Letter From Ishiel
お誘いします



 拝啓
 陽春の候、時下ますますご清祥の段、お慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。
 …なんて堅苦しい挨拶は抜きっしょ、誠? 元気してる?
 私は今、ガナンのずっと北にあるナバハスの村にいます。
 聖大河の向こうに沈む夕日が川面に照り返して、空も何もかもが真っ赤。そんな中で筆を取っています。
 なんか、こぅ、自分がちっちゃいコトが実感できるわぁ。
 そんなナバハスは聖大河に面した、のどかな小さな村。私はしばらくここに腰を下ろしているんだ。
 何でかって? えへへ、知りたい?
 知りたいっしょ? でもね、簡単には教えてあげないべさ。
 さて、これがクイズです。私はどうしてナバハスで腰を下ろしているのでしょう?
 ヒントは私の好きなモノがあるから,さぇ、考えてみて?




 答えは『お酒が美味しい』から、でした! 当たったかしら?
 ナバハスでは何より水が良いの。遠くココリコ山系からの雪解け水が何年もかけて土壌というフィルターを通して、大地の栄養を取り込みながら仕上がった地下水を飲み水にしてるの。水質は硬質ね。
 その水を使って、フライワの実を発酵させたお酒を造ってるっしょ。
 フライワっていうのは水草の一種。温かい水でしか育たない真っ赤な水草で、その実は水の色をしているんだ。
 誠? ここまで私が言って、もう一つ答えがあることに気付いたっしょ?
 そう、「温かい水」っていうのは実はここには温泉が出るんだ。聖大河の深い深い底に小さな火山があるらしいんだけど、詳しいことはわかんないけどね。
 ナバハスの銘酒『水色小町』を燗にして、採れたての魚の刺身を摘みながら露天風呂で一杯。くぅぅ,これがこの世の極楽ってもんね!
 あ〜、誠,今、「またか」って顔してるでしょ? いつもいつも呑んでる訳じゃないのよ(多分ね)。
 実は私もナバハスは通りかかっただけなんだ。でも宿のおばあさんが良い人でねぇ。
 おばあさんだけじゃないの,村の人達が皆、良い人ですっかり居心地が良くなっちゃったのよね。
 根無し草の地の神官にあるまじき,ってのは分かるけど、やっぱり人の温かさって…良いよね、誠。
 閑話休題
 本題に入るわよ、誠。
 ここナバハスには先エルハザードの遺跡が見つかったっしょ。
 村からちょっと離れた森に住んでるデュラムさんって方が偶然、森の中で見つけたんだ。私がここに来る数日前に地震があって、その時に起きた地づれかなにかで顔を出したみたい。
 遺跡は地下に広がってて結構広い上に、危険なカラクリ人形が沢山徘徊してる。
 私の方でずっと調べてたんだけど、読めない文字とか出てくるし手に負えないんだ。
 かろうじて読める単語の中に『次元』っていうのがあったから、誠の研究の足しになるかなって思って。
 ストレルバウ博士から聞いてるんだけど、誠は遺跡調査のエキスパートと手を組んだんだって? その人達も誘ってここを調べていたらどうかな? 羽根を伸ばすのも兼ねてさ。
 …『イシエル、きたない』と思ったっしょ? 遺跡で釣ってるって。
 うん、釣ってるよ。
 そうでもしないと遊びに来ないっしょ?
 誠の事だから、どうせ研究ばかりで連日徹夜とか無茶してるんじゃなくて?
 目的しか見てないと、周りのことが見えなくなるわ。ここいらでガスを抜いておいた方がいいっしょ。
 イフリータって人には申し訳ないけど、私は誠の方が大切だから…ね。
 それでは来てくれる事をお待ちしております。

敬具 


 PS
 ナバハスには多分、誠の知り合いじゃないかな? って人がいるわよ




 「ん,何読んでるんだ、誠?」
 誠は後ろから覗きこむような男のその視線から手紙を隠し、懐にしまった。
 「秘密の女性からの恋文かしら?」
 「ち、ちがうわ!」
 ボソリを呟いた女性の言葉に、慌てて誠は反論した。
 そんな3人の男女を乗せたエア・ボートは風を切り大地を滑る。
 「ならそんなに慌てて隠す事ないだろ?」
 ズズイと一歩踏み出し、二本の剣を腰から提げた青年は迫った。顔は真剣だが目は笑っている。
 「怪しいですわね」
 グリグリメガネの奥をキラリと光らせて、髪をお下げにした女性も迫る。
 「シオンもシャーレーヌも…う、うわ、ちょっとやめやぁ〜!!」
 二人は誠に飛びかかる!
 高速運転中のボートは揺れ、そして…
 「「「あ!」」」
 誠の懐から手紙が風に舞って後ろへと消え行く。
 そして…
 「ま、すぐに書いた本人にあえるさかいに…」
 同時に誠は軽く笑って前方を見つめる。
 日の光の薄れ行く中、ポツポツと人の生活のある灯火が見え始めていた。
 風は聖大河の薫りを3人に運ぶ。
 酒のツマミになりそうな美しい月が、夜空にくっきりと浮かび上がっていた。



end...