『とある走り屋の報告書』


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  彼女はバモスの運転席で目を覚ました。
  助手席に人の気配を感じたからである。
  「ふぁぁ…」両腕を頭上に延ばし、天井に両手のひらをつけて背伸び。
  スピードメーターの隣にある時計はアフター5を指していた。
  首を鳴らしながら眠け眼で横を見れば、梅崎の姿があるではないか。
  「どしたの,真紀?」
  「ちょいと埠頭まで、送って行ってくれないか?」そう言うとシートに凭れ、
 自慢の帽子で目許を隠す様に俯く。その様子は声を掛けることを拒絶しているようだ。
  「…OK」
  姫萩は刺さったままのキーを回す。
  グォン!
  やや重ためなエンジン音がガレージに響いた。明らかに通常のバモスのエンジン音
 ではないのだが、神楽自体に通常の人間がいないので、これは小さな問題に過ぎない。
  やがて二人を乗せたバモスはゆっくりとガレージを出て行った…・・



  港の倉庫街,海から冷気を伴った強い風が吹きつけてくる。
  閑散とした埠頭には荷下ろしの船も人夫もなく、紙屑が風に舞っていたりする。
  まさに「麻薬の取り引き」や「銃撃戦」,「歓迎・西部警察御中!」ってなシチュ
 エーション,いや、やらなきゃいけないような雰囲気だ。
  カチャカチャ…
  倉庫前を走るバモスの中で、梅崎はルガーを最終点検。
  それを横目で見ながら、姫萩は胸ポケットに入れたラッキ−ストライクを一本、
 口にくわえた。
  「真紀」
  「ん?」
  「ライター,ない?」
  「すぐにこのルガーが火を吹くさ,それまでガマンしてくんな」
  「そ〜するわ」
  やがてバモスは海に面した一つの倉庫の前で停車する。
  梅崎は無言のまま下りると、その倉庫の通用門を潜って入った。
  姫萩は火のない煙草をくわえながら、バモスの中で待つことしばし…
  風が車内に隙間から入り込み、その冷たさが彼女を撫でて行く。
  「真紀,あと2分で戻ってこなかったら帰るかんね」答える者はいなくとも一人
 で呟く彼女。
  その直後のことである。
  ゴゥン!!
  バモスの横を何かが物凄い勢いで通過した。
  「何?!」珍しく慌てて窓の外を見る姫萩。
  バモスが止まる倉庫の前の道路は、タンカ−クラスの貨物船の荷下ろしなどの為
 に幅が20mはあり、海に面して長さ800mはある、標準的な港である。
  後ろを見る彼女の視線の先には一台の86があった。
  「トレノ…ゼロヨンの練習か何かか」
  走り屋に特有な低い車高のトレノは停車位置から反転,アクセルを空ぶかしして
 いる。
  「来る」小さく呟く。
  ゴゥン!
  エンジン音と風圧を残し再び直線を走り出すトレノ,それは先程と同様、バモス
 の横を通過し走り出した所からおよそ400m辺りの地点で停車した。
  ゼロヨンとは直線400mでタイムを競うものである,姫萩の予想は当たったよ
 うだ。
  「悪くはないね,あのチューン」嬉しそうに車内からトレノを眺めながら、彼女
 は微笑んでいた。



