風の中のメイドさん



 まどろみの中、そっと毛布越しに肩が揺すぶられる。
 「…ださ………、……様」
 何か遠いところで声が聞こえた気がした。
 それはきっと気のせい。
 僕は頭から毛布をかぶって、僅かに差し込んで来る朝日から逃げた。
 「起きて………い、御……様」
 今度はやや強く、毛布の上から体を揺すられる。
 僕の意識が、まどろみの海の中から頭をもたげてくる。
 「起きてください、御主人様」
 はっきりと聞こえたその声は、感情のない女性のもの。
 毛布越しに遠慮がちに添えられた細く長めの指は、僕の良く知る人のもの。
 「ん……」
 毛布から顔を出して上体を起こし、重たい瞼を開く。
 「おはようございます、御主人様」
 スッとベットから1mほど離れた彼女は、抑揚のない声と同様に無表情で、僕にそう言って頭を下げた。
 僕は彼女を見る。
 一秒
 白を前面に、黒を基調としたロシュタリア王室御用達のメイド服を着こんだ女性。
 二秒
 無彩色の中の唯一の肌色は、前に組まれた両手と黒髪の中に覗く端整な顔立ちのみ。
 三秒
 普段以上に表情のない、その彼女の名は……
 「……!? アフラさん?!?!」
 ズササッと僕は毛布を手繰り寄せてベットの反対側へ!
 何故?
 何故、風の大神官ともあろうアフラさんがメイドな服を着て僕の寝室に?!?!
 僕の驚きとは正反対に、アフラさんは一歩、足を前に踏み出した。
 「まだお目覚めになられないのですか? ストレルバウ博士との打ち合わせまで、余りお時間もありませんが」
 『ここ』にいることが、まるでごく当然かのように告げるアフラさん。
 僕はぺちん、己の額を叩いてこの状況を分析する。
 ……さっぱり分からない。
 「え、えと……」
 「いかが致しました、御主人様?」
 僕の何と言ったら分からない顔を見て、彼女は表情のないまま首を捻った。
 そして、
 「……失礼」
 ぎしっ
 アフラさんはベットに片膝を乗せ、僕の額に右の手のひらを重ねる。
 衣擦れの音と共に舞い来るは、彼女を包む草原の香り。
 同時、ひんやりとした彼女の手の触感に、徐々に『昨日』の出来事が思い出されていった。
 「あ……」
 「熱は、ないようですね」
 身を引いて、再び直立体勢に戻るアフラさん。
 「いつまでも寝ていられては困ります。いい加減に……」
 言って毛布を掴む彼女。
 「お、起きます。起きるから……その、部屋を出ててくれませんか?」
 毛布に包まりながら言う僕に、メイドに『なってしまっている』アフラさんは……手にした毛布を問答無用で剥ぎ取った!
 「んな!?」
 奪い返そうとするが、もう遅い。
 「いつまでも包まっていては起きられま…せん…よ?」
 無表情だった彼女の頬は、毛布を剥がれた僕を見た瞬間に朱に染まって行った。
 「あ…」
 「……早くお着替えになってくださいませ」
 ペコリ、小さく一礼すると彼女は逃げる様にして部屋の扉まで身を引いた。
 後ろ手に扉を開け、アフラさんは俯き気味に小声で一言。
 「誠はんのえっち……」
 バタン
 扉は閉まる。
 「がーー! どうしてこないなことになってしもうたんやろーー!!」
 残された僕は寝室で一人、恥ずかしさに頭を抱えるだけだった。
 ……なんでアフラさんが逃げる様にして出て行ったのか分からないという、主に女の子は、お父さんかお兄さんか弟に訊いてみるとええ。
 でもその後どうなっても、僕は何の保証もせんけど、な。


 ―――全ての発端は、昨日の事。
 僕――水原 誠はかなり遅くなった晩御飯を摂りに城下の東雲食堂に足を伸ばしとった。
 東雲食堂には主人である菜々美ちゃん以外にもう一人の姿があった。
 それは風の大神官であるアフラさん。
 何かの用でフリスタリカに足を運んでいたのであろう彼女は、菜々美ちゃんとサュイガというボードゲームで勝負しとった。
 これは僕の世界で言うところの将棋とチェスの混ぜたようなもので、エルハザードの娯楽の一つ。
 なんでも菜々美ちゃんは東雲食堂のお昼ごはん一週間分のただ券を、アフラさんは一日ウェイトレスを賭けての勝負やった。
 勝負は終盤……アフラさんの勝利に終わる、その直前。
 菜々美ちゃんは僕の姿を見て、嬉しそうに肩に手を置いてこう言った。
 「晩御飯作ってあげるから、その間ちょっと代わっててね♪」
 「えぇ?!」
 アフラさんを見る。
 「別に……今更、どうになるもんでもなし」
 「…ほな、菜々美ちゃん。恨まんといてや」
 かなり形勢不利な状態で、僕は御飯食べたさに代打ちをしたんやった―――


