きぃ…
扉を頭で押し開けて、『それ』は入ってくる。
それは中にいる人物に向けて視線を上に。同じ顔をした男女が何やら笑って世間話であろう,言葉を交していた。
と、その内の男の方が『それ』に気付いて笑顔で迎える。
「こんにちは、ウーラ」
それは彼に駆け寄ると、テーブルの上に飛び乗る。そして口にしたモノを彼の手に取って貰った。
「手紙?」彼はそれを目の高さに持ち上げて、まじまじと見つめる。
「るーんガ、マコトニ渡セッテイッテタ」『それ』はカタコトではあるがそう言葉を発した。
「そか、わざわざありがとな,ウーラ」青年は人語を解する猫の頭を優しく撫でる。ウーラは目を瞑り、嬉しそうにその感触を楽しんでいた。
「何処からじゃ?」その手紙に、青年と瓜二つ,とは言っても似ているのは『顔』だけで艶やかな長い黒髪とやや丸みを帯びた肢体は女性のものである,彼女は尋ねた。
「ふぁとら,マタココデ仕事サボッテル…」
バキ!
「…イタイ」
ウーラの冷たい視線と言葉に、無言の鉄拳で制裁する第二王女・ファトラ。
「マルドゥーンのクァウールさんからや」封筒裏面のサインを見て、誠は顔をほころばせた。最近は大神官である彼女達も忙しいらしく、顔を合わせることも出来ないくらいだ。
もっとも彼女達は常人には立ち入る事の出来ない険しい高山・霊山マルドゥーンのてっぺんに住んでいるのだから、普通の人間である誠がほいほい遊びに行ける場所ではないが。
誠は封筒の口を破り、中身を取り出す。
そこには数枚の羊皮紙に、書いた人物の品が良く顕れている小奇麗な文字が走っていた。
「何と書いてあるのだ?」椅子に身を預けて、ファトラは手紙に視線を向ける彼に問う。
「ええとですね…」
軽く全体に目通しし、誠はそれが『誠たち』に対して書かれているのを確認すると、ウーラの立つテーブルに腰を下ろし一人と一匹に語るように読み始めた。
前略
お元気ですか,誠様。
ここマルドゥーンはすっかり秋を迎え終えまして、そろそろ白い物が降り始めてもおかしくない時期になっています。
ロシュタリアは一年通して暖かいので、羨ましい限りです。またそのうち遊びに行きますね。
ところでこぅ寒いと、暖かいお鍋が欲しくなってきます。
そんなお鍋日和の(変な日和ですね)、一昨日のことでした………
秋の味覚?でいらっしゃい
「う〜ん、まぁまぁですか…」
食事当番の割ぽう着姿のクァウールは、鍋のスープをスプーンに取り口に運んで呟く。
ここマルドゥーン山頂にある大神殿には3人の大神官が住んでいる。
…そう、3人きりなのである。
結果的に神官達の頂点に立つ大神官自らが公務は勿論の事、家事炊事全てをこなさなくてはいけない。
場所が場所だけに『来訪者が全くいない=掃除はしなくても良い』という、ずぼら道一直線な心得は認められるとしても、食事等はどうしても自分達でやらなくては生存すら危ぶまれる。
それが彼女達の大神官まで上り詰めた不運だった。もっともそれは唯一まっとうな生活感覚を有したクァウールが来るまでは、ではあるが。
そんな彼女が野菜を煮込んだスープにコンソメかなにかの味付けをしようとした、その時である。
「お〜い、クァウール,いいもん採って来たぜ!」
両手に抱えたザルに何かを載せて厨房に入ってくるのは赤毛の少女,炎の大神官・シェーラ=シェーラ。妙にハイテンションだった。
「あら…秋な味覚ですね」クァウールはシェーラの持つザルに積まれたモノ,数々のキノコを見て感嘆の息をこぼした。
赤、黄色、オレンジにドドメ色。なんかとてつもなく体に悪そうな秋の味覚! と言わんばかりに一つ一つが強い自己主張をしている。
「毒…??」
「馬鹿言えよ,ちゃんとアフラの部屋にあったキノコ辞典みたいなので選別してきたぜ!」
シェーラは胸を張ってそう言うと、クァウールにザルを手渡した。
クァウールはザルの上の特に毒々しい黄色地に黒の斑点のあるキノコを手にとって首を傾げる。明らかに…毒くさい。
「黄色と黒は勇気の印って言うだろ? 24時間働けるぜ!」
「はぁ」
自信満々にいうシェーラ。勇気の印というのは『食べる事に対しての勇気』であろうか??
