コアサーバーV2プランご契約でドメイン更新費用が永久無料



Come in her dream !



 唐突だが、彼女はぽかぽかの日差しが優しく降り注ぐ自室のテラスでうたた寝を満喫していた。
 彼女…そう、ロシュタリアの第二王位継承権を有する、あの困った王女様である。
 口を開こうものなら毒舌(一部女性には甘い囁き),手を出せば拳骨(これまた一部女性には愛撫だったりする)な空前稀にみる独創的な性格の持ち主だった。
 ファトラ=ヴェーナス。
 しかしそんな彼女の寝顔は、決してどんな優れた彫刻家であっても作り出すことのできない,まさに「天使のような」と表現せざるをえないものである。
 「ん~」
 ソファベットの上でくぐもった声を漏らし、小さく伸びをする彼女。
 薄い雲が晴れ、直接日の光が彼女を照らし始めたのだ。
 艶やかな睫毛が軽く揺れ、きゅっと強く目が閉じられる。
 起こしてはいけない,風の神がそう思ったのか否か、再び天空高く薄い雲が日の光を緩やかに遮った。
 「むー」
 口元を僅かに笑みの形に変えながら、彼女は楽しい夢でも見ているのだろう、寝顔は一点の曇りもない安らかなものに戻ってゆく。
 さて、彼女はどんな夢を見ているのだろうか?
 覗いてみたいかい?
 ………
 そう、ではほんの少し垣間見てみようか。



 ファトラは背中を預け、ただっぴろい草原に四肢を投げ出していた。
 見つめる先は広い広い広い…ただただ広い緑と青の二色。
 彼女が背を預けるのは、同じく彼女とは反対側の地平線を見つめる青年だ。
 何を考えているのか、もしくはなにも考えていないのか,彼はぼぅっとしているような、それでいて鋭いような視線でただ真っ直ぐ見つめている。
 彼はファトラと同じ容貌を備えていた。とはいえ、もともと中性的な印象の強いファトラである,その女性的素質をそのまま男性的資質に置き換えたような、そんな男だ。
 彼の名は水原 誠という。ファトラから見て、言っちゃ悪いが「おもちゃ」のような存在である。
 大草原に腰を下ろし、背と背を合わせる二人。
 吹き抜ける緩やかな風が、二人の頬を優しく撫でて行く。
 と…
 ファトラは悪戯っぽく微笑んだかと思うと、彼に預けていた背をついと横にずらした。
 「うぁ!」
 ぺたん
 同じく彼女を支えにしていた彼は後ろに倒れ、大草原に大の字になった。
 そんな彼を横に座った形になるファトラがひょいと見下ろす。
 「なぁにをやっておる」
 「急に何しはるんですか?」
 二つの視線が上と下から絡み合い,どちらともなく微笑んだ。
 「お前はどこか危なっかしいのぅ」
 「ファトラさんに言われとうないわ…」
 即答する彼の口を、ファトラはさっと己の唇で塞いだ。
 一際強い風が、草原に吹き抜ける。



 「どわぁぁぁ!!」
 がばり,ファトラは悲鳴か何かよく分からないモノを上げてベットから跳ね起きた。
 肩で息すらしている。相当、心臓に悪い夢でも見たのだろうか?
 …見ようによってはスゴイ夢かもしれないか。
 「何じゃ何じゃ、今の夢は…」
 強く噛みしめるように、彼女は脳裏で夢の中の映像を反芻する。
 反芻
 反芻
 …
 ぼっ!
 頬が真っ赤に染まる。
 今の彼女の表情は姉のルーンであっても見た事がないかもしれない。
 怒りと恥ずかしさをベースに、幾ばくかの困惑を隠し味に数滴加えたカクテルのような、そんな顔。
 彼女は次の瞬間、慌てて周囲に目を配らせ…私室であることにほっと胸を撫で下ろした。
 この間、三秒弱。
 すでに今はいつもの、何処か気だるそうな,それでいて何処か小馬鹿にしたような表情に戻っている。
 「何じゃ、今のは?」冷静に分析を始める彼女。どうしても感情では夢の意味が理解できず、理屈で持っていく魂胆の様だ。
 右手の人差し指を顎にそっと当て、目を閉じる。
 見た目は静かだが、実は物凄い勢いで考察が成されていた。彼女の一秒の考察は某日本国の国会の45.3倍に匹敵する(当社比)。議長はもちろんファトラ、出席しているのも全員ファトラだ。
 すなわち要点を掻い摘んでみると、こんな感じだった。



