1stステージ王者に捧ぐ 


Moon Light Magic
抜け落ちた記憶の小片は


 ガリ版刷りのタブロイド紙には温和な笑顔が写っていた。
 『現代ロシュタリア』
 それがこの誌の名だ。ロシュタリアで一位の販売数を誇る週刊誌。
 「ふん」
 自室のバルコニーで月明かりを頼りにそれを眺めるは黒髪の女性。
 写真の本人であるファトラ=ヴェーナス第二王女である。
 しかし写真に見える物腰柔らかい、見る者をほっとさせる雰囲気はそこにはない。
 写真の方をマシュマロに例えると、こちらは研ぎ澄ました刃物の硬さを感じる。
 「このような顔は、わらわには出来ぬな」
 苦笑。
 彼女はそのまま雑誌を背後,バルコニーの外へと投げ捨てた。
 白亜の城ロシュタリア城。その5階付近に位置する彼女の自室は薄明かりに満たされていた。
 月と、その灯りに反射する神の目からの冷たい灯りを建築工学的に上手く取り入れた構造だ。
 「わらわは、誠がいれば不要なのではなかろうか…」
 苦笑が、寂しげなものに変わる。彼女を知る者で、この様な顔を過去に見た者はいまい。
 彼女の名はファトラ=ヴェーナス第二王女。
 しかし写真の彼女とは異なる女性だ。
 最近、ファトラは自分と瓜二つの男性に公務を押し付け気味だ。
 その男の名は水原 誠。異世界から来た少年である。
 かつてのバグロムとの大戦の際、幻影族に捕らわれたファトラの代わりに大神官を説得,鬼神イフリータを懐柔し、ファトラを結果的に救い出した後に神の目を起動させることに一役かった、戦の知られざる功労者だ。
 今はルーンの庇護の下、城の中庭に立てた研究所で元の世界に戻るという怪しげな研究に勤しんでいる。
 が、身勝手なファトラの性格上、彼女がふぃといなくなると半強制的に身代わりに仕立て上げられるのであった。
 そんなことがここ最近は立て続けに続いている。
 そして誠とファトラは姿は似ていても性格は対称的だ。ファトラは能動的,誠は受動的と、根本的なところが正反対なのである。それが身代わり公務において現われてしまっていた。
 今まで頼れる姉御的なところがあったファトラから、守ってあげたい的なファトラ像が進出しつつある。そして後者がすこぶるマスメディアを始めとした一般からは人気が出始めていた。
 「わらわが誠のように振る舞えはせぬ。このままいっそ、誠がわらわになってしまった方が姉上も楽できるのではないだろうか?」自嘲的に呟くファトラ。
 バルコニーの手摺りに置いた、赤紫色の影を落とすグラスを手に取る。
 その瞬間!
 「ん?」
 冷たい灯りがファトラの目の前,部屋の中心に満ちた。
 月と神の目の灯り、それらが交錯し、一点に凝縮される。
 「何じゃ? 何事…」ファトラは光の中から唐突に現われたものに絶句。
 唐突に現われた光は、やはり唐突に引いて行く。
 冷たい光は部屋に『それ』を置いていった。
 「…お主は…」
 カシャン!
 バルコニーに赤紫色が広がった。
 薄明かりに照らし出されるは黒いショートカットの女の子。年の頃は6歳くらいであろうか?
 あどけない表情で目の前のファトラを眺めている。
 「??」
 きょろきょろ、辺りを見渡す少女。そして、
 「う〜む」腕を組んで何やら考え出し始めた。ファトラが目に入っているのかいないのか、分からない。
 少女は妙に可愛らしい白い夜着に身を包み、難しそうな表情とは対称的だった。
 「…ファトラ?」ファトラはそう、恐る恐る囁きかける。
 少女の鋭さを備えた瞳が、ファトラに向く。
 同じ黒い瞳と瞳が交錯した。
 途端、ファトラは大昔の記憶が蘇る。
 そぅ、あれは良く眠れない夜のことだ。



