「海だ」
「海よ」
「海だぜ」
「海どすなぁ」
観光バスから降りた4人は同じことを呟いた。
吸い込まれそうな青空にさんさんと太陽の光が地上に振り注いでいる。
堤防から下を見下ろす4人に潮の香りを乗せた風が吹きぬけ、涼の贈り物を届けてくれる。
見下ろす先には太陽の光を照り返した真っ白な無人の砂浜。それが延々と5kmは続き、穏やかな波がうち寄せていた。
4人が降りてきたバスから現われるのは若者ばかり。
皆、制服を着ていることから、年頃からして高校生のようだ。
「おい、お前ら! 集合かかってるぞ!」彼等の背後からそう、男の声がかけられる。
「すんません、藤沢センセ」慌てて振り替えるのは人のよさそうな青年、関西弁のような、訛りのある口調だ。
「ふぅ、やっと着いたわねぇ」そんな彼の隣で同じ年頃の少女が腕を伸ばして言う。
「ああ、まったくさっさと泳ぎたいもんだぜ!」
「馬鹿は運動しかできへんよって…」
「てめぇ!」
「ま、まぁまぁ」青年は赤毛の少女と、澄ました感じのやはり同じ年頃の少女の間に割って入る。
「集合かかってますから。着いた早々、お説教なんてたまったもんやあらへんで」
「それもそうだな」
「…」仕方なしに納得する2人。
「まこちゃん、早く!」
「あ、菜々美ちゃん。待ってぇな」
駆け出す少女の後を追って、少年と2人の少女もまた駆け出した。
美少女戦士 ナースまこちゃん
7月某日、東雲高校では課外授業が開かれる。
暑い夏の今年は生徒達の要望もあり、海へ。
そう、臨海学校と相なったのである。
とはいっても、海で紙と鉛筆を持って勉学に励むのではない。
要するに一言で片付けると「学年総ぐるみで海水浴」と言ってしまうのが無難であろう。
そして今年は海は海でも、プライベートビーチを借り切った大々的なものであった。
昼過ぎの到着、借り入れた海の家へ各人荷物の移動を終え、担任による点呼が終わり、夕方までの自由時間に入る。
「陣内」
「なんだ?」
「なんで俺達、制服着て砂浜をほっつきあるかにゃならんのだ?」
疑問の声を上げるのはマスオである。
そういう彼らはびしっとした爪襟のガクランをしっかりと上まで止めて、砂浜を革靴で歩いていたりする。
その襟には「陣内党」の章が鈍く輝いていた。
陣内を中心に、砂浜を一望できる小高い浜辺で彼等8人は、たむろっている。
東雲高校の制服はブレザーだ。しかしこれは陣内が裏金を工作して党員分を別注で作らせた特性のものである。
「貴様,何で? 我々は何だと思っているのだ?!」逆に問い返す陣内。
「偉大なる生徒会長様とその一派は、常に愛する生徒達を守らなくてはいけない,だろ?」読み上げるようにマスオは言う。
「でも、どちらかというと、おぼれている生徒を助ける方が需要が大きいと思うぞ」
「そうだよ!」カツオ,タラの攻撃。
それに陣内は額に汗する。
「むむ…イカン、それは断じて私が許さん! 溺れているものを見かけたらすぐさまライフセーバーに知らせるのだ、海を舐めてはいかん!」半ば叫ぶように、陣内は彼等に言い放つ!
「らしくないな。そこで助ければ評判があがるぞ」ノリスケがそんな彼に忠告。
「…ならばこの格好のままで助けるのだ!」
「「んな無茶な!」」
「いや、ここらへんのラインが水の抵抗を…」
「どっかで聞いたことを言うなぁ!」学ランの首筋辺りを撫でる陣内に突っ込むイクラ。
「もしかして、陣内、お前泳げないんじゃないのか?」ボソリ,ワカメが呟く様にして言った。
ピピクゥ!!
硬直する陣内。
「そ、そんな訳あるはずがないであろう! さぁ、パトロールだ!!」声のオクターブを数段上げ、陣内は胸を張って熱砂に足を踏み出した。
ビーチパラソルの下で仰向けに寝転んでいる少年一人。
青いトランクスの水着に白いTシャツを着ている。
心地好いまどろみにいる彼のほてった頬に、白い手が触れた。
「!」海の香りを伴う冷たさに、誠は目を覚ます。
「まこちゃん、遊ぼうよ!」菜々美である。
普段以上に活力あふれる笑顔を前に、誠はしばし見とれる。
白いワンピースの水着は控え目ながらも彼女のラインをしっかりと際立たせ、幼馴染みであるはずの彼は、それに気付き目を逸らしてしまう。
その態度に首を傾げる菜々美は数瞬後、誠の態度の意味に気付き赤面。
「もぅ、まこっちゃんたら! どこ見てんのよ!」
「え? いや、よう似合ってるさかい」
ザバァ!