 今のは予知夢か?
 いや、わらわにそんな特殊能力はない
 いやいや、もしかしたらロシュタリア王族の隠されたパゥワ~では?!
 却下
 夢は己の深層意識での欲求や不満を解消させる働きもあるという
 待て、そうするとわらわは誠の奴とあんな最近の若者っぽいことをしたいと申すのか?!
 そうであろう
 こら、そこ! ふざけたことを申すな,死刑じゃ!!
 あ~、喧嘩はやめい。今は早急に問題を解決することじゃ
 では核心を突こう。わらわは誠が…
 好きなのか?
 まさか!
 しかしながら、女装した誠にはググッとくるものがあるのぅ
 一番美しいのはやはりわらわ自身じゃからの
 それには同意する
 なるほどなるほど。では夢の中の誠はどうして女装していなかった?
 ………
 それは…どちらがどちらか分からなくなってしまうから
 それはおかしい! わらわと、女装した誠の区別がつかんだと?
 そうじゃ、おかしい! わらわの方が美しいわ! 女装と一緒にされては困る!!
 ううむ、質問を変えよう。わらわは驚きで目覚めた時、まるで乙女の様に顔が赤くなったな?
 ふむ
 あれは何故じゃ?
 何故だと? 誠の分際でわらわの唇を奪うなど!
 わらわからやってはいなかったか?
 もぅ、忘れたわ!
 怒りは認めよう。恥ずかしさも…あったのではないか? 照れという恥ずかしさもな
 ない!
 あったな
 あった
 あったぞ
 むぅ…
 では結論を…



 ファトラはそこで思考を中断。
 怒りに顔を真っ赤にして、部屋の外に飛び出した!
 向かう先は…



 「うらぁ!」
 どか~ん!
 扉が蹴破られた。その扉に問答無用で下敷きにされるは、うだつの上がらない青年一人。
 「誠、きっさま~~~!!」
 目を回す彼の胸倉を引っつかみ、ファトラはがくんがくんと揺さぶった。
 「な・に・す・る・ん・や~~~、ふぁ・と・らさ~~ん」
 ぱっと手を離す王女。その勢いに誠は二度、足下の扉に頭をぶつけた。
 「誠、貴様!」ずぃと詰め寄るファトラ。誠は額に汗一筋。
 「何ですの?」
 「わらわの夢に勝手に出てきおって! 何様のつもりじゃ!!」
 理不尽だ、いや、傍若無人か?
 「そんなん言われても…僕にどないせい言うんです?」
 冷ややかな目で見つめられ、さしものファトラも多少引き…はしない。
 「わらわの夢の場所代は高いのじゃ!」
 「僕は出たい言うてませんやん!!」悲鳴の様に誠は叫ぶ。
 「そもそもどんな夢を見た言うんです?」
 ジト目で見つめる誠と、つい夢を思い出してしまうファトラのたどたどしい視線が絡まり…
 べき
 「ぐっは!」
 ファトラ、顔を背けたまま、無言で誠にゲンコツ。
 「とぉもあれ,夢の中にしゃしゃり出てこられては困るのじゃ!」
 宣言。っつうより、一方的な宣告だ。
 そんなことは誠にどうする事も出来ない,当然である。
 ファトラも当然そんなことは承知している。では何でそんな無茶なことを駄々っ子の様に言うのか?
 それは『誠だから言える』と、ファトラは思っている。
 その理由をもっと深く考えれば色々と解決するのだが、彼女の本能がそれを考えるのを避けているのかもしれない。
 「う~~~」誠は考え、そしてぽんと手を打った。
 机の上のガラクタの中から、四角いなんとも形容し難い装置を取り出し、それを彼女に手渡した。
 「何じゃ?」しげしげと見つめ、彼女。
 「それを枕の下において夢を見ると、その夢が現実になるんです。これがあれば、別に僕が夢の中に出てこようが、それが現実になるんですから文句はないでしょう?」
 無茶苦茶な理屈だ。もっともファトラ自身が無茶苦茶なことを言っているのでプラマイ0かもしれないが。
 ともあれ、先程ファトラが見た夢が現実になったら…それはそれで非常にまずい気はするのだが、そんなことは誠の知った範囲ではない。
 「ふぅん…なるほどのぅ」
 ファトラはその装置とやらを引っつかむと、何やら考え事をしながら満足したのか,それ以上のおとがめなしに私室に引き返して行く。
 立ち去る彼女の後ろ姿を眺めながら誠はポツリと、こう言葉を漏らしていた。
 「そんな道具、あるわけないやろ。僕はドラえもんか?」
 彼はそれが謝った応急処置であったということを知るのは、そう時間はかからなかった。



