『とある夜半の報告書』


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 「あれ、姫萩さん? 買出しですか?」
 夜半の神楽ガレージ,バモスのエンジン音を聞きつけたのか,田波は運転席に
乗り込んだ姫萩を見つけて声をかけた。
 いつもの白い薄めの作業着の上から、安物のウィンドブレーカーを羽織っている。
相変わらず眠たげな表情だ。
 それに対し彼女はチラリと彼の方を向くと、しばし沈黙。
 困ったように頭を掻いた。
 「う〜ん、ま、そんなとこかな?」
 「じゃ、俺も行きますよ」
 言いながら、田波は助手席に乗り込む。
 その彼の膝の上に、一匹の子猫が飛び乗った。
 「? まやも行くの?」
 コクリ,運転手の問いに子猫の姿のまま、頷く。
 「じゃ、ちょっくら行きますか」
 胸のポケットからタバコを一本,取り出して口に咥える。
 グオン
 一度空ぶかし。
 そしてバモスは二人と一匹を乗せて、月明かりに照らされていった。




 「すっかり暖かくなりましたね」
 「そだねぇ」
 車のライトが次々と右から左へ流れていく。
 全開の窓から吹き込む風。
 肌を突き刺す今までのそれとは異なり、心地よい暖かさを持っていた。
 田波の膝の上で、やはり風に打たれながら、子猫が気持ちよさそうに目を閉じ
ている。
 「あれ?」窓の外を眺めていた田波は声をあげる。
 「? ん?」
 田波の呟きに、姫萩は前を見ながら尋ねた。
 「コンビニ、過ぎちゃいましたよ」
 「ん、ああ。後でね」
 「後で?」
 「アタシが買出しに行くなんて、言ってないじゃん」
 「じゃ、何処へ?」
 「着いてのお楽しみだな」
 「…?」
 やがてバモスは市外へと。
 窓の外に見えていた明かりも、今は道路の淵に転々と立つ街灯と、天から降り
注ぐ冷たい三日月の光のみとなる。
 と、田波の視界が赤くなった。
 トンネルに入ったのだ。赤い明りのトンネルの灯は車内も赤く染め上げる。
 「うにゃ?」
 「猫だねぇ」
 双眸が赤い光を返すまやをチラリ、姫萩は見やって、そして小さく微笑む。
 「何処まで行くんです?」
 「もう着くよ」
 その言葉が終わるか終わらないか,
 いつまで続くのかと思われた赤いトンネルを抜ける。
 不意に視界が開けた。
 ブワッ…
 月の白光の下、吹雪が舞っていた。
 吹雪は僅かに桃を帯びた白。
 道路の脇を固めるは、サクラの並木。
 甘い香りが、車内に入り込み、田波の鼻をくすぐる。
 「くしゅん」
 まやがクシャミ。鼻頭に白い花弁が一枚,張りついていた。
 「…すごい,満開ですね」感嘆の田波。
 「いいでしょう? 穴場だよ」姫萩は微笑みながら、バモスを道路脇につける。
 二人と一匹は白い絨毯の上に足を下ろした。
 普段から車の通りも少ないのであろう,ましてや夜半でもある。人っ子一人
いない。
 「まるで貸切ですね」
 「だろ?」姫萩はそう言う田波に何かを投げて寄越す。
 缶ビールだった。
 カシュ
 同じく姫萩もそれを持ち、軽音を立てて開けた。
 「飲酒運転になりますよ」
 「ちゃんと覚ましてから運転するさ」
 カシュ、田波もまた,開ける。
 「ごめん。酒しかないから、まやはなしね」足元で舞い降りる花びらを
掴もうとしている子猫に、姫萩は小さく謝る。
 「まぁ、ともかく」彼女は顔を上げ、微笑む田波を見る。
 「「乾杯!」」
 二人とも一気に半分くらい、飲み干す。
 田波は頭上を見上げる。
 満開のサクラの花の間から、雲ひとつない空に浮かぶ月が見て取れた。
 冷たい光の下、暖かな風に乗って降り続くサクラ吹雪。
 「夜桜ですか、なんか久しぶりに季節を感じた気分ですよ」
 「そ〜だね」バモスに寄り掛かり、姫萩もまた,目を細めて上を見上げて
いる。
 ガチャ
 と、バモスの荷台から音がした。
 「「?!」」
 身構える二人。
 「二人して私を置いてお出かけしようなんて、百年とちょっと早いわよぉ!」
 「あ、社長」
 「菊島?! なんでそんなとこに??」
 「途中で飛び乗ったの」荷台から飛び降り、菊島はポニーテールを揺らし
ながら田波の元へ。
 「いっただきぃ!」
 「ああ!!」
 田波の缶ビールをひったくって逃げた。
 「まだあるよ」
 姫萩は駆けまわる二人を見て苦笑。
 と、視線の一つに気がつく。
 彼女を見ていた視線は足元にあった。
 「? まやも飲んでみる?」新しい缶ビールを一本、手にして姫萩は尋ねる。
 シュゴォ…
 人型になり、まや。コクリ、頷いた。
 カシュ
 コクコクコク…
 「あ、あの〜 そんなにゴクゴク飲むもんじゃ」風呂上りの牛乳のごとく、
腰に手を当てて一気飲みする少女を見遣りながら、姫萩はさすがに戸惑う。
 カラン
 空になったビール缶を道路に放り投げ、まやは姫萩を見上げた。
 瞳が澱んでいる。
 と、まやは駆けまわる菊島と田波に、ゆっくりと視線を移し…
 「ちょっと、何やってるのよ,オーフェン!」
 いきなり,そう甲高い声で叫んだ。
 「「「?!?!?! クリーオゥ(注・1)」」」三人絶句。
 「まや、あんたがそう来るのならあたしだって迎撃の準備はできてるわ!!」
 カラン、やはり田波から奪った缶ビールを飲み干した菊島は、仄かに頬を赤らめ
ながら、ビッシィとまやを指差して宣言!
 「くらえ! ピコピコハンマー!!」
 「「ミント?!(注・2)」」
 苦々しい表情で、しかしまやも反撃。
 「私にはメガトンスマイル(注・3)という強いバックボーンも
あるわ!」
 「ふん、そんな半クールで終わりそうな番組。ぜんぜん
羨ましくないわよ」
 「なんですって〜」
 「なによぉ!」
 「お前等、このSSをどうしたいんだぁぁ!!」