  梅崎は薄暗い倉庫に足を踏み込む。
  扉付近の非常灯の赤い灯りのみが、内部をうっすらを照らしだしてくれている。
  カツカツ…
  無謀にも倉庫の真ん中まで歩を進める彼女。
  パチッ
  スイッチ音と供に白色光が梅崎をスポット的に照らし出した。
  彼女は眩しそうに目を細める。
  「良く来たアルね」
  声が響く。彼女の前の荷物の影から、一人のサングラスを掛けた中年が現れた。
  「清,アンタから呼び出すなんてたいした度胸じゃないか」不敵に梅崎は微笑む。
  「この間はアンタと竜には酷い目にあったネ,今回はわざわざ外から腕利きの
 殺し屋を雇ったアルネ」
  パチン,清は指を鳴らす。
  梅崎は背後に生まれた殺気に、その場を飛び退く!
  バララララ!!
  彼女の立っていた足下の地面が弾丸に抉られた。
  「テメェ!」振り返る梅崎。
  「さすがはジャパンのナンバー1,楽しみだ」
  マグナムの様な,おそらく改造銃を手にした、ウェーブの掛かった長髪の男が
 睨んでくる梅崎に賛美の声を掛ける。
  「紹介しておくアルネ,この方はおフランスのナンバー1…」
  「しらねぇ訳、ないだろ」清の言葉を梅崎は遮る。
  「ドーベルマンのヤン…生まれて三日後にはマグナムをぶっぱなしていたっ
 ていう噂の腕利きだ…」
  「ほぅ…」自分を知っていたことにさらに興味が湧いたのか,ドーベルマン
 は楽しげに梅崎を見つめた。
  「私も梅崎,君のことはフランスで耳にしているよ」
  「フン,案外知名度が上がったもんだ」言葉とは裏腹に、結構嬉しいらしい。
  「しかし…案外小さいんだな」
  「殺す!!」
  チャキ,梅崎がルガーを構えるのとヤンが銃を梅崎に向けたのは同時だった…



  ドゴォ!!
  爆音が数ある倉庫の一つの壁を吹き飛ばした。
  「?」
  姫萩は煙を上げる前方の倉庫に視線を移した。
  白いスーツの女が、ほうほうの体でこちらに駆けてくる。
  その後ろからは黒いレザーのチョッキを着こんだ怖そうな兄さんが余裕の足取り
 で付けてきている。
  その手にするは銀色の銃,彼は歩きながら懐から何やら取り出すと、銃口の下に
 手にしたそれを詰めこむ。
  バタン!
  助手席に飛び込む梅崎!
  彼女の返事を待つ事なく、一流の運転手は180度方向転換,迫り来る男に背を
 向けてバモスを飛ばす。
  バックミラー越しに、男が銃を構えるのが見えた。
  「夕,火力で負けたよ!」ルガーに弾を込めながら梅崎は意気を切らして言う。
  ”火力!?”慌てて姫萩はハンドルを横に切り、倉庫街の側道へ!
  ヒュゥン…
  直後、背後で今までのバモスの進行方向へ向かって飛び去る物が一つ…
  ドゴォォォ!!!!
  まるでミサイルが着弾したかのように、抉られたアスファルトの破片がバモスの
 上にもいくつか降りそそいでくる。
  「何だい,あの武器は」
  進む方向が変わったので、ミラーには男の姿は当然見えない。だがそこ知れぬ
 恐怖心の為についつい見てしまう。
  「フランスの強盗,殺し,何でもありの狂犬・ヤンさ。ドーベルマンって通り
 名が付いてるイカレ野郎だ。奴の銃は連射式な上に、小型のミサイル弾頭も撃つ
 ことができる」
  カチャ
  梅崎はルガーを懐へ。
  「欲しいだろ,その銃」
  「…うん」
  一路、姫萩はバモスを神楽へと飛ばす…



  ヤンは前方で火を上げる道路を憎々しげに見つめていた。
  「よもや逃げるとはな」
  「一体何なんだ?」背後でそんな声がした。
  振り返ると一人の青年が驚いた顔でこちらを眺めている。その傍らには車がある。
  ”しめた”思うが先か、ヤンは青年に向かって駆け出す!
  狙いが自分と分かったのか,青年は慌てて運転席に逃げこもうとするが…
  「悪いが、しばらく私の運転手をしてもらおう」
  「…クッ」ガラス越しに銃を突きつけられる青年。
  その威力は先程己の目で見ている。
  ヤンは車の助手席に乗り込んだ。
  その車はトレノ,扉には「藤原とうふ店(自家用)」と書かれていた。



