君の知らない物語

 天に瞬く織姫と彦星。
 2人の間には広大な天の川が横たわり、常に互いの姿を見ることしかできない。
 しかし、年に一度だけカササギの背に乗り逢う事が出来る。
 その日を七夕と言い、竹笹に願いを書いた短冊をつけて掲げると、もしかして願いが叶うかもしれないとかなんとか。
 「そんなお話があるのですね」
 ストレルバウからそんな話を聴かされてルーンは、ほぅとため息をつく。
 「しかし我らが元におります彦星に比べると、なんとも幸せな2人ではありませぬか」
 そう告げるのは黒髪の姫、ファトラだ。
 「それも……そうですね」
 城の一角に住まう異世界の少年を思い浮かべ、彼女は寂しそうに頷いた。
 「遥か千億の彼方よりもさらに先に行ってしまった彼の織姫には、年に一度逢えもしませんしね」
 「しかしストレルバウよ」
 「なんでしょう、ファトラ様」
 「その織姫とやら、さぞかし美人なのであろうなぁ」
 「さぁ? しかしワシの知る織姫は美人でしたのぅ」
 しみじみとして呟くストレルバウの言葉に、ファトラは不意に立ち上がる。
 「アレーレ、やはりここは織姫の姿を見たいとは思わぬか?」
 「はい! ファトラさま!」
 主に従い、脇に控えていた小柄な少女も立ち上がる。
 「そしてあわよくば、織姫を強奪するっ! カササギならばそんなことが出来ると思わぬか?」
 「さすがファトラ様、策士ですぅ」
 「いくぞ、アレーレ!」
 「はい!」
 言うや否や、2人の少女は嵐のように部屋を駆け出していった。
 その後姿を見送りながら、姉であるルーンは小さく微笑む。
 「素直ではないわね、でもそこがあの子らしいわ」
 そして先だってストレルバウから手渡された短冊に、この国の文字を綴る。
 「ストレルバウ、これをお願いね」
 「承知いたしました」
 賢人は彼女から恭しくそれを受け取ると、大事に懐にしまう。
 ロシュタリア元首である彼女の願い。
 それにはこう、記されていた。
 ―――今夜は晴れて、皆の願いが届きますように。