 「チェックメイトや、アフラさん」
 「アホな……」
 呆然とするアフラは、気を取り直してボード上の駒を凝視する。
 しかしどこをどう見ても、彼女の王の駒に逃げ道はない。
 唸るアフラを、誠は困った顔で見つめていた。本来なら誠の手数がいくらもしない内にアフラが積んでいたはずだったが、どこかで彼女はミスを犯した。
 あれよあれよという具合に、誠は勢力を盛り返して彼女の駒を追い込んだのだ。
 「すごーい、まこっちゃん。はい、A定食ね」
 「ありがと、菜々美ちゃん」
 板の前から離れて、遅めの食事を摂り始める誠。
 「じゃ、アフラさん。明日はウェイトレスのお手伝い、ヨロシクね♪」
 「「ちょっと待ったーー!!」」
 菜々美の言葉を遮るのは、店外からの二つの声。
 「だ、誰なの?」
 菜々美の誰何の声に、窓が唐突に開いて二人の女性が貞子のように、にゅにゅにゅっと侵入してくる。
 唖然とする三人の前で、その二人は悠然と立ちあがった。
 「誰なの? と訊かれたら…」
 長い黒髪をバサリ、掻き上げて彼女。
 「答えてあげるが世の情け」
 スタタン、その黒髪の女性を敬うようなポージングをするポニーテールの少女。
 「世界の美女を守る為」
 キラリン、黒髪の女の白い歯が光る。
 「世界の美少女を救う為」
 チュ,投げキッスをかますポニーテールの娘。
 「愛と愛撫の限りを尽くす」
 いつの間にやら黒髪の方には、口に赤い薔薇。
 「ラブリー&チャーミーな愛の使徒」
 己の発達途上の胸を両手で覆い隠す様にもう一人。
 「ファトラ!」
 叫ぶ黒髪。
 「アレーレ!」
 続くポニーテール。
 「理性よりも本能が先の我等二人には」
 ファトラはどこからさ扇子を取り出してパタパタはたく。
 「美少女ハーレム,ピンク色の明日が待っていますー♪」
 その扇に目掛けて紙ふぶきを散らせるアレーレだった。
 「はいはい、派手な演出ありがと。で、何よ?」
 憮然と問う菜々美に、ファトラはチッチと舌を鳴らして、口の前で人差し指を横に振った。
 「菜々美、勝ったのは誠であって、菜々美,お主ではない」
 「そんなことないでしょー、私の代わりに…」
 「だって菜々美お姉様、きっと負けたら誠様が負けたんだからタダ券は誠様から貰って、っておっしゃるつもりだったんでしょー?」
 「うっ! そ、そんなことあるわけないじゃないのー」
 ばんばん机を叩きながら反論する菜々美の表情を見て、残る三人はアレーレの言葉の正確さを思い知った、
 「そんな訳でじゃ! アフラの賭けた分は菜々美ではなく誠にするべきであろう?」
 「確かにファトラはんの言うてることには一理、ありますな」
 アフラはううむと唸る。
 「いや、ファトラさん。別に僕は助手なんか必要ありませんし」
 「何を言っておるかー、誠ぉぉ!!」ファトラは一喝。
 ビクッと誠はともかく、アフラまでもが震える。
 「勝負の世界は厳格じゃ。勝者は素直に敗者を敗者として扱う事こそが、もっとも敗者を傷つけない事なのじゃぞ」
 「「はぁ??」」
 分かったような、分からないような誠とアフラだ。
 「それにな、助手ではない。ウェイトレスと同条件なのならば、やはりメイドであろうがっ!!」
 「「め、メイド?!」」
 唖然とする二人にアレーレが畳み掛ける。
 「そうです、メイドです。アフラ様は勝負の契約通り、明日は誠様の一日メイドとして付いて頂きます」どさくさに紛れて命令形だったりする。
 「ちょ、いくらなんでも、ウチがそないなこと……」
 「ほほぅ、風の大神官殿は約束を反故にするおつもりか?」
 「違いますわ、ファトラ様。アフラ様はメイドなんてお仕事、出来ないのですよ」
 「これこれ、アレーレ。何事も万能な風の大神官殿に『できない』なんて言葉は失礼であろう?」
 「あ、そうですよね。アフラ様がメイドのお仕事を『できない』なんて言っちゃダメですよね。でも……アフラ様って案外……フフフ」
 「思っていても口に出してはいかんぞ、手先が不器用などと……クククッ」
 ひそひそとファトラとアレーレは話し合い、そしてアフラをチラリと見やって含み笑い。
 「あ、あの、アフラさん?」
 誠はつい、アフラの後ろ姿が怒りに燃えているような気がして声をかけるが……
 「フッフッフッ……。そう、そない見たかったらウチが完璧なメイドというものを見せてあげますぇ!」
 「では、早速準備じゃ!」
 「はい、ファトラ様! さぁさぁ、アフラ様,メイド服をあつらえますからお城までご同行下さいませ」
 去って行く三人の背中を見送って、誠は定食をつまむ。
 それはすっかり冷めてしまっていた。


