『とある想い人の報告書』


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 ジージージー…カシャ
 インクジェットプリンタからゆっくりと顔を出した紙を、小さな手が掴む。
 「…」その紙に書かれた内容と、デスクトップパソコンの画面に出ている表示
とが同じであることを確認する彼女。
 その彼女の、ちょっと落ち着きのない態度に気になったか,はたまた偶然通り
かかったのか,女性が小さな背中に声を掛ける。
 「どうしたの? まやちゃん?」ピクリ,その声に小さな背中、まやは小さく
震えるが、優しさを含んだ自分を呼ぶ声の主に気付き、振り返って小さく微笑んだ。
 そしてプリントアウトされたばかりの紙をおずおずと差し出す。
 「ん? なになに…『貴女の気持ちを乗せて…想いのあの人にほろ苦いチョコ
レートを』。ヴァレンタインデーの宣伝してるお菓子屋さんのHPね」
 眼鏡を掛け直し、彼女は赤いバックに白い文字で書かれた宣伝文句と、きれいに
ラッピングされた包みのグラフィックの載るその紙を眺めながら問い掛けた。
 「??」
 対してその言葉に、まやは首を傾げる。
 「まやちゃん,ヴァレンタインデーって…知ってる?」
 ふるふる…
 試すように問い掛けた眼鏡っ娘の問いに、まやは当然が如く首を横に振るしか
なかった。





 ……って言う日なの。分かった?」
 コクリ
 頷く。
 オフィスに他に誰もいないことを確認した桜木は、手短に小声で説明。
 「で、このHPをプリントアウトしたって事は…誰かに気持ちを伝えたい人がい
るのかな?」
 「………」
 からかうように彼女は尋ねてみるが、気を悪くしたか,はたまた恥ずかしく
なったのか、まやは俯いてしまう。
 「ええと…」
 「………」
 「…一緒に作ろっか,田波さんに?」
 「ん!」
 ちょっと躊躇いがちな桜木の言葉に、まやは顔を上げて元気良くそう答えた。





 神楽地下ガレージ。
 簡易キッチンにて。
 ガスコンロに湯の入った鍋が程良い温度に暖められている。
 エプロン姿の桜木は、そこに銀色に輝く金属ボウルを浸す。
 「じゃ、まやちゃん,そこにあるチョコレートをこの中に入れて溶かして」
 桜木の言う通り、まやの前には1kg程のお特用チョコレートの山があった。
 「わ、私もホントは久しぶりに手作りで作ってみようなかなぁ,って思ってね」
まやの物言いたげな瞳に見つめられ、桜木は苦笑。
 「手作りって言っても、溶かしてから型に入れるだけなんだけどね」
 『高見ちゃん! 田波君と真紀が苦戦してるわ,夕と一緒にサポートに行って
ちょうだい!!』
 何の前触れもなく、何処からともなく蘭堂の声が部屋に響く。
 『え〜こちゃん,四人も出したら大損じゃないの?』
 『その分、請求を高くするわよ,話と違うところが多すぎるわ! ブチッ…』
 「?!」突然の館内放送に桜木は驚くが、しゃもじをまやに手渡してエプロンを
脱ぎ始めた。
 「まやちゃん,後は溶かして型に入れて冷やすだけだから。私の分も材料残して
おいて下さいね」微笑みを残して、彼女はキッチンを駆け出していく。
 数秒後にはバモスの排気音が聞こえたかと思うと、まや一人が残された。
 ぱきぱきぱき…
 まやは言われた通り、チョコレートの塊を砕いて暖かくなってきた鍋の中の
ボウルに放り込んでいく。
 『…次の曲をお聞き下さい…』
 「!」何処からか音が聞こえてくる。桜木が去ってしまった上にガレージにいた
姫萩までいなくなってしまったので本来なら波動砲の駆動音だけなのだが。
 『…子で「僕の妹」』
 ピクリ,まやの髪の間に猫の耳が覗く。
 どうやら姫萩がガレージで聞いていたラジオの音のようだ。
 そうこうしている内にボウルの中のチョコレートが溶け出してきた。
 まやはそれをおそるおそるしゃもじでつつく。
 『君のことは 妹みたいに思っていたと♪』
 ラジオから流れてくるは、女性の声のゆっくりとした曲。
 コトリ
 チョコレートの塊が崩れて、ボウルの底にぶつかる音がやけに大きく聞こえる。
 『優しく彼は 拒否した♪』
 ピク,まやの耳が小さく動く。
 形のなくなってきたチョコレートにしゃもじをあてがう。
 ゆっくりと、ゆっくりと溶けていく。
 『嫌いじゃない でも愛せない♪』
 「…」
 『その気持ちは 分かるからつらい♪』
 “分かりたくは、ないのに”
 『どうしようもない♪』
 “どうしたらいいの?”
 聞こえる人の声の歌に、彼女は心の中で問い掛ける。
 当然、答えはない。
 『恋に無傷はありえないのに…♪』
 やがて、まやの廻すしゃもじはスムーズにボウルの中で円を描いていた。
 同時に、甘い香りが彼女の鼻孔を突く。
 『僕の妹なんて 言葉には♪』
 “田波さん、貴方は昔、私を…”
 『だまされないよ♪』
 “…そう”
 まやは何かを振り切ったように顔を上げると、しゃもじを廻す手を止める。
 そして傍らに置いてあった、猫の顔を縁取った型を選ぶ。

            ちょっと甘い…のかな?

