エルハ知識王決定戦記念 

不成立な三角形
After OVAT



 エルハザード、ここは神秘の大地。
 僕の愛する彼女が生まれた地。
 再会の後、共に同じ刻の中を歩み続ける事を約束した世界…



 ウチは二人に笑いかける。
 そこには願いを叶えた二人の姿があった。
 果てしなく離れてしまった二人の男女,次元を越えてまで再会を果たした二人。
 ウチには眩しすぎる…



 二人を見ていると胸が苦しい。
 この気持ちは何だろう?
 これが昨日、誠が言っていた『好き』という感覚なのだろうか?


 僕は、やって来てくれたアフラさんに最近困っていた物を見せる。
 きっと彼女なら何か知っているやろ,そう思える、背中を安心して任せられる人や。
 彼女に僕は何度も助けられとる。いつか僕の方から彼女を助けてあげたい思うんやけど、全然そういう場面がないんや、この人…。
 最近、頼りっぱなしやなぁ…。



 「これはまた、厄介な代物を持ってきましたなぁ」
 困った口調のウチはしかし、何処か楽しげである事を己自身感じる。
 「アフラさん、何処かでこれに類似するものを見た事あらへんか?」
 「試験体A-52なんかいかがですやろ?」
 「あの虚数空間を操作する危なかしい代物ですか?!」
 「見てみなはれ,ここの配線を…」



 誠が菜々美やシェーラと話している時にはこんな気持ちにはならなかった。
 だがどうして、この風の大神官と話している時だけ、こんな気持ちになるのだろう?
 何処かに置いて行かれるような、果てしない時空の彼方に突き放されるような、そんな感覚に…


 そうや、そうやったのか!
 僕は感謝と同時に、自信ありげな彼女の論理をどうにかして突き崩すことを考える。
 思索の試行錯誤こそが確信への近道やから。
 そうやなぁ、こうして僕はアフラさんにはいつも助けられとった。
 彼女と、ストレルバウ博士がおらんかったらイフリータをこうして迎えに行く事なんてできんかったはずや。
 特にアフラさんの知識の深さと鋭い考察力には感服する。もしも彼女が地球に生まれていたら、とんでもない発見を続けていたんやないやろか?



 誠はんと論議を交わしているウチやけど、頭の中は別のことを考えておました。
 難しい、しかし知識の光の灯った瞳をウチに向ける彼。
 その表情は菜々美はんにも、シェーラにも、そして何よりあのイフリータにも向けることのない、ウチに対してだけの顔。
 今この刻は、誠はんはウチしか見ていない。ウチと誠はんだけの時間。
 彼を分かってあげられるのはウチだけ,誰もこの時間を犯す事は出来ない,そんな独占感が嬉しい…
 …嬉しい?
 そう思うのは何故?
 彼の心には決して動かす事は出来ないであろう、想い人が占めている。そんなことはずっとずっと前からわかっとったはず。
 しかしいつの頃からかウチの心の奥に、ある結論が居座っとる。それが何なのか、分かっとるけど霧で覆われた様にハッキリせん。
 明確ではない。
 「とは思いませんか?」
 すぐ近くに、彼の声が通り抜ける。
 声はウチの霧を散らし、その向こうまで安々と突き抜けて行く。
 「…Z軸変換が間違っとりますぇ」
 明確でないのではない。明確にしたくないんや。
 この霧はウチ自身。
 結論に至る材料は有り余るほど。しかし結論に至りたくあらへん。
 叶わないのが分かっとるから?
 いえ、違うわ。
 もうすでに結論には至っとる。分かりたくないと思うこと自体、それは分かっとるから分かりとうないんや。
 ウチはただ、待っていただけ。
 いつか誠はんがウチに振り向いてくれる、そんな時を待っていただけ。
 嫌な女や…



 私に感情はあるのだろうか?
 『好き』という感情はどう言った感情を指すのだろう?
 誠の傍にいたい,彼と同じ時を刻みたい,そう思うことが好きということなのだろうか?
 分からない。
 どうすることで彼の『好き』と言う気持ちに応えたら良いのだろう?


 そうや、アフラさんに聞いてみよう。
 イフリータに『感情』いうんをどないしたら説明できるのかを。
 昨夜、イフリータに今まで言えずに言えなかった『好き』という言葉を伝えた時の彼女の困惑を。
 僕はこれからどないしたら良いんかを。
 「あの、アフラさん?」
 「はい?」
 「えと、あの…」僕はチラリを後ろを向く。
 窓辺に腰掛けるイフリータを目があった。
 ここじゃ、話しずらいわ。
 「ちょっと、外の空気に当たりません?」
 僕は目でイフリータに待っているように伝えると、首を傾げるアフラさんを伴って研究室の外に出た。