そんな2人に海水が浴びせられた。
「何やってんだよ、菜々美!」
「お暑いですなぁ、少しは冷えまして?」
浜辺に意地悪い笑みを浮かべる2人の少女。
「なぁにすんのよ!」
「ほら、誠も少しは運動しねぇと陣内みたいな青ヒョウタンになっちまうぜ!」高校生らしくないきわどい赤いビキニ姿のシェーラはニカッと笑って言う。
「汗をかいた後に入る海も、気持ち良いどすわ」白いパーカーの下に奈々美と色違いの、深緑色のワンピースを着たアフラもまた、普段以上の微笑みを以って誠に笑いかける。
「…そうやね! せっかくきたんやし」
そして彼もまた、微笑んで腰を上げた。
と、菜々美の目に光が入る。
彼女はそれが入ってきた場所を見つけ、小声で誠に囁いた。
「まこっちゃん。その腕輪…」菜々美は誠の右手首に輝く金属製の腕輪を見やる。
「あ、これか? いざというときのためにね」やはり前を行く2人には気付かれない様に誠。
「なにもこんなところまで」
「甘いで、菜々美ちゃん。こういうイベントものの時に限って、何か起こるんやで! これはいわばセオリーいうても過言はないで!」やけに力強く言う誠に菜々美は戸惑う。
「でもそれ、防水機能は?」
「前、手を洗った時は平気やったから」
「そっか」
と、2人は視線を前に戻す。
シェーラとアフラがボールを持って立っている,そしてその後ろに見えるのは砂浜の上のコート。
「ビーチバレーやろうぜ,誠!」
「丁度4人やしね」
「でも僕、そういう運動はあんまり…」
「なにを貧弱な事言ってんのよ! さ,さっさとやるわよ!」そんな誠の背を、菜々美は力一杯叩いた。
「水原君,ビーチバレーやってるな」
「楽しそうだな」
「菜々美ちゃんの水着姿,いいなぁ」
「それよりもアフラさんの方が」
「シェーラさんの方が俺は良いな」
パトロール中の陣内党一派は遠目で楽しく戯れる4人の姿を羨ましげに見つめていた。
「何をぶつくさ言っておる!」党首陣内のきついお言葉!
「「…………」」
党員達は一斉に陣内を見る,夏なのに冷たい視線だ。
「? どうした?」
「「やってられるか,こんなこと!!」」
バババッ!
学ランを脱ぎ出す一同,その下はすでに水着だ!
ある意味恐いぞ!
空高く舞い上がった党員達の制服は、一斉に陣内の上に圧し掛かる!
ドドスゥ…
「ぐっは〜,汗臭い!!」埋もれ、うめく陣内。
「「水原,俺も混ぜてくれ〜」」これ以上もない爽やかな笑顔で、彼等はビーチバレーをする誠達に駆けていった。
「お、おまえらぁ〜!!」制服を跳ね除け、駆け去る党員達の背中に怒りの眼差しを陣内はぶつける。
トントン
そんな怒りの炎をバックにした陣内の背が突付かれる。
「ええい、うっとうしい!」
振り返る事なくそれを右手で振りはらった。
ガン,硬い触感。
「ん?」振り返る陣内。
「ウゴゴ!!」陣内のへなちょこパンチを頬に受けるバグロムその壱。
額に怒りの菱形があり。
その後ろにはバグロムの団体があった。
「…泳ぎに来たんですか?」
頷くバグロムの鉄拳が陣内を宙高く飛ばしていた。
だっば〜ん!!
「な?!」
「あれは!」
沖に落ちた何かと水柱に一同は、海を見た後にそれが飛んできた方向に振り返る。
「バ、バグロムだ!!」生徒の誰かが叫んだ。
それを機に浜辺で楽しむ彼等は慣れたように逃げていった。
入れ替わる様にしてバグロム達が浜を占拠し始める。
「じ、陣内が!」水柱を見ていた誠は、その正体に気付き、叫びを上げる。
ジタバタと海面で暴れていた彼は、沈んだのか静かになっている。
「大丈夫,誠。奴の学ランは襟の所のカットが水の通りが良くなっていてな」と、カツオ。
「お兄ちゃん,泳げないのよね」ボソリ,菜々美の呟き。
「やばいやないか!!」
ダダダ…
海に駆ける誠,意外に早いクロールで陣内が沈んだと思われる位置まで接近,そして潜水。
数十秒後,誠はぐったりとした陣内を背負い、海面に顔を出した。
「誠の奴,やるじゃねぇか」ゆっくりと戻ってくる彼を見て、シェーラは呟く。
「まこっちゃん,運動はあんまりやらないだけで苦手じゃないのよ」
「ふぅ」大きな溜め息一つ。
ばしゃり,誠は気を失った陣内を砂浜に下ろす。
「やばいで,息をしとらん」
「…それって」たじろぐ奈々美。
「誰かが人工呼吸しろって事か?」一歩下がるマスオ。
“”いやだ、絶対!“”
全員の想いが一致していたかのように思えた。が、しかし…
おもむろに誠は陣内の横にしゃがむ。
そして意を決した表情で顔を近づけ…
「「「それだけはゆるさぁ〜ん!!」」」菜々美,シェーラ,そして何故かカツオの蹴りが接触直前に陣内に炸裂!
