そこは神秘と冒険の渦巻く世界。
 世界の中心を聖大河と名付けられた、海のような巨大な川が分断している。
 別たれた西の大陸には人が、東の大陸にはバグロムという昆虫型の知的生命体が住まい、お互いに争い合っている。
 この世界を人々はこう呼んでいる。
 エルハザード、と。
 エルハザード有数の都市であるフリスタリカの中心にそびえるのは荘厳たるロシュタリア城。
 その中庭の一角。
 中庭とはいっても、相当な広さを持つ面積だ。
 そこには小さな石造りの小屋が建っている。そこにはかつてこのエルハザードを救った一人の男が住んでいるのだ。
 そして自らの持つ知識とこのエルハザードにかつてあった高度な文明とを活用して己が世界に戻る手段を模索している。
 彼が研究を続ける長い日々の、これは良くある出来事の一つである。


Take a Time


 「よっ、誠」
 「んな、ファトラさん! またサボりですか?!」
 薄暗い研究室を思わせるその部屋には一人の青年がいた。
 いや、研究室そのものだ。
 薬品と思われる自然にはありえない色の液体が火にかけられていたり、良く分からない機械が所狭しと並べられていたり。
 けっして狭くは無いが、それらが雑然と置かれたこの部屋は窮屈に感じられる。
 そしてこの部屋の主は白衣を纏った青年。
 ぼさぼさの髪の間からは聡明さを湛えた瞳が覗いている。
 顔立ちも悪くはないが、いかんせんずっとこの部屋に閉じこもりっぱなしなのか、不健康な感じを受ける。
 その青年が驚いて来訪者を見つめていた。
 驚くべきことに青年と良く似た姿形を持つ少女だった。
 彼女は青年には無い、滲み出す豪快さをもって研究室に足を踏み込む。
 青年の名は水原 誠。この世界を救ったとされる男だ。
 そして少女の名はファトラという。このロシュタリアの第二王妃である。
 そのファトラの背後からもう一つの人影が現れた。
 「やはりここに逃げ込んでいることが多いのですね、ファトラ」
 「え、ルーンさん?」
 誠がルーンと呼んだ彼女は、穏かに微笑み軽く会釈した。
 ルーン第一王女。このロシュタリアの元首を務めている。
 誠よりも多少歳が上であるだけでありながら、背負っているものの重さのためであろう、威厳と落ちつきを纏っている。
 「こんにちわ、誠さん。お忙しいところごめんなさいね」
 「いえいえ。でもどないしなはったんです? こんな暑苦しいところに」
 「全くじゃ。暑苦しいにもほどがある。窓くらい開けぬか」
 ファトラは机の一つに腰掛けて、文句を一つ。
 「窓を開けるとホコリが入るんですよ」
 「掃除もしておらぬくせにホコリを気にするとは何事じゃ」
 「……確かにその通りですけど…痛いこと言いますね」
 ファトラのツッコミに誠は苦笑い。
 そんな彼に、ルーンは申し訳なさそうに来訪の意を伝えた。
 「一応、古代エルハザード文明の解析ということで結構な額の予算を回しておりますから」
 「ああ、視察ですね」
 「そういうことじゃ」
 ルーンに代わり、尊大に頷くファトラ。
 そんな第二王女を無視しつつ、誠はルーンの元へ歩み寄った。
 「これはなんですか、誠様?」
 ルーンが不思議そうに指差すのは重たそうな機械のついたヘッドフォンのようなものだった。
 「これは自動翻訳機です。バグロムの言葉も理解できるかもしれません」
 丁寧な説明をつける誠。
 「これは何じゃ、誠?」
 「ファトラさん、むやみに触らないで下さい。また壊しますからね」
 第二王女の質問は無下に却下された。
 「この七色に輝く液体は?」
 「これは記憶力を倍増させるかもしれない薬です。まだ試験中なんです」
 ルーンに液体の入ったフラスコの中身を軽く振って、誠は微笑む。
 隣からファトラが横槍を入れる。
 「誠。このヘルメットみないなものは何じゃ?」
 「だから触らないで下さい。また悪用するつもりですか?」
 まるで子供をあやす様にファトラの質問をかわして、誠はルーンの言葉を聞く。
 「誠さま。こちらは……」
 ルーンもまた、執務ながら楽しそうに誠に質問を繰り返すのだった。
 その後姿を眺めながら、ファトラは面白くなさそうに再び机の上に座る。
 「何だか姉上とわらわでは態度が違うではないか」
 普段から誠の研究室から何かを持ち出して騒ぎを起こしているので当然である。
 「しっかし暑いのぅ」
 額にうっすらと浮いた汗をぬぐう。
