貴女はサンタクロース
それは心に届く贈り物


 「ふぅ」
 わらわはドレス姿のまま、自室のベットに身を投げ出した。
 姉上があつらえさせたという赤いこのドレスは、背中が妙に涼しい上にわらわの体のラインをしっかりを顕している。
 姉上はこれとお揃いの白いものを先程の会議では着用していたが、あきらかに比較されていたような(特に胸)気がする,策略か??
 思いしも,体の芯から溢れて零れるくらいの疲労に、意識が次第にぼんやりとしてくる。
 年末。
 この時期はやたらと忙しい。
 誠達の世界の言葉を用いるなら、この季節のこの月は『師匠も走る月』,師走というそうだ。
 世界は異なってもやっていることは変わらぬものだと一人、納得する。
 「四半刻後にはグランディエ国王との年度末調整の打ち合わせ…か,あのジジィは苦手だから嫌じゃのぅ」わらわは恰幅の良い老人の顔を思い出し、一人愚痴る。
 ここで眠ってしまうと余計に疲れが増して感じられるだろう,わらわは背中を寝台から無理に引き剥がした。
 「う〜」
 コキコキ,首を右へ左へ、軽く鳴らして部屋を見渡す。
 姉上の部屋とは異なり、わらわの部屋には本当に必要なもの以外は鬱陶しいので排除してある。疲れを紛らわせるものがないことにほんの少し後悔。と、
 「何じゃ?」
 小さな丸テーブルの上に葉書が一枚、置かれているのに気が付く。
 わらわは重い足を引きづって、短い距離を踏破,テーブル上の葉書を手にした。
 今のこの季節,マッカルドの実とアイゼンセンの花をあしらったイラストが書き手の良き感性を伝えてくれるグリーディングカード。
 差出人は…
 『 東雲食堂でクリスマス・パーティをします。
   お時間があったら遊びに来て下さいね。   陣内 菜々美  』

 クリスマスというのは誠達の世界の行事らしい。なんでも空に向って「ギブ・ミー・プレゼント・プリーズ」と叫ぶとサンタクロースとかいう真っ赤な血に染まった白髭の老人が、魂と引き換えに欲しいものを与えてくれるのだという。
 …確かそんな事を言っていたな,うる覚えではあるが。
 「クリスマス・パーティね」
 わらわはカードを胸に抱く。誠や傍若無人な三神官,藤沢にミーズも顔を出すのだろう。
 「大きくなっただろうかの?」
 藤沢とミーズの子供を見たのはいつの頃だったであろうか? あれから結構時間は経ったと思う。そこまで思って、わらわは自分が小さく微笑んでいるのに気付く。
 駆け引きなしに話せる連中,そんな彼等がなにか懐かしい。
 “顔を出すのも、良いやもな”カードを改めて見る。
 パーティの日付は…今日の夕方から。
 わらわはそっと目を瞑り、カードをテーブルに戻した。
 窓の外を何気無く見つめる。
 日は街の彼方に沈み、夜の帳が下ろされようとしている。
 「ギブ・ミー・プレゼント・プリーズ,か」無意識に口がそう動いていた。わらわの声がまるで別人のように、情けないかな,弱々しく聞こえた気がする。
 「…時間だな」振り切るようにこの身を反転,会議に向って部屋の扉に向った。それと同時だった。
 コンコン,部屋の扉がノックされる。
 「何用じゃ?」誰何。
 「私です。入りますよ」姉上の声だ。ガチャリと扉が開く。
 白いドレスが目に眩しい。いつもの、おっとりとした姉上の笑顔があった。
 「今、参ります故」わらわは早足で姉上に向う。
 部屋の外に出ようとしたわらわを、しかし姉上は手を引いて止めた。
 「どうかいたしましたか?」
 問うわらわの頭に、姉上は後ろに隠し持っていたのだろう,何かを被せる。
 「??」
 それは赤い、わらわのドレスの色と同じのふさふさしたとんがり帽子だった。
 「何ですか? これは?」
 「ファトラ,貴女には別の仕事があるのですよ」わらわの頭に帽子を戻しながら、姉上はいつもの笑みを浮かべたまま続ける。
 「大神官様達と謁見して頂きます」
 「へ?」我ながら間の抜けた声じゃの。
 ぱたぱた,姉上の後ろから何かが駆けてくる足音。
 それは白い大きな袋を背負ったアレーレだった。
 姉上は首を傾げるわらわの頬に掌を添える。
 暖かい、懐かしい香りがした。
 「楽しんでらっしゃい,ファトラ」
 言って、両手をわらわの肩に。そしてアレーレの方へと押出した。
 「姉上…宜しいのですか?」わらわは慌てて姉上に振り返る。
 すでに姉上はわらわに背を向けながら、軽く右手を振っていた。
 そして通路の脇から現われたロンズとストレルバウが姉上に付き従う。
 「さ、ファトラ様,クリスマス・プレゼントも用意してきましたよ!」アレーレは嬉しそうにそう言って大きな白い袋をわらわに差し出す。
 “クリスマス・プレゼントか,サンタクロースは信じぬが…”
 わらわは姉上の後ろ姿に、小さく一礼。
 「ファトラ様?」
 「行くぞ,アレーレ!」わらわはアレーレから白い袋を受け取り、肩に担ぐ!
 「はい、ファトラ様!」満面の笑顔でアレーレ。
 わらわ達は暮れ行く夕日を灯かりに、より活気を帯び始める街へと飛び出す。
 赤いドレスが季節の風に舞う。
 今度はわらわが、懐かしい彼等のサンタクロースになれたら良いな,そう想いつつ………



貴方は誰かのサンタクロースになれますか?