 「ろんずのばぁか!」
 「お待ちなさい!」
 幼いファトラは護衛の男の脛を蹴って見事に転倒させると廊下をダッシュで駆け抜ける。
 右左右左上上下下AB…
 ひたすら頑丈そうな扉を飛び蹴りで開けて飛び込む!
 「ふぅ…上手く巻けたかの?」扉に耳を当て、廊下の様子を聞く。
 物音一つしなかった。彼女は肩の力をほっと落とす。
 「姉上の選んだ夜着はしかし動きずらいのぅ」裾をしばり、部屋を見渡した。
 広い、広い部屋だ。
 かつて彼女はここに来たことがある。そぅ、父と母が生きていた、幼い頃だ。
 神の目への階段がある間,そう聞いていた気がする。今の彼女には良く分からないが。
 ファトラはまるで猫のように足音すら立てずに素早く部屋の奥まで移動。何やら幾何学的な壁の文様の1つに触れた。
 ブゥン…
 何かが起動する,そんな音が部屋中に響き渡った。
 「な、何じゃ?!」慌てるファトラ。本能的に触ってはいけないものを触ったことを感じ取る!
 淡い光が、ファトラを包んだ。
 「この! この!!」
 まとわりつく光を払おうともがくが、触れるものでもない。
 やがてファトラの体が薄く、消えて行く。
 “姉上…ごめんなさい”怒ったような、困ったような姉の顔を思い浮かべつつ、幼いファトラは消え去った…




 “そうじゃ、それでわらわは確かに『ここ』に来た。優しいお姉さんと頼れる兄のような男に…”
 ファトラはそこまで思い出してはっとする。
 そしてぶんぶん,考えを否定するように頭を振った。
 幼いファトラが自分を見る。
 小さい口が、動いた。
 「ねぇ、おばさん」
 ぷち
 ファトラの中で何かがキレた。すかさず少女の頭を小脇に抱えると
 ぐ〜りぐり!
 「いだだだだだ!! お、お姉さん!」
 「よし」解放する。
 頭を押さえる幼い自分自身を眺めながらファトラは続きを思い出そうと思案。
 しかし…あとの記憶は真っ白だった。
 “わらわは…どうやって戻ったのじゃろう??”
 改めて目の前の少女を見る。
 見事にルーンの趣味が表われた夜着に身を包む少女は、我ながら可愛いと思う。
 だが根性が螺旋階段のように捻くり曲がってそうな頭の中を、ファトラは知っている。
 “ともかく、姉上には見つかってはいかんな”過去の己の保身の為にそれだけは決意。
 気持ち新たにファトラは幼い自分に向き直った。
 「さて、ファトラよ」
 「なんじゃ?」態度L。
 「ここは何処だか分かるか?」
 「何処じゃ?」
 「お主の世界から見て未来じゃ」ない胸を張って大ファトラ。
 「………は?」呆けた顔になる小ファトラ。
 「まぁ、信じるも信じないもお主次第だがの。それよりも元の世界に帰りたいか?」
 「姉上が心配するからな」幼い横顔が微妙に陰る。
 「…姉上が大切か?」
 「無論じゃ! たった一人の家族じゃからの!」
 ファトラは幼い自分の主張に小さく深く頷くと、その頭を軽く撫でる。
 「?」
 「ファトラ。お主は必ず元の世界に返してみせる。しかしちと条件がある」
 「? 条件?」怪訝な顔で幼いファトラ。
 「帰れるまでの間、お主は名を変えてもらう」
 「名を?」
 「ふむ。実はわらわの名もファトラと言うのじゃ」
 幼いファトラの目が、丸くなる。
 「…ではお主は未来のわらわということか?」
 「そういうことじゃの」
 「……胸小さいの」ボソリ、明らかに落胆して呟く。
 ぷち
 ファトラの中で再び何かがキレた。すかさず少女の頭を小脇に抱えると
 ぐ〜りぐり!
 「いだだだだだ!! 牛乳飲む,煮干しも食べるぅぅ!」
 「よし!」解放。
 目に涙を溜めてファトラを見上げる幼いファトラ。そんな彼女にファトラは視線を投げる。
 「ではお主はしばらく『ムッシュムラムラ』と名乗るが良い」
 「やだ〜〜〜!!」
 「では『ホンジャラゲ』」
 「や、じゃ〜〜〜!!」
 ………
 ……
 …
 「寝たか」
 結局『フィース』という名で落ち着いて数分後。
 ファトラは己のベットで穏やかな寝息を立てる少女の髪を、撫でる。
 きれいな寝顔だった。
 可愛いとか、そうではない,純粋無垢な、きれいな顔だ。
 「この顔も、もぅわらわには出来ぬな」自嘲気味にファトラは呟く。
 「姉上…」幼いファトラは寝言を漏らす。
 ファトラは手を放し、毛布を彼女に掛ける。
 「わらわが必ず元の世界に戻してやるよ」
 その時のファトラの顔は、幼い彼女が出来る顔ではないことに気付くことはなかった。



