『とあるオタクの報告書』
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そこはどこだろうか?
上も下も分からない暗闇に二人の中年の男が立っていた。
「ソックスまでもが…神楽の奴らめ!」
「黒猫はどういうつもりなのだ? むざむざと彼女ほどの猫を見捨てるとは!」
憤慨する二人。
「…黒猫にこれ以上ついては行けぬな」小さく、男の一人が呟く。
「ああ、私もそう思っていたところだ。我々で神楽に制裁を加えねばな」
「うむ,神楽の任意の一名を排除する。これでどうだ?」
「そうだな,私の手の者にやらせよう。おい!」
男の召喚に、暗闇の中に猫の目が一対光った。
「御意,お任せくださいにゃ!」
春の風を含んだ三月終わりの小春日和…
神楽のオフィスでは4人+1匹が、各々の職務を果たしている。
すなわち田波はパソコンにて始末書作成,蘭東は事務処理,梅崎は銃の
手入れに、菊島はフラフラと…。
ちなみに姫萩は地下で昼寝,まやもまた日だまりで丸くなっていた。
そう、今日は何故か昼になっても桜木嬢が出社してきていないのだ。
ピピピ…
田波の打つパソコンから軽い電子音が。画面の右端には手紙のアイコンが
点滅している。
「高見ちゃんからEメールが来てる…」田波はボソリと呟いた。
「なになに…しばらく休ませて頂きます?」いつの間にやら、田波の膝の
上にちょこんと座った菊島社長が声を出してそれを読んだ。
「田波君,今日何日だっけ?」田波のいる机から,オフィスの対角線上から
蘭東は尋ねる。
「ええと、3/30日です。来週には4月ですね…」そこまで言って、
田波ははっとする。
「「あれか…」」
「ふにゃ?」声を揃えた4人に、まやは眠たげな目をちょっと開いただけ
だった…
修羅場である。
所変わって、そのころの桜木嬢のマンションにて…
「何で私がまだこんな事をぉ」眼鏡の奥の目を、寝不足に赤く腫らせて、
彼女は己の境遇を呪う。
「もぅ、しつこいわね! バラされたくなかったらキリキリ描くことね」額に
筆ペンで『必勝』と書いた日の丸ハチマキをギュっと絞めた、ボーイッシュな女性
が彼女に喝を入れた。
「私達は勝たなくちゃいけないのよ!」Gペンを握りしめ、叫ぶ彼女。
そう、桜木の先輩・高乃である。
一人では広めの桜木のマンションも、四人も入ればかなり狭い。
そう,彼女達は今、紙とインクと時間を相手に苦戦を強いられていた。
4月にあるという『C・革命』と呼ばれる同人誌即売会に向けての、最後の追い
込みである。
最後の追い込みというのは語弊があるかもしれない,追い込みというのはある
程度、原稿を揃えていた上での最終調整のことをいうのであるから。
当然、彼女達はその「ある程度」の原稿すら未だに仕上がっていなかったりする。
「聞こう聞こうとは思っていたんですけど,一体誰に勝つんですかぁ?!」キュ,
ユンケルの蓋を開けながら、桜木嬢は非難がましく尋ねた。
それに高乃は不敵に微笑み…
「『黄金の夜明け』,織田の率いる大手サークルよっ!!」
「勝てるかぁぁぁ!!」
「勝てるわ,私達が今回出すのは500Pの、ファンタジーシュミレーション
SF子育て調教RPGな大巨編なんだから!!」
「ぜんぜん訳わかんないですよぉ〜」
「分からないでよく手伝えたわね…」白い目の高乃。
「今まで先輩の考えてること、分かったことないですから」
「言うようになったわね,高見…」
「そもそも500Pも描けないですよ,未だに30Pしか仕上がってないじゃ
ないですか!」
しかし高見の泣き言に、高乃はチッチッと人差し指を横に振る。
「私達にはJがいるわ! 今こそこのJ笛で!」懐から取り出したるはアルト
リコーダー,低音が出るぞ。
ピィ〜…四人のいる部屋に笛の音が鳴り響く。
どこか哀愁すら感じるのは気のせいか?
「…先輩、今日はブラックマンデーです」原稿から一時的に目を放した
坪井がボソリと言い放つ。
「「…」」
「と、ともかく、描くのよ,描いて描いて描きまくりなさい!!」目が完全に
イッちゃてる高乃は叫んだ。
「坪井,篠部…あなた達,よく続くわね」肩の力を落とした高見は、黙々
と原稿の手を進める二人の女性に尋ねる。
2人はゆっくりと顔を上げ…
「「全ては我らがビック・ファイアの為に」」キラリと目が怪しく光る。
「BF団かぁ!!」
彼女の叫びも虚しく、刻は刻々と過ぎ去って行く。
カリカリカリ,シャッシャ…
静かな部屋に紙をペンや消しゴムなどが接する音だけが響く。
スゥ…
と、高見の原稿からいきなり少女が現れた!
