分裂怪人 誠ンダー



 ここはこの世界ではなく、遠く離れた世界。
 物理的には決して到達することのできない、次元を越えた場所に存在する異世界でのお話。
 「できたで!」
 青年は紫色の煙がうっすらと立ち昇るフラスコを手に、歓喜の表情を浮かべていた。
 彼の名は水原 誠。
 フリスタリカの白色魔人(白衣を着ているから)、素直なファトラ姫(関係者)、おもちゃ(某姫君と付き人)などの異名を持つ、この世界においては異世界人である。
 すなわち彼は『こっち』の世界の住人であったのだが、ひょんな事件があってこの異世界へとやってきたのである。これについては『神秘の世界エルハザード(Pioneer)』をご覧いただきたい。
 さて、彼が完成させたものとは?
 「これでボクの研究も、ぐっと進むはずや!」
 テンションが高いのだろう、一人叫ぶ彼。
 やおらにフラスコの中身をぐいっと一気に飲み干した。
 するとどうだろう。
 誠の姿が霞がかかったようにぼやける。
 やがて彼の姿がぶれるようにして2つに、3つに増えたように見えた。
 いや、実際に増えた。
 ぼんやりとした彼の姿は5つ。
 それはほどなくしてはっきりとした形をとる。
 誠が5人になった瞬間である。
 「成功やな」
 1人の誠が呟く。
 「これで効率が5倍や」
 言葉をつなぐようにして隣の誠が言った。
 「さて、早速研究を続けようか」
 こちらは3人目の誠だ。
 「そうやね」
 相槌をうつ4人目。
 「その前に、次の装置の機材の買出しに行かなあかん」
 最後の5人目が思いついたように手を打った。
 「ほな、手分けして調達しよか」
 最初の誠の提案に残る4人が頷いた。


 彼の研究とは、この異世界から元の世界に戻る研究である。
 だが研究は、これまで彼の天才的な頭脳をもってしても思うように進まなかった。
 その最大の原因が『効率』である。
 なにぶん未知の分野ゆえに1から全てを成さなくてはならない。
 この効率を上げるためには同じだけの知識を持つものの数自体を増やす必要があった。
 それを解決したのが、今回の誠分裂である。
 純粋に効率は5倍だ。
 これによって研究が大きく進むことは明白である。
 その、はずなのである。


 「あとは食塩を1kgやな」
 フリスタリカで一番大きい市場で、片手に袋を下げた誠は彼の担当する最後の資材を探していた。
 彼のことを――そう、仮に誠その1と呼ぶこととする。
 「しっかし、さすがは街一番の市場やな」
 周りにあふれるばかりの人だかりに、誠その1は流されないように気を付けながらまっすぐと進む。
 ふとその進路が彼の意識しないところで右にそれた。
 「?」
 彼の開いた右腕に絡んだ腕がある。細い腕だ。
 「奇遇ねー、まこっちゃん」
 「あ、菜々美ちゃん?!」
 腕を組んでにっこり微笑むのは陣内菜々美その人だった。
 そしてその笑みは場所と時間によっては見る者に不幸を与える。
 「せっかくだから買出し手伝ってよね♪」
 「あ、いや、僕は今…」
 「さ、これ持って」
 「うわっ、なんやこの荷物は」
 どっさりとリュック一杯の荷物が渡された。
 「まだまだ序の口よ。いやぁ、こんなところでまこっちゃんに会えるなんて、まさに運命?」
 「僕の都合なんて関係なしやね」
 「なんか言った?」
 「いや、なにも……」


 同じ頃、こちらは仮に誠その2としよう―――
 フリスタリカの商店街に足を運んだ誠は、酒屋に足を運んでいた。
 「おやじさーん、きついのを瓶いっぱいにお願いしますわ」
 「はいよっ!」
 もちろん、呑むわけではない。
 これを熱し、アルコールのみを抽出するのだ。
 しかしそんなことなど知ったこっちゃない人物が、そこにはいた。
 「よぅ、誠。なかなかいいもの呑んでるじゃねーか」
 「あ、シェーラさん。それにアフラさんも」
 声に振り向けばそこには炎と風の大神官がいた。
 シェーラは赤ら顔、アフラはため息とともに額に手を当てていた。
 「えーっと、もしかしてこのパターンは?」
 「さぁ、誠、一緒に呑もうぜ! アフラ、呑みなおしだ呑みなおし!」
 シェーラに腕を捕まれ、向かいの居酒屋に問答無用で連れ込まれる誠。
 その後姿を眺めながら、アフラは再度大きなため息をつくのだった。


 同様に、こちらは誠その3―――
 城の裏門から出ようとしていた誠は、走って廊下の向かい側からやってくるロンズとストレルバウに軽く敬礼した。
 「お疲れ様で……えええ?!?!」
 誠はそのまま2人に拉致される。
 「誠殿、しばしファトラ様の身代わりに」
 「お願いいたしますぞ」
 「またですかぁぁぁぁぁ〜〜〜〜」
 そして3人は城の奥へと消えていった。


 はたまた残る誠その4&5の場合はというと―――
 「のぅ、アレーレ。あれは誠ではないか?」
 「そうですね」
 「2人に見えるが?」
 「見えますね」
 「どういうことであろう?」
 「……さぁ?」
 「ふむ」
 「あ、でもファトラさまぁ」
 「ん?」
 「誠様で遊ぶ楽しさは2倍になりますね」
 「拉致ってこい」
 「らじゃっ!」


 こうして誠軍団は崩壊した。
 しょせん1人であっても5人であっても、そして10人であっても辿る運命は同じなのである。
 負けるな、誠。泣くな誠。
 きっと夜明けはやってくる。


おわり