「こんにちわ〜」
 がちゃり
 クァウールはロシュタリアはフリスタリカにある王城の中庭,小さな研究所の扉を開いた。
 途端、黒い壁のようなものが目の前に立ちはだかっていた。
 「へ?」
 自分でもなんと気の抜けた声だろう,思うが遅し。
 壁は『圧迫→解放』の平衡状態に従い、クァウールに向って雪崩のように襲い掛かった。
 「きゃ〜〜〜」
 がらんごろんぐわんがらん………………
 壁と思われていたものはガラクタばかり。もともと何に使われていたものかさっぱり分からないが、いわゆるところの『ガラクタ』だ。
 クァウールはその海から何とか自力で這い出す。
 「誰や? 玄関開けたの??」
 研究室の中からそんな訛りのある男の声がする。
 「お、クァウールじゃねぇか」
 「シェーラさん…」
 ガラクタの上を飛びながらやってきた赤毛の少女に、クァウールは乱れた髪を撫で付けながら、ぽけっと見上げる。
 「何やってんだ? こんなところで?」
 「シェーラさんこそ何やってるのですか? こんなところで?」
 「2人とも…『こんなところ』で、えらいすまんな」シェーラの後ろで、やはりガラクタを乗り越えながら顔を出すのは一人の青年。
 「誠様、一体何があったんですか?」
 研究所から溢れ出した素材(?)を見渡しながら、半ば呆れ顔でクァウールは白衣の青年に尋ねた。が、それに答えるは隣りに立つ赤毛の少女。
 「こりゃ、昨日アタイと誠で、隣のガナンで見つかったっていう遺跡から拝借してきたんだよ」自慢げにのたまうシェーラ。
 「拝借? ですか??」
 問うクァウールから何故か目を逸らす誠。何故か空を見上げていたりする。
 クァウールは小さく溜め息一つ,足元に転がった小さな棒状を拾い上げる。
 銀色の金属製の、何の装飾もない棒切れだった。
 「ところで怪我ないか?」シェーラはそんなクァウールを見つめて、立たせようとしたのだろう,銀色の棒の片方を握って引っ張り上げ…
 閃光が、走る!
 「何や?!」
 「うわ!」
 「きゃ!」
 銀色の棒が光り輝く! 目も開けていられないほどの、まるでカメラのフラッシュが継続的に続いているような、そんな光が研究所を,中庭を包み込んだ!
 「ま、また異次元にでも行くのかぁ?!」シェーラの叫びが光の中に木霊する。
 いや、シェーラの叫び??
 唐突に、光が消える。
 後に残るのは驚きに満ちた3人と、ガラクタの海と、青い空。白い雲。
 近くで小鳥が鳴いている。
 「あれ?」誠は左右を見回し、そしてシェーラを,クァウールを見て、そして己自身を見た。
 特に何があった訳でもなく、変わった訳でもない様だが…?
 「何でぇ? 今の光は??」クァウールは呆けたようにそう呟いた。
 「眩しい光を出す装置でしょうか? それとも古代の援助信号を出す道具とか?」こちらはシェーラ。
 「ったく、ビビッたぜ。またクァウールの,何やら変な力でクレタリアの時みたいに変なところに飛ばされたのかと思っちまったよ」冷汗を流しながらも、クァウールがつい最近のことを思い出しながら誠の背中をバシバシ叩く。
 「ホント,あの時は一時はどうなることかと…あら?」と、シェーラは目の前のクァウールをまじまじと見つめた。
 同時に誠もまた、背中を叩くクァウールを不審げに見つめる。
 2人の視線に、クァウールもまた目の前のシェーラを見つめ…
 「クァウールさん,何か言ってることが変やないか??」
 誠の言葉はしかし、呆然と見つめ合うシェーラとクァウールの耳には入っていない様だった。
 一秒
 二秒
 三秒…
 「「なんで私/アタイが目の前にいるんだ?!?!!?」」
 悲痛な叫びが2つ、フリスタリカの青空に響き渡った。


Change Change Change !!!