 そんなファトラの視界に美味しそうな黄色い液体が目に入った。
 「誠、これ貰うぞ」
 しかし誠は心底嬉しそうな技術者の顔でルーンに発明品や発掘品の説明を続けている。
 「ふん」
 ファトラはビーカーの中の液体を一気飲み。
 飲み干したところで、彼女の動きが硬直した。
 「ぐっ!」
 パリィン!
 容器がファトラの手から落ちて、床で割れる。
 「「え?!」」
 音に驚いてルーンと誠は慌てて振りかえった。
 二人の視線の先には顔色を赤から青、そして黄色っぽく変色している第二王女の姿がある。
 「ファトラ、どうしたの?!」
 ルーンが慌てて妹に駆けより、その胸に抱く。
 「ファトラさん一体何を?!」
 誠はファトラの落として割ったビーカーから内容物を知る。
 「なんで飲んでしまうんや!」
 「誠様、ファトラは、ファトラは一体何を?!」
 喉を押さえてうずくまるファトラの背中をさすりながら、ルーンは誠に怒るように睨んだ。
 その表情は必死だ。
 当然である。ルーンにとっての身内は今では妹であるファトラしか居ないのだから。
 「ファトラさんは……若返りの薬を飲んでしもうた」
 「若返り…の薬?」
 唖然とするルーンの目の前で変化は起きた。
 ファトラの体が縮んでいくのだ!
 まるで成長記録のビデオを逆回ししているかのように、ファトラの年齢は逆行して行く。
 やがて、ぶかぶかの服に身を包んだファトラがいた。
 年齢にしておよそ4,5歳。
 小さく首を傾げてルーンと、そして誠を見上げている。
 「誠様っ! ど、ど、どうしてくれるんですか!!!」
 ルーンが誠に詰め寄った。
 「ファトラをこんな風にしてしまって! これでは私は…私はっ!」
 「お、落ちついてください、ルーンさんっ」
 「落ちついていられますかっ!」
 普段見ることなど無いルーンの取り乱した気迫と勢いに、誠は右往左往するしかない。
 と、そんな二人眺めている幼いファトラが、
 「ふぇ…」
 「「?」」
 涙腺が、緩んだ。
 途端。
 「うわぁぁん!」
 小さなファトラはき始めた。
 「あ、えと」
 ますますたじろぐ誠。
 ファトラは大泣きだ。何で泣くのか分からないが、得てして子供が泣くのに理由はあまりない。
 「ああ、ファトラ。ごめんなさいね!」
 ルーンはぎゅっと小さなファトラを抱きしめる。
 大きな胸に顔をうずめ、ファトラは次第に泣き止んでいく。
 いや、むしろ窒息寸前になったといったほうが良さそうだが。
 「怖くない、怖くないからね」
 あやすルーンを小さなファトラは潤んだ目で見上げながら、そして誠へと視線を移した。
 「うっ」
 全く邪気の無い視線を投げられ、誠は思わずルーンの隣,小さなファトラの前にかがみこんだ。
 大きなつぶらな瞳、さらさらとした長く黒い髪、つやつやした白い肌に、ファトラには無かったどこか弱々しい雰囲気。
 ”か、可愛い……とても『あの』ファトラさんとは思えへん”
 誠は内心、冷や汗をかく。
 ファトラと誠はウリ二つでそっくりではあるのだが、やはり男女の違いがある。
 この幼いファトラも誠自身の幼い頃に似ているのだが、「王女で少女」としての内面の違いが顕著に滲み出ていた。
 そんなファトラを見つめるルーンとしても同じだった。
 小さい頃はいつも後ろを付いて来る、可愛い妹。
 それが今、ここに蘇ったのだ!
 それぞれの思惑でぼぅっとするルーンと誠の二人を交互に見つめながら、小さなファトラはこう呟いた。
 「父上と母上は仲が悪いのですか?」
 ぐすぐすと鼻を啜りながらの問いだ。
 ルーンと誠は思わず顔を合わせ、
 「ルーンさん。僕はファトラさんのお父さん…というかルーンさんのお父さんに似ているんですか?」
 「そうですね……顎ひげで覆えば、微妙かもしれません」
 「そりゃ顔の半分を隠せば、なぁ」
 「髪の色と目許は似ておりますよ」
 「そうなんですか……お母さんの方は?」
 「はい、今の私をもう少し年齢を上げた感じで…多分似ているかと」
 「なるほど」
 二人は小声で言葉を交し合い、小さく頷いた。
 「父上、母上?」
 「「は、はい」」
 慌てて二人はファトラに向き直り、不自然なまでの笑顔を作った。
 「仲は良いわよ、もちろん。ねぇ、アナタ♪」
 「そ、そうやで。なぁ、ハニー?」
 下手な芸人すらしないような芝居だったが、幼いファトラは満足したのか、二人を見てにっこりと微笑んだのだった。


