にシェーラは追われ、その場からほうほうの体で逃げ出した。



  「はぁ…」
  白い息を吐いて、シェーラは裏路地に腰降ろす。
  またちらほらと、雪が降り始めてきた。
    「陣内殿,今夜は七面鳥の良いものが入ってな」
    「ほほぅ,照焼きといくか,ディーバ? 楽しみだな」
    「期待に沿える料理となるよう、頑張るとしよう」
  目の前の窓には、仲睦まじそうな若い夫婦が談笑しているのが目に入る。
  「…ここいら一帯の裏を制したアタイだが…ああいうのは無縁だな」
  苦笑。
  同時にその言葉はそれが羨ましいということの裏付け。
  「…寒いな」
  呟き、シェーラは腕に下げた籠に入るマッチを眺める。
  そうだ、これを燃やして暖まろう。
  シュ!
  一本、擦る。
  ぽっと、赤い炎が灯った。
  瞬間、その小さな炎の向こうに彼女の知らない両親の姿が見えたような気がした。
  そう、気付いた時には既に死に別れたいた両親の影が。
  「オヤジにオフクロ?!」
  スッ,消えてしまう。
  慌ててシェーラはもう一本、擦る。
  ぽぅ
  「シェーラ…」
  「おふくろ!」
  声が聞こえたような気がする,やはりすぐに消えてしまう。
  「…めんどくせぇ!」
  シェーラはマッチを一本擦ると、それを同じ物が詰まった籠の中に放り込む!
  ボゥ!!
  大きく炎が、立つ!
  その炎はまるで生きている様にいきなり類焼し、先程の仲睦まじい夫婦がいた家をあっという間に紅蓮の炎で包んでしまう。
  炎の勢いは止まらない。火事は物凄い勢いで広がって行く。
  「ゲゲ…」さすがに焦るシェーラ。
  そして見た。炎の中に彼女の両親の姿を。
    「待っているよ、シェーラ。こっちは暖かいよ」
    「さぁ、貴方も死にましょう」
 
なんかとんでもない事を言いながら手招きしている。
  その隣では、今まで彼女が闇に葬ってきた強敵達もまた立っていた。
    「テメェ、シェーラ! さっさと燃えて死んじまえ!」
    「さっきは良くも殴り殺してくれたな!」
 
「…死んで、死んでたまるかよぉぉ!!」
  炎に周囲を包まれ逃げ場を失った彼女の中で、何か大きな力がその鎌首をもたげ始めていた。


  この日、フリスタリカの街の3分の1を灰にした火事は「マッチ売りの火事」と呼ばれ、以後マッチは製造すら禁止になったそうな。
  またこの日、天才的な炎の資質を持つ少女が炎の神殿の門を叩いたそうだ。



  って話だ。おもしろかったろ?」
  し〜ん
 
「フィ、フィクションだからな」
  しかしそう弁解するシェーラの言葉を「はいそうですね」と鵜呑みに出来る子供はいなかったそうな。


    誠    :「駄目や、コリャ」
    ルーン :「困りましたわね」


おわり ...