「!!!!」机からダッシュで離れる彼女。
現れたというより、透過してきたと言って良いだろう。
白い猫耳にシッポ,歳の頃は見た目は16・7であろうか。それは高見のデー
タベースに二件引っかかったが、現実みのある方を選択した。
「ば、化け猫!!」
「桜木高見か? お前の命、もらいにきたにゃ!!」振り上げる腕を、しかし、
がっしと掴む者がいた。
「新しいアシスタント?」グイと引き寄せ、高乃は化け猫にガンをつける。
「フェ*シアのコスプレしてまで手伝いにくるなんて、なかなか気合い入って
るじゃないの」顔は笑っているが、目が笑っていない高乃。
そのどんよりと曇った瞳に睨つけられ、化け猫は目をそらした。すでに彼女の
負けである。
「うにゃ? ち、違うにゃ,化け猫にゃ!」腕を捕まれながら、ジタバタしな
がらわめく化け猫。
「語尾に「にゃ」を付ける、コテコテな表現で化け猫と語るつもり?」ドスの
効いた声で言う高乃。
「そ、そうにゃ!」
「ふぅん,100歩譲ってそうだとしましょう」
「結構物分かり良い奴にゃ」ホッと一息の化け猫。しかし…
「今は修羅場よ,まさに猫の手も借りたいくらいの。それが分かるわよね」
「???」
「ベタくらいは出来るわよねぇ!」
「う、うにゃにゃ??」恐怖と困惑の猫。
「口答えは許さないわよ,貴方は猫なんですから…」クククと高乃は
不気味な微笑みを浮かべた。かなり怖い。
それに哀れな化け猫は、高見に救いの目を向ける。
当然、視線を逸らす高見。
「ふにぃぃぃ…」涙を流す化け猫,新しいアシスタントがここに生まれた。
徹夜3日目…
「お、終わらないですぅ!!」たまらず、桜木嬢は叫んだ。
「…だ、大丈夫よ。こんなこともあろうかと、助っ人を呼んだの。もう
そろそろ来るはずよ…」死にかけの高乃がそれに答える。
「助っ人?」
「ええ、私達を東館の壁に送りこんでくれた人…」
ピンポーン
インターホンが鳴った。
「は〜い」高見はふらつく足で玄関を開ける。
「助っ人にきたよ」現れたのは軍服姿の少年。前髪が妙に長い。
「貴方は?」取り合えず部屋に上げ、高見は尋ねる。
「俺は雑賀京一郎。織田を潰すためだったらなんだってやってやる」言って、
彼は数ページの原稿を高見に手渡す。
「僕が書いた原稿だよ」
「「こ、これは!!」」絶句する桜木と高乃。
「魔法のマダム・バタフライU」と書かれた題名の原稿は…そりゃあもう、
凄かった。
―――気が遠のくかと思いました―――(桜木高見・後日談)
「そうだ、そうだよ。雑賀,彼は絵とかあんまり描かんはずだ」高乃は思い
出したように言い放つ。
「そぅ、俺の武器は舌だ。舌先三寸!! こいつが俺の唯一の資本だ」言って、
雑賀は舌を出した。
「…あのぉ〜、この状況で、舌先三寸が一体何の役に立つので?」修羅場
な部屋を見渡して、高見は疲れたように尋ねる。
途端、部屋に沈黙の幕が下りた。
「…」
「…フレー,フレー,高乃。あ、それ、フレッフレッ、桜木。ワァ〜」
機械的な動きな雑賀。
「あんた、いらんわ…」
朝、それはいつもと同じものだったが、桜木嬢にとっては懐かしい、普通の朝
だった。
「おはよぉございま〜す!」神楽のオフィス,彼女は朝の挨拶。
「おはよう、高見ちゃん」相変わらず朝が早い田波が一人、答える。
「あれ、高見ちゃん,売り子はやらなくていいの?」不思議そうに尋ねる田波
に、高見はブンブン首を横に振る。
「な、な、なに言ってるんです?! 売り子って一体なんのことやら…」
「はぁ、ま、いいや」田波は狼狽える高見から視線を外し、付けていたTVの
画面に視線を戻す。
********
「ここ、池袋の某ビルには世界中のオタク達が集まっております。あ、あそこに
コスプレした方がいますね、インタビューしてみましょう」レポーターは猫娘の
格好をした少女に近づく。
「TV東×ですが…」
クル,彼女は振り返り…
「助けてにゃぁ〜」某フェリ*アのコスプレをした彼女はレポーターに泣き付く。
しかし彼女の襟首をグイと掴む女性の姿がある。
「アンタには売り子もやってもらうのよ,ほら、キリキリ準備する!」
「ふにぃぃぃ…」足蹴される化け猫。
「え、ええと…とにもかくにも熱い会場でした。カメラ、お返しします」
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「…」
「…」
「いまの、化け猫じゃないのか? もしかして即売会がやつらの資金源だったり
して…」
「ま、まさかぁ…」
二人の渇いた笑いがオフィスに響く。
とある春の日のことだった……
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あとがき
相変わらず、お馬鹿な事書いてる元です。
ええと、これをちゃんと理解するには『大同人物語』と『ジャイアントロボ』と
『ヴァンパイア・ハンター』を知ってなきゃいけません(断言するなって…)
高見ちゃんのお話です,ジオブリの書くの久しぶりだなぁ。
ちなみに私は同人誌の世界は全然知らないので、全部机上の空論です。間違いが
あったら指摘願いますね。
ともあれ、5000hit,有り難うございます。
これからも宜しく!!
1998/06/06(sat)
文/元
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