 城の中をルーンと誠は並んで歩く。
 真中にニコニコと満足げに微笑む幼いファトラにお互い手を取られて。
 あれから誠は、ルーンのお願い(というか命令)でファトラの父親を演じることとなってしまったのだ。
 理由は簡単。
 ファトラが泣くからだ。もぅ、どうしようもないくらいに泣く。
 そんな訳で半ば流れ的に父親役に誠、そして母親役にはルーンが演じることになってしまった。
 「父上、父上?」
 「ん、どうしたんや、ファトラ?」
 誠は苦笑いでファトラを見る。
 ファトラは期待した目でこう告げた。
 「かたぐるま、して欲しいのです」
 「よ、よし!」
 誠はしゃがみ、肩にファトラを乗せた。
 おぼつかない足取りで、立ちあがる。
 「だ、大丈夫、アナタ?」
 「多分、そこまで体力落ちとらんと…思うんやけど」
 城の廊下を三人は他愛ない会話を交わしながら行く。
 薬の効果は丁度一日。
 夜が明ける頃には戻るはずだ。
 それを説明したらルーンはほっと胸を撫で下ろしていたものだ。
 ”でも精神まで後退することはなかったと思ったんやけどなぁ”
 少し頼りない足取りで、肩にファトラを乗せた誠は進む。
 その隣でルーンは内心首を傾げていた。
 ”おかしいわねぇ”
 ルーンはふと思う。
 ”ファトラはこんなに甘えん坊だったかしら?”
 幼い頃から何でも自分一人でこなす子だったはずだけれど……
 しかし誠の肩の上の幼いファトラの嬉しそうな顔を見て、その疑問は脳裏の彼方へと吹き飛んだのだった。


 幼いファトラはルーンの元へと駆け寄った。
 久しぶりの揃っての夕食の後だ。
 誠は湯を浴びに席を外していた。
 「どうしたの、ファトラ?」
 「母上も入りましょう」
 「後でね」
 微笑むルーン。入るとは言うまでも無い、風呂のことだ。
 「いえ、一緒に」
 「え?!」
 ファトラの追撃の一言に、ルーンは絶句する。
 今、誠が入っている。
 そこへ一緒に入れと言うのだ。
 しかしファトラは小さく首を傾げ、
 「なぜ驚かれるのです?」
 問う。
 「夫婦は一緒に入るものだと、ストレルバウ先生はおっしゃってました」
 あっさりとファトラは言い、ルーンの手を引っ張った。
 ルーンは心底困った表情をファトラに向けつつ、仕方なしに幼い妹に引っ張られて行く。
 その途中、ロンズとすれ違う。
 「ロンズ」
 「はい、ルーン様」
 「後ほど、ストレルバウに処罰を」
 「かしこまりました」
 血も凍るような無表情でルーンは言い渡しつつ、ファトラに連れられて浴室へと向かう。
 悪事はいつか露見する……哀れな存在ではある。


 「ふぅ」
 誠は深い溜め息を吐く。
 実は久方ぶりの風呂だ。心身ともにリラックスして行く。
 ここは王族専用の大きな浴場。
 まるで泉のような浴槽には湯気が立ち上り、そこかしこに観葉植物まで生えていたりする。
 と、一人だったはずのここへの扉が開き、
 「わーい」
 子供が駆けて来る。
 「ファトラさん?!」
 幼い彼女が駆けてくる。そしてそのまま誠の隣に向かって飛びこんだ!
 どぼーん
 ただっ広い湯の泉の中、水飛沫を上げて彼の隣に納まる。
 「ファトラ! タオルを浴槽に入れたらダメやで!」
 「そうなのですか?」
 「そうなんや。それと体くらい洗わなんかい、背中流すからこっちに来」
 「はーい」
 小さなファトラは誠に連れられて泉から上がる。