クァウールは納得したのかしていないのか,そのキノコを取り敢えず鍋に放り込む。
次に白地に黒い縦線のキノコに手が止まった。シェーラは少し渋い顔をする。
「それは話題性はあるけどな,結局は最下位なんだよなぁ〜。二軍は優勝して、それに何故か監督は怒ってるし。多分、嫉妬だろうな」
「何の話ですか?」
「ゴメン,時事ネタだ」
やはり納得したのか,クァウールはそのキノコも鍋に放り込んだ。
そんな様子にシェーラはじれったさを憶えたのか,クァウールを鍋の前からどかすとザルの中身を鍋の中にぶちまけた。
「ああ!」
「大丈夫だって,秋って感じがするぜ、これは。おお、そうだ、このまま土鍋に移して、今日はスープじゃなくて鍋物にしようぜ!」
「…そうですね!」シェーラの意見にしばし考えたクァウールは、めっきり冷え込んできた神殿の空気を思い嬉しそうに頷いた。
この時のシェーラさんの目を、私は見ておけば良かったんです。
そうなんです。シェーラさんがつまみ食いしないで食材を持ってくるはずがないんですから…
一陣の風が夕暮れの大神殿に渦巻いた。
風が散ると、そこにはつま先から床に足つく風の大神官・アフラ=マーンの姿があった。
ひゅぅ…
凍りつくような冷たい風がマルドゥーン山の下から吹き寄せ、神殿の中を通り抜け、アフラに触れて行く。
彼女はあまりの冷たさに一つ身震いすると、明かりの灯る居住部へと足を速めた。
ガチャリ,暖房の効いた部屋に飛び込むアフラ。
「お帰りなさい」
「お疲れ!」迎える声と、何やら良い香り。
「ただいま、あら,今夜は鍋やの?」
コタツの上で湯気をあげる土鍋を見て、アフラは嬉しそうに言った。冷え切った体にはこれ以上もないご馳走だ。しかし…
「コタツ出したんは…シェーラ?」ジト目でアフラ。
悪いとは誰も言わないであろうが、大神官が神聖なる(?)大神殿でコタツに入ってミカン頬張っているとは、下界の神官は誰一人思ってはいるまい。
「じゃ、テメェは入るなよ」そんな想像もつかないことをやってのけている最中のシェーラはアフラに言い放つ。
「い、いや,別に悪い言うとりませんしな」アフラは一転,コタツに入り込む。
「じゃ、御飯にしましょうか」
クァウールは言いながらコタツの上で簡易コンロに当たってグツグツ煮立つ土鍋の蓋を開ける。
ムワッ…
真っ白な水蒸気が何とも言えない香りと共に部屋に広がった。
そう、何とも言えない香りだった。
アフラが鍋の中にキノコが入っていると知ったら気がついたかもしれない。
クァウールがこの日初めて、菜々美に紹介された調味料・ショウユを使わなければ異常に気がついたかもしれない。
「「「いただきます」」」
3人の箸が鍋に伸びた。
パクリ,各々小皿に採り、口にする。
無言。
2口目,3口目…
無言のまま箸は進んだ。
30分後………
「なんとも言えない、奥深い味でしたな」アフラは感心した様に一息ついてクァウールに言った。
「ホント,嬉しいような悲しいような、心に訴えかける味でしたね。これも菜々美さんのおっしゃってたショウユを使ったからなんでしょうか?」
「バカ言えよ,そんなもんでこんな感動的な味が…う…なんかスゲェ嬉しくて涙が止まらないぜ!」ボロボロ涙をこぼしながらシェーラは言う。
そんな彼女を怪訝な目で見ていたアフラは、やがてその唇がゆっくりとつりあがって行き…
「何泣いてはるの,シェーラ。ふふふふふ…ハハハハハ…ふひゃふひゃふひゃ,ひゃ〜っはっはっは!」最後には陣内笑い。
そんな二人を首を傾げて見ていたクァウールは次第に苛立ちを募らせて行く。
「何です,二人して! ちょっと、シェーラさん,こぼさないで下さいよ。最後に掃除するのはいつも私なんだから! アフラさんも陣内ちっくに笑っている暇があったら標準語で喋ってください,書きにくくてしょうがないでしょ?!」
メシィ,怒りながらクァウールは隣のシェーラをコタツの中から蹴り出した。
転がり出たシェーラは怒り…狂うことなく、じっとクァウールを見つめた後…
ジワッと目に涙を溜めて、
「クァウールが、クァウールがアタイを蹴ったぁぁん!」号泣。
「フヒャ,フヒャヒャヒャヒャ! シェーラが、シェーラが泣いて,ガフゥ!」笑いながら舌を噛むアフラ。と、一瞬正気に戻る!
