Gentle breeze


 緩やかな日差しが、ロシュタリア城の白い壁に散らされる。
 照りつけるそれは一時期の押しつけるような強さから、包み込むような柔らかさに変わってきていた。
 温暖なこの地,夏は終わり、秋へと変わるこの瞬間。
 聖大河からの一心地する、ほっとするような涼しい風が吹き始める季節。



 城下を一望できる城のテラスに一人の少女の姿があった。
 風が吹けば飛ばされてしまいそうな,やや頼りなげな、普通の娘。
 この城の,いや、この国を背負う彼女は視線定める事なく、ただ無言のまま眺めている。
 その瞳にはここから見えるありのままが映し出されていた。
 「誠様…」
 誰も聞くことのない小さな、小さな呟き。
 今、彼女が見ているものは小さな胸に残った大きな、大きな想い出。
 その想い出にある少年の大きさは、少女の心に大きな居場所を作っていた。
 彼がいなくなった今、生まれた大きな隙間を埋めねばならない。
 少女はしかし、心の中の少年の居場所を大切に残している。
 彼は必ず戻ると言ってくれたから。
 そう、約束したから。
 ギュ…
 胸から下げた金属製の飾りを左手で強く握りしめる。
 少年から受け取った異世界のキーホルダー。
 強く握りしめる痛みで、少女は快い想い出を中断しようと努力した。
 頬に伝わる透明な雫。
 溢れ出そうとする想いを必死で押さえる。
 同時に襲い来る不安。
 本当に約束は果たされるのか? 彼にまた会うことはできるのか?
 首を横に振り、そんな気持ちを振り払う。
 振り払う毎に大きくなる、不安と孤独感。
 つと、空気が揺れた。
 少女の右手が誰かに握られる。
 視線を移す。
 確かに、そこに見えた。そして聞こえた!
 穏やかに微笑む待人の姿が。
 ”もう少しやさかい…ゴメンな、王女様”
 消え行く不安,生まれる喜び
 「ええ、お待ちしております,誠様」
 微笑み返す王女・ルーンの言葉は、少年の幻影と供に聖大河の風に乗って、遠い世界へと運ばれて行った…



 同じ日差しの中、少女が二人、空を見上げていた。
 「結局、王女様は言えたのかしら?」
 「何がですか? 菜々美お姉様?」
 「…何でもない!」含み笑いを漏らし、菜々美。
 ”王女様は信じているのよね,まこっちゃんが戻ってくることを。がんばんなさいよ、まこっちゃん!” 



 月日は流れ…少女は光の翼に包まれる。
 聖大河からの風だけが二人の気持ちを知っている……


おわり

 まあくつうさんの同人誌に載せてもらったヤツっス