 『さて、今日は2/14ですね,美味しい手作りチョコレートの作り方、知って
ます?』曲が終わり、ラジオから聞こえてくるは女性の声。番組のDJのようだ。
 その内容に、まやはボウルに掛けた手を止め、再び耳を清ます。
 『ただ市販のチョコレートを溶かして型に入れるって言うだけじゃ、ちょっと
インパクト少ないですよね。私なんかは味のアクセントでタバスコ入れたりする
んです』
 “タバスコ?”
 目の前の棚に目をやると、
 TABASCO
 まやは手に取り、小さな蓋を開け、振る。
 一滴二滴三滴四滴…
 振る
 振る振る
 とにかく振る
 『前に一回、お醤油も入れたことがあったんです』
 “醤油?”
 やはり目の前の棚に、
 さしみ醤油
 タバスコと同じ要領でまやは蓋を開け…
 『これは入れすぎて失敗してしまいましたが』
 どぼぼ…
 「あ!」小さく声が出る。
 色が似ているんで、ともかくOK!
 『でも一番大切なのは、貴方の愛情というエッセンスですね。次の曲に行って
みましょう………』
 やがてボウルの中から甘い香りに混じって、目を突くような匂いと、香ばしい
匂いの3種類が絶妙なハーモニーを醸し出して、まやの鋭い嗅覚を襲う。
 “…あ、愛情があれば、大丈夫!”
 やや表情を引きつらせながらも、まやは心に想う彼の人を浮かべながら、ボウル
の中身を型へと流し込んだ。
 あとは冷蔵庫に入れて、固まるのを待つばかり…





 「おっつかれさん!」元気な菊島の声が彼等を出迎える。
 「ふぅ,つっかれた〜!」ガシャ,田波はオフィスの椅子の背にもたれた。
 「今回の化け猫の数は凄かったですね〜」
 「毎回あんなんだったら体がもたないぞ」合いずちを打つ桜木に彼はそう答える。
 と、彼の袖が小さく引っ張られる。
 「ん? どした,まや?」見遣ると少女が彼を見上げていた。
 そして、後ろに廻していた右手を彼に差し出す。
 小さな手に乗るは、赤い包装紙にきれいにラッピングされた小さな箱。
 「これを、俺に?」
 こくり,まやは笑顔で頷く。
 「田波さん,ヴァレンタインチョコですよ」桜木が田波に言付けた。
 「ありがとな,まや」
 「ん!」
 くしゃ。受け取り、田波はまやの頭を撫でる。
 それにまやは嬉しそうに目を瞑った。
 「バレンタインですってぇ?!」
 トタタ,聞きつけ、駆け寄ってくるのは菊島社長。
 田波が包みを開けると、猫の顔を模った掌大のチョコが一枚入っている。
 「早速いただくよ」まやに告げ、田波がチョコを手に取る…
 「いただき!!」
 「「「あ!」」」まや、田波、桜木が突然の珍入者の行動に声を上げる!
 菊島が素早く箱からチョコを奪い、口の中へ!!!
 「おい、菊島!」
 「社長!! なんて酷いことを!」
 「…う〜」
 三人の非難の視線に、しかし菊島はチョコを口に入れたまま硬直状態。
 「しゃ、社長?」
 桜木の疑問の声にも振り返ること無しに、菊島の顔色が赤から青へ、そして
白く変わり…
 パタリ…
 白目を剥いて倒れた。
 「…何を入れたんだ? まや」昏倒する菊島を見つめたまま、田波は傍らの少女に
尋ねる。
 「…」やや引き気味のまや。
 「で、でも田波さん。チョコレートは愛情がこもっていれば…ね?」あたふたと
桜木がフォローを入れる,っていうかフォローじゃないような気もするが。
 「そ、そうか,そうだな。うん、そうだ。ありがとな、まや」何故か納得の田波。
 「ん!」




       ヴァレンタインデー
       それは愛する者には其の者の気持ちを、
       邪魔者には鉄拳の制裁を与える恐るべき日…(嘘)


                         挿入歌 根谷 美智子 『僕の妹』   

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あとがき

 無差別投票で見事トップの座を射止めた、まやちゃんの記念SSです。
 この娘に「ん!」って言われて渡された日にゃぁ、アンタ,そりゃもう!!
 くぅぅ!!(壊れ中)
 でも、まやってあんまり喋らないんですよね〜,しがないモノ書きとしては、好き
でも書きづらいですわ(笑)。

 無差別投票では、皆様のご協力を頂戴し、興味あるデータを頂くことができました。
この場で改めてお礼申し上げます。
 そしてそして、手作りチョコレートを作る、まやちゃんのかわいいCGを描いて下さっ
たレイニー氏に大々感謝!!
 貴方は2/14,想い出か何か、ありますか?


                                                       1999/01/29(Fri)
文/