ウーラ活躍?


 それは、とある昼下がりのロシュタリア城。
 穏やかな日の光の降り注ぐ中庭に、2人の乙女がいた。
 緑豊かなそこにあぐらをかく黒髪の女性と、その隣で正座をしたポニーテールの少女である。
 2人の前にはいくつかの小瓶が置かれていた。
 「持ってきましたけど、どんな効果があるのかさっぱりですー」
 小瓶の1つを手に取りながら、ポニーテールの少女が首を傾げた。
 「ふむ、地球とやらの文字は曲がりくねっておってさっぱり分からぬな」
 尊大な口調でこちらは黒髪の女性。
 「でも誠様、お困りになるんじゃないですか?」
 「ふん、あんなにごちゃごちゃした部屋なのだ。いくつか物が無くなったところで気づきはすまい」
 「それもそうですね♪」
 「ソンナコト ナイ」
 カタコトの言葉は2人の背後から。
 ガサリと草木を分けて現れたのは、一匹の猫だ。
 「マコト キット困ル」
 「そうじゃ、アレーレ」
 「はい、ファトラ様?」
 「人ノ話 聞ク」
 猫の言葉を無視しつつ、黒髪の女性―――ファトラ姫はニタリと笑みを浮かべつつ猫を見た。
 「動物実験すれば良いではないか」
 「ああ、それもそうですね♪」
 「ウーラ 用事 思イ出シ…フギャ!」
 首の後ろをファトラに掴まれながら、ウーラは空しく宙を掻いた。
 「さて、まずはどれにしようか」
 「この白い粉のはどうですか?」
 「イヤダ ウーラ マダ死ニタクナイ」
 ジタバタ暴れるウーラに、アレーレは蓋を開けた小瓶を近づけていく。
 と、その時だ。
 「コラ、ウーラいじめてんじゃねぇよ、お前ら」
 ぱこん、とアレーレの頭が小突かれた。
 その拍子に小瓶が宙を舞い、見事ウーラの頭にヒット。
 無常にもウーラは頭から中身の白い粉を浴びた。
 「うぉ!?」
 思わずウーラを茂みに投げ捨てるファトラ。
 服に舞った粉を慌てて払い落とす落とすと、彼女はアレーレを小突いた声の主を見上げた。
 そこには赤い髪を持つ炎の大神官・シェーラの姿がある。
 「なんじゃ、シェーラか。また誠に会いに来たのか?」
 「ちちち、違わい! 神官の公務で城に寄っただけだっ!」
 「ほぅ、そういうことにしておいてやろう」
 「そういうことなんだよっ!」
 「あーあ、全部かけちゃった」
 一方、アレーレは空になった小瓶を拾い上げる。
 貼られたラベルにはちなみに日本語でこう書かれていた。
 『またたび…?』と。
 「フゥゥゥゥ!」
 そんな唸り声と共に、白い影が茂みからシェーラへと襲いかかった。
 「うぉ?!」
 慌ててそれを避けるシェーラ。
 飛びかかったのは小柄の動物の『ようだ』。動きが速すぎて視認が出来ない。
 『それ』は城の壁を高速で伝うと、再度シェーラに向かって飛びかかってきた!
 「ちっ!」
 間一髪、シェーラはその体当たりのような攻撃をかわす。
 襲撃者はファトラとアレーレを背後に、シェーラに向き直った。
 「って、ウーラじゃねぇか……??」
 身構える小動物―――先ほど助けたウーラと確認し、シェーラは首を傾げた。
 姿はウーラだが、なんとなく違う。
 いつもの可愛らしさは微塵も無く、何か不気味な雰囲気を纏っているからだ。
 そう、それはどこかで感じたことがある。
 「あ…」
 シェーラはウーラの目を見た。
 くりくりした、人をなごます癒しはそこには無く、ギラギラと輝いている。
 それは、そう……まるで正気を失ったエロ爺・ストレルバウのそれと同じなのだった!
 「シェーラ ウーラヲ着ル」
 くぐもった声でウーラは言う。
 「な、なんで?!」
 「ソウスレバ シェーラ 防御力アップ!」
 言葉が終わらないうちにウーラは野生の動きでシェーラに飛びかかった。
 「させるかっ!」
 飛びこんでくる邪悪っぽいウーラに、シェーラは遠慮なしの炎の法術を叩きこんだ!
 ゴゥ、と灼熱の炎がウーラを包む。
 が。
 「なっ!」
 ウーラは毛皮に焦げさえもつけずに炎を突破。
