小さな恋のメロディ


 フライパンの上に広がる溶き卵。
 やがて香ばしい香りが立ち上る頃、フライパンが上下に動く。
 溶き卵の膜は宙に翻り、反転,フライパンに見事着地。
 そしてそれは、さい箸で巻き上げられ、見事な卵焼きに仕上がった。
 東雲食堂の厨房にて。
 彼女,陣内菜々美は店の業務を、たまたま捕まえたクァウール他一名に任せ、鼻唄交じりに料理を作っていた。
 それは彼女のいつも作る、「商品」ではない。
 「久しぶりだなぁ,こうしてお弁当作るの…」
 前に作ったのはいつだったか,実際はほんの一週間前のことなのだが、菜々美には随分前のことのように感じた。
 「まこっちゃん,なんだかんだ言って、ちゃんと残さず食べてくれるものね」微笑みながら、菜々美は出来上がったものをバスケットに詰めていく。
 と、その手を止める。
 「…私がちゃんと栄養の管理してあげなくちゃ、まこっちゃん,干からびちゃうわよ」
 彼は脇目もふらずに、今頃研究に没頭しているのだろう。
 厨房の小さな窓から覗けるロシュタリア城を眺め、彼女は物思いに耽る…・



 誠の私室兼研究室。足の踏み場もないその部屋のベットに、誠と菜々美が腰かけていた。
 「やっぱり菜々美ちゃんの料理は最高やなぁ」弁当をきれいに平らげた誠は、満足そうにそう感想。
 「へへへ〜,ありがと,はい、お茶。熱いから気を付けてね」
 「おおきに」
 ズズズ…お茶をすする誠。その様子を楽しそうに眺める菜々美。
 と、彼女は誠の頬に手を延ばす。
 「?」
 「ごはん粒、ついてるわよ」それを取り、口にする。
 「…なんか私達、夫婦みたいね」菜々美は顔を赤らめ、俯きながら言った。
 「そうやなぁ」
 「え?!」誠の意外な答えに、菜々美は彼を見上げる。
 誠の真摯な視線が彼女の瞳を捕らえていた。
 高まる菜々美の鼓動。
 「あ、お,お茶が欲しいんでしょう?」目を逸らし、慌ててポットに手に延ばす菜々美。
 その手が途中で捕まれる。言うまでもなく誠の手によって。
 そして菜々美は力強く誠に抱き寄せられた!
 「ま、まこっちゃん?」驚きに声のオクターブが半音高くなっているのが自分でも気が付く。
 「お茶やない。僕は…菜々美ちゃんが欲しいんや」耳元にそう、囁かれる。
 「…まこっちゃん」消え入りそうな声で、菜々美は小さく頷いた。
 「菜々美ちゃん…」



 「って,きゃ〜〜!!」顔を赤らめ、ぶんぶかと包丁を振り回す菜々美。
 「どわぁぁ!! 危ないだろぉ!!!」同じく厨房で料理を作っているパルナスは悲鳴を上げながら菜々美から走って逃げる。
 「あら? ゴメンゴメン,パルナス。ちょっと考え事をね」
 「考え事ぉ,妄想の間違いじゃないの? なんかすごい怖かったよ,横から見てて」
 「見てないで仕事せんかぁ!!!」顔を真っ赤にして、菜々美はパルナスを拳でねじ伏せた。
 「あら? どうなさったんです?」カウンターの向こう,食堂からウェイトレス姿のクァウールが顔を覗かせる。
 「ん? 何でもないの。じゃ、ちょっとお店お願いね」
 菜々美はクァウールの返事も聞かずに、バスケットを持って裏口から外へと駆け出して行った。
 カラン,直後、入口のカウ・ベルが鳴る。
 「いらっしゃいませ!」クァウールは業務に戻った。
 入ってきたのは三人の客。
 老人と中年の男,そしてクァウールと同世代くらいの男性だ。
 「お、クァウールじゃないか」
 「あら、藤沢様。それに誠様にストレルバウ様も…」知った顔に、相好を崩し微笑むクァウール。
 「誠殿に精の付くものをと思ってな。わしらで連れ出したのじゃよ」空いているテーブを見つけてストレルバウは一息ついたようだ。
 「おおきに,クァウールさん」やつれ気味な誠は疲れた微笑みで彼女に応えた。
 「菜々美に栄養のあるもの作ってくれるように言ってくれ」
 「菜々美様はつい先程、外出なさいまして」藤沢の言葉に彼女は困ったように言う。
 「そなら、クァウールさん,お願いできますか?」
 「は、はい!」誠の頼みに、彼女は喜んで厨房へと入って行った…


 後程、藤沢とストレルバウが東雲食堂に足を運んだ際、激カラの料理を盛られたということは、余談である。


おわり

 まあくつうさんの同人誌に載せてもらったヤツっス