One of Three Pieces


 「だーかーらー、こういうのは苦手なんだってばよー」
 「毎度毎度、困った人どすなぁ」
 純白のドレスを手にしたアフラは深く溜息。
 「お偉いさんに会うのに普段着はいけませんぇ」
 言う彼女自身は背中の大きく開いた濃紺のドレスを纏い、髪を結い上げていた。
 対する少女――シェーラはいつもの動きやすい普段着である。彼女は思い付いたように反論。
 「ルーン王女に会う時はいつも通りじぇねぇか」
 「偉い人は偉い人言うても、面識無い偉い人に会うんどす。アンタも修行時代に礼儀作法は習ろうとるでしょうが」
 ここはロシュタリアとは異なる、とある王城。
 大神官である3人はこの地の訪問の際、領主に誘われて急遽開催されることとなった晩餐会に出席することになっていた。
 言わずもがな、彼女達を歓迎する晩餐会である。
 と、2人の後ろからパタパタと足音が聞こえてきた。
 「あら、まだ着替え終わってないんですか、シェーラ様」
 ひょっこり顔を出したのは、こちらもすでに正装している水の大神官クァウールである。
 「そろそろ始まりますよ」
 彼女の言葉にアフラが厳しい目を向けて手にしていた白いドレスをシェーラに突き付ける。
 「ほんのちょっとの辛抱どす」
 シェーラは「うー」とか「あー」とか呟くと、しかしアフラの差し出したドレスから目を外すと、その後ろのクローゼットに歩を進める。
 そこには何十着ものドレスが保管されていた,領主が即効で用意したものだ。
 「うー、これでいいや」
 彼女が選んだのは真紅のそれだ。
 「まんま、どすなぁ」
 炎=赤と思い至ったのだろう、アフラは苦笑。
 しかしシェーラは気にせず、小さく呟きを漏らした。
 「白はダメなんだよ、白だけは」
 「なにがダメなんですか?」
 聞こえていたのか、クァウールの言葉にシェーラははっと顔を上げ、ぶんぶん頭を横に振る。
 「なんでもねぇよっ。お前ら先に行ってな、すぐ行くから!」
 「はーい」
 「待っとりますぇ」
 2人の同僚が部屋から出て行くのを確認すると、シェーラは溜息一つ。
 アフラが先程シェーラにと選んだドレスを一瞥する。
 「白だけは、ダメなんだよ」
 遠く、楽しそうな音楽が聞こえ始めてくる。
 それに彼女は我に返り、慌てて真紅のドレスに着替え始めたのだった。


 シェーラがフリスタリカを両断する大通りで誠を見つけたのは、いつもと変わらない、どことなく気だるい昼下がりのことだ。
 片手に紙袋を抱えた誠が彼女の前からやってくる。空いた方の手に紙切れを持った彼はそれを見ながらキョロキョロ辺りをうかがっていた。
 「よっ、誠!」
 「あ、シェーラさん。こんにちは」
 シェーラは誠のいつも通りの微笑みに満足しながら彼の隣に並ぶ。
 「菜々美のパシリさせられてるのか?」
 「え、ええ。それもついでに入ってます」
 苦笑いに変わる彼に、シェーラもまた苦笑。
 「で。何探してんだ?」
 誠の左手に持った紙切れを横から覗く。
 そこには地図が描かれていた,ここからまっすぐ行った所にある有名な服の仕立て屋だ。
 「ここまっすぐ行った所だぜ」
 「あ、そうなんですか。ありがとうございます」
 「ロシュタリアWALKERにも載ってる人気の服屋だけど……何か買うのか?」
 ロシュタリアWALKERとはこのロシュタリアの見所を満載にした情報誌だ,結構売れているという。
 「こっちは菜々美ちゃんのおつかいですよ。何でも新しく出店する店舗の制服の図面を渡して欲しいとかで」
 紙袋の中から頭だけ飛び出した丸めた紙筒を顎で指して誠。
 「へぇ。アイツも色々やってやがるなぁ」
 「何でも新店舗は喫茶店らしいですよ」
 そんなことを話しているうちに2人は目的の仕立て屋に辿り着く。
 人の入りは良いようだ,案外広くない店舗だが活気がある。
 2人が店舗の入り口をくぐった時だった。
 パンパンパン!!
 乾いた炸裂音に2人は思わず身構える!
 「何だっ!」
 「爆発?!」
 鼻につく硝煙の臭い,そして左右から2人を囲む店員達。
 彼らの手には………クラッカーが握られていた。
 「「はい???」」
 「おめでとうございます。ご来店カップル1000組様記念でございます!」
 店長と思しき中年の男が2人の前に恭しくお辞儀。
 同時、左右の店員達と、そして他の客からも熱い拍手。
 「って、何や?」首を傾げる誠、そして
 「カップル……」仄かに頬を気づかれないように赤らめるシェーラ。
 「記念品をお受け取り下さいますか?」
 店長の言葉に誠は僅かに考え、シェーラを見る。
 「な、なんだよ、誠」
 「なんだか記念品貰えるみたいですわ。貰ろうときますか」
 「そう…だな」
 誠は笑って頷き、店長に頷く。
 「何が貰えるんですか?」
 「それは……」
 中年の男は人差し指を己の口元に。
 同様に他の店員も同じく。
 「「まだ秘密です」」
 「「はぁ??」」
 首を傾げる2人をそれぞれ店員が店の奥に引っ張っていく。
 「サイズを測りますんで、ささ、こちらへ」
 「きっと喜んでもらえると思いますよ」
 「「ちょ、ちょっと!!」」
 店員と、そして状況に引きずられながら2人はそれぞれ店の奥へ消えた。