 王族を守る猫の名は伊達ではないっ。
 「「おおっ!」」
 完全にギャラリーと化したファトラとアレーレは手に汗握り行く末を見守る。
 飛びこんでくるウーラに、しかしシェーラの鋭い右足蹴りがヒットした。
 まるでボールを蹴るような感覚を受けるシェーラ。
 ウーラは城の壁にぶつかり、やはりボールのように跳ね返って、その勢いのまま再度シェーラに襲いかかる!
 「マコト 言ッテタ 好キナ人 守リタイッテ」
 「それがなんだっ?!」
 「マコトヲ守ルウーラハ ダカラ シェーラヲ 守リタイ」
 「え……?!」
 一瞬、シェーラの動きが止まる。遠回りな言葉の意味を理解するために。
 だがそれは、ウーラの作戦。
 シェーラゆえに通用する言葉のトラップだっ!
 この一瞬、野生が大神官の力を凌いだ。
 ウーラはシェーラの体に巻きついた!!
 「なっ、こら、離れろっ!」
 「シェーラ 肌 スベスベ」
 「ちょ、へんなとこ触るなっ!!」
 「シェーラ 肩 コッテル ウーラ 揉ム」
 「や、やめろ……ふぁ、そんなとこ、あぅ、いやっ!」
 端から見ると1人もだえているシェーラをしみじみと眺めるのはファトラとアレーレ。
 「さすがファトラ様の猫ですね。すごいテクです」
 「ふむ、教えた覚えはないのだが」
 「よく言うじゃないですか、ペットは飼い主に似るって」
 「なるほど。しかしウーラも侮れぬな」
 「ちょ、お前ら、助け、はぅぅ!」
 シェーラの、なにやら色っぽい声をBGMに2人は呑気にお茶をすすっている。
 と。
 「あら、シェーラ、こんなトコにおったんどすか。ファトラはんにアレーレも、こんにちわ」
 「うむ」
 「あ、アフラさん。こんにちわー」
 「はっ……ふぁぁ!!」
 最後にそんな声を上げてシェーラがその場に倒れた。
 「シェーラ?」
 近寄るアフラ。
 顔を上気させてぐったりと横たわるシェーラから『それ』はアフラに飛びかかった!
 「?!」
 必要最小限の動きで避けるアフラ。
 『それ』はアフラのやってきた廊下に飛び、再び身構えた。
 「ウーラ?」
 「アフラモ ウーラ 着ルトイイ」
 さらに目をギラギラさせて告げるウーラ。
 そんなウーラを見て、アフラはその飼い主に視線を移した。
 「ファトラはん、アンタのペット、暴走してるっぽいどすぇ?」
 「飼い主に似るらしいしのぅ」
 「それじゃ、正常運転どすか? っと!」
 ウーラの襲撃を避けつつ、アフラは廊下を駆けた。
 その後を野生の本能剥き出しの動物が追う。
 やがてアフラは廊下の角を曲がり、それをウーラが追い、
 曲がったその直後、目の前に女体があった。
 「ウーラ 着装!」
 問答無用にまとわりつくウーラ。
 「あら、ウーラ……じゃない?」
 やや驚いた声は、
 「ミーズ……」
 「ええ、そうだけど?」
 見ればその背後に一息ついたアフラの姿があった。
 ウーラは思わず、自らが纏われた感触に素直な感想を漏らしてしまう。
 「オ肌ニ 張リガナイ」
 ピシィ
 何かが割れる音がした。
 それは空気の中の水蒸気が凍てつき、割れる音とも言い伝えられている。
 ミーズは、むずっとウーラの頭を右手で掴むと一機に己の体から引き剥がし、その両足を左手で掴んだ。
 「こぉの、クソ猫がぁぁぁぁぁ!!!」
 そのままウーラをエキスパンダーの要領で思いきり引き伸ばすと、空に向けて右腕を掲げ、そして左手を離した!
 ぶん!
 ゴム鉄砲のゴムのように、
 「にゃぁぁぁぁぁぁぁ………」
 青い空に王家の猫は舞って消えた。

 
 「あー、ダメですよ、ファトラさん。勝手に僕の研究材料を持ち出しちゃ」
 「ふむ、たまたまポケットに入ってしまったのじゃ。のぅ、アレーレ」
 「はい、ファトラさま♪」
 「もー」
 やれやれといった表情で小瓶を回収する誠の背後に、鬼の表情を浮かべた三大神官が迫っていたことに。
 彼はまだ気づかない。

おわり