「ヒャハ,一体何が、ヒャハ…」笑いを堪えながら、アフラは鍋に箸を入れる。
と、ある物を掴み、硬直。
勇気の印のキノコだった。
「ヒャハハ,コレは…」ポトリ,箸が震え、再び鍋の中に落ちるキノコ。
それを見ていたクァウールの目尻が釣り上がる!
「一度取った物は責任持って食わんかい!」
ドゲシィ!
「ふんげろば!」
怒りの鍋奉行・クァウールのエルボードロップに吹き飛ぶアフラ。だがひっくり返りながらも笑っていた。
「ヒャハ…クァ,クァウールはん…ヒャハハ,鍋に、キノコを…」
「ええ、それがどうしました!」コタツの上に仁王立ちのクァウール。
「アタイが入れたの…ごめんなさいぃぃ」泣きながらシェーラがひたすら謝っている。
「ヒャハ,これは、ウチの…ヒャハハハハ…毒キノコ図鑑に載ってる…」
シェーラの見ていたアフラのキノコ図鑑,それは全く思っていたものと正反対のものだったのである。
「うわ〜ん,食えるキノコ、捨てちまったよぉぉ!」泣き崩れてシェーラ。
と、クァウールが鍋の中のキノコを小鉢に移し、怒りの形相のままアフラに一歩,また一歩と近づいて行く。
「ふひゃひゃひゃひゃ…クァウールはん、何を…アハハハ」
クァウールは小鉢に山のように積まれたキノコを己の口に幾つか放り込み、飲みこむ。
その目は白く濁っていた。
ずぃとアフラに迫る。アフラは笑いながら後に逃げようとするが、壁にぶつかり身動きが取れない。
クァウールの右腕が、アフラの笑いに開いた顎を掴んだ!
「あがが…」凄まじい怪力に口が開いたまま動けないアフラ。
クァウールは片手で箸に4つほどキノコを掴み、アフラの口に放り込んだ。
「んがんっん!」サザエさんの決め技をものの見事に再現したアフラ。
「一度手に付けた物は食べなきゃ…ダメです!」クァウールは彼女がキノコを飲み込むのを確認すると、今度は泣きじゃくるシェーラに向かう。
しばらくぼぅっとしたアフラの視界に、何やら白い影が。
「ああ…これは…」神々しいまでの後姿,羽の生えたクァウールの姿が濁り切ったアフラの両眼には映っていた様だ。
「くぁう〜るはん〜、天使やったんどすなぁ〜 ぎゅっとして〜」回らない口でアフラは、ふらふら格闘するシェーラとクァウールの間に飛び込んだ…………
気がついたら私は、コウテイペンギンの着グルミを着て大神殿の入り口に磔にされてました,ベルセルクっぽく。
アフラさんとシェーラさんは…私の口からはとても言えません。
季節の味も良いものですけど、キノコには気を付けた方が良いみたいです。誠さんも、ないとは思いますけどお気をつけ下さい。
それではまたいつの日か、お会いできる日を期待しつつ………
草々
「……」
「……」
「……」
二人と一匹は無言。
ガチャリ
部屋の扉が開いた。
「まこっちゃんいる〜」入ってくるのは元気な声の女の子。
と、彼女は目当ての彼の隣りにいる女性を「あ!」っと指差す。
「ファトラさん,まぁた、まこっちゃんトコで仕事さぼってる! ロンズさんが捜してたわよ」
「うるさいのぅ,菜々美は。わらわは姉上のような仕事は向かんのだ」非難がましくいう菜々美に、ファトラはプイと顔を背ける。
「ところで菜々美ちゃん、僕に何か?」
「ああ、そうそう!」
ポン、手を叩いて菜々美は手にしていた風呂敷包みをテーブルの上に置く。
広げると、中には重箱に入った秋の料理の数々…
キノコづくしだった。
ひくくっ!
二人と一匹は身を引きつらせる。
「裏庭に生えてたんだ。東雲食堂の新メニュー,試食してみてくれる?」
「さて、わらわは仕事に戻るとするかな」
「ウーラ,昼寝ノ時間…ファァ…」
王女と猫が言い残してさっさと部屋を後にした。
「ちょ、ぼ、僕、買い物に…」
ガッシ!
誠が一人、襟首を掴まれる。
「何逃げてるのよ…」怒りに震える菜々美に、誠はゆっくりと振り返り…
「ギニャー!!」
秋空の下、悲鳴が高らかに響き渡ったそうな。
なお、料理人・陣内菜々美後に曰く、『試食させて良かった,危うく営業停止になるところだったわ』だそうである。
めでたくもあり、めでたくもなし……