 「どうやら、この棒は2人の人間が互いに片方づつ握ると意識と体を交換できるらしいわ」
 ガタクタを押し分けた研究所内,誠は銀色の金属棒に意識を通わせる『特殊能力』を用いた結果を目の前の2人の大神官に告げた。
 すなわちシェーラの体にはクァウール,クァウールの体にはシェーラが入っていることになる。
 「で、どうやったら元に戻るんでぃ?!」シェーラ言葉のクァウールが、誠にそう詰め寄る。
 同じようにクァウールとシェーラとで、もう一度棒の先端を触ったのだが同じことは起らないのだ。
 それに誠は苦笑いを浮かべながらも、小さく首を横に振った。
 「明日の朝には勝手に元に戻っとるわ」その言葉にほっと溜め息×2。
 「でもや」誠は続ける。
 「大神官の2人がこないなことなっとるいうんがバレたら、ヤバイ思うで」
 「そうですね,大神官の面目もありますし」頷くシェーラ(中身はクァウール)。
 「だから今日一日はおとなしくしとった方がええ」
 「そうだな,アフラやミーズの姉貴にバレた日にゃ、小言が続きまくりそうだしな」肩の力を落としてクァウール(中身はシェーラ)。
 クァウールはそう言った途端、何を思い出したのか慌てて立ち上がった。
 「ヤベェ! 今日はドックレース最終日じゃねぇか!」
 「「はい??」」
 ドックレースとは7頭の犬にコースを走らせ、その順位を競う賭け事である。競犬とでも言うべきか…
 「ちょっくら行ってくらぁ!」ピシッ,右手を上げて研究室を駆け出して行ったしまうクァウール。
 慌てて伸ばす誠とシェーラの腕はしかし彼女の神速には敵わない。
 「おとなしく…しとった方が…」
 「私のイメージと…違うんじゃ…」
 誠とシェーラは走り去って行くクァウールの後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。



 わんわんわんわん
 『2番 ワイドワインダーが出た出た出た』
 「いしょっし!」
 犬のけたたましい鳴き声と、人の喚声で溢れる賭場。
 『4番 タケミカズチ,逃げ切るか,追い越されるか…』
 「行け、追い抜け,ワイドワインダー!」
 試合状況と場内アナウンスに、観衆達のテンションが一段と上がる。
 はちまきを額に巻いた酔いどれオヤジの頭をビシバシ叩きながら、犬券を両手にびっしり握り締めたクァウールは興奮に叫び続ける。
 『そのまま2−4,2−4,2−4…1着,サイドワインダー! 2着,タケミカズチ 3着…』
 「いっよっしゃ!」クァウール,ガッツポーズ!
 「ビギナーズラック,って奴か? 連戦連勝だったぜ!」感無量の表情でクァウール。
 ビギナーズラックと言っても、クァウールの体が,であって中身のシェーラではない。
 そんなクァウールは前でがっくりと膝を付く酔いどれオヤジの肩を叩く。
 「おい、源さんよ,勝ときゃ勝つ,負けるときゃ負けるって言ったのはアンタだろ。元気出せよ」彼女にオヤジは顔を上げ、そして…首を傾げる。
 「誰だ? 嬢ちゃん?」
 “あ、そういや,今はクァウールのカッコしてんだよな”
 「あ、いや,シェーラさんの友達でクァウールって言います。源さんの予測のことは良くお聞きしてるんですよぉ」わざとらしい言葉遣いのクァウール。
 「今日は私の奢りです! みんな誘ってパァっとやりましょう! パァっと!」
 それを聞きつけた賭場の常連客がドッと2人に押し寄せる。
 「クァウールさん、太っ腹!」
 「サイコーだぜ!」
 「…どこかで見た顔だな?」
 そんな声に包まれながら、クァウールは一同を引き連れ一路、酒場に突入した。



 「シェーラさん、大丈夫でしょうか?」
 ガラクタを片づけながら、シェーラは誠にそう尋ねた。
 生憎、誠はそれに答えられるほど、今までの人生で楽に生きてきてはいない。
 「誠様!」慌ててシェーラ。
 「僕は大神官の結束を信じてるさかい!」目をキラキラさせて、そんなシェーラに誠は答えた。
 「ええと…巧い逃げ方だと思いますわ」心に涙,クァウールはがっくりを力を落とす。
 「まぁ、心配しても仕方あらへん。明日の朝には戻ってるさかいに。そろそろ晩御飯でも食べにいかへんか?」
 窓の外が夕闇に包まれ出しているのを見ながら、彼は決して普段は見ることの出来ない上品な炎の大神官にそう笑った。
 「…そうですね」小さく笑ってシェーラは答える。



