ある晴れた昼下がり
「誠、おるのか?」
ロシュタリア城内にある誠の研究室に一人の女性が訪れていた。
普段見ることのない複雑な文様が描かれたワンピースを着込んだ彼女は、この部屋の主とそっくりな容貌を持つ。
王女ファトラ姫である。どうやら服装からして、外国からの謁見前か後にここへ足を運んだらしい。
彼女は様々な機械類が所狭しと置かれ混沌とした研究室を、軽い身のこなしで奥へと進んでいく。
やがて彼女は誠が普段使用している研究机の前へ到達。
だがしかし、そこには誰もいない。
「ふむ」
と、彼女は研究机の上に掌サイズのボタンが置かれているのに気付く。
形状的には、白い土台に赤いボタン。
見ているとついつい押してみたくなる形状だった。
そしてそれを発見したファトラ姫は、本能に忠実なお人である。
「あ、ソレ、ポチっとな」
何処かで聞き覚えのあるセリフを口にしながら、ファトラは一点の曇りもなくボタンを押した。
ぱらぱぱっぱっぱーーー!
部屋中にトランペットのものらしい音が響き渡った。まるでドラクエのLvUPを表す効果音のような。
「な、なんじゃ??」
「あーーーー!!!」
声はファトラの後ろから。
薄汚れた白衣を身にまとった水原 誠である。
「おぅ、邪魔しておるぞ」
「ファトラさん、ボタン押してもうたんですか?!」
「ん?」
ファトラは机の上のボタンに視線を戻し。
そこにはそんなものはなかった。
だから。
「いや、押してなどおらぬぞ? 何じゃ、ボタンとは」
しらばっくれた。
誠は慌てて机の前に駆け寄りボタンを探すが、見つからない。
「お、押してもうたんですね」
「だから押しておらんと言っておろうが」
ファトラの言葉を無視して誠は続ける。
「あのボタンは先エルハザード文明の遺物で、押した人に一度だけ『ありえないこと』が起きるとゆー代物なんですわ」
「………どーでもいいが、先エルハザード文明とは毎度毎度こんなくだらないものばかり作っておるのだな」
「ボクに言わんといてくださいよ」
呆れ顔のファトラに、困り顔の誠。
「まぁ、そんな簡単に『ありえないこと』なぞ起こらぬわ」
「あ、ファトラさん。ルーン王女様が探してましたよ。なんでもそろそろ隣国のお客が来るからって」
「おお、もうそんな時間か。急がぬとな」
「あ」
背を向けたファトラの肩を誠は軽く掴む。
「何じゃ?」
「肩のところに糸クズ付いてますわ」
ひょい、と誠はファトラのワンピースの肩から出た細い糸を引っ張った。
ずる
「「へ??」」
それは切れることなく1mは伸び、そして。
ハラリ
何故かファトラの身にまとうワンピースは数枚の布になってものの見事に分解。
唖然とした誠の目の前には、白さが眩しいファトラの裸体が現れた。
「………誠、貴様」
目の前の男に、あらわになった肌を隠すこともなく、ファトラはギラリと光る目で誠を睨んだ。
「ファ、ファトラさん?! ちょっと、その手に持ってるのは何ですか?! ってかボクのせいですか?!」
ふるふると震えたファトラの手には、いつの間にやら巨大な金棒が握られている。
鍛えた男でさえ持ち上げることすら困難と思えそうなソレを、彼女は片手で振り上げ……。
「まったくじゃ。ありえんことは起こるものよのぅ」
「うわーーー!!!」
ごす!
「あ、ありえへん……ってかどーしてボクがこんな目に。ってか、やっぱり押したんやない、か」
ガクリと気を失う誠。
彼が断末魔の中で見たファトラの頭には、怒りのあまりに鬼のような角が見えたとか見えなかったとか。
おわり