  「も、もうやめて国に帰ろうかな…」
  ガレキの下で、清は涙ながらにそう呻いていた。



  5分も走らない内だった。
  倉庫街を抜けた所である。
  車のヘッドライトがバモスの車内を照らし出した。
  直後…
  バキャキャキャキャ!!!
  「「どわわわわ!!」」
  金属と金属がぶつかり合う音!
  サイドミラーは割れ、フロントガラスにもヒビが入った。
  ヒビは丸い穴を中心に広がっている。
  「真紀!」
  「奴か!」2人してバックミラーを見る。
  そこにはライトをハイビームにしたトレノが一台。
  助手席から乗り出すようにして銃を構えた黒い男と、運転席には民間人らしい
 青年一人。
  ”捕まったか,アイツ”ゼロヨンをしていた車を姫萩は思い出す。
  追いつかれても無理はないと自ら納得。
  パキィ!!
  バックミラーが弾け飛んだ!
  「真紀,ライターある?」未だ火の着いていない煙草を揺らして夕。
  チュイン…,姫萩の鼻の頭を、ミラーを破壊した影が過ぎた。
  「ありがと」炎の灯った煙草を吸い込み、彼女は失笑。
  「チッ,夕,飛ばして!」助手席の窓から半身を乗り出して、梅崎はルガーを
 構える。
  ガンガンガン!!
  バララララ!!
  「ば、バモスがぁぁ!!」姫萩は心の中で涙にくれる。
  一方、トレノでは…
  「お、俺のトレノがぁぁ!!」
  青年,藤原拓海は叫んでいた。白い車体に銃痕が次々に開いていく。
  「心配するな,私が責任以て弁償してやる」
  「そういう問題じゃないよ…」黒い狂犬に改造車の何たるかを、ついつい語
 ろうとして慌てて口をつぐむ。機嫌を損ねてこちらに銃口が向くとも限らない。
  やがてバモスはT字路に差しかかろうとしていた。



  「真紀,どうする?」姫萩の先にはT字路。
  右はここに来る時に通った市街地への道,そして左はおそらく峠道。
  「ルート22だ!」
  「…素直に国道22号線って言いなよ」
  そして姫萩はハンドルを左へと切った。



  拓海は内心、ホッとした。
  左は人気のない峠道であるからだ。
  自分がこんな事に巻きこまれていると街の人に知れたら、父さんのとうふ屋は倒産だ,
 あ、シャレになってる? なってないか…
  そしてもう一点。
  この先に続くのは結構ハードな峠道だ。
  そしてこの結構走り慣らしている,バモスなんぞに元より負ける気などないが、
 慣れた道を追いかける分にはあまりプレッシャーはない。
  ”勝てる…な”
  勝ってどうする,拓海!?



  「夕、振り切ってよ!」助手席に戻り、梅崎は言う。次第に上りになってきたことと、
 左右の揺れが大きくなってきたため、身を乗り出しての銃撃戦は辛くなってきたのだ。
  それはヤンにしても同様であり、銃は単発的になってきている。
  「OK,しっかり捕まっててよ。でもあの兄さん,どうしてさっきの破壊力のある弾丸
 使わないのかな」
  夕の鋭い意見,ここで先程のロケット弾を使われたら逃げ道はない。
  「さぁな,弾切れじゃないのか?」



  バモスのスピードが上がった。
  同時に、拓海の隣に座るヤンもようやく席に腰を落ち着かせたようだ。
  「チィ,ミサイル弾を残しておけば良かったぜ」愚痴っている。梅崎の予測は正鵠を得て
 いたようだ。
  「おい、しっかり追い付いて行けよ」ドーベルマンは拓海に告げる。それに彼は不敵に
 微笑んだ。
  ドーベルマンの言葉にではない。
  「やるじゃないか,あのバモス…」拓海の目にはヤンの姿は全く入っていない。
  前を走るバモスのライン取りに感心していたのである。
  ”完璧なライン取りだ。次のヘアピンカーブも…おおっ,あの車体でブレーキなしで
 切り抜けるか,相当ここを走り込んでるな!”
  グゥン!
  「お、おい…」ヤンは額に汗する。
  狭い峠道,トレノのスピードが今までにも増してアップしたからである。
  それにともない、中の揺れも凄まじいものになる。とても銃で前の車を狙う所ではない。
  それも隣の運転手の目が座っている。
  ”まずい車に乗っちまったなぁ”シートベルトに手を延ばしながら、ヤンは少しの後悔を
 感じる。



  グォォン!!
  背後からのエンジン音。
  「やるね,あのトレノ!」姫萩の顔には嬉々とした表情が見て取れた。
  「ゆ、夕,何を喜んでんのさ…」こちらもまた、シートベルトに手を延ばしながら
 梅崎が恐る恐る尋ねる。
  「こんな峠道を走るアタシに付いてこれてるのよ,あのトレノの運転手。相当の走り屋だわ」
  「だから何?」右に,左にと揺れながら梅崎は渋い顔。
  「楽しいじゃない、このアタシが本気になれるかのしんないのよ」
  姫萩はギアを入れる。
  そのギアは滅多に入れたことのない所のものだ!
  ゴゥ!!
  バモスが今までになく、大きく振動した!!