 「その娘,ファトラさんの隠し子ぉ?!?!」
 “あちゃ〜〜”
 ファトラは心の中で頭を抱える。
 翌朝、彼女は早々に中庭に立つ研究所に小さな手を引いて赴いていた。
 水原 誠,そこに科学に詳しい青年がいる。彼に相談するのが手っ取り早いと昨晩からずっと考えた末に出た答えだった。
 そしてその玄関を叩くや否や・・・
 すでにそこには差し入れの朝食を摘まむ彼以外に3人の女性がいた。
 一人は幼いファトラの頭を撫でている、差し入れを作った張本人・陣内 菜々美。
 同じく、
 「なんだかファトラに似てるな」しげしげと見つめるは炎の大神官シェーラ=シェーラ。
 「似てるというか…そっくりですね」のほほんと確信を何の気なしに言ってのける水の大神官クァウール=タウラス。
 そんな3人を睨み付け、ファトラは大きく溜め息。
 「菜々美は良いとして、シェーラにクァウールよ。どうしてここにいる?」
   「ファトラ様、この子の名前は?」
   「フィースじゃ」
   「まぁ、しゃべれるね」
   「当たり前であろう!」
   「フィースちゃんって言うの、笑った顔も怒った顔も可愛いわ」
   「話し方までファトラそっくりだな」
   「でも、ファトラさんみたいになっちゃダメよ」
 「…って聞いちゃいませんね」幼い自分を連れて行かれ、半ば途方に暮れるファトラに朝食を終えた誠が笑って言った。
 ファトラは強烈なキャラクタを持った3人に囲まれておろおろする自分を見つめ、苦笑を浮かべつつ彼に振り返る。
 「何処かの王族の子ですか?」のほほんとした同じ顔で、誠は尋ねる。
 「まぁ、そんなものじゃ。今は時間はあるか?」
 「ええ。何です?」あっさり言われ、ファトラは左右を軽く見回す。
 誠は察し、研究所の中へファトラを招いた。彼女はと立ち止まり、後ろに振りかえる。
 シェーラに正拳突きをかます、幼い自分の姿があった。
 「フィース,しばらくその者達に遊んでもらえ」
 「分かった,軽く遊んでてやる」
 振り返ること泣く言い放つ幼い自分自身にファトラは小さく笑い、誠の元へ足を向けた。