 きっと、後悔するやろなぁ。
 こんな時、シェーラの真っ直ぐな所が羨ましくなるわ。
 例え振り向かれる事がなくても、ウチが誠はんの事を想っているいうことだけは伝えておきたい,彼の相談役というだけで終わりたくはない。そう思う。
 「あの、アフラさん?」
 「はい?」口調が変わった彼に、ウチは思わず素っ頓狂な声を上げてしもうた。
 「えと、あの…」彼は多少困った顔でチラリと後ろを向く。
 その先には窓辺に腰掛けるイフリータがいた。
 「ちょっと、外の空気に当たりません?」
 遠慮がちに彼は言う。何やろ? イフリータがいちゃ、話しずらいんやろか?
 「ええ」
 ウチは首を傾げながらも席を立つ彼の後に続く。
 ああ、そうや,本当に二人きりになれる。ウチの想いを告げる絶好のタイミングやわ。



 誠は目で『ちょっと待っててや』と私に告げると、風の大神官を連れて研究室を出ていってしまった。
 何だろう? 私に話したくない事なんだろうか?
 そんな疑問よりも、私は自分の中で生まれる苛立ちに苦しかった。
 胸が、むかむかする。
 何故?
 誠が私には向けたことのない、難しくて真剣な顔を、風の大神官に向けていたから。
 二人にしか分からない話をしていたから。
 …風の大神官が、誠を一人占めしてしまったから。
 嫉妬。
 どうしてそう思うのだろう?
 どうして?
 それは…
 私が誠を…だから。
 「そうか…」
 私は声を出して呟く。
 「これが好きということなのだろうか」


 涼やかな風が、僕の頭を冷やしてくれる。
 「あの、アフラさん…」
 「何どす?」
 僕は昨夜のことを思い出しながら、彼女にできるだけ詳しく話した。
 こんな事を話せるのはアフラさんだけだ。
 イフリータに改めて「好きだ」と告げた事。
 イフリータは言葉の意味が分からなかった事。
 分からぬまま彼女は戸惑い、泣いてしまった事。
 分からなくても良い、僕はどんな事があってもその気持ちは変わらないよと告げた事。
 アフラさんはそれら一つ一つを真剣に聞き、そして晴れ渡った空を見上げてしばし。
 「大丈夫どす…」
 「え?」何処か聞こえにくい声に、僕は聴き返す。
 「イフリータは泣いたんやおへんか。それこそ『感情』言いません?」
 上を見上げたまま、アフラさんは言った。
 僕も空を見上げる。白い雲が一つ、ゆったりと風に流れて行く。
 「ゆっくりと、一歩一歩進みなはれ」
 「はい、ありがとうございます」僕は笑って、アフラさんに視線を移した。
 「お礼なんて…言わんといてくれます」
 小さな声で、アフラさんは相変わらず空を見上げたまま答える。
 あの雲の様にゆっくり焦らず一歩一歩進んでいこう,僕は広大なこの空に誓った。



 「待っているだけじゃ、いけない思うたんです」
 誠はんはウチにそう切り出した。
 昨夜、誠はんはイフリータに改めて『好きだ』と告げたんや。
 けれどイフリータは言葉の意味が分からなかった。そして彼女は戸惑い、泣いてしまった。
 そんな彼女に誠はんは「分からなくても良い、僕はどんな事があってもその気持ちは変わらないよ」と告げたそうや。
 二人は確実に前進している。それに比べてウチは…
 言葉を伝える時間は今まで幾らでもあった。自分の気持ちに気付かない振りをし続けて、待っているだけで伝えなかった。
 誠はんはどこか曖昧な、ハッキリしないイフリータとの関係にはっきりと『好き』と告げた。
 ウチは…
 「大丈夫どす…」
 空を見上げ、ウチはあくまで相談役としての答えを告げる。声が、うまく出なかった。
 「え?」詰まったようなウチの声が聞こえにくかったんやろう、誠はんは聴き返す。
 ウチは今にも溢れんとする涙を上を見上げたまま止め、必死に言葉を続けた。
 「イフリータは泣いたんやおへんか。それこそ『感情』言いません?」
 ウチの心の中の霧が晴れて行く。同時に誠はんへの気持ちが如何に深かったのかが今頃になって分かった。
 「ゆっくりと、一歩一歩進みなはれ」
 「はい、ありがとうございます」嬉しそうな誠はんの声が聞こえる。
 「お礼なんて…言わんといてくれます」
 瞳の中の雫を零さない様にしながら、本心からそう言った。
 同時にウチは幸せそうな彼が好きや。
 だから、このままウチの気持ちを告げないのが…
 「これがウチの恋愛やったのかなぁ…不器用やわ」
 誠はんにも聞こえないほどの小さな声で呟く。
 今や心の霧はすっかり晴れ、結論を掴んだウチの心は青空の下で雨が降り注ぐ不思議な天気だった。



今日の天気は?




あとがき
 アフラ&イフリータSSです。誠がむかつきますねー!(笑)
 あまりにも鈍感過ぎる気もしないような気が…アフラの隠蔽工作がそれほど完璧だったのか?!
 今回はいつもと違った感じで仕上げてみましたが如何でしたでしょうか?

2000.5.7. 元.