ミレニアム投票記念T 


 「ふぅ………」
 私は長い長い息を吐く。どっと疲れが押し寄せた。
 やがて夜が明ける。
 フェンスを背に、もたれた私の視界が白く霞んだ。
 それは遙けき時の流れによって私の動力が失われたか、もしくは辺りに立つ朝靄か。
 日が、昇り始める。
 眩しいな…何度も記憶の中で再生した太陽の光。
 私の時間と引き換えに、愛する人から譲り受けた大切な、大切な思い出。
 私はこの思い出の為に、私を知らない彼を送り出した。
 私を知る彼に会えなくとも、異世界の私は彼に会える。それで満足だった。
 …いや,会いたい。しかしそれは叶わぬ願いだ。
 やがて私の肢体を朝日が照らし出す。
 眩しい、真っ直ぐな強い光。それは容赦なく私に突き刺さる。
 ?
 光が、歪んだかに見えた。
 「?」
 目の錯覚か? いや、違う。
 …空間が、歪む?
 私の目の前の空間が歪み、そして何かが姿を現した。
 まるで陽炎の如く、彼が姿を…光の衣を纏って、彼は朝日を背に現れた。
 幻覚?
 私が愛する彼は、最後に会った時よりも歳を重ねた様に見える。
 しかし、優しい変わらぬ微笑みが目の前の幻覚にはあった。
 手に一杖を持ち、私を待っている?
 幻覚でも、いい!
 私は駆け出していた。彼に向かって…
 頬を透明な何かが伝わる,流れ落ちる雫は朝日に光る。
 そして…
 彼の胸に私は抱き締められた。
 「イフリータ…」
 幻覚でも何でもない,彼の感触、香り、そして声。
 もう、何も望むことはない。
 彼は私を知っている彼だ。
 「…誠」
 一言、私は心の奥から言葉を吐いた。


Friends or Lovers
after 刻



 「誠のバカ!」
 「だから、なんでそうなるんや!?」
 とある街角、二人の男女が言い合っていた。
 行き交う人々はチラリ、一目見て通りすぎて行く。どこにでもある口喧嘩でしかない。
 「もう、いい!」
 「ああ、そやな!」
 二人はお互い背中を向け、思い思いの方向へと去って行った。
 そう、どこにでもある口喧嘩でしかない。
 しかし、この二人にとっては初めてと言って良い、口喧嘩だ。
 そんな二人を知ってか知らずか、中天に差し掛かった太陽は穏やかな光を地上に投げかけていた。