 しばらくしてのことだった。
 「あの、誠様」
 泉にファトラと浸かり始めた湯煙の向こう、知った声がする。
 「は、はい?!」
 思いもしなかった存在に、誠の声のトーンが高い。
 うっすらと見えるのはルーンだ。
 「こちらを…見ないでくださいましね」
 泉にそっと入るルーンの姿がうっすらと見えた。
 「はい……」
 誠の声の後半がぶくぶくというあぶく音に変わる。
 なんとなく気まずい空気の中、ファトラは離れた二人の間で無邪気に泳いでいた。
 「ファトラ」
 「なんですか、父上」
 誠の声にファトラは視線を向ける。
 「ルーンさんの、じゃなかった、お母さんの背中を流しにいってあげな」
 「承知した!」
 ばしゃばしゃ……ルーンに向けって泳いで行くのが分かる。
 「母上、背中をお流しいたします」
 「あら。じゃあお願いするわね」
 そんな声を聞きながら、誠はホッと一息。
 と思いきや、
 「きゃ、ファトラ、そこは背中じゃ……あん」
 ”どこを洗っとるんや……幼くとも恐るべし、ファトラさん!”
 やがてその湯煙の向こうから、幼いファトラに手を取られたルーンが現れた。
 ルーンはタオルで体を隠し、誠から2mほど離れたところで湯につかる。
 「あの、失礼します…」
 「あ、えと……どうぞ」
 「どうして父上と母上は離れているのですか?」
 「「えと……」」
 ファトラは誠とルーンを交互に見て、そして何かに気付いた様だ。
 「父上、母上!」
 「ん?」
 「どうしたの、ファトラ?」
 「浴槽にタオルを入れてはいけないと、父上はおっしゃったではないですか!」
 ビシッとファトラはルーンのタオルを指摘。
 「えっ?!」
 「あー、あれはな、えっと」
 誠が言い訳を考える間もなく、
 「それっ!」
 ファトラはルーンのタオルを剥ぎ取った。
 「あー!」
 「きゃ!」
 ルーンは思わず誠に背を向ける。
 ファトラは不思議そうにルーンの前に回りこみ、首を傾げた。
 「母上、顔が真っ赤ですぞ。もぅのぼせたのですか…ぶっ!」
 幼いファトラは誠によって湯に沈められる。
 彼はルーンを見ないように、わざと大声で小さなファトラに言い聞かせた。
 「ほら、肩まで浸かって100数える!」
 「はーい。いーち、にー、さーん、しー、ななー」
 「5と6は? もう一度!」
 「えと、いーち、にー」
 数を数えるファトラを視界の隅に、誠は脱力の溜め息。
 そこへおずおずとルーンが声をかけた。
 「あの、誠様」
 「はい? あ」
 揺らぐ水面の向こうに思わず見えてしまったルーンの双丘に、再び顔を赤く染める誠。
 対するルーンはすでに半ば茹ってしまっているのか、それとも開き直ってしまったのか、普段の調子に戻っていた。
 「さんじゅういち、さんじゅうご」
 「ごまかしはあかんで、ファトラ。もう一度最初から」
 「えー」
 ぶくぶくと一度沈んで、しかしファトラはもう一度最初から数え直す。
 そんなファトラを見つめながら、ルーンは優しげに微笑んだ。
 「なんだか私達、本当の親子みたいですわね」
 「そう、ですか?」
 「ええ」
 ルーンは誠と並んで湯船の中、ぐっと背伸びする。
 しなやかな肢体が湯煙の中、わずかに誠の視線に入った。
 その間には、律儀に肩まで浸かって指を折りながら数を数えるファトラ。
 「ファトラは…いえ、私達はあまり父や母とはこうして接していなかったんです」
 「……ルーンさん?」
 「仲が悪かったわけではないんですけど、お互いに忙しかったと言いますか……政略結婚でもありましたし、ね。あまりお互い干渉し合うことは無かったと思います」
 「そうなんですか」
 遠くを見つめながらルーンは呟く。視線の先にあるものはかつての情景だろうか?
 「だから私も、そしてファトラも実はこんな風に家族らしいことって、ほとんど体験がないと思うんです」
 嬉しそうに笑って、ルーンは誠に視線を移した。
 「誠様には申し訳ありませんが、私、この状況を楽しんでいると思いますわ」
 「いえ、そんな」
 「ありがとうございます」
 満面の笑みで告げたルーンに、誠は思わず顔を背けてしまう。
 そうして、一番最初にのぼせそうになったのは誠だったそうな。