 シェーラは驚きに目を皿のようにしていた。
 目の前には彼女のサイズに仕立てられた純白のウェディングドレス。
 右を見る,にこにこ微笑を絶やさない女性店員A。
 左を見る,にこにこ笑みを浮かべた女性店員B。
 「えーと」
 シェーラは困って視線をドレスに。
 それは彼女が幼い頃、何度となく夢の中でだけ見てきたものだった。
 「えーと」
 シェーラは右の店員に問う。
 「これをアタイにどうしろと?」
 「着てください」
 そして左の店員が言葉を受け継いだ。
 「彼氏もパリっとしたスーツを着てお待ちですよ」
 「へ?」
 言うまでもない,それは誠のことだ。
 来店カップル1000組記念――それは婚礼服のプレゼントだったのだ。
 「誠が……そう、か」
 一人小声で呟き、改めてシェーラは目の前の純白のドレスを見つめる。
 これまで決して、何があっても白だけは着なかった。
 純白のドレスを着るのは、ある時だけと決めていたから。
 きっとそれをアフラが知れば「ガラにも無い乙女チックな…」と鼻で笑うだろう。
 シェーラはドレスに恐る恐る手を伸ばし……しかし引っ込める。
 そんな彼女を優しく見つめる店員2人。
 行き場を失ったシェーラの手はやがて、やはりドレスに伸びた。
 「「着付け、お手伝いします♪」」


 何故か店の前には人だかりが出来ていた。
 さすがのシェーラも思わず後ずさる。この人だかりの前に出ていく気力は……
 「なぁ、これって店の宣伝に利用されてるだけじゃ?」
 後ろに振り返るシェーラに、店員はにこにこ微笑みながら―――
 蹴り出した!
 「おおっ?!」
 前へつんのめるシェーラ,長い裾に足を取られ、一歩、また一歩とまるで飛びながら前へ進み……転倒!
 かと思いきや、直前に腰に手を回されて防がれた。
 「あっぶねぇ……」
 「危ないですよ」
 すぐ耳元から聞こえた馴染みの声にシェーラは思わず硬直。
 抱きとめられるような形でシェーラは誠の隣に立っていた,目の前にはこのイベントを待っていた見物人達の、少なからずの視線がある。
 それらは一同に、シェーラの姿を見つけて感嘆を上げていた。
 「あ、ありがとうよ」
 思わず誠から離れてシェーラ,身長の差からやや見上げる形で誠を見る。
 ありがちな黒いスーツに身を固めた誠は手に花束1つ。
 「似合ってますよ、シェーラさん」
 穏やかな微笑みを浮かべて、誠は花束を差し出した。
 彼の黒い瞳には、白いドレスを纏って柄にもなくおろおろしているシェーラ自身が映っていた。
 彼女はそんな自分に気づきつつも、誠から花束を受け取り、それで自然と赤らんだ顔を隠す。
 「なぁ、誠」
 「なんですか?」
 「こ…」
 「こ?」
 言葉に詰まっているシェーラに耳を近づける誠。
 俯きながら、彼女は誠にしか聞こえないような小声でこう呟いた。
 「このまま、結婚式でも挙げるか?」
 「へ?」
 「じょーだんだよ、じょーだん!!」
 大声で笑い、彼の背中をばしばし叩いてシェーラ。
 「まったく、タチの悪い冗談だよ……」
 シェーラは小さく、自嘲気味にそう呟いたのだった。


 翌日―――
 「ちょっと、シェーラ!」
 「ん? なんだ???」
 東雲食堂。
 カウンターで客としてぼーっとしていたシェーラの目の前に、菜々美がロシュタリア新聞を叩き付けた。
 「何よ、これぇ〜〜!」
 シェーラは訝しげに紙面に目を移し、そして。
 「げ」
 硬直。
 「ちょっとシェーラ。アンタら一体昨日何やってたのよ、ねぇ!」
 紙面の一面を飾るのは一枚の写真。
 それはフリスタリカで有名な仕立て屋の、記念イベントの一枚だ。
 そこにはちょっと頼りなさそうな新郎姿の青年と、花束を持って純白のドレスを着こなした新婦の姿がある。
 シェーラはそこに映る少女の、心からの幸せそうな笑顔にふと意外なものを見たように驚く。
 しかしやがて満足そうに頷いた。
 菜々美の質問攻めをBGMにしながら―――――


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