乙女の園

 柔らかな風に乗った花々の甘い香りが、彼女の端正な鼻梁を撫でる。
 暖かな風だった。
 日は天頂で地上を満遍なく照らし出し、緩やかな午後を作り出している。
 その日の光を体いっぱいに受け止める花壇の色とりどりの花々に、クァウールは鼻歌交じりに水をまいていた。
 花壇の中に設けられたロングチェアには風の大神官アフラマーンが目を細めて、一冊の書を紐解いている。
 ここは神官たちの最高峰、3人の大神官が集う聖地マルドゥーン山の山頂。
 威厳漂うこの人足未踏とも思われる大神殿は、代々炎・風・水を扱う神官の長のみが住まうことが許されている。
 大神官は言うまでもなく扱う力が大きい者が選ばれてきているが、実際はそれだけではない。
 数千数万とも言われる神官と、それを支持する人々の意向を一身に受け止められるだけの度量。
 そして身と心の美しさも求められているのは言うまでもないだろう。
 そんな美しき三人の乙女の住まう地−−−それがマルドゥーンの大神殿である。


 ぶー
 不快な音が風上で響いた。
 書物から視線を外し、音の根源へと目を向けたアフラの鼻に異臭が届く。
 芳しい花々の香りではない。
 一言で言うならば−−屁である。
 「ああ、わりぃわりぃ」
 スナック菓子を頬張りながらマンガ本を読んでいる炎の大神官シェーラシェーラは、アフラに目を合わせることもなく答える。
 直後、
 ぶー
 もう一発、だ。
 少し離れた隣では水の大神官クァウールが見ない聞かないの態度を取っていた。
 再び先程よりも強烈な異臭がアフラを包む。
 「くさっ、シェーラ、アンタ何を食べたらこんな臭いものを出せるんどす??」
 非難120%をその瞳に湛えてのアフラに、シェーラはむっとした顔を向けた。
 「アフラ。お前だってトイレで大きい方した後は、アタイですら鼻が曲がるから時間をおいてから入るんだぜ?」
 「ウチはそんなものしません!」
 それはありえない。
 「まぁ、お互い様ってこった」
 「アンタとウチを同じにせんといて!」
 「なんだとぉぉ!!!」
 シェーラとアフラは互いに立ち上がり、身構える。
 「やります?」
 「やったらぁ!」
 風と炎の法術が花壇に炸裂した!
 消し飛ぶ花々、そして土まみれになるクァウール。
 「ああああああ! お花がぁぁぁ!!」
 叫ぶ彼女。開いた口に再び2人の法術によって弾けとんだ花壇の土が飛び込んだ。
 「あぅー」
 吐き出すクァウール。
 「へ?」
 と、その中には一匹のコガネムシ。
 「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
 ちゅどーん!
 水の法術が新たに花開いた。


 マルドゥーン山の麓にある、名もなき小さな村。
 畑仕事をしていた老人は、今日も人々が崇める聖地で水と炎、そして風の大規模な法術による爆発を見つめて呟いた。
 「さすがは大神官様じゃ。あのような術の修行を毎日されているとは。これでこのエルハザードも安泰安泰」
 再び畑作業に戻る老人。
 彼は知らない。
 人の近寄らない険しい山の先にある聖地マルドゥーンに大神官が住まう訳を。
 巨大な力を持った大神官が暴走して、近くに被害を及ぼさないために僻地に隔離されているという本当の事実を。
 困り者な力の持ち主である乙女の住まう地−−−それがマルドゥーンの大神殿である。


おわり