 「なるほど、見た夢が現実になるのならば、夢なんぞに悩む必要はなくなるわけじゃな」
 一人自室で納得する王女。
 しかし先程の夢が実現したら…それはそれで納得できないと言って怒り狂うのではないか? そんな簡単な疑問を持たない大らか(?)なところが、エルハザードの人間全般に言えることだったりする。
 ともあれ彼女は装置を枕の中に入れると、あっさりと二度寝へと突入した。



 たん
 ファトラは壁に押しつけられる。
 「あ、あの…誠?」
 怯えた目で、ファトラは目の前の彼を見る。
 すぐ近くにある彼の瞳に、まるで何も知らない小娘のような怯えた己が映っているのに気付いた。
 「ファトラさん、僕はもぅ、辛抱しきれませんわ」
 彼女の細い肩を力強く掴み、誠の熱い吐息が耳元にかかる。思わずファトラの身が強張る。
 「ごめんな、ファトラさん」『声』が聞こえた様な気がする。
 「誠…やめ…」
 彼女の唇を塞ごうとする誠に、ファトラは思わず目をつむった。
 抵抗しようと思えば出来るはずだ。しかし何故かしようと思わなかった。
 何故だ?
 あと2cm、1cmと近づきつつある誠の気配に、ファトラの思考はまるで霧に包まれてしまったかのように消え去った。
 そして…彼女には来るべき感触がなかった。
 恐る恐る「目」を開く。
 目の前すぐ、触れるか触れないかの所に誠の顔があった。
 ぱちくり
 まばたく。
 彼の姿は、消えない。
 「あ…」額に汗の誠。
 「現実…か?」確信するかのように呟くファトラ。
 彼を蹴り倒すか,それとも…夢の通りにするか?
 決断は一瞬。しかし決定するより早く、彼女の枕から何かが抜ける感触。
 誠が先程彼女に渡した装置を枕から引き出したのである。
 「いえ…この部品,必要なものやったんで。代わりにこれを置いて行きますよって」
 やはりよく分からない道具を彼女の脇に置くと、誠は恐る恐るベットから降り…
 グィ
 袖が彼女に捕まれた。
 「え?」
 そして誠の体がフワリと無重力感に包まれたかと思うと、
 「でぇいや!!!」
 ファトラ、誠を巴投げ!
 「うわぁぁぁ~~~~~~(ドップラー効果)」
 誠はそのままテラスの向こう,遥かフリスタリカの城下町へと投げ出され、堕ちて行った。
 「…愚か者が!」
 怒りの短句の中に、純粋なその感情以外の何かが含まれていたことを彼女自身が気付くのはまだまだ先のことになりそうだ。



おわり…か?