 夜。
 「うーん」
 誠は豪華な部屋に圧倒されていた。
 かつての王が使っていた部屋だ。
 見るからに高価な調度品に囲まれ、部屋の隅には横に並んで四人は眠れそうなベットがある。
 現在この部屋を使っている者はいないが、掃除は毎日されていて今や無き王を慕っていることを感じさせる。
 「ホンマ、ここで寝てしもうてええんやろうか?」
 ベットの端に腰を下ろし、誠は一人呟く。
 ルーンはいつもの様に穏かに微笑んで「ぜひ使ってください」と言っていたが。
 「ま、ええか」
 蝋燭の明かりを息で消す。
 大窓から月と星の光が部屋を仄かに照らした。
 最近は研究室の固いソファで寝ていた誠は、久しぶりの柔らかいベットに横になる。
 ついベットでも端の方で横になってしまうところが小市民だった。
 ともあれ横になった途端、疲れが溜まっていたのだろう、強烈な睡魔が襲う。
 がちゃ
 部屋の扉が開いた気がした。
 瞼を開けて視線を走らせる。
 「父上……」
 「ファトラ?!・
 半開きになった扉から顔だけ出すのは幼いファトラだ。
 「一緒に寝て、いいですか?」
 消え入りそうな声で小さな彼女は問うた。
 「どうしたんや?」
 「怖いん、です」
 俯く彼女は僅かに震えているようにも見える。
 誠は小さく笑ってそんな彼女に告げた。
 「ええよ。こっちにおいで」
 「はい!」
 顔を上げてファトラ。
 「ほら、母上も」
 続く言葉に、誠は硬直。
 「え?」
 「いえ、私は、そんな…」
 ファトラに引張られてきたのは、薄い生地で作られた寝巻き姿のルーンだ。
 「ル、ルーンさん?」
 「いえ、ファトラが無理矢理…」
 赤面して顔をそむけるルーン。
 間に立ったファトラはそんなルーンを見上げ、そして誠を見る。
 「喧嘩、されたのですか?」
 「してないわよ」
 「してへんよ」
 即答。
 ファトラはニカッと微笑む。
 誠とルーンはお互いに溜め息。
 「じゃ、一緒に寝よか」
 「はい!」
 「お邪魔、しますね」
 広いベットは誠にとっては丁度良い広さとなる。
 間にファトラを挟んで、川の字になる三人。
 ”眠れるやろうか”
 ”もぅ、ファトラったら!”
 誠とルーンはそれぞれ思う。
 が、それも僅かな時間。
 お互い緊張した一日だったのだろう、すぐに寝息を立て始めた。
 そんな2人に挟まれて、ファトラは一番最後に目を閉じる。
 満足げな笑顔を浮かべながら―――


 誠は目を覚ます。
 ”よくこんな状況で眠れたもんや”
 まだボーっとした頭でそう思う。
 次第に現実味を帯びて行く意識は、左右からの柔らかな感触を彼の脳に伝えた。
 「?」
 誠は視線を上げる。
 右手にはネグリジェ姿のルーン。
 わずかに着衣は乱れ、桜色の胸がチラリと見えて慌てて誠は左へと寝返りを打った。
 ”わわっ!”
 ぽす
 顔が柔らかな双丘に埋まる。
 ルーンに負けるとも劣らない、立派なものだった。
 そこにあるはずのない、モノだ。
 ”だ、誰や?!”
 恐る恐る視線を上へ。
 「朝からおさかんじゃのぅ、誠」
 「ふぁ…ふぁ、ふぁ、ふぁ?!」
 「そんなに驚くことは無かろう?」
 自らの胸に顔を埋めた誠にそう声をかけたのは、ファトラだ。
 しかしいつものファトラでも、昨日の幼いファトラでもない。
 ルーンと同い年くらいにまで成長した、完全に大人のファトラだった。
 「薬の副作用による…反動?」
 「そのようじゃのぅ」
 ニタリとファトラは微笑み、誠をさらにきつく抱きしめた。
 「むーむー!」
 その胸に再び誠の顔が埋まる。
 「昨日は世話になった。その礼じゃ、存分に受け取るが良い」
 「もむぅぅー!」
 息ができないのだろう、じたばたと暴れる誠の手はルーンのネグリジェに引っかかり、
 「ん、誠様? おはようございま…きゃーー!!」
 めくられて露わになった。
 「おはようございます、姉上。良いではないですか、夫婦なのですから」
 「あ、それもそう…って、違うでしょ!」
 完全に目を覚ましてルーンはファトラに抗議…して目が点になる。
 誠を抱きしめる妹を上から下まで見つめ、
 「え、ファトラ…? きゃーーー!!!」
 驚愕にルーンの目は大きく開いた。
 「そんなに驚きますか?」
 「私よりも胸が大きいなんて!!」
 ”そっちですか!!”
 窒息して意識が吹き飛ぶ寸前の誠は心の中でそうツッコミを入れたのだった。
 なお、お昼にはファトラの年齢は元に戻っていたとのことである。
 全く以って人騒がせな、そしてよくある事件の一つであった。

End...