−−貴方の夢は 何ですか?−−
 声が、聞こえる。
 遠い記憶の向こうからの問いかけ。
 内に無意識に存在する優しさと、僅かな威圧感を含んだ遠い声。


 彼女は頭をもたげる。
 己が存在するのは『夢』の中。
 過去の記憶という名の夢の中。
 「貴方の夢は、何ですか?」
 敬愛する風の大神官の問いに、『幼くなってしまった』彼女は瞬きするほどの逡巡を経て、はっきりとこう答えた。
 「ウ、ウチの夢は大神官になることどす!」
 緊張のあまりややどもりがちになる口を高速で動かし、大神官を見上げる。
 美しい面に灯る、何もかも見透かすような神官の双眸に、幼い彼女は思わず息を呑む。
 「そんな、夢なのですか?」
 呆れたような、がっかりしたような声が返ってくる。
 ――答えが間違っていた?!
 彼女は心の中で焦る。
 ――一番模範的な解答をしたと思ったのに…
 「貴方はそんな愚かな娘ではないでしょう、アフラ?」
 大神官は苦笑い。
 ――買かぶり過ぎです
 しかし幼い彼女は『嘘』を見透かされて言葉もない。
 「さ、アフラ。貴方の本当の夢は、何ですか?」
 重なる問いに幼い彼女は、今度は僅かな逡巡もなしに小さな胸に灯る想いを口にした。
 「ウチの夢は………」
 答える幼い彼女の声は、様子をじっと見つめている今の彼女には届かない,いや。
 今の彼女は受け取ろうとしていなかった。
 だから、聞こえない。
 聞き終えた風の大神官は、幼い彼女の頭を軽く撫でて、こう答える。
 「見つかりますよ、きっと」
 そのまま首を横に,視線を『今の彼女』に向けて一言。
 「見つかりましたか?」


What's your dream ?



 「……ん?」
 彼女は目を覚まして辺りを見まわす。
 ここはロシュタリアにある、狭いながらも誠の書斎だ。
 彼女が今までつっぷしていた机の上には、半分まで開いた一冊の書籍。
 どうやら途中で眠ってしまった様である。
 「ふぅ」
 額に手をやる,眠ったせいでいつもより暖かい。
 「どうしてここに来るといつも眠ぅなってしまうのか?」
 呟いたところで、肩に薄手の毛布が掛けられているのに気付く。
 愛しむ様にそれを手繰り寄せ、胸に抱くことしばし。
 そこに自らの問いの答えを割り出して、小さく微笑んだ。
 ガチャリ
 背後のドアが遠慮がちに開き、一人の青年が姿を現す。
 「起きてますぇ」
 彼女の言葉に、青年は肩の力を落して彼女の横までやってきた。
 「アフラさん,疲れてるんじゃありませんか?」
 心から心配して問う彼に、アフラは小さく首を横に振る。
 「自己管理は出来てますぇ。よっぽど誠はんの方が心配ですわ」
 苦笑いの誠。
 彼は机の上の本を眺め、ふと思い出した様に問うた。
 「調べモノは見つかりました?」
 対するアフラは再び首を横に振る。
 「そうですか…ところでアフラさん,今日は何を調べてますの? 僕も手伝いましょうか?」
 「それは無理やわ」
 「無理って…」
 アフラの即答に、誠の微笑みが凍りつく。
 そんな彼の心の内を察して、彼女は三度首を小さく横に振った。
 「いえいえ、ウチ自身、何を探しているのかはっきり分かりませんぇ。今日だけやおへん、ウチはいつも『それ』を探してますのん」
 「はぃ?」
 「それでも、聞きおます?」
 誠はおずおずと頷く。
 アフラはそんな誠の様子にクスリと微笑んで答えた。
 「ウチの探しているのは…
 ――遠い日に答えた夢
 ――ウチはあの時、何と答えたのか?
 ――忘れてしまった? いぇ、思い出したくなかっただけ…
 ………遠い日に見た夢」
 「え?」
 と、答えた誠の顔を観察し、アフラは再び笑みを浮かべた。
 「難しいですやろ?」
 試す様に、訊く。
 「は、はぁ…」
 「でもようやく見つかりかけてますぇ。それも昔よりも、はっきりと…」
 アフラはかつて自分を見つめた先代の大神官のように、誠の瞳を見つめる。
 彼はかつての彼女のような偽りは、全く羽織っていなかった。
 「そうですか,でも僕にお手伝い出来るようなら」
 「誠はん」
 彼女の気持ちに気付いていれば、おそらくは『決して言えない』言葉を聞いて、嬉しくもあり、半ば呆れつつアフラは苦く笑いながら彼に言う。
 「お気持ちは嬉しいどすが、安請け合いするときっと後で困りますぇ」
 首を傾げる誠を見つめていると、アフラは記憶に埋もれていた遠い日の夢が、霧が晴れたように明るく、はっきりと見えてくる気がした。
 だが当時よりもはっきりと見え始めたその夢を、正視することは今の彼女には難しい。
 そう思うから彼女は僅かに目を逸らし、遠巻きに夢を探していくのだった。


Fin