ふわっふわのそれは、僕の後ろでふるりふるりと揺れていた。
鏡に映る僕を分析するに、寝起きで頭が余りまわっていないように思える。
そんな感じの、ぼけっとした表情。いや、呆然としていると言って良い。
目が覚めた僕は、お尻にふわふわしたしっぽがにょきっと生えて、それがズボンから飛び出ていることにようやく気が付いたんや。
「なんでやねーーーーん!!!!」
ぶろっこりー
「そんなに悲観的になることもなかろう、誠」
フッフッフと自信ありげに微笑むその人はファトラさん。
ベットに腰掛け、今や僕の体の一部となってしまっているしっぽを眺めながらそう言った。
「??
だってしっぽですよ」
「そのしっぽの使い道など、山のようにあるではないか」
「使い道?」
一体どんなやねん?
「そう,例えばじゃ……」
ファトラさんは人差し指で仄かな朱をさした唇を触れ、提案。
「ホコリの積もった机をキレイにするという機能があるのぅ」
「ハタキですかっ、僕のコレは!」
「以上じゃ」
「一つしかあらへんのかい!!」
「男のくせに了見の狭い奴じゃのぅ」
「了見どうこうって問題じゃないにゃ!」
口にした言葉。
それは自分のものであって、そうではない言葉。
僕とファトラさんの間に沈黙が落ちた。
「誠……・『にゃ』とはいったい??」
「あ、あれ、おかしいにゃ??」
僕は慌てて自分の口をふさぐ。
”にゃんやねん、コレ?!”
思考にも語尾に『にゃ』が付いとった。
と、珍妙なものを見るファトラさんの視線は、僕の頭に。
「ま、誠よ。お主、耳が生えてるぞ」
「何言うとりまんのにゃ?」
ふるふる僅かに震えるファトラさんの指はしかし、僕の本来の耳に位置を指しておらずにちょっと上の方。
恐る恐る、僕は両手を頭に伸ばして……
「ネコミミ………」
頭上でぴこぴこ動くそれはネコミミや。
ファトラさんが手を伸ばし、ついと引っ張ってみる。
「あたたた…」
「生えておるのぅ」
簡素な感想を漏らすファトラさんは、笑い>好奇≫心配(?)という珍しい表情を浮かべていた。
「ウーラにそっくりになるのかの?」
「そんなぁ……このまま僕はウーラになってしまうのかにゃ……」
がっくりとうなだれる。
と、その時である。
「ダイジョウブ、マコト!」
「ウーラ?」
いつの間に入りこんでいたのか、ファトラさんの腰掛けるベットの端――布団の中からウーラがぴょこりと現れた。
「マコト、猫ニナッタラうーらガ、オ嫁サンニシテアゲル」
得意げにウーラは言う。
「……僕は男にゃ」僕は苦笑。
「心配イラナイ、うーらハ両刀使イ」
「何としても人間に戻らないといけないにゃ!!」
ウーラの目に何やらヤバ気な意思を感じ取り、僕は慌てて立ちあがる。
取りあえずは自分の血を採取して、何か変な菌が見つからないかを―――
と、
「誠、お主、手がっ?!」
「はわわわわ」
実験器具の中にあった注射器を掴もうとした時や。
僕の手にはふさふさの毛と、そしてついつい触りたくなる肉球がっ!?
ファトラさんが隣に歩み寄り、僕の変わり果てた手を掴む。
ぷにぷに
「ふむぅ……これはこれで、萌えるのぅ」
肉球をふにふに突つきながらファトラさんは言う。
その時、僕は彼女の微妙な変化に気づいていなかった。
「誠よ、頼みがあるのだが」
「何ですの、ファトラさん?」
ファトラさんの声に顔を上げる。すぐそばに熱を帯びたファトラさんの瞳があった。
「両手を口に当てて、わらわのことを『ご主人たまー』と呼んでくれぬか?」
「はにゃ?!」
「ちょっと舌足らずにいうのだぞ」
グフフゥとストレルバウ博士のような邪悪なオーラを背後に纏い、攻め寄るファトラさん。
「え……えええ??」
「さぁ、早く。さぁさぁ!!」
「誰か、助けてーーー!」
掴みかからんばかりにハァハァしているファトラさんの襟首が後ろから掴まれ、引っ張られた。
「ふぎゅ」
自然と首をしめられる格好となったファトラさんは妙な声を上げて後ろを睨み、そして硬直。
「こんにちわ、誠様」
「姉上?!」
「ルーン王女様!」
僕はほっと一息,対するファトラさんは悪い事をして教師に見つかった生徒のようにびくびくしている。
”やっぱり公務から逃げ出してきたのにゃ”
ルーン王女は僕に目を止め、そして――きらきらと瞳が輝き出した!
「あらあらあらあら、かわいい!!」
「そ、そないなこと言うてる余裕ないにゃ!」
ファトラさんをうっちゃり、僕の頭をかいぐりかいぐりと撫で始めるルーン王女に怒る。
「これはね、誠様。猫ノミのせいですよ」
しかし撫でながら、ルーン王女はきっぱりとそう言った。
「「は??」」
僕とファトラさん、そして布団の上のウーラが首を傾げる。
「ウーラの血を吸ったノミが誠様を吸ったことでうつったのでしょうね。大丈夫、半日もすれば元に戻りますわ」
「猫ノミ? うつる? 半日で??」
「ええ。ちゃんとウーラをお風呂に入れて奇麗にしてあげてくださいね,私も昔はよくうつされたものなのよ」
僕はしっぽが生えてネコミミ・ネコパンチを付け、語尾に『にゃ』をつけた幼少のルーン王女を思わず想像する。
”か、かわいいにゃ”
いやいやいやいや,そんな場合じゃないにゃ!
同じことを思っていたのか、隣ではファトラさんも自ら言い聞かせるように首を横にぶんぶん振っていた。
「ということは、元凶は……」
僕の視線は布団の上。
そこにちょこんと寝転がる一匹の猫。
生まれた殺気に逃げようとしたウーラは、素早く動いた僕によって首筋をいち早く掴まれる!
「うーら、オ風呂キライ!!」
「問答無用にゃ!!」
ジタバタ暴れるウーラを引っ掴みながら、僕はルーン王女に一礼して部屋を後にした―――
教訓
ネコはキレイ好きだけれど、時々風呂に入れた方が良い
去って行く誠の背に、ルーンがボソリと呟いた一言をファトラは聞き逃さなかった。
いや、むしろ聞き逃して逃げ出せば良かったと後悔。
「あの誠様……ペットに欲しいわねぇ」
「あ、姉上?!」
くるり,姉の意識がファトラに戻る。
「ファトラ。貴女に着せたいものがあるのだけれど、着てくれるわよねぇ?」
「いやーーーーーーーーー!!」
End...
これは藤ゆたか氏のエルハ同人誌に寄稿したものです。
結構時間が経ったのでこちらにも載せました。