 ―――そないなことになってたんやな、昨夜は」
 誠ははぁ、と本日何度目家の溜息。
 ”なんでいつも僕のトコにはこないな面倒事が舞い込んでくるんやろ?”
 城の中庭に建てられた研究室の、2階にある寝室から1階のロビーへと降りながら、誠は朝のアフラの姿を思い出した。
 ”今まで見たことのあるロシュタリア城のメイドさんの中で、一番似おうとったなぁ”
 思ってぶんぶん頭を横に振る。
 ”これでは、こんなんではストレルバウ博士の二の轍を踏んでしまうやないか!”
 何よりこんな事をもしも口にしたら、アフラに一生白い目で見られること間違いなしである。
 女装好きの変態さんの称号に加えて、コスプレ好きの称号までも受けてしまったら、きっとイフリータは泣くだろう,いや泣く、小一時間泣く。
 「うん、帰ってもらおう。ちゃんと言えばアフラさんだって分かってくれるはず。絶対、ファトラさんの口にのってもうてるだけやし!!」
 自らにファイト!と元気付けて、誠はロビーへ。
 真っ直ぐな朝日が差し込むそこは、いつもとは別次元だった。
 たった一輪の花が咲いただけで。
 テーブルの上で湯気立つ朝食があるだけで。
 「おはようございます、御主人様。朝食が出来ております」
 「あ……は、はい」
 立ち位置の関係で逆光になってしまっているアフラに、何故か敬語で答えてしまう誠。
 彼は呆然としたまま席に就く。
 同時にアフラは後ろに回りこみ、カップにお茶を注ぐ。
 えも言えぬ芳しい香りが誠の鼻腔を刺激した。
 「い、いただきます」
 そして、発せられるはカチャカチャと誠の鳴らす食器の音だけ。
 アフラは相変わらず無言・無表情のまま誠からは遠くも近くもないところに直立不動の体勢だ。
 ”なにか…何かしゃべらんと”
 空気の重さに誠は耐え切れなかった。そして何か話題はないか…彼は思ったことを口にする。
 「いやぁ、アフラさんは何を着ても似合いますね」
 ピクリ、アフラの肩が僅かにヒクついた。
 ”はぅあ! 墓穴を掘ってしもうたぁぁ〜〜〜”
 自らの言葉を反芻し、その重大さを愚かにも知ってしまう。
 風の大神官に対してメイド服が似合う――など言って、喜ぶ訳がない。
 むしろストレルバウ二世の烙印を押されかねない!
 誠は恐る恐る、朝日の逆光で眩しいアフラの顔色を伺う……
 ”あれ?”
 アフラの表情は穏やかだった。先程までの無表情ではない,柔らかな、どこか嬉しそうな微笑みが……
 アフラは誠の視線に気付くと元の無表情に戻る。
 誠もまた、慌てて視線をテーブルの上に戻して食事を続けた。
 程なくして、誠は席を立つ。
 そんな彼の行動を察知して、早くもアフラの手には誠の上着が用意されていた。
 「ほな、行ってきます。夕方頃には戻るから」
 「行ってらっしゃいませ」
 アフラは深々とお辞儀。誠を城の中へ消えるまで、研究所の玄関先で見送ったのだった。