                  ●
                  ●
                  ●

 月下の桜の園。
 姫萩は3人の漫才を眺めながら、ワンカップ大関の蓋を開ける。
 フワリ
 草木の香りを含んだ、春の風が彼女の脇を通り抜けた。
 姫萩は軽く、その風を堪能するかの様にしばし瞳を閉じた。
 月明かりにさらに白さを増した花弁が、暗闇を背景に舞い降りる。
 白と黒。
 その白の一つが、姫萩のコップの中に舞い落ち、小さな波紋を起こす。
 「春,だねぇ」
 小さく微笑みながら、姫萩は舞い降りた春ごと手にしたコップを口に運んだ。
 これはある、ごく平和な夜半の出来事…


                                終わり



  注・1)  まや役の飯塚真弓氏は「魔術師Oーフェン(Oは伏字)」
      のクリーオゥの声も当てています。キャラの性格は正反対。

  注・2)  菊島役のこおろぎさとみ氏は「Tイルズ Oブ Fァンタジア」
      のミントの声を当てています。キャラの性格はこれまた正反対。

  注・3)  某ラジオ局の番組。現時点でまだ続いています。パーソナリティ
      が飯塚真弓氏。半クールでは終わらないと思います(汗)。

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あとがき

  早いようで遅いようで、すでにこのページも一年と半分が過ぎようとしています。
  これからも宜しくお願いしますね♪
  今回は、もうそろそろ春ですので、「春眠暁を覚えず」より引用しました(ゴメ
ン,嘘)。
 珍しく姫萩嬢にスポットを当ててみましたが如何でしたでしょうか?
 口数少ないので、書き難いですね(汗)。
  何はともあれ、作業服・命!(訳わからんか…)

                                                          1999/03/27

文/