僕に届く君の声
「そりゃあ、楽しいからっしょ」
コーヒーカップをテーブルに戻し、嬉しそうにそう言った。
深い藍の瞳の奥に果てのない好奇心を秘め、彼女は屈託のない笑みを浮かべて答える。
「旅は見たことのないものを見せてくれるし、知らなかった人と友達にもなれる」
彼女は目を輝かせて嬉しそうにそこまで一気に話すと、何を思ったか僕に疑問の視線をぶつけた。
「じゃ、誠はどうして研究なんかするの?」
不思議そうな、それでいて試すようなものが言葉尻りに伺る。
「おもしろいやないか、分からへんかった事が分かるし、新しい発見があるかも知れへん。何より研究の先に何があるのか,そんな未知な所に惹かれるから、僕達のような『研究者』がいるんや」
「なぁんだ」彼女は笑って僕に言う。
「?」
「分かってるんじゃない。誠は」
「どう言う事や?」疑問。
「私と同じ、って事っしょ!」
「??」言葉が、意味が僕の中では繋がらない。
「旅の先には何があるか分からない。この道の先には何があるんだろう?」
彼女は立ち上がり、外の見える研究室の窓べりに腰掛け、呪文を唱える様にしてそう言う。
「ひょっとしたら、誠の言うようにすごく危険なものが待っているかもしれない。でも何ものにも変えられない大切なものが、その先には待っているかもしれない」
彼女の見つめる先には研究室の外に広がるフリスタリカの街が伺える。
だがその藍の瞳の先に見えているものはそんな町並みではない。
「そんな、誠の研究と同じような分からないモノ,未知なモノを知りたいから、私は旅をするのよ」
彼女はそんな微笑みと言葉を、僕に送る。
「…そっか」
気付く。
彼女の言葉は、いつも僕の心の奥に届く。
その理由にようやく気付いた。
だって彼女も、方法は違えど僕と同じ、未知を求める探索者なのだから。
「でも、ちょっとだけ違うっしょ」
「?」
「私の行きつく先は、道が続く限り終わりがないの。だからずっとずっと、見えない何かを追って行けるじゃない」
遠い瞳。
それを見つめる僕の中に一抹の寂しさが、よぎる。
「イシエルさんにとっては、僕は通過点の一つなんやね」
ふと口を突いて出た言葉。
自分で言ってしまってから、禁句であると知る。
「?」
驚いた風にイシエルさん。僕は苦笑して誤魔化した。
「通過点…かぁ」
呟く彼女。その視線はゆっくりと僕に向く。
「…なら,誠を私の旅の終着駅にして、良い?」
「え?!」
コーヒーカップを口元に近づける僕の手が、止まる。
「誠が私と一緒に居てくれるんだったら、私は旅も大神官も辞めて、誠と一緒にずっとここにいるわ」
「イ、イシエル,さん?」
イシエルさんの瞳に戸惑う僕の姿だけが映っていた。
あらゆる物を映して来たその二つの宝石には、今は僕しか映っていない。
「…冗談っしょ! な〜にを鳩が豆鉄砲食らったような顔してるの」
バシバシ,僕の背を景気良く引っ叩く彼女。
「あだだ!! お茶がこぼれるやないかぁ」
僕は慌ててカップをテーブルに戻した。
僕とイシエルさん、それぞれの求めるモノ。
方法は違うけど、行きつく先にあるものは同じ物のような気がする。
例えそれが違っていたとしても、行き着く途中で何度も僕等の道は交わっていくのだろう。
その度に僕達は、お互いの声を相手の心まで届け合うに違いない。
彼女の横顔を見つめて、僕はその先に覗く研究室の窓の外,フリスタリカの街並みのさらに先をいつしか眺めていた。
The road is never ending ...
この作品はおださがさんのHPへ30000Hit記念としてお送りしたものです