 「妙なことになってますね」
 誠がそう感想を漏らしたのは半刻ばかり過ぎた頃だった。
 「ファトラさんは当時、どうやって戻ったのか憶えていないんですか?」
 「ああ、不思議なことにな」
 きっぱりと彼女はそう言い放つ。来たことまでは憶えていた。しかしその後の記憶が抜け落ちたように喪失しているのだ。
 「わらわもボケたかの?」
 「いえ、未来は読めないということでしょう」湯気の立つコップを口に運び、誠は神妙に呟いた。
 「未来?」
 「ファトラさんにとっては過去にあった事実でも、今のファトラさんにとっては未来のことさかい。未来は可変の事実やから固定の記憶は持てへんのや」
 「………言い切れるのか?」
 すなわち誠の言いたいことは『これから起るであろうことをかつて体験したファトラだが、今この時点においてはそれは未来のことなので記憶に残らない』ということである。
 「じゃ、幼いファトラさんが元の時代に戻った時のこと、思い出してみて下さい」
 「ふむ」
 「その時、ファトラさんはこの時代に来ていたことを『知って』いましたか?」
 「?!」
 ファトラは記憶を探る。
 あの神の目への階段の間でルーンとロンズにこっぴどく叱られた記憶があった。
 勝手に入ったから、そういう理由で叱られた。その時のルーンの言葉は、
 「良かった、何もなくて…」
 そう、ここのことは憶えていなかった。
 「いや、しかし…」
 「幼いファトラさんがここに現われた,そのことでファトラさんが昔ここに来たと言う裏付けが時間の流れの中で取れたんや。だから抜け落ちた記憶が戻った」
 コップを机において、誠は微笑。
 「では、あのファトラが無事にもとの世界に戻れば…」
 「どうやって戻ったかっていう記憶は戻ります。でもその時には戻ってもあまり意味はありませんけど」
 ファトラは窓の外を見る。
 先程までファトラと3人の笑い声やら叫び声やらが聞こえていたのだが、今は静かになってしまっていた。
 静かに…?
 「フィース?!」
 慌ててファトラは窓を開けて叫ぶ。外の中庭には誰もいない。
 “さらわれ…いや、あの3人がついているのだ”
 「呼んだ?」幼い声は背後から。
 ゆっくりと振り返ると誠の膝の上に座る幼いファトラの姿があった。
 「ファトラ…」ほっと彼女は溜め息。
 「おい、わらわの名前はフィースでなくて良いのか?」
 「その男は大丈夫じゃよ」脱力しながら席に戻るファトラ。
 「ところで菜々美達はどうした?」
 「『も〜体力もたん』って言いながら帰ってしまったぞ」
 「そうか」“ったく、あいつらは”内心グチるファトラ。そんな彼女を誠は穏やかな笑顔で見つめていた。
 ファトラは訝しげに彼を見返す。
 「何をニヤニヤしておる」
 「初めてファトラさんが慌てるの見たさかい」
 「慌ててなどおらぬわ!」プィと目を背け、ファトラ。
 それに小さなファトラはわざとらしく大きく溜め息を吐いた。
 「誠…と言ったか? お主、ほんにこのファトラとそっくりよのぅ」
 しげしげと膝の上で彼を見上げながら幼いファトラは言う。
 「そうや,よく身代わりにコキつかわれてなぁ」
 「大変じゃのう。しかし中身は全く違う様じゃな」コロコロ、笑いながら小ファトラ。
 「違って悪かったの!」
 「何を怒っておる? 人は己とは異なる者に惹かれるものじゃぞ」
 「んな?!」
 「誠とやら。未来のわらわはああ見えても結構不器用な様じゃ。宜しく頼むぞ」
 「ファトラ!!」
 怒鳴られて幼いファトラは誠の胸に顔を埋める。
 「どっちが子供かわからへんなぁ」誠は2人に増えたトラブル・メーカーに苦笑するしかなかった。