 昼下がり。
 ストレルバウと彼の門下生を交えての議論を一段落させた誠の元に、中性的な彼と同じ容貌を持った女性が姿を現した。
 「あ、ファトラさん」
 「で、どうじゃ? 朝は萌えたかの?」
 「な、何言ってるんですかー!」
 「なんじゃ? 気に入らんか?? わらわですら決して体験できないコトを貴様はしておるのだぞ?」
 「……そうかもしれへんけど、僕はそんな…」
 「ならばわらわと代わるか?」
 「ダメです」
 きっぱりと誠は断わる。そんな彼にファトラはニヤリ、微笑み背を向けた。
 「そうそう、アフラには昨年、10万部の売上を記録した『正しいメイド道』という本を持たせたからな。しっかりやっておるだろ?」
 「なんです? それ??」
 「文字通りメイドの模範を記した名作じゃ」
 「これまた面妖な本を……」
 「では、夜を楽しみに、な」
 ニヤリ、そんな微笑みを残して王女は彼の前から姿を消したのだった。


 夕日が空を真っ赤に染める頃――
 誠は研究室に戻ってきた。
 玄関を開けると、あきらかにそこは今まで希薄だった生活感というパラメーターが急上昇していた。
 「うっ……」誠は絶句。驚きに声が出ない。
 部屋が綺麗に整理されている。
 机の上に乱雑に広げられて放置されていた書物は本棚にまとめられ、ノートはファイリング,ごみは片付けられて、床も拭き掃除がされたのだろう,きれいになっていた。
 そして普段は使う事のない炊事場からは、ここでは嗅いだ事のない料理の香りが漂ってくる。
 「この建物、こんなに広かったんやなぁ…」
 呟きながら誠はロビーに出る。
 夕日も差し込むそこには、テーブルに突っ伏して穏やかな寝息を立てるメイドが一人。
 「ただいま、アフラさん」
 小声で呟き、誠は上着を脱いで彼女の細い肩に掛けてやる。
 「ん…」
 拍子にアフラの寝息が中断、が、すぐに元通り規則正しく戻った。
 「ありがとな」
 誠は彼女の目に入りそうな前髪を、そっと手で除ける。
 そこには、どんな優れた造形師であっても創り出せない風の女神の寝顔が、あった。
 開きそうで開かない瞳と、白い頬。僅かに朱に染まる小さな唇。そして一つの泣きボクロ……が動く。
 瞳が、開いた。
 焦点の合わない、僅かに潤んだ瞳には誠が映る。
 「はっ!」
 身を起こすアフラ。
 きょろきょろと周りを見まわし、目の前の誠に視線が止まる。
 「あれ? 誠はん??」
 「おはよう、アフラさん」
 「あ……え??」
 一瞬、何が何だか分からないといった風な彼女は次の瞬間、現状を瞬時に把握。
 「ごめんなさい、つい居眠りをしてしまいました」
 取り乱すことなく立ち上がり、誠に頭を下げる誠。
 「ええって,この研究所を大掃除してくれたんや、そら疲れるわ。夕飯の支度は僕がやっとくさかい、休んどきな」
 笑って誠は小さな厨房へと向う、が。
 「そのような事をさせる訳にはまいりません!」
 ぐっとその二の腕を掴むアフラ。そのあまりの声の大きさに誠は驚き、首を傾げた。
 同時、アフラは慌てて誠の腕を放す。
 そして……顔を上げたアフラの表情は、誠の知るアフラとしての顔があった。
 「ごめんな、誠はん。気持ちは嬉しいどすが、『メイドくらいできる』と言った手前、全部自分でやらんとあかんのや」
 「アフラさん…」
 苦笑する誠。しかし次の瞬間にはアフラの顔は朝からの無表情なものに戻った。
 「御主人様は部屋で研究の続きを。お食事とお風呂はどちらをお先にご所望ですか?」
 「えと、ほな食事を先に」
 「分かりました、準備が出来ましたらお呼び致します」
 一礼し、パタパタと厨房の方へと消えて行った。


 暮れ行く夕日をその身に受けながら、研究室の窓の外で伸びる影に誠は気が付いた。
 「アフラさん……そか、洗濯物取り込んどるのか」
 手にしたフラスコを実験台の上に置いて、ふとその様子に見入る。
 乾いた白いシーツが夕時の風になびき、その間で両手いっぱいに洗濯物を抱きかかえるアフラ。
 その横顔に誠はいつも見る彼女とは異なる印象を受けた。
 ”なんやろう? ずっと昔に見た事があるような…”
 穏やかな横顔の風の大神官は洗濯物を抱えたまま、空を見上げる。
 その先には輝く一番星。
 彼女の前髪を風が撫でて行く。
 ”ああ、そうや”
 誠はその光景がかつての日常で見たシーンとそっくりなことを思いだし、同時に内心否定する。
 ”僕より歳下のアフラさんが、母さんと同じに見える訳ないやろ、まったく”