アンディ=フグも驚きの効果を伴なったそれは、陣内を数m真横に吹き飛ばし、バグロムの一匹に激突した。
「え、え〜と」その光景に誠は目を白黒させる。
「けがれてない?! まこっちゃん!!」奈々美は必死に問いかける。
「誠,やっちゃ行けない事もあるんだ!」やはり必死なシェーラ。
「危機一髪だったぜ」カツオは汗を拭った。
「ええと…取り敢えず,今のでバグロムに囲まれてるんやけど…」
「「「げ!」」」
陣内砲を食らって怒り浸透のバグロム達はジリジリとにじり寄ってくる。
前はバグロム,後ろは海だ。
「まこっちゃん,変身よ!」党員達の影で、菜々美は誠にそう囁く。
「だ、だけどこんな所で…」
「海に潜って変身よ,ここはシェーラとその他大勢に何とかしてもらうから!」
「そ、そやな」
誠は後ろを振り返り、海を見る。そして避難した生徒達へ,生徒達の多くは避難が終了しようとしている。見物モードに入る前の今がチャンスだ。
「てやんでぇい! かってきやがれ,てめぇら!!」シェーラのその言葉が合図となった。
「「うりゃぁあ!!」」シェーラに続く陣内党党員達!
“頼むで、皆!”
海に駆け、腰辺りまで浸かるところで潜る誠,そして…
海面が小さく光った。
ザバァ!
「ぷっはぁ! 美少女戦士,セーラーまこちゃん、参上!」海面から飛び出る美少女戦士。
と、いつもよりもさらに動きづらいことと、バグロムや菜々美,党員達,さらにはギャラリーと化した一般生徒達の異様な視線を感じた。
彼は自分の姿を再確認し…
「…って、何や、このカッコはぁぁぁ!!」
いつものセーラー服ではない。いや、いつものは彼的には許せないものであったのだが、今回はそれ以上であった。
白衣に、それと同色のミニスカ,ナースキャップ。
そう、白衣の天使,ナースまこちゃんである!
その白衣にしてもミニスカにしても細かいメッシュ生地になっているところが『いいひとのアキュエアー』って感じで、そこはかとなく危険である。
そんな片手にはカルテの入ったファイルと注射器を持っていたりする。
「まこっちゃん…」絶句の菜々美。
「「おおおおお!!!」」ギャラリー達の(主に男,及び一部の女性ファン)の歓喜にも満ちたどよめき。
「誠,誠なんて不潔だぁぁ!!」ドゲシィドゲシィ,バグロムを吹き飛ばしてシェーラが泣き叫びながら砂浜の遥か彼方へと駆け去っていくのが視界の隅に入る。
誠は慌てて腕輪を見た。
と、その表面に小さく見た事のある記号が入っている。
「せ、生活防水やないかぁ!!」(時計における防水記号を参照の事)
「ナースまこちゃん,悩んでる暇なんてないわよ! ともかくバグロムを!」笑いを懸命に堪える菜々美は茫然としたバグロム達を指差した。
「ああ、もぅ、どうでもいいわ,必ず殺すと書いて必殺! 注射器連打!!」
エコロジーに貢献している再利用の注射器(おいおい)を投げる誠。
それらは風車の弥七顔負けの正確さでバグロムに確実に突き刺さる!
「「ぐきょっろろろ〜」」撤退を開始するバグロム達。
「ドイツ語でほんとに書いているのかクラッシュ!!」カルテでバシバシとバグロムをひっぱたく,効果は絶大だ(ポケモン?)。
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そして何処からともなく現われたバグロム達は、何処へともなく消え去っていった。
「終わった…」憔悴しきった表情のナースな誠。
「やったわね,ナースまこちゃん!」優しく彼の肩を叩く菜々美。
「いよっ,大統領!!」
「サイコー!!」盛り立てる陣内党党員達。
「もぅ、嫌や…こんなの」
「見てみぃ,夕日どすぇ」励ますように、アフラが海を指差した。
夕日が沈み、海を,浜辺を,そして誠達を赤く染め上げる。
太陽が再び昇る限り君の戦いは終わらない。
戦え,美少女戦士・セーラーまこちゃん!
学園の平和と目の保養の為に!!
続く!!
「って終わるなぁ!!」砂浜に突き刺さった頭を引き抜き、砂まみれで叫ぶ陣内。
「許さんぞぉ〜,誠めぇ!! この東雲高校を支配するのはこの私なのだぁ!!」
「どっちくしょ〜,誠の馬鹿やろ〜!!」女の声が背後から近づいてくる。
ドゲシィ!!
「不潔,変態だぁ〜〜〜!!」
ドップラー効果を伴なって泣き叫ぶシェーラは浜辺の遥か彼方に向って駆け去っていく。
後には哀れにも踏み潰された陣内が、冷たくなり始めた砂浜にめり込んでいたという…
おわり
これはサカヱダさんにお贈りしたものです。