 日はすっかり暮れ、場所はファトラの自室。
 椅子に腰掛けた誠の膝の上で、幼いファトラは寝息を立てていた。
 「飯を食ったら寝る,ほとんど動物じゃのぅ」ベットで上体を起こしてファトラは呟く
 「ファトラさん自身ですよ」誠は苦笑。
 結局今日一日、城の者に幼いファトラを知られると厄介になるのでは,ということで街を2人の気分転換がてらに見て廻っていたのだが、これといった方法は思い付かなかった。
 というより、はしゃぐ小ファトラにそれどころではなかったと言った方が良い。
 誠とファトラは幼い彼女に街中を引っ張りまわされ、ついさっき東雲食堂で夕飯を済ませてきたのである。
 「さて、本当にどうするかのぅ??」
 「直接神の目に乗り込むしか、ないかもしれへんなぁ」困った顔で誠。
 と、その彼の胸の中でぎゅっと小さな手が服を掴んだ。
 「? フィース?」
 「父上…」はっきりとした言葉が2人に届く。
 誠は小ファトラの頭を優しく撫でる。次第に服を掴む小さな手から力が抜け、寝息もゆっくりしたものになっていった。
 誠は彼女を抱き上げ、大きなファトラの傍らに寝かせると幼い彼女を挟んでベットに腰を下ろした。
 「今日は父親役,ご苦労だったな、誠」ファトラは幼い己の頬にかかった髪を除けながら、隣の誠に目を向けずに呟く。
 「幼いわらわも、喜んでおった」
 「いえ、時にはこんなのも楽しいですよ」
 「そうか」小さく笑ってファトラは顔を上げた。
 深い、漆黒の瞳に誠が映る。
 深さの見えない、優しい顔がそこにはあった。その顔のまま、彼女は幼いファトラの頭を撫でる。
 「今日のことは、父と母をロクに知らないわらわには大切な、大切な想い出じゃった。すぐに忘れてしまうのは、悲しいことではあるがのぅ」
 「ファトラさん…」
 「できれば今日のような日が続くのも、わらわは嫌ではない。お主には悪いがな」
 小さく笑ってファトラ。白い頬を仄かに赤く染め、目尻を細める。
 目の前の少女を慈しむ,そんな暖かさに溢れていた。
 「やっぱり…」誠は小さく呟く。
 「え?」彼女はそれに顔を上げた。さらりと長い髪が顔に掛かる。
 「やっぱり僕にはファトラさんの代役は無理ですわ」ファトラを見つめたまま、誠は照れたように言った。
 「? 何を言っておる?」
 「僕には今のファトラさんの顔はできませんわ」
 「今のわらわの顔?」
 「僕は男です,父親になれても母親にはなれませんよ」
 「は、母親………良く言うわ」ふん,顔を背けてファトラは一笑に付した。
 と、がばり,小さなファトラが身を起こす。
 「顔、真っ赤じゃぞ」大きなファトラの顔を見て、指摘。
 「「起きてたのか?!」」
 「ふむ」
 トン,ベットから降りて、小さなファトラは部屋の真ん中へ。
 「何してるんや?」
 「姉上が呼んでおる」
 途端、窓から差し込む月と神の目の冷たい光が増した!
 光が、幼いファトラを包み込む。
 「「ファトラ!」」
 駆け寄ろうとする2人を、幼い彼女は片手で制した。
 「今日はありがとう、楽しかったぞ」大きなファトラと同様,目を背けて幼い彼女は2人に続ける。
 「わらわは楽しみじゃ。未来が待ち遠しいわ」
 輝きが、増す。
 「本当の家族になれたら、良かったな」最後に真っ直ぐに言い放つ。
 やがて光は収束,幼いファトラの姿は消え去った。
 神の目と月の光が冷たい。
 「神の目と月明かりの秘術? ファトラさん,この部屋って昔は何かの研究室じゃありませんでした?」
 「知らぬわ…そんなことは」誠に小さく笑って、ファトラはベットに腰掛ける。
 彼女の消えていた記憶はこの時、埋まっていた。
 去り際の幼い彼女が想っていたこと。今の彼等に期待していたこと。
 それは…
 「なぁ、誠?」
 「はい?」
 「……………」彼女は口を閉ざす。遠く、窓から見える神の目を見つめていた。
 「ファトラさん?」
 「わらわはやはり、昔のわらわの言った通り、不器用なのかもしれぬの」ボソリ、呟く。
 「はぁ…??」
 誠を一瞥,困った顔の彼を見て、ファトラは小さく微笑んだ。
 “そう、わらわは『ここ』に来た。
 姉のような女と兄のような男に出会い、そしてわらわはたった一日の二人の娘になれた。
 そして、己の未来と名乗る女がその男の妻に見えたことが、とてもとても嬉しかったのじゃよ“
 「誠よ」
 「何です?」
 「夫婦になってみるか?」
 「え?!?!!?」硬直する誠。
 クスリ,ファトラはそんな彼を眺めて優しく微笑んだ。
 「冗談じゃよ」
 「妙な冗談いわんといて下さいよ」
 「ふふふ…,でも楽しかったぞ」幼いファトラと同じ、純粋な笑顔。
 「僕もですよ」誠もまた、嘘ではない言葉で応えた。
 「そうか。さて、明日も早い。わらわにしか出来ない顔もあるのじゃ」
 「明日の会談には参加されるのですね」ほっと一息の誠。
 「ああ、まぁな。取り敢えず、今日はお疲れ様,誠」
 「はい。おやすみなさい、ファトラさん」
 ファトラの心を知ることもなく、誠は別れを告げる。
 「不器用じゃのぅ」一人きりになった部屋で、彼女は小さく自嘲気味に呟く。
 神の目の灯りは冷たく、それでいて暖かいものを帯びているように彼女には感じられた。



貴方にしか出来ない顔って、どんな顔ですか?




あとがき
 ちゅう訳で1900年代エルハ投票の王者に輝きましたファトラ様に捧げるSSです。
 さて、2000年の王者は誰でしょうね?

1999.12.26. 元.