一番強いヤツは?



 「炎の力こそが最強だぜ!」
 「何言うてまんの。最凶であっても、最強ではないどす。一番強いのはどこにでも普遍的に存在する風の力や」
 「へん,葉っぱを揺らすぐらいしかない風が最強だと? 笑わせやがる」
 「燃やすだけが能の炎が何言うんや」
 「んだとー」
 「ふん!」
 西の空は群青色。
 どこまでも果てしなく続くかに見えるその大地は腰までの高さの草が生えそろう大草原だ。
 秋も夕暮れ,そろそろ一番星も見え始めそうなその枯れ野の中で、二人の少女がお互い睨み合っていた。
 一人は真っ赤な髪の、見るからに勝ち気そうな女の子。年の頃はまだ12,3といったところであろうか。小さな全身から相手に噛付かんばかりの威勢に包まれている。
 そんな彼女に対するは黒髪の、やはり同い年と思われる少女だ。
 しかし赤い髪の子とは正反対のイメージを――すなわち、まるで大人を通り越して老人の如く落ち着いた雰囲気を有している。
 何事も達観したかのようなその目で、目の前の赤い髪の少女を見下すように睨んでいた。
 さて、この2人,知る者ならば知るだろう。
 赤い髪の少女の着衣が炎の見習い神官のものであり、黒い髪の彼女の方は風の見習い神官のそれであることを。
 神官関係にもっと詳しい者であればさらに気づくはずだ。
 少女達のそれぞれの右腕には、見習い用ではあるが『ランプ』と呼ばれる神器が嵌まっていることを。
 「こりゃあ、白黒はっきりさせるしか…」
 「ないようどすなぁ」
 二人の間に膨れ上がる殺気!
 涼しさを含んだ秋のそよ風が、二人の髪を撫でて行く。
 生まれた沈黙はやがて、二人の間で圧縮された殺気によって破られることとなる。
 キラリ,光る一番星。
 その瞬間、凝縮された殺気は破裂――すなわち!
 「「おぉぉぉぉりゃぁぁぁぁ!!!」」
 少女達の気合いを篭めた声が重なった。
 同時に繰り出されるは、炎と風の応酬!
 猛る炎は風を飲み込み、両手を広げた風は炎をその身の中に押しつぶす。
 暗い夜空に赤い炎の影が映り、さわやかな風の香りが焦げ臭くなる。
 人知を超えた力と力の攻めぎあいは、やがて………
 ゴゥ!!
 「あ」
 「げ」
 風に煽られた炎は勢いを増し、二人の周りに茂っている枯れ草に引火。
 その炎はさらに風によって勢いが増し、その力を強大なものにしていった。
 『それ』に気づいたのは、二人がすっかり取り囲まれた頃である。
 ゴォォォォォォォ!!
 広大な大草原は、猛る炎に包まれていた。
 「あち、あちぃぃ!!」
 「ごほごほごほっ!!」
 その真っ只中、炎の熱と煙とにむせ返る二人の神官見習い。
 「ヤバイぜ、こりゃ!」
 「逃げ場が…このままやと死んでまう」
 炎の大祭の中心で考える間もなく、二人の少女達は充満する煙によって意識を失い始め、その身に風に煽られた炎の魔の手が伸び……
 それは、唐突であった。
 ザァァァァァァァァァァ!!!
 草の燃える煙に覆われた、雨雲のない夜空からまるでバケツをひっくり返したような大雨が降り注いだのである。
 炎も風をも丸ごと飲み込んだ大雨は、全てをあっさりと洗い流してしまった。
 「助かった?」
 「何でぇ? この雨は??」
 真っ黒に焦げた草原のその中心で、ずぶ濡れになりながら首を傾げる二人。
 「バカな真似をして、早すぎる焼畑を作ったのはアナタ達ね」
 声は二人の後ろから。
 放たれる言葉は流麗だが、しかしその奥に潜む感情はうねる渦潮の様である。
 振り返る二人。
 この時初めて、この世に敵はいないと豪語していそうな少女達の表情に明らかな『脅え』の色が陰った。
 怒りを引きつる笑顔の奥に隠し、仁王立ちで二人を見下ろすは一人の女性。
 彼女の背後の風景が彼女自身の怒気によって、二人の少女には歪んで見えるほどだった。
 女性は己の右手の人差し指に嵌まった青い指輪に口付けしながら、死刑宣告のようにこぅ、言葉を放った。
 「覚悟は…いいわね?」
 「「ひぃぃぃぃぃ!!!!!」」
 満天の星空の下、この世のものとは思えない二つの悲鳴が轟いたという。


 後に同時に大神官の位に就いた炎と風の大神官・シェーラとアフラは、後輩の神官達への講演会にて、このような名言を口にしている。
 「風に炎に水,どれが強いかなんてねぇよ」
 「どれも一長一短どす。お互いの欠点を協力しながら補っていくと、とても強い力になる,それは覚えておいて良いやもしれへん」
 「でも一番強いのは、結局のところは炎だとか、そんなもんじゃねぇんだ」
 「個人の力…おますなぁ」
 しみじみと二人が語る間、水の大神官・ミーズがくしゃみをしたかどうかは定かではない。



終わり...