  「んな!!」
  拓海は驚愕する!
  バモスのマフラーから火を吹いたのだ!!
  「まさかあの車体で…ドッカンターボを積んでいるというのか?!!」
  拓海の脳裏に、渉の面影が移る。
  ドッカンターボ,それはターボの中でも運転手にすら予期せぬ馬力を垣間見せ、予測
 不可なパワー故に乗りこなせるものは皆無と言われる幻のターボだ(らしい)。
  驚いている間にも、前方のバモスは時速80kmを越える高速で、恐ろしく際どい
 コーナーラインを取ってトレノとの間を広げていく!
  「なんて奴だ…しかし勝機は俺にある!!」
  拓海は思い切りアクセルを踏んだ!!!



  ギシギシ…
  バモスの車体が悲鳴を上げる。
  「やっぱり無理があるね,このバモスでターボの力を限界以上引き上げるには」小さ
 く舌打ち。
  そんな呟きの間にもハンドルを右へ切り、左へ切り…
  連続的に続く横Gに、隣の梅崎はすでに白目を剥いている。
  対する姫萩は、久々に味わう緊迫と襲いくる重力を十分に堪能していた。
  そして…引き離したはずのトレノのライトが再びバモスの車内を照らし出した!



  見えた,バモスである。
  車体を大切に思うばかり、多少スピードを落としたようだ。
  「行くぞ,次の右カーブで勝負だ!」ギアを入れ直し、拓海は叫ぶ。
  しかしそれを聞いているはずのヤンもまた、隣で完全に延びていた。
  完全に助手席の存在を忘却の彼方に捨て去っている拓海は、勝負どころのやや広めな
 右カーブのインに滑りこんだ!!



  「んな!!」姫萩は叫ぶ!
  トレノが彼女よりもインを突いてきたのだ!!
  車高の高めなバモスにはできない,トレノの低さと運転手の度胸ゆえにできる急激な
 右のカーブ。
  しかしその後は尻が振れてアウトサイドにクラッシュするはず!
  一瞬,姫萩の脳裏にその光景が見えてくる。
  が、目の前に出たトレノは神業とも言えるドリフトをかまし、まんまとバモスの前に
 踊り出た!!
  「そんな馬鹿な!! あのドリフトは一体?!」
  姫萩の目にそのドリフトが焼きつく。
  悔しさと同時に諦めと、今まで以上の嬉しさがこみ上げてくる。ひどく懐かしい感覚だ。
  「勝負はこれからよ! トレノ!!」
  姫萩はギアを入れ直した…・・



  峠の山頂。
  2人の運転手は合い見まえる。
  「やるね,アンタ」微笑む姫萩。
  「相当走り込んでいるんですね,この峠」対する拓海は微笑み返し、そう尋ねた。
  それに姫萩は小さく首を横に振り、
  「アタシは峠に道を聞いて走っただけさ」
  拓海は絶句,彼にとって何度も走っているこの峠,しかし目の前の女性にとっては
 初めてのコースだったのだ。
  「俺、このレースには勝ちましたが、勝負には負けました」苦笑する拓海。
  そんな彼に、姫萩は右手を差し出した。
  「また、走ろうよ」
  「ええ!」がっしりと握手が組み交される。
  満天の星空の下、笑い合う2人の走り屋と,そして死にかけた2人のガンマンが
 冷たい明かりに照らし出されていた。




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  あとがき

  無差別投票・中間発表より一位の藤原拓海,2位の梅崎真紀のSSをお送りしました。
  如何でしたでしょうか? 当然『頭文字D』を知らないと良く分からなくなって
 おります,あと映画『ドーベルマン』と(笑)。
  私は『頭文字D』を良く知らなかったのですが、14巻を読んでみると、どうやら
 走り屋さんの話なんだなぁと…
  さて、最終発表では一体誰が一位になっているのか?!
  ではでは、この辺にて。

                                                      1998/11/28(sat)
文/