『寒いです。どなたか助けてください,死んでしまいます…』
彼女はそう書をしたためた紙を、ビンに詰め込む。
ふるえる手でそれを掴み、よろめく足取りであるものを目指して歩き出した。
井戸、である。建物の中に井戸がひいてある,それは高い文明と、そしてこの施設が重要なものであることもまた示していた。
作りの良い石造りの建物,そこかしこに無意味なほど威厳を醸し出すその建物は尊敬の念をこめてこう呼ばれている。
マルドゥーンの大神殿。
そしてこの神殿の建つマルドゥーン山は、現在この冬の記録的な豪雪に見舞われていた。
零下数十度という風が、容赦なく神殿の中を吹き抜けて行く。
そんな凍て付く空気の中、体中毛布で包まった彼女はおもむろにビンを井戸に投げ込む。
ひゅ〜〜〜
ぽちゃん!
「地下水脈に…乗ったわ」
安堵の言葉,彼女・水の大神官クァウール=タウラスはその場に力が抜けた様に倒れ込んだ。やがて彼女の体に氷が張りついて行く。
彼女の背後には…
凍りついた炎と風の大神官の姿があったのは補足ではある。
SOS in a bottle
半年後……
「あら?」
川遊びをしていたルーンは川上から流れてきたビンを手に取る。
中には一枚の手紙が入っていた。
「どうか致しましたか? 姉上?」
ファトラは濡れた髪を掻き揚げ、一通の手紙を読む姉に首を傾げる。
「まぁ、大変!」
一読したルーンは慌てて、川下で控えていたロンズに指示を下した。
「あっちぃなぁ〜」
シェーラはパンティ一枚というあられもない姿で神殿の影に倒れた。
「暑い暑い言いなさんな,余計暑ぅなるわ」
と、こちらも白いネグリジェ一枚で神殿の石の柱に抱きついたアフラ。
「異常な暑さですね」
やはり日陰で壁に背をペったりと付けた、これもまた下着姿のクァウールだ。
マルドゥーンの大神殿。
太陽に最も近いこの神殿は、近年にない猛暑に見舞われていた。
しかし人の来訪の滅多にないこの地,神殿の主達はこうして冷たい建物の石にしがみついて暑さを逃れている。
そんな猛暑の、ダレきっている日中でのことだった。
「毎度! お届けにあがりましたぁ!!」
「「「?!?!?!」」」
突然の声にギョっとする三神官。
神殿の入り口の方で大勢の人の気配がしていた。
「ど、どちら様ですかぁ?」おっかなびっくりクァウール。
「お届もので〜す,ロシュタリアのルーン殿下から、援助物資とのことで〜す」
「宅配屋?」アフラは怪訝な顔をするが、その横を羽織りを羽織ってシェーラが飛び出した。
「おぅ、王女さんがアタイらを助けてくれるって?」
顔を出したシェーラはいくつものダンボールを運んできた隊商の代表者に尋ねた。
しかし代表者の若者は首を傾げる。
「さぁ? なんか手紙を読んだとか読まなかったとか…我々はただお届けするのが仕事ですので」
「そか」
「ではここに印鑑を」
「おうよ!」
ぽん、シェーラは受け取り印にサインする。
「荷を下ろせ!」
男の合図に隊商から荷物が続々と下ろされた。
あらかた下ろし終えた頃、着替えを終えたアフラとクァウールも顔を出す。
男は梱包を一つ一つ解いて行く。
「ええと、まずは石油ストーブです」
ゴゥ,真っ赤な火のついたストーブが10台。
「「「はい??」」」
「次に七輪です」
「「「?!?!」」」
ホコホコ暖かいそれが20個。
「出来立ての鍋焼きうどんです」
30人前あった。
「それにどてらを30着」
「「「やめてぇぇぇ!!」」」
無理矢理着せられ、動けなくなった三人を置いて隊商は背を向ける。
「他にも様々な暖房器具を用意させて頂いております。全てルーン様のご注文の通り起動させておきましたので」
「「「ちょっと待てぇぇぇ!!」」」
「それではまたのご利用お待ちしております」
男は営業スマイル一つ,シェーラのサインした受取状の控えをその場において去っていった。
直後、マルドゥーン山は灼熱地獄と化す。
「うぎゃぁぁ!! 死ぬぅぅぅ,アフラ、風だ、扇風機!!」
「は、はいな」アフラは風の方術一つ。
ゴゥゥゥ!!
