×12



 「ご主人様ご主人様ぁ〜〜」
 ばたばたばた
 と、ここバグロムの王宮に慌しく駆け込んできたのは黒髪の女の子だ。
 大きな飾りのついた杖を持つ、その少女こそは恐れ多くも先エルハザード文明の忘れ形見・破壊の鬼神イフリーナである。
 「手に入れましたよ、ご主人様っ!」
 「………なんだ、騒がしいぞ、イフリーナ?」
 「何を手に入れたのじゃ?」
 広く豪華な王宮の片隅で、何故かちゃぶ台を囲んでお茶をすすっているのは二人の男女。
 バグロムの女王・ディーバと、悪を人の形にしたと噂される男・陣内克彦だ。
 「えへへ〜〜、ご主人様達、前にお仲間を増やしたいっておっしゃってましたよね?」
 ぺたこん、とちゃぶ台の前に座ってイフリーナは微笑む。
 そんな彼女にディーバが慣れた手つきで、イフリーナ専用と書かれた湯呑みにお茶を注いでいた。
 「うむ。何か良い道具が見つかったとでも言うのか?」
 「はぃ! 誠さんのところから貰ってきました」
 途端、陣内の額に皺が寄った。
 「どうせロクなものじゃないだろう?」
 「そんなことないですよー」
 「というか、イフリーナ! また誠のところに我らの情報を漏らしに行きおったな!」
 「まぁまぁ陣内殿」
 ディーバにたしなめられ、仕方なしに座り直す陣内。
 対するイフリーナはいつものことなのだろう、特に落ち込みもせずに呑気にお茶をすすっていた。
 「で、イフリーナ。そなたは何を手に入れてきたのじゃ?」
 「えへへ、これですぅ」
 ちゃぶ台の上にこつんと鬼神が置いたのは小さな種だ。
 しかし普通の種ではない。大きさが野球のボールほどある、半透明の種だった。
 「何だ、これは?」
 「ほぅ、これがロシュタリアで流行しているという『ばいあぐら』というものじゃな?」
 途端、陣内がずざざっ!と思いきり後ろへ引いた。
 「違いますよぉ、これはですねぇ……」
 イフリーナはつかつかと陣内へと歩み寄り、
 ぷつん
 「痛っ」
 「ごめんなさい、ご主人様。髪の毛一本貰いますね」
 「「??」」
 首を傾げる陣内とディーバの前でどこから取り出したのか,イフリーナは土の入った植木蜂と水の入ったぞうさんジョーロを脇に用意する。
 「じゃ、始めますね」
 イフリーナは植木蜂に陣内の髪の毛と種を埋め、そして水をかける。
 「3分待ちまーす♪」
 ずずず………
 3人のお茶を啜る音だけが広いバグロム城にしばらく響いていた。
 3分後――
 「「おおっ!?」」
 植木蜂から、ぽん!と目が弾けて出た。
 そして急速に、まさに音を立ててニョロニョロと木が伸び始める!!
 「これはですね、植えた人の髪の毛から……ええと、DNAをコピーして……なんだっけ?」
 ニョロニョロ………
 やがて木は城の天井にまで達する。
 「あ、そうそう、髪の毛の持ち主の12人生み出すんですよ〜〜♪」
 「「はぃ?!?!?!」」
 陣内とディーバが素っ頓狂な声をあげたのと同時だった。
 木は12個の大きな木の実をつけ、そしてそれがはぜ割れた!
 中から生み出されたのは………
 「う〜ん、やっと出られたわ〜〜」
 「さぁて、商売商売!!」
 「あら、このちゃぶ台なんてアンティークの達人に高く売りつけられそうじゃない」
 「お弁当如何ですかぁ?」
 「まこっちゃ〜ん、どこ〜〜??」
 etcetc.....
 なんと12人の陣内 菜々美が出現したではないか!!
 「あ、お兄ちゃん! また悪い事たくらんでるんでしょーー!」
 「そんなんだから生徒会会長をリコールされるのよ」
 「あ、カツオくん、おひさ〜〜」
 「ディーバさん、皺増えたんじゃないの?」
 「イフリーナ。いつまでもこんな馬鹿アニキの近くにいちゃだめよ」
 「馬鹿がうつるからね」
 「そろそろ私、帰るわ」
 「お土産貰ってくね、お兄ちゃん」
 「あ、これなんか素敵じゃない?」
 「こっちには食料庫があるわよ」
 「コンテナももーらい!」
 「これはロシュタリアで高く売れるわよぉ〜」
 嵐だった。
 まるで、唐突に静かだったバグロム城が卸売市場に化したかのようだった。
 陣内とディーバが唖然としている間に、
 12人の菜々美は何もかもを持ち去って消え去っていた。
 「………っは! 何だ何だ? 今のは?!」
 「まるでトルネコが戦闘中に仲間の商人を呼んだような感じじゃったのぅ」
 「ってか、なんでドラクエネタかな、ディーバよ??」
 「ねー、すごかったでしょ? ご主人様」
 ニコニコ微笑むイフリーナをジロリ、陣内は睨み付け、そして……
 「ああ、びっくりした。素直にそう言ってやろう、イフリーナ」
 こめかみ辺りをピクピク痙攣させながら、陣内は不敵な笑みを浮かべている。
 「やったぁ、誉められたぁ!」
 「誉めとらんわぁ、このポンコツがぁぁーーー!
 がっしゃーん!
 窓を突き破って、鉢に収まった怪しい木はバグロム城から放り出され、放物線を描いて聖大河の流れの中へと消えていったのだった。


 後にどういった経路かこの種がルーンの元へと渡り、12人のファトラが生み出されてエルハザード全土と一青年の貞操を未曾有の危機に落とすのではあるが、それはまた別のお話である。


おわり