ルーンの苦悩
ルーンは学術顧問ストレルバウの前で苦悩していた。
ストレルバウもまた、彼女の抱えている問題を前に、彼の全身全霊を持っていた助言を出しつづけている。
そう、ルーンはエルハザードの盟主・ロシュタリアの国家元首なのだ。
すなわち彼女の抱えている問題とはロシュタリアの問題――国の問題と言って良いだろう。
そしてそんなルーンを助ける為に存在するのが、文では学術顧問たるストレルバウであり、武では近侍長ロンズなのである。
「ストレルバウ,やはりファトラを更迭したのは間違いだったのでしょうか?」
はぁ、と重い溜息を漏らしてルーンは沈痛な面持ちで正面の老賢者に問う。
「ファトラ様は陛下と人気を二分されるお方。確かに更迭することは支持率を低下させることになるでしょうな」
「やっぱりそうですよねぇ」
「しかし余りにも不祥事が多すぎるのも事実。先日などはご担当であった隣国グランディエの外務官との会談に3刻も遅刻するという不始末。たしか指輪をなくされて探していたとか…」
「ストレルバウ!」
「は、はっ!?」
突然のルーンの一喝に老賢者はビックリして飛びあがった。
「指輪ではありません,指にはめる装飾品ですわ」
何故か辺りをキョロキョロ見まわして言葉を訂正させるルーン。
「?? それを指輪というのでは?」
「ストレルバウッ!」
「も、申し訳御座いませぬ……ごほん。ええと、しかしファトラ様はルーン様の苦手な特定の国々にはご好評のようで」
「そうなのですよね。ちょっと閉鎖的で気難しい国に好かれているなんて……やはりファトラのお父上のご影響かしら?」
「ル、ルーン様。ちょっと具体的過ぎるかと」
「あ、あらあらあら、私としたことが。とりあえずファトラの件は如何致しましょう?」
「ファトラ様の事で御座いますれば、ルーン様に反旗を翻すことは御座いませぬ。時々、誠殿を用いる様にして、今まで以上に協力態勢を維持して行くのがご賢明かと」
彼の言葉にルーンは深く頷く。
「ではその様に致しましょう。次は今、巷で流行り出した病の件ですの」
「ああ、家畜の脳に異常が起きて死に至らしめるというアレですな」
難しそうな顔をしてストレルバウは続ける。
「家畜用の餌として輸入したニクコッ○ンが…」
「ストレルバウ、ストップ!」
「はっ,も、申し訳御座いませぬ!!」
慌てて口をつぐむストレルバウ。二人は誰もいないはずなのにあたりを見回して……ホッと肩をなでおろす。
「それでどうなんでしょう? あの家畜の病は人にはうつるのでしょうか?」
「とてもとても低い確率ではありますが、うつるといわれております」
「そう、困ったわね,お肉がうまく売れなくなってしまいますわ」
「その件なのですが……」
非常に困った顔のストレルバウは、ルーンに囁くように告げた。
「実は先日より対策として、肉を隣国であるエランディアより仕入れ、現在の市場に出まわっている肉を国家が回収する国策が取られているではありませぬか」
「ええ。何か問題でも起こったの?」
「はい。ロシュタリア産の肉は国外産よりも高いものです。当方の買い取り金額もやはり高く設定していたのですが……」
老賢者は歯切れ悪く続ける。
「実は菜々美殿が、国外産の安い肉を仕入れ、それを国産と偽って返却しておるのです」
「……本当ですか、それは?」
「はい。そこで内密に調査を行ったところ、菜々美殿はこれまでの肉の販売で、表示ラベルもかなり改ざんしていたことが発覚したのです」
ルーンとストレルバウは顔を合わせる。
菜々美はフリスタリカ王宮御用達の商人でもある,こんなことが世間にバレでもしたら、菜々美はともかくルーン達王族の威厳にもかかわってくる。
「困ったことをしてくれるわねぇ、菜々美さまは」
穏やかな顔をしているが、実は目が恐ろしく冷たいルーンだった。
「…仕方がありませんわ,いつもの様に闇に葬っておいてください」
「はっ」
頷くストレルバウを、ルーンは冷たい目のまま見つめていた。
それに彼は気付き、恐る恐る問う。
「あの…如何なされました?」
「ストレルバウ、貴方にも困ったものですわ」
「??」
「身に覚えは……あるでしょう?」
ビクリとストレルバウは硬直する。ルーンはゆっくりと、続きの言葉を紡いで行く。
「貴方に盗撮……でしたっけ? そんな趣味があるのは私も知っておりました」
「あの、あれは、そのっ!」
「しかしあろうことか会社員男性の浴室を覗いた上に、その方に捕まってしまうというのは……とても問題だと思いますの」
「………申し訳ありませぬ! ホンの、ホンの出来心でっ!」
「それとロンズが貴方に忠告を、と」
「……何と?」
「白い粉は止めた方がイイ,もう申しておりましたわ」
がっくりうなだれる老人を背に、ルーンは立ち上がって執務室に戻る。
後に、色々な不祥事の責任が何故か学術顧問一人に押し付けられて、しばらくストレルバウの顔を見る者がいなくなったというのは……この件とは余り関係ない,とも言えなくない。
おわれ