「うぎゃぁぁぁ!!」
「ね、熱風がぁぁ!」
「肌が焼けますぅぅ!!」
………
……
…
「も、もうダメです…」
クァウールは朦朧とした意識の中、筆を取る。
『暑いです。どなたか助けてください,死んでしまいます…』
彼女はそう書をしたためた紙を、ビンに詰め込んだ。
ふるえる手でそれを掴み、よろめく足取りであるものを目指して歩き出した。
井戸、である。
「届いて…」
ひゅ〜
ぽちゃん!
そんな音を聞きつつ、クァウールはその場に倒れ伏した。
彼女の後ろにはミイラのように乾燥した炎と風の大神官が倒れていたというのは補足である。
半年後……
「姉上、釣れますか?」
ファトラの言葉に、しかしルーンは返事をしない。
ロシュタリアの王族二姉妹は冬の湖にワカサギ釣りに来ていた。
しかしルーンが釣り上げたのは魚ではなく、一つのビンである。
中に助けを求める手紙の入った、一本のビン。
「ロンズ,大変です!」
ルーンは慌ててロンズを呼んだ。
「さっむいなぁ」
「寒い寒い言いなさんな,余計さむぅなるわ!」
「去年より…厳しいですね」
燃料のなくなった暖房器具に囲まれ、冷たいままのコタツに身をくるめた大神官三人。
今年もマルドゥーン山は、去年以上に記録的な降雪量を示していた。
隙間風にお互い身を寄せ合って耐える三人の耳に、どこかで聞いた声が飛び込んできた。
「毎度! お届けにあがりましたぁ!!」
「「「?!?!?!」」」
突然の声にギョっとする三神官。
神殿の入り口の方で大勢の人の気配がしていた。
「ど、どちら様ですかぁ?」おっかなびっくりクァウール。
「お届もので〜す,ロシュタリアのルーン殿下から、援助物資とのことで〜す」
「宅配屋?」アフラは怪訝な顔をするが、三人は思い切って神殿の入り口にまで顔を出す。
そこには忘れもしない、半年前の宅配屋の男が立っていた。その後ろでは隊商から次々と荷物が下ろされている。
「おぅ、王女さんがアタイらを助けてくれるって?」
シェーラは怪訝にいくつものダンボールを運んできた隊商の代表者に尋ねた。
しかし代表者の若者は相変わらず首を傾げる。
「さぁ? なんか手紙を読んだとか読まなかったとか…前にも申しましたが、我々はただお届けするのが仕事ですから」
言って彼はシェーラにサインを貰うと、荷物を開けるように部下に指示する。
「「「げ…」」」
三人は中身に絶句。
「まずは全自動冷房機です。半年間自動起動致します」
10台の冷房機が、ひゅごうと唸りながら作動した。
「次に新開発された夏着です。気温よりも10℃低く感じ取る事が出来ます」
パチン,彼が指を鳴らすとマヌカンらしき女性が出現。
「や、やめろぉぉ!!」
「やめておくんなまし!」
「いやぁぁ!!」
涼しい格好になった三神官。
「そしてココリコ山の山頂近くの氷で作ったかき氷! 絶品です」
30人前を目の前に置かれる。
「他には…」
「「「やめてぇぇぇぇ!!」」」
外より寒くなった大神殿の中で、三人は涙ながらに隊商を見送った。
「シェーラ…さん」
「何…だよ」
「こんな時、こそ、方術…を」
「そうやわ,ガツンと…かまして…おくんなまし!」
「そ、そうだな…てぇぇい!」
ドゴン!
衝撃一発! 炎が一瞬神殿の床に散った。
それだけだった。いや、
ゴゴゴゴゴ…
「「「ん?」」」
腹の底から響く音に三人は首を傾げ、何気に外を眺める。
白い波が襲い掛かってきていた。
「「「雪崩だぁぁぁ!!!」」」
………
……
…
「こ、このままじゃ…」
クァウールは雪で出られなくなった神殿の中、震える手で書をしたためる。
『寒いです。どなたか助けてください,死んでしまいます…』
そう書いた紙を、ビンに詰め込み、よろめく足取りで井戸を目指して………
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