敵は斜め後ろにアリ
−−これは、水原誠達がここエルハザードへやってくる、ほんの少し前の話である−−
神々の腕に抱かれし、聖者の立ち入りのみ許された霊山。
マルドゥーン。
その空気すら薄い頂上には大神殿と呼ばれる、神官たちの長の住む聖域がある。
それはいつの頃立てられたのであろう? それを知るのはここに住む神官達の長,大神官のみ。
ここは人々の畏怖と尊敬の頂点に立つ、神と並び表される大神官の住まう地である。
パリパリ
うら寒い風のたゆたう中庭にサマーベットを広げて、弱い太陽の光を浴びる美女一人。
ポリポリ
彼女はサマーベットに横たわり、雑誌を読みながら傍らに置いたスナック菓子を摘んでいた。
「クスクス…」
雑誌を睨んで含み笑い。
上に揚げた長い髪−−−独特の光彩−−−水色のそれを肩の震えに合わせて揺らしながら、彼女の声を殺した忍び笑いが無人とも思われる静寂に満ちた大神殿に流れていた。
ミーズ=ミシュタル
水の大神官達の長,それが彼女である。
「田丸さんの課長王子は面白いわね〜,早く単行本化されないかしら? でもエルハザードの記事が全然ないじゃないのよ」琴線を弾くような澄みきった声で彼女は愚痴る。
雑誌を手に摘んだまま、彼女はゴロリと仰向けに寝転がる。
雑誌のタイトルが弱い陽光に明らかとなった。
『AICコミック』
どうやら下界で手に入れてきた俗物のようである。
「あら?」
ページをめくった彼女の手が、止まる。
「あらあら!」
嬉しそうに彼女はサマーベットの上で起きあがり、あぐらをかいて雑誌を凝視。
雑誌の広告ページと思われるところに一枚の葉書がついていた。
葉書のタイトルは
『ロシュタリア結婚相談センター』
アンケート葉書である。どうやら結婚斡旋の業者広告の様だ。
表面には記入者の住所・氏名・年齢・職業。
裏面には希望する相手の理想像や自分自身の性格を診断する幾つかの質問事項があった。
ミーズは一瞬の迷いもなしにピリッと葉書を雑誌から分離。
「ええと、希望する相手の年収は…職業は…やっぱり安定した公務員よね〜」
嬉しそうに裏面に記入事項を書き込んでいたりする。
ミーズ=ミシュタル、齢27歳。
神官達の尊敬と憧れの象徴・水の大神官。高潔なる魂と純粋無垢なる身体を兼ね備えた聡明な女性。
しかしどう曲げ様とも人間は人間。
そして彼女は遥かに少女以上、乙女以上?以下?,そしてそして…まだ辛うじておばさん以下であった。
「さて…」
裏面を記入し終えた彼女は、表面に移行,不意に手が止まる。
ペン先が軽く葉書の上を旋回した後、氏名の欄からこう書き始めた。
『氏名 : アフラ=マーン
職業 : 一応、公務員
年齢 : 16歳
コメント:世間知らずの女の子です(はぁと)。力強い男の人がタイプだな。
……………
…… 』
ミーズ=ミシュタル、齢27歳。
神官達の尊敬と憧れの象徴・水の大神官。高潔なる魂と純粋無垢なる身体を兼ね備えた聡明な女性………??
−−−一週間後−−−
「シェェェェラァァァァ!!」
地獄から怨嗟のような声が大神殿に響き渡っていた。
続いて
ガシャン
メキ
ドガァァン!
破壊音
「な、何しやがんでぇぇ!」異なる声質の、活きの良い声が非難を上げた。
「アンタはまた、しょ〜もないいたずらしくさりおってぇぇ!!」
スパン!
メキ!
そんな連続した破壊音に、ミーズはいつもの事と思いつつも早足で向かう。
戦場だった。
神気を漂わせる神殿内は高熱と思われるもので溶け落ち、また建造物は鋭利な刃物で切ったような爪痕も残っていた。
その中心では二人の少女が肩で息をしている。
ミーズはやれやれと片手で軽く頭を抱え、二人に近づく。
「どうしたの? 二人とも」
「ミーズ姉さん…これ見ておくんなまし」
気の強そうな黒髪の少女がミーズに一つの封筒を手渡した。
送り人は『ロシュタリア結婚相談センター』
ミーズは封筒の中身を見ると、数人の男性のデータが入っていた。
「シェーラのバカがこんなものを私の名で」
「知らねぇってんだよ!」
彼女にもう一人の赤い髪の少女が反論。しかし黒髪の彼女にキッと睨みつけられる。
「こんなくだらないコトするのはアンタ以外いません!」断定。
「テメェが寝ぼけて出したんじゃねぇのか?! 将来、心配になってよ」
ケケッ,笑うシェーラ。
「殺す!」風が刃物となって赤い髪の少女を襲う!
「ふざけんなよ!」炎がそれに迎え撃った。
ミーズは争う二人を眺めて溜息一つ。
「ちゃんと後片付けはなさいよ」
封筒を手に、ミーズは二人に背を向けていそいそと自らの書斎へと向かったのであった。
言うまでもない。これから調査結果を分析する為に,である。
争う風と炎は、去り行く水がスキップを踏んでいる事には気付く由もなかったそうな…
注意:DMのイタズラは危険です。皆さんもほどほどにしましょう。
あとがき
山と積まれた本の森の中、椅子に座る人影二つ。
窓からの光を細かく舞う埃があたり一面に乱反射させていた。
ストレルバウ(以後スト): ふぁぁ………
元 : 博士,暇そうでスね。
スト: ふむ、この場に出るのも久しぶりじゃのぅ。
元 : ほぼ一年ぶりくらいじゃないですか?
スト: そうかもしれぬな。この一年はエルハの業界情報が皆無なんでワシはずっと
寝とったワイ。
元 : 私、エルハの一ファンとしてはそろそろエルハにも何らかの動きがないと
テンションが続きませんわ。
スト: しかしまぁ、課長王子とかは藤沢君に似てて良さげでないかい?
元 : そ〜っスね。でもど〜にもこ〜にもね〜。
スト: そ〜じゃの〜。ところで話は変わるが、今回のこのSSは『ふみの日』記念
じゃったな?
元 : へい!
スト: DM(ダイレクトメール)は、ふみの日と関係あるのか?
元 : いえ、まぁ、一応、『手紙』ですしね。
スト: そ〜か。
元 : そ〜です。
お茶を啜る二人。
窓から差し込む日の光に、二人の椅子に座る影はひどく伸び、どことなく哀愁を漂わせていた。
終劇!
1999.11.22.