 「がぁっはっはっは〜〜〜 飲めや歌え〜〜」
 エルハザードで一番キツイともっぱら評判の火炎酒を、ビンごとラッパ飲みしながら、クァウールは騒ぎまくる賭場仲間の一人に蹴りを入れる。
 すでに彼女の足元には3本ほど瓶が転がっていたりするのが恐い。
 「クァウールの姉さん…シェーラの姉さんと似てるねぇ」すでにろれつも足取りも危ないオヤジ,負け犬の源さんは、上機嫌のクァウールにそう言った。
 「そりゃそうよ,アタイらはそれこそ一心同体だからなぁ! もっと料理もってこいや!」
 饗宴は果てしなく続く…



 「いらっしゃいませ〜,あ、まこっちゃんにシェーラじゃない。いらっしゃい」
 夜の東雲食堂。
 ロシュタリア上手い店図鑑に載せられるだけあって、夕飯時のこの時間は結構込み合っていた。
 店長の菜々美は訪れた2人をカウンター席に案内する。
 「えと、僕はA定食で」
 「私も同じものを」
 「シェーラさん、お酒は?」ちょっと驚いた風に菜々美は尋ね返す。
 「?? 私、お酒は飲めないんですけど…」
 「いや、ちょっと医者に止められてな」首を傾げたシェーラの口を塞ぎ、誠は慌てて菜々美に告げる。
 菜々美は不思議そうに首を横に傾げると、
 「そうなんだ、それじゃぁ、ロシュタリアの酒屋は皆廃業しちゃうわね」意地悪く笑う。
 「はぁ、そうなんですか?」良く分かっていないのか、そんな反応のシェーラに、突っかかってくることを予想していた菜々美はさらに訝しげな顔をする。そしてはっとした顔に。
 「だ、大丈夫? シェーラ?? ホントに脳みそにアルコール流れちゃったんじゃないの??」心から心配そうに菜々美はクァウールに詰め寄った。
 誠の言った『医者』というのを本格的に捕らえた始めたようだ。
 「クァウールさん…」コツン,誠は小声でシェーラの肘を突付いた。
 「あ」思い出したようにシェーラ。
 「そ、そんなこと、ないですわよ! ええと…おとといきやがれ!」
 「「はい??」」
 訳の分からないクァウール風シェーラ言葉に2人は呆然。
 と、シェーラの視線が菜々美の背後,壁の一点に注目する。
 「どうしたんや,シェーラさん?」
 「何があるの? シェーラ?」
 誠と菜々美はシェーラの視線の先を追い駆け…
 カサリ
 壁に黒い虫が走った。
 ゴキブリである。
 “まずい!”
 誠が思うも、もう遅い。
 「いやぁぁぁ!!!」
 ゴゥゥゥ!
 シェーラの涙と叫び,飛び散る火炎。
 「ひぃぃ!!」髪をちょっと焦がされながら逃げ惑う菜々美。
 ぶぅん…
 ゴキブリはしかし、炎の攻撃をさらりと躱し…シェーラに向って飛んだ!
 「いや〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
 ゴゴウ!
 四方八方に飛び交う火炎法術。
 「「ひぃぃぃぃぃ〜〜〜」」逃げ惑う客。
 「や、やめるんや、やめるんや,うぎゃ〜〜!」燃える誠。
 「お店が、お店がぁぁ!!」レジを抱えて泣き叫ぶ菜々美。
 「来ないでぇぇ!!」
 シェーラの絶叫が、フリスタリカの赤い空に響き渡る。
 東雲食堂、炎上………



 翌朝。
 「あ、頭痛い〜〜〜」
 何故か宿屋のベットで身に覚えのない二日酔いに、身動き一つできないクァウールと、
 「な、なんじゃこりゃぁぁ!!」
 煤だらけの菜々美に無言で請求書を突きつけられ、一ヵ月タダ働き決定のシェーラの姿があった。
 「どうしていつも、こないなってしまうんやろ」
 全身包帯の誠は研究室のベットに横渡ったまま、雲一つない青空に愚痴る。
 昨日と変わらぬ、平和な空だった………


Fin