 二人の女性がカウンターについている。
 長いウェーブのかかった髪の間に鋭い瞳を覗かせ、モデルのようなプロポーションを有する麗人。
 その隣に、ややボーイッシュな感じを漂わせながら、黒く長い髪を後ろに流したこれまた整った相貌を抱く女性。
 街に繰り出そうものなら、きっと周りの視線と近寄ってくる男性に苦労しそうではあるが、今のところはそんな気苦労も二人には不要なようだ。
 彼女らがいるのはデザートで有名な喫茶店。客層は90%オーバーで女性であり、男性は入りずらいのであろう,姿は見えない。
 なお残り10%の男性だが、それはこの店のシェフである。
 「そんなことで喧嘩したのか?」呆れた口調で黒髪の女性は続けた。
 「鬼神のクセに考え方は子供以下じゃのぅ」彼女は深々と溜息。まるで自らの身に起こったかの様な態度だ。
 その彼女に紅茶のカップを戻して、子供以下と評された女性は彫刻のように整った顔を僅かに歪ませる。
 「確かにそんな事ではあるのだが…ファトラ,私はその時、どうすればよかったのだ?」
 真顔で問われ、ファトラと呼ばれた黒髪の女性は苦笑する。
 「そんなこと、知るか。ちょっと以前のお前ならこんなことで悩みはしなかったと思うがの」そこまで言って、ファトラは目の前に置かれたパフェを一口。
 「??」
 困惑する隣の彼女に向き直る。
 「イフリータ。お前は誠の何じゃ?」
 ファトラの問いに、イフリータはさらに困惑。ましてやファトラはふざけて問うているのではないのだから困惑もひとしおだ。
 「…恋人?」ややあって、躊躇いがちにイフリータ。
 「ではわらわは誠の何だ?」
 「友達」こちらは即答。
 「友達と恋人の違いとは何じゃ?」
 「え…それは…その…」歯切れ悪くイフリータは呟く。
 どもる鬼神をファトラは目で笑いながら見つめていた。まるで出来の悪い妹を見ているような、そんな感じもする。
 「いつからそんな決まった枠で奴を見てしまったのだ? そんなことでは近くにいても、遠くにいても決して奴が見えぬし、声は届かぬぞ」
 「しかし…それでは私は誠の一体何なのだ?」
 「さぁ?」
 ファトラの答えにガックリと脱力するイフリータ。そんな彼女を横目に、ファトラはパフェに再び取りかかった。
 「友達とか恋人とか決めるから、こじれるのではないか? お主達は二人とも国宝級の不器用だからの。……お主が誠を思う時、どんな誠を想像する?」
 数瞬の沈黙。イフリータはしばし考え、ボソリと呟く。
 「……気が付けばいつもそばにいてくれる……優しい微笑み………。誠を思うとそれを思い浮かべるな。思うとなんだか胸がホッとする」
 イフリータ自らも、見る者を和やかにさせ得る微笑を漏らして答えた。
 「それで良いではないか」
 カシャリ,スプーンを空になったパフェの器に置いてファトラは笑って言う。
 「恋人だからこうだ、とかそんなものはない。正解はないのじゃよ、イフリータ」
 「…」冷め始めた紅茶を一口、イフリータは小さく首を傾げる。
 その様子にファトラは苦笑い。
 「喧嘩するのも愛し合うのも、良い事でも悪い事でもないのじゃ。ただ、お前が幸せに笑える,誠を思う時に幸せな気持ちになれる大切な何かをなくさなければ、それで良いではないか?」
 「…大切な何か? ……それは誠の微笑み…」ギュっと胸に両手を当てて、鬼神は瞳を閉じた。
 「あやつのことじゃ、きっと待っておるぞ」
 イフリータは目を開く。ファトラに小さく頭を下げると、ためらいなしにドアを開けて街へと駆け出して行った。
 ファトラは見えないドアの向こうを眺めながら懐から携帯電話を取り出す。
 取次ぎ音が1つ、2つ。
 「お主か? 彼女が今、向かったぞ。ん? …このうつけ! そんな事だからまだまだお主はガキなのじゃ! さっさと行ってやらんか! でなくば、あやつをわらわが寝取るぞ!」
 ぷつり、一方的にまくし立てて彼女は電話を切る。
 そのままドアの向こう,街の雑踏の向こうに二人を見るのか、遠い目でファトラは薄く微笑んだ。
 「頑張れよ、わらわの分身…」



 とある街角、私は彼と向き合っていた。
 「「あの…」」
 言葉が重なる。
 同じ事を言おうとして、お互い目を逸らした。
 ”何で目を逸らしてしまうんだろう?”
 恐る恐る、私は再び相手の顔を見る。彼も同じような、困ったような照れたような表情を浮かべていた。
 私は勇気を持って口を動かす。
 「「その…」」
 まるで計った様に再び言葉が重なり、また目を逸らす。
 「あ、あのな、イフリータ」
 「ん?」私は顔を上げる。そこにはやっぱり困った顔の誠。
 おそらく私も彼と同じ顔をしていると…思う。
 彼は私にチケットを差し出した。
 「この映画な、期限が今日までなんや。だから…」
 クスリ…
 そんな彼を見ていて、自然と私は微笑みが漏れる。
 何だろう? 急に胸のつかえが取れた、そんな感じだ。
 「そうだな,行こう、誠!」私は誠の腕を取る。
 「ああ。それと…さっきはゴメンな」
 私は言葉では答えず、強く彼の腕を抱き締めて応じる。
 歩き出すうち、自然とお互いに微笑みが漏れていた。
 「私の大切なもの、か」私はファトラの言葉を思い出して呟く。
 「? 何や、イフリータ?」
 「何でもないさ」
 私は視界に大切なものを入れて、彼と同じ表情でそう応えた。



luck ...




あとがき

 ミレニアムだよエルハザード! 総合優勝に輝いたイフリータのSSです!
 いやはや、この方が一位ですか。やはりメインヒロインは強し!
 物語は前に書いた「刻」の後。OVA1で誠が地球に戻った後の話です。
 結局、何の理由で二人が喧嘩してたのか分からずじまいですけど(理由考えるの面倒だっただけ)。
 さらにどうしてファトラがこっちの世界にきているのかも謎だし…ま、良いやね。
 なお、このイフリータ、ファトラ、アフラの3つのSSはPSY・Sのアルバム「TWO HEARTS」の中の曲からイメージされています。興味のある方は聴いているのも一興。
 ちなみに曲の内容とほとんど一緒です。手抜きともゆぅ〜(爆)。
 ともあれ、ご協力ありがとう御座いました!



2000.2.2. 自宅にて