「と〜とつやけど、シェーラさん」
「何だ、誠?」
夕日をバックに、シェーラは白い歯キラリ,満面の笑みで彼に振り返った。
「僕、シェーラさんのことがごっつ好っきゃねん!」
ざざん………
津波の背景を背負いながら、誠は激白!
「おぅ、アタイも誠のことが大好きだぜ!」
ガッツポーズ(死語)で微笑み返すシェーラ。
「シェーラさん!」
「誠ぉ!」
海の見える岬で、2人は漢らしくがっしりと抱き合ったのである。
初夢は叶わないで………
「ん?」
窒息するほどのキスを交わした後、シェーラは硬いはずの誠の胸が妙に柔らかいのに気が付いた。
「誠…お前…」
恐ろしい、いや、これだけは避けたいという想像をするシェーラ。
「どうしたのだ、シェーラ?」
口調を変えた誠の両腕は、まるで万力の様にシェーラの腰に周り彼女を離そうとしない。
「お前…まさかファトラ?!」
叫んだ途端、誠の黒い髪がにょきにょきと伸びてシェーラの全身に悩ましく絡み付き始めたではないか。
ニタニタと微笑む誠、いや、ファトラは身動きの取れないシェーラの耳にそっとくすぐったくなるような声とそれに伴う息を吹きかける。
「今宵は楽しもうぞ」
「うわぁぁぁ!!!!」
叫びながらシェーラは目を覚ます。
「………何でぇ、夢、か」
前髪が冷や汗でべっとりと額にくっついている。
シェーラは上体を起こす。下半身はコタツの中に入っていた。
彼女は夢の恐怖で覚めきった目で現状を再確認する。
ここはマルドゥーンの大神殿。その居住区の一室だ。
コタツを中心に置いたこの部屋は酒と食料が辺りに散らばっており、住人のだらしなさが目の当たりに出来る状況だった。
コタツを挟んで向い側にはシェーラの同僚であるアフラが,右隣にはクァウールが眠りに落ちている。
そして左隣には……
「どうしてイフリーナがここに居るんだ??」
バグロムの尖兵たる破壊の鬼神・イフリーナが何故かうんうん唸りながら寝こけている。
それも『緑川』とか書かれた一升瓶を抱えて、だ。
見るとコタツの上も宴会を10回以上催したような凄いことになっていたりする。
「ええと…確か昨日は…」
シェーラは眠りにつく前の記憶を、どんよりした灰色の脳細胞から引き上げてゆく。
「クァウールの奴が『新年を迎えるんですからお祝いしなきゃ』とか言って、宴会の準備をはじめて…たまたま近くを飛んでたイフリーナを捕まえて酒を買いに行かせて」
「みんな、酔いつぶれてしもうたんどすなぁ」
「起きたか、アフラ」
「『起こされ』たんどす。アンタが悲鳴を上げて、なんかぶつぶつ言わはり始めたんで気になって」
「聞こえててか」
苦笑いを浮かべながらシェーラ。
対するアフラは寝癖のついた髪を軽く撫でつけながら、眠たげな瞳でシェーラを見ている。
「なんか変な夢でも見はりおした?」
「…あ、ああ」
「どんな夢どすか?」
尋ねられて、シェーラは口をつぐむ。
一度遭遇した出来事だけに、あまりにもリアルな夢の中での感覚に思わず吐き気を催してきた。
昨晩呑み過ぎてしまったのも一因であろうが………
「今日見た夢は初夢ですやろ。初夢ってのは現実に起こる言われてるさかいに」
「んだとぉぉ?!」
「えええ、そうなんですかぁぁ?!」
素っ頓狂な新たな声に、二神官は視線を移す。
一升瓶を後生大事に抱えたイフリーナがふるふるっと瞳を震わせていた。
「私、とんでもない夢を見ちゃいましたぁ!」
「そいや、うなされてたもんなぁ」
「どんな夢を見たんどすか?」
「はぃ、実は」
アフラの問いかけにイフリーナは小さく震えながら話し出す。
「海に潜る夢を見たんです」
「「はぃ??」」
「私は嫌だ嫌だっていうのに、ご主人様が無理矢理………嫌よ嫌よも好きのうちとか言って」それはちと違うが。
「どうしてそれがとんでもない夢なんどすか?」
「冬の海でもお前なら大丈夫だろ、鬼神だし」
首を傾げる二神官に、鬼神は小さく首を横に振る。
「私、生活防水なんです」
「「うはぁ……」」
先エルハザード文明は万能ということでもないらしい。
「それはそうと、アフラ。お前はどんな夢見たんだよ」
「ウチどすか?」
「良い夢、見られました?」
シェーラとイフリーナから期待の目を向けられ、アフラは人差し指をあごにおいて思い出す。
「う〜ん、良い夢なのか悪い夢なのか」
「さっさと言えよ」
「誠はんと最後までイク夢どす」
イフリーナから一升瓶を奪い、迎え酒をしながらアフラ。
「さ、最後まで?!」
「ど、どこにですかぁぁ?!」
「今、解読している北東部での先エルハザード語の解読のことどすが」
何かと勘違いしている二人に、さもありなんと答える彼女。
「なんでぇ」
「そ、そうですよね」
「まぁ、別の意味でも最後までイっちゃった夢おしたが…」
「「え??」」
ボソリと呟いたアフラの言葉に敏感に反応する二人。
「夢は夢どす。結局、夢を叶えるかどうかなんてのはそれぞれの努力次第。初夢に頼るのも、恐れるのもそれこそ個人個人おますわ。自分自身、やりたいことをしっかりと持っていればおのずと道は見えてくるもんですやろ」
言っておちょこに一杯。
その手でイフリーナとシェーラのおちょこにも『緑川』を注ぐ。
「まぁ、そうなんだけどよ」
「それを言ってしまうと元も子もないような」
不満げに杯に手を伸ばす二人。
唇を濡らした時、妙な笑い声が聞こえてくることに三人は気付いた。
その笑い声は…コタツで寝こけるクァウールから。
「イヒ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ〜〜〜〜〜」
「うぁ、なんだ、コイツ」
思わずのけぞるシェーラ。
「恐いですぅ!」
アフラに抱き付くイフリーナ。
「微妙に笑うとりますぇ。何ぞ良い夢でも見とるんやろか?」
「イヒ、イヒ、イヒヒ………」
三人は水の神官を見ないことにして、宴会を再開する。
もしもここに誠が居て、みんなで夢覗きマシーンでクァウールの夢を覗いたとしたら……
きっとその夢の内容に、我を失って泣き叫んでいたかもしれない。
世の中には知らなくても良いことだってあるようである。
了