 やはりそれは気の迷いだったらしい。
 菜々美の料理にも負けない、アフラのロシュタリア料理に舌鼓を打って誠は、研究所の隅に設置されているお風呂に。
 そこでのことだった―――
 ガラリ
 扉が唐突に開き、
 「お背中をお流し致します」
 「うわぁぁぁ!!!」
 背後の気配の正体を感知し、彼は湯船に飛びこんだ。
 「そんな事せんでええって! アフラさん!!」
 タスキで両袖を二の腕まで上げ、スカートをたくし上げたアフラが首を傾げる。
 湯煙の中、彼女の白い手に握られているのは何故かタワシだったが。
 「でもこの本には御主人様の背中を流して上げる事こそ、メイドの一日の仕事の最難関だって書いてあります」
 「本?」それに最難関というのが謎だが……
 「はい」
 言ってアフラさんが懐から取り出したのは手帳サイズの本だった。
 題名は『正しいメイド道』である。
 「ベストセラーにまでなった本ですし…」
 「全部鵜呑みにせんといてやー!」
 「「ちょっと待ったーー!」」
 ざばぁ!
 「のわわっ!!」
 誠の浸かっていた湯船の中から新たな影が二つ!
 ぎょっと誠とアフラは珍入者を見つめた。
 「いいのですか、誠様? アフラ様に背中を流して貰えるなんて、金輪際決してありませんよっ!」
 シュノーケルを咥えたアレーレが誠に詰め寄る。
 対しもう一人の潜伏者・ファトラはアフラにビッと指差す。
 「なっとらんではないか、アフラよ! この場合の服装はタオル一枚か、裸エプロンだとわらわの著作には書いてあろう!!」
 うっと声を詰まらせてアフラはたじろぐ。
 「さすがにその格好は……誠はんの前では………って、なんやて?」
 言葉の後半に気付き、訝しげにアフラ。
 それに誠もまたジロリとファトラを見つめる。
 「ファトラさん、言いましたね。わらわの著作って?」
 ジト目で誠とアフラはファトラを見つめる。
 「あ、いや、しかし売れたのは事実じゃぞ。その手の連中に」
 「ですよねー」
 ファトラとアレーレは冷や汗を掻きながら狭い湯船の中に。
 「「こらーー!!」」
 二人の怒声を聞きながら、どういうルートかは分からないが湯船の中に姿を消したのだった―――


 夜半―――
 「ともあれ、一日ご苦労様、アフラさん。ありがとな」
 深深と頭を下げる誠に、しかしアフラは表情を崩さない。
 「いえ、メイドのお仕事は御主人様が床に就かれるまでです」
 「……結構律儀やねぇ」
 「ファトラ姫が書かれたものとは言え、売れているのは間違い様ですから」言って彼女は『正しいメイド道』を懐から取り出す。
 ”ちょっと待て”
 と、誠はふと思い当たる。
 ”ファトラはんが書いてモノってことは……やっぱりとんでもないことが書いてあって、それが原因で売れたんやかなろうか?”
 「あの、アフラさん? その本、ちょっと見せてもらえません?」
 不意に気になって彼は彼女に問う。しかしアフラは無表情のまま逆に問い返した。
 「……御主人様は『この本に書かれていること』を望みますか?」
 さらりと、それでいて感情もなく言い放つ。
 「だ、だから何が書いてあるんや??」
 「ご所望ならば、私はこの本に書かれている通りに御主人様にご奉仕させていただく準備はございます」
 きっちり、沈黙が10秒。
 ボーンボーン♪
 時計が日付の変更を知らせる。
 「冗談どすぇ。そういうことはイフリータにしてもろうてな」
 いつもの風の神官の顔に戻ってアフラは意地悪く笑った。
 「ちょ、そういうことってなんですかー!」
 「ウチの口から言わせるなんて、誠はんも大胆になりましたなー」
 「あのねぇ………」
 そこにはメイドではなく、困った顔の誠を心底楽しむ、風の大神官アフラ=マーンの姿があった。


 ロシュタリアの城下町も静かになりかけている夜半。
 僕はまだ明かりの灯っている東雲食堂に辿りついた。
 「菜々美ちゃん、ありあわせで晩御飯作ってくれへん?」
 「あ、いらっしゃい、まこっちゃん」
 いつもの微笑みで振り返る菜々美ちゃん。
 彼女は客席について、もう一人の少女と何かをやっていたようだ。
 「それじゃ、まこっちゃん。私の代わりにシェーラの相手してあげて」
 「え?」
 「よっ、誠!」
 そこには………サュイガで菜々美ちゃんと勝負していたシェーラさんの姿があった。
 もちろん、何かを賭けているのはいうまでもない―――



おわる?